ありがとう、そして
***kurama*botan
作者 結華 様
テレビが一段と騒がしくなり、新年がもうすぐそこまで来ていることに気付いた。
蔵馬は読んでいた本から顔を上げると、時計を見遣った。
12月31日23時50分を過ぎたところだった。
年明けまで残り10分を切ったという騒ぎだったようだ。
妙に納得し、口端を僅かに上げると、蔵馬は窓辺に歩み寄りカーテンを少しだけ開けた。
何もかもを吸い込んでしまいそうな漆黒の夜空に華奢な三日月が浮かんでいた。
数日前、ぼたんに年末年始の予定を聞いたところ、霊界はこの時期は一年を通して一番忙
しく、連日仕事だと笑っていた。
それでも初詣の習慣があることを告げると、何とか3日を休みにしてくれたのでその日に
会う約束をしていた。
3日後に会うのに、一番に新年の挨拶をしたいと思ってしまうのは欲張りなのだろうか。
そう考えて、蔵馬はひとり自嘲気味に笑った。
新年の挨拶をしたいというのは、建前でしかないことにすぐに気付く。そう、自分は彼女
の声を聞きたいだけなのだ。
ただ、単に。
いつの間にかテレビでカウントダウンが始まっていた。
毎年変わらぬ光景が延々と写されている。
日本中、いや世界中の各所で大きな賑わいを見せていた。
カウントが近付くにつれ、心の中が妙にそわそわしてきていた。
無意識のうちに、窓ガラスを指先でコツコツと弾いていた。
どうにも落ち着かない。そんなことをしながら、新たな年の幕開けを聞いた。
その瞬間、まるで導火線の火が爆弾に到達したかのように、蔵馬はコートを羽織った。
テレビもつけっ放しのまま、急かされるように玄関へと向かう。
けれど何に急かされているのかすら、蔵馬自身にもわからなかった。
財布と家の鍵だけをコートのポケットにしまって、勢い良く玄関のドアを開けた。
「きゃっ!?」
瞬間、短い悲鳴が聞こえて、蔵馬はドアノブに手を掛けたまま立ち止まった。
「あ、あれっ蔵馬、これからお出掛けかい?」
「・・・ぼ、ぼたん!?」
ドアの前にいたのは、3日後に会う約束をしている、今仕事中のはずのぼたんだった。
「・・・どこか行くのかい?」
いつもの桜色の着物を着たぼたんが、蔵馬を見上げて首を傾げた。
「い、いえ・・・別に」
「だって、コート着て家から出てきたってことは、どこかへ行くはずだったんだろ?」
「ぼたんこそ、こんなところで何をしているんです?今日は仕事でしょう」
慌てて質問を返すと、ぼたんは照れたように指先で頬を掻いた。
「いやぁ、実はさ、今も仕事中なのさ。ちょっと抜け出して来たんだ」
立ち話も何だからと家の中へ通そうとした蔵馬に、ぼたんは手を振って遠慮した。
「ちょっと一言言いに来ただけだからさ、またすぐに仕事に戻らなきゃならないんだよ」
「そうですか・・・大変ですね」
「もう慣れちまったけどね。・・・それより蔵馬、明けましておめでとう」
ぼたんはそう言うと、笑顔を浮かべた。
「あ、いやこちらこそ、明けましておめでとうございます」
蔵馬は慌ててそう言いながら、クスリと笑みを零した。
「な、何さ?何か変だったかい?」
笑い声を聞き咎め、ぼたんは頬を膨らませる。
その様子に、蔵馬はとうとう声を上げて笑った。
「なっ何なのさ〜!?」
突然笑われて訳も分からず、ぼたんは益々膨れてしまう。
そんなぼたんを見ながら蔵馬は一頻り笑い終えると、宥めるように彼女の髪を撫でた。
「すみません、何も変じゃないですよ」
「なら、何で笑ってたのさ?」
「いえ・・・俺もさっき、貴女に会いに行こうとしていたから・・・」
蔵馬の言葉に、ぼたんは驚いて目を丸くした。
「・・・え・・・」
「俺も貴女にどうしてもありがとうとおめでとうを言いたくて・・・こんな偶然てあるの
かと思ったら、可笑しくなってしまって」
そう言うと、蔵馬は背中を屈めた。
一瞬だけ、唇が重なった。
「・・・今年も一緒にいられますように」
目線を合わせて微笑む蔵馬に、ぼたんは小さな声でバカ、と一言だけ呟いた。
互いの言葉や息が真っ白になっては消えていく、そんな寒い夜のことだった。
後日初詣の列に並びながら、蔵馬はぼたんが玄関に居た理由を聞いてみた。
いつもは窓から参上することが多い彼女なのに、あの夜に限って何故玄関に居たのか。
すると彼女は少し照れ臭そうに、新年の挨拶だから、と答えた。
それを聞いて蔵馬は成程と納得した。
けれどもしかしたら、それだけではなかったのかもしれない。
一歩間違えれば擦れ違っていたかもしれないあの日の夜、玄関へ向かった蔵馬と玄関に
来たぼたん。
彼らが鉢合わせ、互いに一番に言葉を交わしたその奇跡に感謝して、二人は今年も一緒
に居ようと、繋いだ手に力を込めた。
今年という年が、昨年以上に輝かしいものになることを祈って。
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こんばんは、吹雪冬牙です。
以前結華様のサイトにて、年賀状(?)募集されて
いて、心待ちにしていたSSが到着しました!
しかも、冬牙の誕生日の12/31に送られて来て
思いもかけない(冬牙的に)誕生日プレゼントになった!と
一人で大喜びしてました!
本当に素敵なSS
結華様、ありがとうございましたm(_ _)m
結華 様の 素敵サイトへはLINKよりどうぞ!!!