『 回 帰 』

金色の長い髪を一つ結い上げて、颯爽と歩く少女。
その衣には護挺十三隊の隊長のみが纏う事を許されている白い半被。
長い裾は風に踊らせながら、多くの隊員を通り過ぎる彼女の背中には見慣れない文字が書かれている。
本来十三隊は、その名の通り、一番隊から十三番隊までを指す。
そして、それぞれの隊長の背中にはその隊の数字が書かれている。
しかし少女の背中には、どの隊にも属さない文字。




『  』





と書かれていた。
みながその少女を恐れ、怯えるように見つめる。
しかし、その少女は別に構うことなく隊首会が行われる部屋へと向かっていた。
 
「なんや〜周りが静かになったと思うたら、零番隊長さんやないの。」
「これは、三番隊の市丸隊長。相変わらずの笑顔で。」
 
すっと細められたの目元に、狐目の市丸もかすかに瞳を開けた。
 
「酷いなぁ〜零番隊長さんは。そんなんやから、みんなに怖がられるんやで?」
 
そう言いながら、後ろで怯えるように自分を見つめる死神達に視線を送った。
軽くため息を着くと、また前の市丸に視線を送った。
 
「別に気にしてないからいい。」
「そう言わんと。」
 
そう言いながらも足は隊首会の行われる部屋へと勧める。
 
「そう言えば最近、やけに零さん達の活躍があるらしいなぁ。」
「・・・何が言いたい?」
 
疑うように市丸の事を見るが、この食えぬ狸…もとい、狐。
いつもと変わらない笑顔を向けるだけで、それ以上の事は言って来ない。
さらにため息をつくしかなかった。
 
「久しいな。。」
 
扉の前で腕を組みながら自分を見つめる六番隊隊長の朽木白哉。
はふと足をその場で止めた。
この男が自分を待っているのはおかしい。
大貴族の朽木は何よりも礼儀を重んじ、人を外で待ち伏せするような人ではない。
長年の付き合いからも、それはわかる。
しかも、隊首会と言う名目で集まっているのに、自分を名前で呼ぶこと自体がおかしい。
 
「お久しぶりです。朽木隊長。」
「卯ノ花に聞いた。お前、歩いて大丈夫なのか?」
 
あいつ・・・あれほど言うなって言ったのに・・・。
あとでシメルる。
そんな事を考えていると、知らぬまに朽木が自分の前まで来ていた。
端から見れば無表情に見えるこの男。
だが、瞳の奥には豊かな感情が見え隠れしている。
今も心配するように、不安に揺れている瞳をしているのだ。
 
「どこを怪我してはりますの?」
 
両方から覗きこまれて、はただただため息をつくしかなかった。
は仕方なく、左胸の下からお腹にかけて斜めに手刀をつくり空を切った。
それに驚く二人をよそには、大きな扉を開いたのである。
 
「な、ちょーま・・・」
 
しかし、大扉の先にはすでに他の隊長が集まり終えており、最後の三人だったようだ。
市丸は仕方なく口をつぐみ、扉の中ヘと足を運んだ。
左が奇数隊。
右が偶数隊が並ぶこの会議室。
中央には、一番隊の隊長でもありこの十三番隊の総隊長を務める山本隊長の席があり、その真横には
零番隊の隊長であるの席が設けられている。
がそこに座ると、すぐに会議は始められた。
毎度のおなじみの、定例会とも言える会議。
どこで何をして、何番隊にどれくらいの功績があったか、また犠牲があったか。
人事の異動もこの時に行う。
山爺の長い話を聞いていた時、ふと自分に視線を感じた。
は顔をあげてその視線を辿ると、天才児の名を欲しいままにしている十番隊日番谷隊
長とばっちり視線があった。
何か怒っているようなその視線に、は目をそらさずに見つめ直した。

