「 気持ち 」
朝、学校に来ると靴箱に一通の手紙。
ピンクの封筒、丸い文字。
見るからにラブレター。
俺は小さくため息をついて、それを鞄の中へと忍ばせた。
何十回とされてきた女子からの呼び出し。
体育館裏だったり、校舎裏だったり、屋上だったり・・・。
たいがいは放課後だから、すぐに見る必要はない。
そう判断しながら、俺は教室へと向かって行った。
自分の席につくと、俺はその手紙を鞄から取り出して、読み出した。
予想通り・・・そこには放課後、屋上で待ってますの文字。
はぁ。
知らず知らず、俺はため息を零してしまった。
放課後になり、指定された屋上へと行くとまだ誰も来ていない。
ふと青空を見つめて、目元を和ませた。
この空のどこかで今日も魂を運んでいる、最愛の人の事を思い浮かべて。
キィ・・
と扉を開く音が聞こえた。
数人の女子。
その中から真ん中の女子一人だけが俺の元へと進み出てきた。
察するに、この人が手紙の主。
顔も見た事のない、名前すら知らない子。
「南野先輩・・・あの・・・私、先輩の事がずっと好きです!付き合ってください。」
何十回と聞いたセリフ。
そしてこれから言う台詞も、何回となく繰り返して来た言葉。
「ごめん。そう言うの興味ないから。」
いつもなら、この言葉で頭を下げて帰って行く。
だけど、彼女は他の子とは違った。
「なんで、ですか!?なんで私じゃ駄目なんですか!?好きな人、いるんですか!?」
好きな人。
そう言われてすぐに思い浮かぶのは、青い髪の少女。
いつも明るい笑顔で、俺を癒してくれる天使。
「南野先輩!」
ふと彼女の声で我に返った。
必死にくらいつく彼女を見て、フッと笑みを作った。
負けず嫌いな所は、ぼたんに似てる。
でも、ここで優しくしてもしょうがない。
彼女の為にも、俺は少し冷たい口調で言った。
「それを君に言っても仕方ないでしょ。」
「でも、南野先輩に恋した私には、知る権利があると思います!」
権利?
嫌悪感を感じた。
きっと、ここで好きな人がいると言えば、この子は何をするかわからない。
そう直感できた。
「君は俺のどこが好きなんですか?」
「先輩のかっこ良さとか、優しさとか!全てです!」
全て・・・ね。
俺の全てを知ってるのは、たった一人。
この世でぼたんだけが、俺の葛藤を見抜き、俺の寂しさを癒し、俺の不安を取り除いてくれた。
そんな事も知らない、未熟な女。
全ては俺の外見だけ・・・仮面を被った南野秀一に惚れただけだ。
「君が知ってる全ては全てじゃない。」
「だったら、付き合ってから知らなかった部分はっ」
彼女が必死に言葉を言ってる最中に、俺は彼女の横をすり抜けた。
もう、これ以上聞いていたくない。
心がそう告げた。
「南野先輩!!」
必死に呼び止め、泣き崩れる彼女を横目に、俺は扉を開けた。
案の定、彼女の友達が数人いた。
俺はその人垣をかき分けて、階段を下りようとした。
その時だった。
「もしかして、『青い髪』の人の事、好きなんですか?」
先程、告白してきた子とは違う声だった。
明らかに怒ったような声。
俺は足を止めて、肩越しに振り返った。
案の定、友達が顔を真っ赤にして怒っているのが手に取るように分かった。
「それこそ言う必要、ないですよ。」
人を恨む顔。
友達は突然携帯を取り出して、俺へと投げつけて来た。
よけても良かったのだが、チラリと画面に青い物を見つけて、俺は咄嗟にその携帯を受け
取った。
携帯の画面には、ぼたん。
そして俺。
いつ撮られたのか分からない・・・ぼたんの服を見るに、数週間前のデートの時のようだった。
幸せそうに微笑むぼたん。
それにしても・・・携帯の写真に写るんですね・・・。
妙な事に関心しながら、その画面を見つめていると、ガタン・・・と告白した女の子が友達に
「もういいから!」と泣きながら抑えていた。
これじゃこっちが悪者だ。
名前も知らない人から、突然手紙を靴箱に忍ばされて、勝手に告白して、泣かれて、逆ギ
レされて、ぼたんの事まで持ち出されて・・・。
被害者はどっちだか・・・。
はぁ。
俺は、大きく息を吐き出すとまた階段を昇って行った。
友達の前まで来ると、彼女へと携帯を手渡した。
「隠し撮りとは、あまり良い趣味ではないですね。」
「先輩、答えになってません!佳奈だって、どれだけ先輩の事を思っていたか!」
ふふふ。
どれだけ相手の事を思っていたか・・・か。
まだまだ子供の発言に、笑いがこみ上げてきた。
「本当に好きって言うのは、相手の事をまず考える事を言うんです。自分の気持ちばかり
を押しつけても、意味がないんですよ。」
「先輩!私、許しませんから!」
許さない?
何か間違ってないか?
俺が黙って見つめ返すと、その友達はズイ・・・と携帯を俺の目の前へと向けた。
「この人と、話させて貰います!」
話す?
