『 嫉 妬 』
「好きです!俺と付き合って下さい!!!」
学校が終わった黄昏時。
旧校舎裏に呼びだれた私は、ただただ目の前で頭を下げている男の子を凝視してしまった。
顔を真っ赤にして、頭をさげてるのは、サッカー部でも主将をしているエース。
いつでもさわやかな彼の笑顔は、学校でも1位2位を争うほどの人気ぶり。
(いちよう言っておくが、1位はテニス部部長の幸村精市。)
実際に私の友達も、彼のファンクラブに入ってるほどだ。
だが、今の状況はどうなんだろう。
まったく話をした事もない人間が、突然現れたかと思ったら
「付き合って下さい。」と頭を下げられても。
現状に頭がついて行かなくて、私はただ言葉を紡ぐ事ができなかった。
「えっと。」
なんとか私が声が出すと、その人は照れたような笑みを浮かべて、頭をあげた。
そして頬をかいて、自分から視線をそらした。
「突然、こんな事言ってごめんな。とは話した事なかったけど・・・俺、ずっとの事が好きだったんだ。」
「あ・・・どうも。」
ファンクラブがいたら殺されかねない。
こんな主将見た奴がいただろうか。
私の名前は。
立海大付属中学3年で女子テニスの部長をしている。
一昨年は、全国2位で終わったが、去年は男女ともに全国1位の座についた。
そう・・・。
テニス部部長である自分。
何よりもテニスが好きで、異性の事なんてまったく頭になかった。
ただ自分が強くなる事だけを求めていたから。
それ故、恋愛事情にはとことん弱い。
もちろん告白されたのだって、指で数える程度だ。
だから、こういう時の対処法がわからない。
どうしていいか分からず、私が俯くと、その人の優しい声が聞こえた。
「は好きな奴いる?」
いや、いない・・・と思うけど・・・。
「俺の事・・・嫌い?」
嫌いもなにも・・・名前だってあんまり覚えてないっての。
どうしよう。
好意を向けられて、嫌な気分になる奴はいない。
それに・・・なんとなく人気があるのがわかる。
だが、あまりにもその人の視線が熱くて、真剣で、どうしたらいいのかわからなくなる。
「嫌い・・・じゃ・・・ないと・・・」
「。」
「思う。」と口にしようとした同時に、背後から私の名前を呼ばれた。
その声はよく知る人物の物で。
私は安心したように肩の力を抜いて、後ろを振り返った。
そこには、テニス部のジャージを着た幸村精市が立っていた。
一見穏やかそうな男子テニス部の部長。
もちろん、立海ナンバー1の人気を誇る容姿端麗を持つ。
噂に寄れば、他校まで幸村のファンクラブが出来ている程だとか。
正直、どうしてこんな人が・・・と私は思う。
彼の本当怖さをみんなは知らない。
一見優しそうな彼だが、そこは王者立海と言われる男子テニス部の部長だ。
穏やかな訳がない。
副部長である真田もかなり怖いイメージがあるが、この幸村はテニス部なら誰もが怖がる
・・・それこそ魔人の名にふさわしいくらいの人。
優しい笑顔の下の本心。
瞳だけが冷めた眼差し。
幸村は、私の目の前にいる男を完全に無視した状態で近づいてきた。
「何してるの?部活始まるよ?」
「ああ、ごめん。すぐに行くから。」
そう言ってから、私は一歩幸村の方へと足を踏み出した。
おっと、いけない。
後ろで呆然としているサッカー部の主将へと振り返った。
「えっと、ごめんなさい!それじゃ、部活が始まるから!」
私は逃げるようにその場から走り去った。
そんな私の後ろ姿を見送る、男二人。
幸村も軽く息を吐くと、ポン・・・と呆然としているサッカー部の主将の肩に手をついた。
はたから見れば、軽くおいた手。
だが・・・。
「・・・いつ。」
指先に込められた力で、主将は顔をしかめた。
一方、幸村はと言うとそれはそれはさわやかな笑顔を向けていた。
「逃げられたね・・・まぁ、君も部活頑張って。」
クスリ・・・
と笑みを浮かべると、幸村はその場を後にした。
「はぁ・・・はぁ・・・。た、助かったぁ・・・。」
全速力で部室まで来れば、あがった息を抑えるように、扉の前で深呼吸した。
「何が助かったんじゃ?」
丁度男子部の部室から出てきた仁王が、面白い物を見るかのように、私の事を見ていた。
