『 君 の 呼 ぶ 名 は 』
「なぁ、姉〜。ええやんか。」
「駄目です。それに今は【 】です。」
「ボクにとってはいつでも姉なんやもん。」
はぁ〜・・・。
脱力したように息を吐きだしたのは、三番隊第三席の 。
名目上は、副官補佐と言う立場にいるのだが・・・
本来は裏挺と言われる『零番隊』の隊長その人である。
ついでに言うと、市丸ギンや松本乱菊、日番谷冬獅郎などの人材発掘して来たのも、このである。
は呆れたように、言い慣れてる言葉を口から出た。
「市丸隊長、少しは書る…ぃ」
が、その言葉に被せるように、いつも通りの嫌らしい程の笑みを口もとに浮かべて一言。
「ギン。」
その言葉を聞いた瞬間に、は反射的に、ギンの事を睨みつけた。
「・・・(怒)」
の視線が、書類から自分に向いた事に、ギンは笑みを深めた。
「やっと、顔見れたわ。」なんて平気な顔をして言っている。
こちらは怒っていると言うのに。
「いつもみたいに『ギ・ン。』…って言うてくれへんの?」
「は?」
呆れて言葉も出ない。
言うわけがない。
今は仕事中。
公私混同はしたくない。
そんなの当たり前だろうと、はギンから視線を再び書類へと向けた。
仕事中は、建前上は上司になるのだから「市丸隊長」と呼ぶ。
仕事が終われば、親しい人として「ギン」と呼び名を改めている。
だが、ギンとしては・・・。
「姉は、ボクの命の恩人なんや。別に名前で呼んでもええやないの。」
「それはそれ、これはこれです。」
トントン…と処理の終えた書類を整えると、ふと自分に影が差した。
見上げれば、ギンがいつの間にやら、席から立ち上がって、自分の席の横に立っていた。
気配を消すのは得意と言うだけあって、行動が素早い。
さすがは、護艇十三隊の隊長・・・なんて感心してる場合ではない。
ギンは、の手に持つ書類を取り上げた。
「それも・・・。」
一番上の書類を、の隣にあるイズルの席へと置き
「これも・・・。」
他の書類は、自分の席へと持って行き、静かに机の上に置いた。
そして振り返りざまに、いつもの作り笑みよりも、本当の笑みに近いような・・・
苦笑のような笑みを向けた。
「同じや。」
へりくつを言わせれば、瀞霊廷で一番のギン。
は再び深いため息をついた。
最近のギンはやけに『呼び名』にこだわる。
何があったのか。
何があるのか。
ギンの中で、不安に思うような事でもあるのだろうか?
は無言で、給湯室の方へと足を向けた。
本気で怒らせてしまったのかと、ギンは内心オロオロしながらも、の次の出方を待った。
するとは、二つの湯飲みとお菓子を持って、再びギンの前へと姿を現した。
「少しだけ休憩よ。副隊長が戻るまでだからね、ギン。」
呆れたようなの笑み。
それとは対照的に、至極嬉しそうなギンの笑み。
いつもの何かたくらんでいるような笑みとは全然違う。
イズル曰く、の前でだけの「白いギン」と言われる代物だ。
は、後ろにあるソファーへと腰を下ろした。
ギンもそれに習うように、の正面にお茶とお菓子を持って座った。
「なぁ、姉。なんで乱菊には名前で呼ぶのに、ボクは呼んでくれへんの?」
「隊長だから。」
「それは姉も一緒やないの。」
確かにそうだ。
だが、それは表沙汰にはならない隊長。
本当はそれくらいの事は、ギンならわかってるはずなのに、あえての質問。
・・・となると、この後はギンからの嫌味攻撃でもあるかな?
は、平然とした態度で、少し熱めのお茶をすすりながら言った。
「乱菊も仕事中は『松本副隊長』って呼んでる。」
「十番隊長サンは?」
「冬獅郎?」
咄嗟に名前で呼んでしまい、口元を押さえた。
だが時すでに遅し。
ギンの片眉が、微かにあがるのを視界に納めた。
先程までの白いギンが一転して黒いギンへと変わっていく。
「なんや最近、耳おかしなったんかな?今、『冬・獅・郎』って聞こえたんやけど…気のせいやろか?」
こんなギンに対して、ヘタに口で応戦しても負けるのは分かってる。
あえて否定せずに最初の質問を答えた。
「みんなと一緒よ。仕事中は日番谷隊長。それ以外は冬獅郎。と言うか、呼び名なんてなんでもいいじゃないのよ。」
「そないな事ない!ボク、姉の事かて、本当はっ」
「ギン。」
珍しく、の高圧的な声。
そんなの声にギンは声を飲み込んだ。
の鋭い目つきと重なる。
ギンは、小さく肩を落として、湯飲みを両手で包み込んだ。
「なんでなん?なんで姉は…ボクの気持ちを否定するん?」
「否定はしてないでしょ。」
「だったら!って」
ギンが腰を浮かしかけたと同時に、低い声が部屋に響いた。
その為にギンは口をつぐむしかなかった。
「。」
の横に、白い地獄蝶がヒラヒラと舞い踊っている。
白い地獄蝶・・・それは、零番隊からの連絡。
この地獄蝶が来て、良かった試しがない。
ギンは嫌そうに、地獄蝶の事をじーっと見つめた。
の指の上には地獄蝶が、静かに羽を動かして止まっていた。
「、仕事が入りました。すぐに零番隊に来て下さい。」
それは隊長を呼び出す、零番隊副隊長の声。
の事を唯一、仕事中でも名前で呼ぶ事を許されている男。
