俺に負けないくらい愛してやる
まさかヒノエ君が熊野の別当だったとはね・・・。
しかも、弁慶さんとは親戚だし。
本当に彼には驚かさればかりだ。
なーんと思うのは、時空を飛ぶ力を持つ前の事だけど。
すでにこれから起きる運命を知ってしまってる私には、さほど驚く事もなかった。
初めて熊野でヒノエ君に会うはずだったのは、その前の春の京で挨拶を交わしたし。
それ故、一緒に行動してもらって自分って人間を知ってもらったわけだし。
でも・・・。
望は、熊野の宿の中でぼんやりと外を眺めていた。
今はそれぞみんな好きな事をやっている。
町に情報収集に行く人もいるし、部屋でゆっくり休んでる人もいる。
望はもう一度大きなため息をこぼした。
確かに運命を変える為に、今自分はここに戻ってきている。
本当は何もかも知ってるのに、何も知らないと言う顔で話しを併せている。
言ってはいけないと、本能でわかる。
運命を変えるって言うのはそれほどに大きな事だから。
でも・・・でも・・・。
こんなにも自分を神子として慕ってくれているみんなに嘘をつくのは、はっきり言ってい
い気はしない。
しかも自分の好きな人に対してまでも・・・となると。
「・・・はぁ。」
「俺の姫様は、何か悩み事でもあるのかい?」
軽い口調が頭上が聞こえてきた。
ふと振り向くと、いつのまにかヒノエ君が背後に立っていた。
気配すら感じないとは。
そんな考えがわかったのか、ヒノエ君は自分の隣に腰をおろした。
「随分熱心に考え事していたね。俺の声も聞こえない程に。」
「え?」
あわててヒノエ君の顔を見るが、ヒノエ君はいつものようなからかっている表情ではなく
て、真剣に私の顔を見つめていた。
「俺が力になれるかい?」
私はただうつむくことしか出来なかった。
力になる・・・。
違う・・嘘をついているのは、私なのに。
そんなに優しくしないで。
あなたが熊野の別当だってことも知ってるし、弁慶さんが叔父さんだってことも。
全部・・・全部知ってるのよ。
「そうだ、姫君。ちょっと時間いいかい?」
「え?」
「良い所に連れて行ってやるよ。損はしないと思うぜ?」
そう言うとヒノエ君は私の腕を引いて、宿を出た。
何も言わずについていくと、港に一艘の船が停泊していた。
「おう、すまねぇな。」
「いいってことよ!んじゃ、出るぜ!!」
ヒノエ君は、急に私の腰に手をかけると、いとも軽く船に飛び乗ったのだ。
私はあたりを見渡した。
そうだ・・・これ水軍の船だ・・・。
ヒノエ君はクスリと笑った。
「ちょっと知り合いに無理言ってね、借りたんだよ。」
嘘・・・。
だってこれヒノエ君の船だもん。
私はこれで貴方に命を救われて・・・そして・・・
ふと、この先に起こる未来を思い返してしまった。
自分の事を抱きしめずにはいられなかった。
フワリ・・・
ふと隣を見るとヒノエ君が、いつも自分の肩にかけている着物を私にかけてくれていた。
「ヒノエ君・・・」
「少し寒かったかい?それとも、自分を見失いそうになってたかい?」
え・・・。
私は驚いてヒノエ君の事を見上げた。
知ってるはずがない。
だって、私は何も言ってないもの。
私がだまってうつむくと、ヒノエ君は肩に手をあてたまま船首の方へ誘ってくれた。
潮風が頬にあたって気持ちが良い。
すっと瞳を閉じた。
窮屈だった空気がいっきに晴れたような気になった。
「姫君は、俺が嫌い?」
「え?」
唐突に聞かれて、思わず顔を赤らめてしまった。
この時は、まだお互いに恋と自覚してなかったはず・・・。
「その顔は、うぬぼれてもいいのかい?」
そう言って、そっとヒノエ君は、私の頬に手を添えた。
優しいそのぬくもり。
何も変わらない・・・大好きなヒノエ君のぬくもり。
私は少し目を閉じた。
「望は不思議な子だね。」
「え?」
「たまにお前が本当の恋人のように錯覚してしまう時があるよ。」
え・・・
クスリと笑うヒノエ君の表情に思わず、目を見開いてしまった。
こんなこと・・・なかった。
前の歴史には・・・なかったのに・・・なんで?