こいつの事だ、今まで何があったかわかってるはず。
私は無言のまま仁王をにらみ付けた。
すると仁王は、ポンと頭に手をのせた。
「まぁまぁ、そんな怖い顔しなさんな。可愛い顔が台無しじゃろ?」
「・・・。」
「それ以上に怖い顔になっとる人もいるようじゃがな。」
それだけ言うと、仁王は手を離した。
「ま、頑張りんしゃい。」すり抜け様、それだけ言うと仁王はコートへと走って行った。
あ、まずい。
着替えないと。
私は急いで部室に入り、ロッカーからユニフォームを出した。
まだドキドキしてる・・・。
好きな人・・・か。
いないと言えば嘘になる。
いると言っても嘘になる。
実際にこれが恋愛なのか、尊敬なのか、情なのか、仲間意識なのか、分からないでいた。
1年の頃は、初恋だと思って、その人の言葉で一喜一憂したものだが・・・。
時間がたてば、恋愛ごっこのような感覚で。
それよりもテニスの方が楽しくなったのも一つの要因ではあるんだけど。
少しでも近づきたい。
一緒に隣を歩きたい・・・。
「そう言えば、それでテニスの練習増やしたんだっけ。」
最初の動機は不純。
1年の頃から秀でて強かった、彼の背中を追っていた。
少しでも近づきたくて・・・。
やっと手が届く位置に来たかと思えば、彼はその場にいてくれない。
また遠くへと行ってしまう。
そんな途方もない追いかけっこをしているうちに、恋愛感情なんてものなくなったような
感じだった。
今では、その努力のかいがあって女子部の部長にもなれたし、全国Jr選抜にも出場出来た。
「ふぅ・・・。」
今年が最後か。
着替え終わり、ロッカーを閉めると、コツン・・・とロッカーに額をつけた。
ひやりとして気持ちいい。
いつも部活前にやる精神統一。
大丈夫・・・大丈夫・・・。
そう自分に言い聞かせて、私はゆっくりと顔を上げた。
愛用のラケットを持ち、部室を出ると、すぐ脇の壁に男子部部長の幸村が壁に背をもたらせながら
立っていた。
「うわっ!?・・・びっくりしたぁ。」
「そう?」
素直にそう言うと、幸村は優しい笑みをむけた。
それにしても、なんでここにいるんだ?
コートを見ればすでにウォーミングアップが始まっている。
何やってんだよ、こんな所で。
「どうしたの?幸村。」
「うん・・・。」
何か言いたそうにしている幸村。
「先に行くよ。」と幸村の前を通り過ぎようとした時だった。
突然、幸村に手を握られた。
驚いて振りほどくことも出来ず、その場で足を止めた。
幸村の顔を見れば、いつものような優しい笑みはどこえ消えたのか、真剣な顔つきで私の事を見ていた。
「な、何?」
「どうするの?」
その疑問は、きっと先程の校舎裏での出来事の事だろう。
そんな顔しないで。
誤解しちゃうから。
「手。」
私の精一杯の言葉。
なのに幸村は、意味が分からないと言うようにコテンと首を傾げて、私と同じ言葉を口にした。
「手?」
もうどうしていいかわからない。
ただ顔がドンドン赤くなるのだけはわかる。
言葉が、出て来ない。
やっと出た言葉は・・・
「はっ・・・。」
きっと、幸村はそれまでも楽しんでるように見える。
その証拠に、まるでオウム返しのように、同じ言葉を口にしては、満面の笑みを浮かべている。
「は?」
私は目をギュッと閉じて、半ば叫ぶように声に出した。
「は・・・離してッ!」
私がやっとの思いで伝えれば、幸村は「今気が付いた」と言わんばかりに、私の手を離した。
私は幸村の方に向き直ると、ニッコリと笑みを作った。
「部活、行こう。幸村部長。」
それが答え。
今はまだ・・・このままでいさせて。
恋と呼ぶには、まだ恥ずかしい。
でも・・・。
少しでも、あなたの側にいれるなら・・・。
それなら・・・。
あなたの隣を、共に歩ける程の私になるから・・・。
だから・・・
幸村もそれが分かったのか、先程とはうって変わって笑みを浮かべた。
「そうだね・・・あ、そうだ。。」
「ん?」
「遅刻した罰に、校庭20周ね。」
ゲ。
どこぞの部長じゃないんだから・・・。
はぁ・・・
でも仕方ないか。
私はコートに入ると、ラケットを置いて校庭を走りだした。
ん?
