『 変 化 』
「今年もあと少しかぁ・・・。」
やっと授業が終わって、私は廊下の窓から空を見上げた。
寒い空は、どこまでも高く、吐く息は白く染まる。
気が付けば12月。
これで中学3年も残す所あと少し。
基本的に大学まで氷帝で進む私にとっては、受験なんてあってないような物。
すでに内定も取れてるから、高校に入学すると言うよりは、高校に上がると言う方が正しい。
校舎も隣の校舎だし。
中学と何が違うかと言えば、また一番下の1年になって、私の上には先輩がいて、部長がいて。
でも・・・。
もう太郎ちゃん事、榊監督の指導は受けられない。
考えてみれば、3年間もよく耐えたよなぁ・・・あのしごきに。
練習試合だって、一度でも負ければ、即刻レギュラー解任。
私や跡部の場合なんか、部長から引きづり下ろされる。
常にそんな緊張感の元、ここまでやって来た。
全国も、途中で敗退してしまったけど・・・でも、私も跡部も、レギュラーのみんなも
全力を尽くせた。
後は、後輩がなんとかしてくれる。
全国制覇の夢は、そうやって代々引き継がれていく。
「寒いなぁ。」
うーん・・・と伸びをして、冷たい空気を吸い込む。
後は、日本jr選抜が終われば・・・中学の全ての部活動に幕が閉じられる。
すでに秋からは、私は部長ではない。
もちろん跡部も。
部長と呼ばれていたのは、今は普通に先輩になってる。
それは跡部も同じで。
何かもの悲しさを感じるだけ。
はぁ・・・何感傷的になってるんだか。
ふと、テニスコートを見れば、今の部長が他の部員に声をかけて集合させていた。
あそこにいつも跡部はいた。
200人近い部員の頂点に立って・・・。
その立ち居振る舞いは、決して氷帝の皇帝と言われた異名に恥じることなく。
「なんか変な感じ。」
「何がだ?」
ふと温もりを感じて隣を見ると、そこには窓を背にした跡部の姿。
私はクスリと笑みを作った。
「あそこに、」
私はテニスコートの真ん中を指さした。
それに従うように、跡部の視線はテニスコートへと注がれた。
「跡部がいないってのが。」
「フン。それはお前も一緒だろ。」
確かに。
男女合同での練習が多かった所為か、いつも私の隣には跡部がいた。
私は女子部の部長なのに、マネージャーみたいにこき使われて、何度ケンカになったかわ
からない。
それでも、跡部は私の不満をちゃんと飲み込んでくれていた。
それが部長として・・・いや、この氷帝の頂点に立つ者の威厳。
きっと跡部に言えば、「当然だ。」としか答えは返ってこないだろう。
でも、私はそれで期待と緊張でつぶれそうになる自分を支えてもらったんだ。
ふと視線を感じて、私は跡部の方を見た。
「な、なに?」
「。」
跡部に名前を呼ばれて、返事をしようとした時だった。
フワリ・・・
気が付けば私の目の前は、真っ白い一面の制服。
トクン・・・トクン・・・
と規則正しく聞こえる鼓動。
跡部の胸の中にいた。
離れる事も、話す事もせずに、じっとした時間。
周りでは生徒が歩いてる。
いや、先程までざわついていた廊下が、水を打ったように静まり還っていた。
そして、直後
「いや〜!!!跡部様!!!」
どこからともなく悲鳴にも取れる女達の声。
それを聞いて、私の思考は再開した。
「な・・・にしてんのよ!」
跡部の腕を振り切り、胸の中から飛び出した。
でも、跡部はそんな私を繋ぎ止めて置く事もせず、ただ黙って射抜くかのような視線を私
に貫いた。
「来年も頂点を目指すぞ。」
「へ?」
「お前と一緒じゃなきゃ、意味ねーんだよ。」
それはいつものようなからかう視線ではなく、真剣そのもの。
私はふと周りを見つめた。
いつのまにか集まっていた元レギュラーメンバー。
「みんな・・・。」
ニッコリと笑うと、全員が私の頭に手を乗せて来た。
それは跡部も同じで。
「重いっての!!」
「少し我慢しぃや?」
忍足にニッコリと微笑まれて、私は口を閉ざすしかなかった。
「お前ら、来年の夏までにレギュラー挽回するぞ。いいな!!」
「おう!」
グイっと下に押された。
次々と外される手。
一番最後に残ったのは、跡部の手だった。
跡部はそのまま私の頭をポンと軽く打った。
「そして俺たちは、また頂点に立つ。来年の今頃までにな。」
「跡部・・・うん!」
涙が零れそうになるのを必死に抑えながら、嬉しそうに微笑むと、跡部も同じように嬉し
そうに微笑んだ。
そうだよ。
別に中学卒業したからと言って、終わりじゃない。
他の学校だって同じ。
青学の不二だって、手塚だって、立海の幸村君だって、仁王君・・・みんなみんな、立場は一緒。
何も変わらないよ。
そうだね。
来年・・・あの子達が高校に入学してくるまでには、今のレギュラーメンバーを復活させ
ておかないと。
これからはそれが使命だ。
「跡部!どっちが先に部長になるか、競争だね!」
「俺が勝つに決まってんだろ?アーン?」
『跡部景吾!!!なんで、私と同じテニス部に来るのよ!』
『別にたまたまお前と同じになっただけだ。それにお前と一緒にするな。俺は部長になる男だ。』
『ほぉ〜!だったら部長の座、あんたと私、どっちが先に取れるか、勝負よ!』
『フン!上等。』
よし!
私はまた窓の外を見つめた。
同じ事が繰り返される。
4月に跡部に宣戦布告した・・・あの時から・・・。
でも、一つだけ違うのは・・・。
「。」
「へ?」
突然、跡部に下の名前を呼ばれて、振り返ると。
チュッ
「うわぁ、跡部やらC〜♪」
「よくやるぜ、まったく。」
呆れたような宍戸の声。
私の顔は真っ赤になった。
そして、こめかみを抑えた。
こ・・・
こっ・・・
こいつ・・・・
今、わたしのこめかみに・・・
キスしやがった!?
「な!?跡部!!」
「景吾。」
「はぁ?」
「俺の名前を呼んでいいのは、お前だけだ。」
クス・・・
懐かしいな。
窓の外から、中学の校舎を眺めていた。
つい数ヶ月前までは、あそこにいたんだ。
春の優しい風が、頬をくすぐる。
新しい制服に身を包み込み、すでに始まっている中等部のテニス部。
がんばってるな・・・みんな。
よし、私も頑張りますか!
私の手には、入部届け。
3年前のあの時と同じ。
ふと教室に視線を戻せば、隣にはあいつの優しい視線。
何もかも、同じ。
ただ、3年前と違うのは・・・
「?」
「景吾、入部届け出しにいくよ。みんなとは部室前で待ち合わせてるし。」
「ああ。」
そう。
跡部から景吾に変わって
からに変わった事。
それだけ。
終わり
後書き 〜 言い訳 〜
ここまで読んで下さり
心より深くお礼申し上げます。
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
再掲載日 2010.10.29
制作/吹 雪 冬 牙
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