「そんな情熱的な瞳で見られたら、俺だって誤解する。」
顔を近づけて、ヒノエ君はささやくようにつぶやいた。
そうだ。
今の私にはヒノエ君を心から好きだって気持ちが出てる。
だから、それすらも運命を変えてしまっているのかもしれない。
・・・て事は、このヒノエ君の感情すら、私が変えてしまった・・・のかも・・・。
つー・・・と望の瞳から涙がこぼれおちた。
「姫君!?」
突然泣き出されたので焦ったのか、ヒノエ君は驚いたように目を見開いた。
「ごめ・・・ごめん・・・なさい・・・」
ただ繰り返しつぶやく言葉に、ヒノエ君は迷わずに抱きしめてくれた。
何も言わずに、力強く抱きしめてくれていた。
そして私も、これ以上この感情に流されないようにしっかりとヒノエ君にしがみついてい
た。
「姫君をそこまで苦しめているのは、何?」
「私は・・・。」
「・・・姫君が悪いんだからね。」
そう言われた瞬間、ヒノエ君の唇が、私の唇と重なっていた。
久しぶりの・・・くちづけ。
私の瞳から、次々と涙があふれだしていた。
ヒノエ君が死んでしまう前日・・・初めて気持ちが通じて・・・初めて体を重ね合わせ
た。
何もかもか満たされたような感覚。
これからの将来の誓い。
幸せな未来への夢・・・。
何度もいとおしく名前を呼ばれては、口づけを繰り返したあの日。
「姫君・・・。」
辛そうに私の事を見つめるヒノエ君。
私は涙を止める事も出来ずに、ヒノエ君に自分の思いを伝えた。
本来ならば、あの日にヒノエ君から聞くはずだったのに・・・。
でも、あなたとぬくもりなしには・・・あなたの気持ちなしでは生きていけない。
そんな風にした、貴方が悪い。
「そんなに嫌だったかい?」
やっとの思いで出したような感覚のヒノエ君の言葉に、私は首を横にふった。
そして、自らヒノエ君の唇に自分の唇を重ね合わせた。
「私は・・・ヒノエ君がいないと・・・駄目なの・・・。」
最後まで言葉は言わせてもらえなかった。
その後の言葉は、ヒノエ君の熱い抱擁と口づけに消えてしまった。
情熱的な口づけに、私はただあの狂ったような時間を思い出した。
熱い吐息も、何度も名前を優しく呼ばれたのも・・・。
「本気にしていいのかい?」
私は小さく頷いた。
するとヒノエ君は、本当に嬉しそうに顔をほころばせた。
「俺より先に言うなんて、お仕置きが必要なようだね。」
「え・・・。」
そんなまさか。
だってヒノエ君はこの後に私の事を好きになっていくはずなのに・・・。
「驚いた顔してる。俺は、お前をずっと俺の女にしたかったよ。お前の側にいる男どもを
見て、俺がどれだけこの胸にどす黒い炎を燃やしていた思う?」
「ヒノエ君・・・」
「本当に俺の女になってくれるんだよな?」
何度も確かめてくるヒノエ君。
私は何度も聞かれる度に頷いていた。
「良かった。」
きゅっと私を再度抱きしめたヒノエ君がぽつりとつぶやいた。
私は、横目でヒノエ君の事を見た。
私の肩に顔をうずめているから、表情は見てとれないけど。
でもその声は、本音を話す時の声で・・・。
「何が?」
「どうやって姫君をさらおうかいつも考えてた。どんな手段を使おうか。俺はほしいと思
ったものは必ず手に入れる主義でね。」
そう言えば・・・
前にも同じ事言われたっけ。
思わずくすりと笑みを浮かんでしまった。
「うん。知ってる。」
「おやおや。そこまでお見通しって、さすがは神子姫様かな?」
そう言われて、私はヒノエ君から少しからだを離した。
全てを話す事を決意して。
ヒノエ君もわかったのだろう。
真剣に私の顔を見つめてきていた。
「ヒノエ君にだけ、私の秘密を話します。」
「ヒミツ・・・ね・・・。」
何かを知ってるかのようにヒノエ君は笑みを深くした。
「もしかして逆鱗の事かい?」
え・・・。
なんで知って・・・
するとヒノエ君は、ふと後ろの方に視線を投げた。
「いるんだろ、おっさん。」
そう言われて、苦笑混じりに出てきたのは弁慶さん。
まさか・・・いるなんて思わなかった。
「おっさんとは・・・ひどい呼び方ですね、ヒノエは。」
「勝手に俺の船に乗っておいてそれはないぜ?」
「おやおや。」と笑みを含めたままの弁慶さん。
そしてヒノエ君は私の方を向いて軽くウィンクしてきた。
「お前にとってはこの時間は2度目なんだろ?」
「どうして・・・それを・・・。」