横を見れば、幸村も一緒に走っている。
「何してんの、幸村。」
「俺も遅刻したからね。」
足並みを揃えて走る。
気が付けばいつも隣にいる。
どんなに先に行っても、必ず貴方は待っていてくれる。
手をさしのべて、「おいで。」と励ましてくれる。
私は、少しでもあなに近づけたのだろうか?
あなたの隣にいても大丈夫な程、成長したのだろうか?
ただ幸村が隣にいるだけで、心が温かくなる。
私はクスリ・・・と笑みを作った。
「幸村。」
「何?」
いつだってそう。
呼びかければ、必ず答えくれる。
いつも私の声を聞いてくれる。
「今年も二人で全国行こうね。」
私の言葉に幸村は驚いたように目を丸くして私の事を見ていた。
直後、幸村は私の頭をポンと軽く叩いた。
驚くのは今度は私の番だった。
叩かれた頭を抑えて、幸村の事を睨めば、そこに見た事のないような幸村の顔。
優しい・・・優しい・・・視線。
「もちろん。」
ドキン・・・。
幸村のそんな顔を見て、一気に顔が紅くなった。
心臓がバクバク言ってる。
幸村の事が見ていられなくて、隣にいるのが辛くて、私はペース少し上げた。
「先に行くよ!」
「あ、それないよ、。」
遅れないようについてくる。
追いつかれないように、またペースを上げた。
さらに幸村のペースを上げる。
ランニングのハズが、最終的には、ダッシュのようになり、お互いに全速力で走りだした。
そんな私たちを、部員達は不思議そうに見ていた。
「あいつら、ランニングしてるんじゃないのか?」
「あれでは、ダッシュだな。」
真田の小さな疑問を口にすれば、隣にいた柳も幸村との事を見た。
手にはしっかりストップウォッチが握られている。
「ふむ。いつもよりも大分早いな。」
そんな事を言いながら、柳は二人の1周ペースのタイムを確実にノートへと書き起こして
いた。
それにしてもあまりにもペースが速い。
幸村は退院してしばらく立つとは言え、そんなに無理をして大丈夫だとも思えない。
そんな心配をしてか、真田が二人に声をかけようと口を開けた時だった。
仁王はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「真田、馬に蹴られて死にとうなかったら、気にせんほうがええ。」
「何を言ってる、仁王。」
仁王の言ってる意味が分からず、もう一度幸村との事を見た。
柳も仁王の顔を見て、事情を知ったのか口の端を上げた。
「確かに。精市は、がアイツに呼びだされたと知った途端、部室を飛び出したからな。」
「部活に遅刻しそうなのを連れ戻して、何がいけない。」
「それだけじゃなかよ。」
真田はより一層分からないように、柳と仁王を見て、また達へと視線を戻した。
ピ。
柳がストップウォッチを止めると、幸村とはその場で深呼吸していた。
だが、二人の顔は気持ちよさそうで、真田も自ずと笑みを浮かべた。
「まったく、しようがない二人だな。たるんどる。」
「さ〜て、これからが面白いじゃろな。どうじゃ、柳。どっちが先に落ちるか、賭けでも
せんか?」
「・・・答えの出てる賭けなど面白くない。遠慮しておく。 」
後書き 〜 言い訳 〜
ここまで読んで下さり
心より深くお礼申し上げます。
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
更新 2007.12.03
再掲載 2010.10.29
制作/吹 雪 冬 牙
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