何よ。
心でそう思えば、向こうに通じたのか、「べつに。」と言う感じの顔の逸らし方をされて
しまった。
まだ、子供らしさが残る彼の面影に、ただ苦笑するしかない。

 
「・・・と言うわけだ。隊長どうかな?」
「!?」
 
やばい・・・聞いてなかった。
全員が自分に視線を集中させる。
 
「えっと。」
「異論がないのであれば、今後も各隊の補助に回って貰う。」
 
ああ、その事か。
 
「異論はありま」
「異論あり。」
 
自分の言葉を遮るように、少し幼さの残ったそれでも凛として堂々たる少年の声が響いた。
もちろん全員がその声の主に視線を送った。
それはも例外ではなかった。
 
「日番谷、何かね?」
「異論ありと言ったんです。」
 
あの・・・ばか。
この隊首会は、所詮は山爺の思う通りに事が運ばれる形だけの会議。
山爺が黒と言えば黒に、白と言えば白になる場所だ。
そこに異論など唱える者も、もちろんいるはずもない。
いるとすれば、話をこじらして面白くするのが大好きな市丸くらいだ。
 
「ほう。聞こうではないか。」
 
すっと薄くめを開けた山爺。
は、慌てたように声を上げた。
 
「あ、あの!!!」
 
今度は全員の視線がに集中する。
しかしはその視線に慣れているのか、にっこりと笑みを作ると
 
「零番隊隊長のが異論がないと言っているのです。何かありますか?」
 
全員に言ってはいるが、日番谷にのみ威嚇するように言うの言葉。
日番谷は、何も言えずに黙る事しかなかった。
悔しそうに下を向く日番谷に、はふっと口元を緩めた。
彼が言いたい事はよくわかる。
零番隊の勤務の負担を減らせと言いたいのだろう。
確かに、零番隊の忙しさは、他の隊に比べれば比較にならないほどの忙しさだ。
徹夜など常だし、寝ている夜中に叩き起こされるなんて日常茶飯事の事である。
しかし、それが零番隊に配属された者の勤めだし、みなも承知で入ってきているのだ。
自分一人では抑え込むことが出来ない程の、霊力を持つが故に。
いつ自分が壊れてしまうか分からない恐怖と背中合わせに、一日を過ごす者達の集まりだ。
そして、はこの隊長の霊力をも凌ぐ実力と噂されている。
の首に付いている、チョーカー型の霊力制御装置をしていなければ、ココ者達も数秒
で消し飛んでいるだろう。
誰も何も意見しなくなった所で、はにっこりと笑みを浮かべて山爺の事を見た。
 
「との事みたいですよ。」
「うむ。では解散。」
 
山爺の言葉で、全員が席を立つ。
だが、と日番谷だけはその場から立つ事がなかった。
 
「日番谷、行かないのか?」
 
そう浮竹に言われてやっと我に返ったように、席を立つ日番谷に、は苦笑するしかな
かった。
もう、昔とは違う。
院生だったあの頃には戻れない。
互いに隊の責任を持つ者として、もうあの頃のようには・・・。
は軽くため息をつくと席を立ち上がった。
 
「!?」
 
立ち上がった瞬間に響く怪我に、一瞬は顔をしかめた。
 
「おい。」
 
いつのまにか隣にいた日番谷には目を丸くした。
 
「来い。」
 
短くそれだけ言うと、日番谷はの腕を取って四番隊の隊舎へ向かった。
何も言わずに歩く小さな背中。
はどうしたものかと・・・考え込んでいた。
四番隊の隊舎の戸を開けると、一勢に隊員達が息を飲み込んだ。
それもそのはずだ。
たまに姿を見かけるだけの、有名な零番隊隊長がいるからだ。
日番谷は近くの死に神を捕まえると、隊長がいるか聞きそのままの腕をつかんだまま
奥の部屋へと入って行った。
がらっ。
 
「卯ノ花。」
「あら、日番谷隊長が来るなんてめずら…ってのより、もっと珍しい方がいらっしゃい
ましたね。」
「よっ!」
 
が軽く手を挙げると、日番谷は診察台にを放り投げた。
ドサッ・・・と音と共にに苦痛の色が浮かんだ。
 
「つ・・・。」
「連れて来たぞ。」
 
そう言うと、近くのソファーにどっかりと腰を下ろす日番谷。
一体なんなんだか・・・。
が怪しげに卯ノ花を見つめれば、卯ノ花も困ったように笑みを向けた。
 
「すみません。あなたがまったく治療に来ないので、日番谷隊長に愚痴をこぼしてしまして・・・。」
 
違うな。
他の者達にまで言いふらしたくせして・・・こいつ。
は黙って見つめていると、突然頭にこぶしがおろされた。





ゴン!