唖然としてヒノエ君を見つめると、ヒノエ君はふっと弁慶さんの方を見つめた。
「俺の親父とおっさんは、詳しいんだよ。龍神に。」
あ・・・。
そうか。
私は弁慶さんの未来も知ってる。
応龍の均衡を崩してしまった事も。
だから知ってるのか。
「でも、どうしてわかったんですか?」
呆然と話す私に、弁慶さんはクスリと笑みを浮かべた。
さすがは血がつがってるだけあって、ヒノエ君と同じような笑みを浮かべてくる。
「貴方が戦で、先に起こる事を予見しましたから。きっとそうなんだろうと思いましてね。」
「ま、俺も可笑しいとは思ってたけど。」
知ってたんだ。
やっぱり、この二人には叶わないな・・・。
「ごめんなさい。」
つぶやいた言葉に、弁慶さんは私の頭にそっと手をおいてくれた。
「謝る事はないです。運命を変える為に貴方は再び戻ってきてくれている。それだけで十
分じゃないですか。」
「でも!でも・・・私にどこまで変えられるか・・・。」
自信ないようにつぶやく私に、ヒノエ君はクククと笑い出した。
「姫君、ちょいと聞くが前の世界では俺が恋人だったんだろ?」
確信を持って言うヒノエ君に自然と頷いた。
「いつからだい?」
「えっとこの後・・・4ヶ月後くらいかな。」
そう言われ驚くのは弁慶さんだった。
何か驚く事言ったかな?
私が弁慶さんの事を見ると、弁慶さんはヒノエ君の事を少し睨む形で見ていた。
「貴方ともあろう男が、今後4ヶ月もこんなにかわいい娘さんの胸を痛める現況になると
は・・・許せませんね。たとえ甥っ子でも。」
「フン、それだけ彼女に本気だった証拠だろ。」
「なら、今はさほど本気ではないと言うことですか?」
弁慶さんの言葉に、ヒノエ君は顔を背けた。
あれ?
私が黙ってヒノエ君を見てると、ヒノエ君は参ったように私を見た。
「だからさっきも言ったろ?恋人と勘違いするって。」
「そうですね、なんど抱擁しようと手を伸ばしていた事か。割ってはいるのは大変でした
よ。」
涼しい顔で微笑まれて、私とヒノエ君の行動が一瞬止まった。
本当に弁慶さんには叶わない。
「な?!お前、わかってやってたのかよ!」
「ええ。白竜に逆鱗の話しを伺って確信を持ってましたから。だから、むやみに運命を変
えるのはどうかと思いましてね。」
私は下を向いた。
そうだ。
これを使えば、人の心だって変えられるんだ。
何もかもわかってるから。
そうならないように行動を起こせば、好きになってくれるようにし向けることだって出来
る。
私は顔を上げてヒノエ君を見つめた。
「ヒノエ君は、疑わないの?」
「何をだい?」
「そんな力があれば、人の心を変える・・・運命を変える事だって出来るんだよ?」
それを聞いて、ヒノエ君の瞳がいつも以上に優しくなった。
そして優しくわたしの頬を撫でてくれた。
「一つ聞くが、姫君はどこから運命を変えたんだい?」
「春の京から・・・。」
そう言われてヒノエ君はにこりと笑った。
「なら、運命は変わってない。」
「え・・・?」
言ってる意味がわからずに弁慶さんの事を見た。
すると弁慶さんもにこりと笑みを作った。
「初めてわたしとお会いしたすぐ後でしたか・・・ヒノエはずっと貴方を見ていましたよ。」
「ずっと?」
「八葉だと言うことは知ってましたからね。」
弁慶さんの言葉で、思わず目を見開いた。
何も知らないような感じだったのに。
「そこでヒノエは一目惚れしてるんですよ。貴方に。」
「え・・・。」
「町で聞いたでしょう?別当が神子に一目惚れしたって。」
あ・・・。
「だから、お前が気づく前から俺は、お前に夢中だったってこと。だから、俺の気持ちを
変える事は出来ないんだよ。」
「ヒノエ君・・・。」
感動してる私を見て、にっこりとするとヒノエ君はジロリと弁慶さんの事をにらみつけた。
「で、なんであんたがここにいんのさ。」
「突然、望さんをおそわないか心配だったんですよ。何せ僕たちの血族は手が早いので有
名ですから・・・ね。」
最後は私に同意を求めるように言う弁慶さん。
もしかして・・・体を重ねた事もばれてるんじゃないかと思う程の妖艶な笑み。
瞬時に顔が赤くなってしまった。
するとヒノエ君から思いもよらない言葉が降ってきた。
「しかし、望の体を初めて堪能したのがいくら俺だと言っても、なんか釈然としないんだ
よな。」
「へ!?」
やっぱりばれてる!?
