【 願い事 】妖狐蔵馬×ぼたん
「蔵馬!」
ガシッ!と両肩を掴まれて、必死な目で俺を見つめるぼたん。
えっと・・・これは・・・?
自分の両手は、ぼたんをこのまま抱きしめて良いのか・・・迷うかのように、その場で止まってしまった。
「えっと・・・何?ぼたん?」
それでも俺を必死に見るぼたんの顔。
ドクン・・・
やばい。
俺の心臓が、いつも以上に強く打った。
これは・・・妖狐になる前触れ。
大分慣れては来たとは言え・・・なるべくぼたんの前では出さないようにしていた。
もし、妖狐の自分なら・・・。
ぼたんに何をするかわからない。
俺のように、触れる事すら怖がってぼたんとの微妙な距離なんか取らない。
あっと言う間に、間合いを詰めてしまう。
そして、俺が望む事をしてしまう。
「ぼたん・・・ごめ・・・離れて。」
「いやだよ。」
ぼたんから返された言葉に、俺は驚いた。
だが、その瞬間はすぐに訪れてしまった。
無理矢理にぼたんを振り払う事も出来ず、俺はそのまま妖狐へと・・・
変身してしまった。
「クッ・・・こんな女一人に・・・。 」
自分の胸にすがっているように、服を掴む目の前の女。
たしか・・・ぼたんとか言ったか。
その細い手首を掴んだ。
「うわっ・・・何するんだよ、蔵馬!」
「フン。お望み通りに、出てきてやったのに、随分な物言いだ。」
怯えてる瞳で俺を見るぼたん。
俺は構わずその唇に自分の唇を重ねようとした、時だった。
「ちょっと待っておくれ。」
「・・・なんだ。」
「あんたに聞きたい事があったんだよ。」
いたく真剣な眼差しに、俺はそのままぼたんの言葉を待った。
「あんたの願いはなんだい?」
「俺の願い?」
なんでそんな事を俺に聞く。
相変わらず思考が分からないぼたんに、俺は気がそがれたように手首を解放した。
つまらん。
それだけ思って、ぼたんに背を向けた。
グイ・・・と服を引っ張られて、俺はチラリ・・・とぼたんの事を見た。
普通ならこの視線で物怖じする。
だが、ぼたんはそんな事気にしてないように、もう一度同じ言葉を繰り返した。
はぁ。
こうなったぼたんが手がつけられないのは、よく知っている。
俺はそのままぼたんを担ぎ上げた。
「ちょ、ちょっと、下ろしなよ!蔵馬!!!」
「うるさい。」
射殺すかのように、睨みつければ、そのままぼたんは大人しくなった。
俺はぼたんを担いで、都心から少し離れた丘へと連れて来た。
辺りは夜。
こんな時間に人影などあろうはずもない。
あのまま家にいては、いずれ他の者が出入りする可能性があった。
じっくり話す為に、ぼたんをここへ運んで来た。
何故、俺を呼んだのか。
聞くために。
「何故、俺を呼んだ。」
「だから言っただろ?蔵馬の願いが知りたいって。」
「だから何故だ。」
するとぼたんはポツリと真相を話し始めた。
「だって、いくら蔵馬に聞いても、願いはない・・・なんて言うんだもん。私は、少しでも蔵馬の役に立ちたいから、蔵馬が望む事をして上げたかったんだよ。」
最後の方は、だんだんと声が小さくなり、耳を澄ませないと聞き取りづらくなった。
面白くない。
俺ではなく、人間の蔵馬の事ばかり言う女。
あれだけ大切にしていた女。
俺が奪ってしまえば、アイツはどんだけ悔しがるか。
この女はどれだけ絶望するのか。
見てみたい・・・。
「だから。」
ぼたんは俺の方に視線を向けた。
怖くないわけないだろう。
微かに震えてる彼女の体。
「まずはあんたの方から願いを叶えようと思ってね。」
「!!」
ぼたんの言葉に耳を疑った。
「俺は人間の蔵馬ではないぞ?」
「蔵馬は蔵馬だろう?どんな格好してても。私の好きな蔵馬だよ。」
ふわり・・・と笑みを向けられて、俺は、ゆっくりとぼたんに手を伸ばした。
軽く引き込めば、ぼたんは意図も簡単に俺の胸へと入って来た。
目を閉じて俺の胸の鼓動に耳を澄ませるぼたんが・・・
愛おしいと思った。
「俺の願いは・・・。」
言っていいのだろうか?
「願いは・・・。」
君だと。
君が全てだと・・・。
「ぼたんが、ずっと側にいてくれる事です。」
「お帰り、蔵馬。」
気が付けば、妖狐から人間の南野秀一の姿へと戻っていた。
ぼたんは俺の耳へと自分の口を持っていった。
そして一言。
「私の願いと同じだったね。」
呟いたのだった。