ギンがこの世で一番、嫌いな奴。
「・・・と言うわけだから、いちま・・・」
が立ち上がろうとした時だった。
ギンに手首を突然に引かれて、体制を崩したは、ギンの胸の中に飛び込む形となった。
ギンの香りが、鼻腔をくすぐる。
は慌てて、ギンから離れようと、胸の中で暴れたが、ギンが殊の外強く抱きしめていた為に、離れる事が出来なかった。
「ギン、冗談もほどほどにっ・・・。」
途中まで言葉を言いかけて気付いた。
かすかに震えているギン。
は、全身に入れていた力を抜き、ギンに体を預けるように胸に額を押しつけた。
それを合図のように、ギンはさらにの事をキツク抱きしめた。
まったく・・・。
は呆れたような、でも優しい笑みを浮かべて、ギンの背中に手を回すと、子供あやすかのようにポンポンと叩いた。
「ギーンー?」
小さい時。
ギンが泣きそうなった時、いつも側に居てくれた。
泣けない自分を解放してくれるのは、いつもの優しい声で呼ぶ、自分の名前。
「・・・・・・・・。」
小さな、小さな声。
自分でも驚いてしまう程の、弱々しい声。
しかしの耳にはしっかり聞こえる声。
は軽くギンに指でトントンと叩くと、抱きしめていた力が少しだけ緩められた。
二人の間に、少しだけ空間を作り、ギンをのぞき込むように、見上げた。
昔のままの優しいと視線が合い、離す事が出来ない。
「大好きよ、ギン。大丈夫、大丈夫だから。」
「・・・姉・・・。」
ニッコリと笑みを作った。
の両手が、ギンの頭を固定するかのように、両脇に支えられた。
ゆっくりとが背伸びするのと、ギンの額がの口元に近づけられた。
チュッ・・・
一つだけギンの額に口付けを落とした。
昔、そうしてくれたように。
「ギンは一人じゃない。いつも、私が側にいる。それで十分でしょ?」
「嫌や。ボクだけの姉になってくれへんの?」
「それは無理。」
ポンと軽く頭を叩かれる。
ギンはが触れた所を、手で押さえた。
「姉は、いつでもみんなの姉なのよ。」
「そこは「うん」言う所やと思うんやけど・・・。」
「甘いわよ。」
そう言うと、はギンの腕から逃れた。
気づけばすでに扉の前に立っている。
「それじゃ、ちゃんと書類終わらせておくのよ?行ってきます。」
「善処しとくわ。」
「ああ、イズル君・・・ごめんなさいね。」
今はいないイズルの席に向かって、手を合わせる。
視線を外した一瞬に、の姿はすでになかった。
それは幻か何かのように。
窓際に近寄れば、の隣に零番隊副隊長の姿。
の隊長羽織を手に持ち、斬魂刀を持っている。
そのまま現世に行くんやろか?
ふとがギンに振り返った。
少しだけ驚いていると、は満面の笑みを浮かべて手を振っていた。
それにつられるように、ギンも手を振りかえした。
ほんの些細や幸せなのかもしれない。
がいなくなってから、ずーっと机の上で頬杖をついて考えていた。
その内に、イズルが戻って来て・・・。
「市丸隊長!!!何もやってないじゃないですか!!今日、何してたんですか!!」
机の処理用の書類が、一つも減っていない事にヒステリックを起こしているイズル。
それもいつもことなので、放置。
「イズル。」
「なんですか、市丸隊長。」
「なんで姉はボクのモンにならへんのやろか?」
上の空のギン。
こうなったギンに何を言っても無駄と悟っているイズル。
と同じようにため息をつくしかない。
「これは隊長には内緒ですよ?」
「ん?」
「隊長…いつも虚退治に行く時、必ず市丸隊長の所に帰るんだと思うそうです。」
「へ?」
間の抜けた顔。
その表現が一番あってるかのような、ギンの顔。
イズルは、ふととの会話を思い出した。
『市丸隊長の元へですか?』
『そう。私の帰る場所は、ギンの所だから。ギンに言ったら駄目よ?公私混同するから、あの子。』
悪戯しているかのような、やんちゃな笑み。
の人気の秘密がここにあると、イズルは実感した。
「ほんまに、姉は言うたん?それってどう言う意味やろか?イズル、その他に聞いてへんの?」
「聞いてませんよ。きっと、市丸隊長が仕事さぼらないか、心配なんじゃないんですか?」
「ボクだけが心配なんや・・・。」
「「仕事さぼらないか」って言葉を綺麗に捨てないでください。」
突然にご満悦な表情したギンは、席についてもの凄い早さで書類を片づけ始めた。
それは、イズルですら、目を疑う程に。
「イズル、さぼってたらあかんで?」
「あなたが言う台詞ですか・・・それ。」
「なんや、姉はすでにボクだけのモンやったんやなー♪」
何を勘違いしたのか。
きっと、明日隊長に鉄拳を喰らうだろうと・・・想像するイズル。
考えただけでも胃が痛い・・・。
終わり
後書き 〜 言い訳 〜
ここまで読んで下さり
心より深くお礼申し上げます。
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
再掲載 2010.11.02
制作/吹 雪 冬 牙
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