口を開けることしか出来ない私に、弁慶さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「白竜に聞かれたんですよ。ヒノエの気と神子の気が混じり合ってるけど、なんで?って。
さすがに望さんに突然手を出したのかと問いただしてみたんですけどね。」
「俺知らないし。だから、前の時代でそうだったんだろうって結論に達したわけ。」
なんかすごいな二人とも。
こんな非現実な事を、こんなにも認められるちゃうなんて。
「だったら遠慮する必要ないじゃない?」
「だから心配だったんですよ。」
にやりと勝ち誇った笑みを浮かべるヒノエ君と、それを一別する弁慶さん。
「その時の俺に負けないくらい愛してやるよ、望。」
「ヒ・・・ヒノエ君!?」
グイと引き寄せられて、耳元でささやかれて・・・
何度聞いてもなれないこの甘い声。
火がついたように私の顔は赤くなってしまった。
すると、突然私の体は後ろに引っ張られた。
気がつくと、今度は弁慶さんの胸の中に私はいた。
「望さんを無理矢理とは関心しませんね。それに、貴方には言ったはずですよ?」
「・・・わかってるよ。」
なんだろう?
私が二人の顔を交互にみつめると、弁慶さんはにっこりと優しい笑みを浮かべた。
「血は争えないと言うんですかね。」
「?」
「僕もあきらめが良い方ではなんですよ。ヒノエと同じでね。」
そう言った瞬間、ものすごい勢いでヒノエ君に引っ張られた。
後ろか抱きしめられてしまい・・・顔をさらに赤くした。
「あのね、望は俺の女なの。俺の女に手を出すなら、あんたでも容赦しないぜ?」
「これは面白いですね。人の物を奪うのもなかなか面白いものですよ。覚悟していてくだ
さいね、望さん。」
へ?
つまり・・・弁慶さんとヒノエ君の二人からすかれてるってこと?
やっと状況が飲み込めた私は、その場にへたり込んでしまった。
「望?!」
「望さん!?」
こんなに美形な二人に、惚れられるなんて。
夢みてるのだろうか?
するとヒノエ君がかがみ込んできて、私の顔を見つめてにやりと笑った。
「俺達だけじゃないぜ?九郎も譲も景時もそして啓盛も、お前に惚れてる。自覚してるか
らどうか別の話だけどな。」
「それって・・・」
「そう、全員ってコト。だから、早く俺の物にしておきたかったんだよ。望の気が変わら
ないうちにね。」
気が変わるなんてこと・・・
「そんなことない!」
思わず叫んでしまった後、ヒノエ君のすごく嬉しそうな顔が見えた。
二人の世界になってしまったをため息をつきながら船尾へと移動する弁慶。
「やれやれ。あの間に入るのは無理みたいですね。」
苦笑しながらも、背中ごしに二人を見つめる。
「本当に血は争えないな・・・ってコトは、兄上も望さんを見たら惚れるのかな?そうし
たらヒノエも大変ですね。こんな強敵二人を敵に回すんですから。」
何か面白いコトでも思いついたように、弁慶の顔も嬉しそうに終始笑みが浮かんでいたと
か。