What’s the hurry?
前編
***kurama*botan
午後の授業が終わりを告げると共に、校内が一斉に活気付く。
部活に精を出す者、足早に帰宅するもの、面倒臭そうに掃除に取り掛かる者と様々だった。
そんな中、蔵馬も手際良く帰り支度を済ませて席を立つ。
今日はこの後ぼたんと久々に会う約束をしているせいか、無意識に穏やかな顔付きになっ
てしまう自分を止められなかった。
「南野!」
足早に教室を出ようとしたところで、級友に呼び止められた。
内心舌打ちしながらも、そこは長年優等生を演じてきた経験を生かしてにこやかに振り返る。
「・・・何?」
「あ、もう帰るところだったのか?廊下でお前のとこの部長さんが待ってるぜ?」
級友は悪びれた様子も無くそう言うと、じゃな、と短く挨拶をして一足先に教室を出て
行った。
蔵馬はその場に足を止めたまま、溜息と共に肩を落とす。
今日は活動日でもないのに、部長が一体何の用事だろうか。
まさかまた部長になるよう懇願されるのだろうか・・・それは御免被りたい。
話が縺れようものなら何時に学校を出られるか検討も付かない。
あれこれと思案する蔵馬の脳裏に、待ち合わせの約束をしている彼女の顔が過った。
ぼたんなら、事情を説明すれば解ってくれるだろう。
けれど、寒空の下たった一人で待たせるなどしたくはない。
蔵馬は意を決し、廊下へと出た。そこには級友の言葉通り、部の部長が先輩2人を引き連れて待ち構えていた。
「南野!帰り際に悪いな」
一応非礼を詫びては来るものの、それは上辺だけだとすぐに解った。
「・・・何ですか?」
「まぁ、そう構えるなよ」
「人を待たせているので」
蔵馬は声を堅くしてそう言うと、まるで急かすように腕時計に目を遣った。
「南野が了承してくれれば、一瞬で済むんだけど」
口調だけは柔らかく、けれど半ば脅しにも近いような言い回しに、蔵馬は僅かに眉を寄せた。
「・・・またその話ですか」
「察しが良いな」
「俺、まだ2年だって言いませんでした?」
先日と同じ事を繰り返しながらも、いつもより部長の態度が頑ななことに気付く。
今日こそは本気かもしれない・・・蔵馬は心の中で、待たせているであろうぼたんに謝った。
結局部長たちから解放されたのは、待ち合わせの時間を1時間も越えてからだった。
追い縋る部長を宥め賺して、次の文化祭では部のために新たな論文を極秘で作成すること
を約束し、なんとか今回は部長の件を諦めてもらった。
急ぎ足で廊下を歩き、下駄箱へ向かう。自分の靴の上には今日も何通かお手紙が乗せら
れていたが、それらを手に取る暇も惜しむかのように無視して靴を履き替えると、蔵馬は
走り出した。
正門で待っていると言い張るぼたんを制し、駅前の広場を待ち合わせ場所にした。
今でもぼたんはどこで手に入れたのやらわからないが盟王高校の制服を着用してここへ遊
びに来たりする。
大抵はお昼休みに屋上で蔵馬とお弁当を食べるか放課後一緒に帰るためなのだが、勿論屋
上や下校途中に人が全く居ないはずはない。
当然、その現場を目撃した数人から話が広まり、現在では「あの南野を落とした美少女と
は!?」なんて論争まで巻き起こっている有様だった。
そんな状態なので、尚更ぼたんを正門なんかで待たせるわけにはいかず、蔵馬は広場での
待ち合わせを半ば強引に提案したのだった。
ところが。
「あれは・・・!?」
グラウンドの横を小走りで通過しながら、前方に見えてきた光景に蔵馬は顔を顰めた。
それも仕方の無いことだった。
何故ならそこには、広場で待っているはずのぼたんの姿があったのだから。
その上ご丁寧に一人でいる彼女に馴れ馴れしく話しかけているオマケまで付いているとあ
っては、さすがの蔵馬からも笑顔が消えるというものだった。
ぼたんもぼたんで相手にしなければ良いものを、いちいち相手の話に相槌を打っては笑顔
を見せている。
蔵馬は自分の心が妙に波立つのを感じた。頭に血が上る。全身がささくれ立つかのように
落ち着かない。
冷静になろうとすればするほど、苛々を抑えられない。
「彼女に、何か御用ですか?」
気が付くと蔵馬は、相手からぼたんを引っ手繰るようにその肩に担ぎ上げていた。