 
いた!
「当たり前だ。痛くしたんだからな。」
 
こいつ・・・。
 
「冬獅郎!!」
 
瞳から涙が出るほど痛く、頭を押さえながら日番谷を見れば、それはもう生意気そうな笑顔でこちらを見ていた。
 
が約束を破るからだろ。」
 
約束・・・。
そう、こいつとは院生の時にほんの数日一緒に過ごした。
互いに天才児として呼ばれていたが、日番谷は5年のカリキュラムを2年で卒業し、は半年で卒業していた。
本当に一緒に勉強したのは7日もあっただろうか。
しかし空いてる時間は何かと書庫室で顔を合わせるようになり、互いに意見交換をしながら院生時代を過ごした。
が先に卒業してからも、日番谷との交流は消える事はなかった。
そして、日番谷が院生を卒業した頃・・・はすでに零番隊の隊長に任命されていた。
そのあまりにも早い出世速度に、日番谷は悔しさと情けなさで苦しかった。
しかし院生を卒業すれば、はすでに上官。
と呼ぶことを許されず、隊長と呼ばなければならない。
そしても、冬獅郎ではなく、日番谷と呼ぶようになった。
数年後に十番隊の隊長に任命されると、名字に隊長と言う役職をつけて呼ぶようになった。
私情と仕事は混同しない。
互いに無言の了解で出来たルール。
プライベートでは、親友のようにもどるのだが・・・。
 
てめぇ、俺に危険な事はもうしないって言ったばっかだろうが!聞いたぞ、怪我の事!
あ、そうだ!卯ノ花!!あんた、みんなに言って歩いて!
そんだけの怪我して、通院してこねぇーてめぇが悪い!




 
ゴン!





また日番谷は容赦なくこぶしをおろした。
さすがに二発目は痛い。



う・・・。



正論なだけに、は一瞬言葉を飲み込んだ。
 
「ともかく、ちゃんと治療を受けろよ。」
「でもこの後仕事が・・・」
「・・・なんだと?」
「う・・・わかりました。じゃー出ってよ。上半身脱ぐんだから。」
 
やっと安心したのか、「じゃぁな。」とだけ言うと、日番谷は部屋を出て行った。
軽くため息をつくと、卯ノ花が微笑ましく見つめている視線にぶつかった。
 
「何よ。」
「いえ、本当に仲がよろしいですね。私、未だかつてあなたが、あんなふうに年相応に見えた事ありませんわ。」
 
年相応か。
ま、確かに。
冬獅郎の前だと、なーんかいつも自分に戻っちゃうんだよね。
心地よくもあるけど、心を緩める原因にもなるから困るんだけど。
そんな事を思いながらも上半身をみせる。
 
「あなたを簡単にここに連れて来られるのは、日番谷隊長以外にはいませんね。」
「そんな事ないよ。」
「いいえ、そんな事あります。」
 
それだけ言うと、卯ノ花はてきぱきと治療に取りかかった。
しばらくして治療が終わると、は卯ノ花に礼を言って部屋を出てきた。
 
「!?」
 
は驚いて扉の前固まってしまった。
もうすでに十番隊に帰って仕事しているだろうと思った、隊長本人がソファーに腰をかけて何かを読みふけっていた。
おいおい、仕事はどうしたんだよ。
心の中でつっこみを入れてもみるが、そこに冬獅郎がいたと言う事実に喜ぶ自分も存在した。
 
「終わったのか。」
「うん。」
「そうか。」
 
それだけ言うと、日番谷は近くの死神に本を手渡して、隊舎を出て行ってしまった。
そこまで私は信用出来ナインかい。
心で毒つきながら、四番隊の隊舎を出た。
もうすぐ春が来る。
ピンクの花びらが舞う季節になったと、空を見上げた。
くす・・・。
今日の夜にでも、久しぶりに雛に電話でもしようかな。
そう心で呟くと、は日番谷とは逆方向の零番隊の隊舎へと向かって行った。
白い半被が風に揺れ踊り、颯爽を歩く零番隊隊長。
そして十番隊隊長。
互いに向かう方向は違えど、心は側にいるようなそんな温かくなるような気持ち。




二人がこの気持ちが「恋」と気づくのは・・・
もう少し先のはなし。




終わり


後書き 〜 言い訳 〜
 
 
ここまで読んで下さり
心より深くお礼申し上げます。
 
 

 
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
 

再掲載 2010.11.02
制作/吹 雪 冬 牙


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