突然のことにぼたんは目を見開いたまま言葉を失い、同時に彼女に話し掛けていた男は驚
いたように蔵馬を見上げると焦ったように愛想笑いを浮かべた。
「ちょ・・・っ、くらまっ!?」
「暴れないでください、落ちますよ」
肩の上でじたばたと動くぼたんを窘めると、蔵馬は相手の男を一層鋭く睨み付けた。
「さっさと去れ。俺が何もしないうちにな」
全身が凍て付くかのような冷たい視線と声を浴びて後ずさると、男は一目散に姿を消した。
蔵馬は男の逃げた方向を忌々しげに睨んでいたが、やがてぼたんを担いだまま踵を返した。
「く・・・蔵馬っ!?ひ、人が見てるよっ」
ぼたんの声にも答えず、無言で歩いていく。
既に閑散とした校内で、それでも擦れ違う数人から驚きと好奇の目で見られ、ぼたんは居
た堪れないというように弱々しく呟いた。
「降ろしておくれよう・・・」
「・・・駄目です。降ろしたら、またさっきのようなことになり兼ねませんから」
「だ、だってあの人は・・・っ」
「言い訳なら後で聞きます」
咄嗟に反論しようとしたぼたんをピシャリと制すると、蔵馬は小さな扉の前で足を止めた。
ぼたんを担いでいるのと反対の手で制服のポケットを漁ると、鍵を取り出してその扉を開けた。
「図書準備室」と表記されたその部屋へ入り内側から施錠すると、蔵馬はそこで漸くぼたんを降ろした。
「・・・ここの鍵を持っているのは俺だけです。後はスペアが職員室にあるだけです」
けれどそんな言葉に耳も貸さず、ぼたんは蔵馬を睨んだ。
「・・・なんであんなことしたんだいっ!?」
「貴女が得体の知れないような男と親しげにお喋りなんかしていたからでしょう」
ぼたんの睨みも全く効いていないかのように、しれっと答える蔵馬。
その態度に、ぼたんは益々口調をきつくした。
「だって、あの人はねぇっ・・・」
「以前、貴女と面識のあった妖怪のようですね」
蔵馬はそう言うと、ぼたんを見据えた。
知っていたのか、とぼたんが言葉に窮した。
「俺も妖怪の端くれです、そのくらい見れば判りますよ」
「・・・だったらどうして・・・あの人、霊界裁判で執行猶予が付いてから今までずっと
真面目に生活してきたんだよ?迷惑掛けた人間界に何かしたいって、今だって他の妖怪の
有志たちと公園の草むしりをしてきたんだって言ってたもん!」
目尻に涙を溜めながら形の良い唇を震わせるぼたんを見て、蔵馬はしまったと少なから
ず後悔した。
彼女はこういう性格なのだ。
改心して一生懸命生きている妖怪を無下にするようなことは絶対にない。
「・・・彼にあのような態度を取ったことについては、謝ります」
瞬きしたことで涙が流れ落ちたらしく、ぼたんは慌てて背を向けた。
普段より一際小さくなってしまったその背中を見つめ、蔵馬は続けた。
「・・・けど、少しは俺の気持ちも察してくれませんか?」
背中から彼女をそっと抱き締め、柔らかな髪の毛に顔を埋める。
腕の中の彼女が、一瞬だけ身体を強張らせたのがわかった。
「大切な恋人が見知らぬ男と楽しそうに話していて、何も感じない男なんてそうは居ない
でしょう」
蔵馬の言葉に、ぼたんは何かに気付いたように瞳を開いた。
「・・・ごめん・・・」
あからさまにしょんぼりしながら謝ったぼたんを振り向かせると、蔵馬はその日初めて
の笑顔を見せた。
「俺も、ぼたんの気持ちを無視してすみませんでした」
見上げれば、翡翠のような澄んだ深緑の瞳に囚われ、視線を外せなくなる。
それが徐々に近付いてくるのを感じ、ぼたんはゆっくりと瞳を閉じた。
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こんばんは、吹雪冬牙です。
貰ってしまいました!
1周年記念イラストを見て、結華様が
こ〜んな素敵な文章を作って下さいました。
本当にどうもありがとうございました!!
本来は、1作品なんですが・・・
大変申し訳ないのですが、後半部分は18禁かな〜
と思ったので、切らせて頂きました。
18禁の後編は冬牙の私室にございますので、
ご了承の方のみ、どうぞ!!!
結華 様の 素敵サイトへはLINKよりどうぞ!!!