・・・まぁ、あんまり人間に姿は見せないから、大丈夫か。
このまま相手にしていても仕方ないな。
「お好きにどうぞ。」
それだけ言うと、俺はその場を後にした。
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後味が悪いまま、教室に戻り昇降口を出た瞬間・・・
俺の思考は止まった。
目の前には幽助の学校制服。
セーラー服を着た、ぼたんの姿。
じろじろと帰る生徒が見ているとは言うことは・・・人間の姿。
俺は慌ててぼたんに向かって走り出した。
そんな俺に気が付いたのか、ぼたんは俺に手を振ってきた。
嬉しそうに満面に笑みを浮かべて。
いつもなら、余裕に「どうしたんですか?」なんて質問が出来るのだが・・・。
今の今だ。
あの女子に顔を見られたら・・・。
焦る気持ちが俺の足を走らせていた。
ようやくぼたんの近くまで来た時・・・。
ぼたんの影で見えなかったが、先程までの女子が立っていた。
俺は眉間に皺を寄せた。
そしていつもよりも強めの口調で言った。
「何してるんですか?」
「あ、えっとぉ・・・ちょーっと通りかかったもんだからさ♪」
「何をしてるのかと聞いてるんです。」
さらに強めに言えば、ぼたんは肩をすくめた。
明らかに俺は不機嫌になった。
「えっと・・・来ちゃまずかったかねぇ?」
上目使いで見てくるぼたん。
俺はぼたんの手を自分の方へと引き寄せて、俺の背中へと隠した。
そして、その後ろにいる女子を黙ってにらみ付けた。
ほんの数秒の沈黙が流れる中、ぼたんがクイクイと俺の制服の裾を引っ張って来た。
「蔵馬、蔵馬。」
小さな声で俺を呼ぶぼたん。
俺はぼたんへと耳を近づけた。
「なんか誤解されてるんだよ、私が蔵馬の彼女だって。」
なっ!?
そんな俺とぼたんのヒソヒソ話しに、目の前の女子はよけに腹を立てたのか、いきなり俺
の事を呼んだ
「南野先輩!」
「・・・何ですか?」
「ここでハッキリ言ってください!!その人が彼女なのか、どうなのか!!」
はぁ。
本当に、好きだと言ってくれるのは嬉しい。
ただ妄想の中と、現実をごっちゃにしないで欲しい。
「知ってどうするんですか?」
「もし彼女なら・・・諦める・・・よね!?」
後ろで今にも泣きそうな子。
そんな子に同情してしまうのが・・・ぼたんなんだ。
案の定、ぼたんは気の毒そうにその子の事を見ていた。
今の言葉で意味は理解したんだろう。
不安そうに見つめるぼたんの目に、俺はニッコリと笑みを向けた。
「わかりました。残念ながら、彼女ではありません。」
俺の言葉で、一同に安堵の表情になった。
だが、俺の言葉はここで終わらせるつもりはなかった。
「俺の片思いの相手です。」
全員が俺の言葉で、表情が固まった。
ぼたんは顔を真っ赤にして、俺を見上げ
目の前の彼女達も、俺とぼたんを交互に見ていた。
そんな沈黙を破ったのは、告白した後輩の目から一粒の涙が零れ落ちた時だった。
先程とは違う、美しい涙だった。
俺はポケットからハンカチを出すと、ポロリ・・・と本当の涙を流した、告白してくれた
彼女へと近づいた。
そして、ハンカチを差し出した。
「ですから、俺も君と同じ立場なんです。」
「南野先輩・・・。」
「だから、君の気持ちに答えて上げられません。」
彼女は、俺のハンカチを手に取った。
ふと気が付けば、ぼたんも俺の隣へと来ていた。
ぼたんは優しくその子に微笑むと、ポンポンとあやすように頭を撫でていた。
「よく頑張ったねぇ。」
すると彼女を包み込んだのだ。
背中を何度も叩き、全てを包み込むかのようなぼたんの行動に、俺は目が離せなかった。
それは、やられている彼女もわかったようで。
堰を切ったように泣き出した。
俺も、周りの友達もただ、そんなぼたん達を見つめるしかなかった。
「南野先輩。」
先程まで一番怒っていた友達が、俺の方へと向き直ると、ぺこりと頭を下げた。
「すみませんでした。」
「え?」
「先輩の気持ち、考えないで。あんな形でぼたんさんに告白させてしまって。」
ははは。
告白と果たして取ってくれるのか。
ぼたんの事だから、いつも通り、何もなかったようにするんだろうな。
そんな事を考えながら、今はもう笑いあってる二人を見つめた。
「初めて見ました。」
「へ?」
「南野先輩のそんな優しそうな顔。本当に好きなんですね。」
「はい。」
俺が迷いなく言えば、友達は少し唖然としたようだった。
だが、次ぎには気持ちがいいくらいの笑顔だった。
そして、俺に耳打ちしてくれた。
「先輩の想い、報われてますよ。」
え?
俺が驚いて言葉を聞き返そうとしたが、ぼたんに一言、あやまってからやかましい後輩は
その場から姿を消した。
俺とぼたんはいつまでもそんな後ろ姿を見送っていた。
余談
大画面でぼたんの様子を見ていたコエンマ。
側近のジョルジュと共に、顔を紅くしていた。
それもそのはずだ。
ぼたんにあの女達が取り囲んだ時の会話を、しっかりと聞いていたからだ。
「まさか・・・ぼたんがあんな事言うなんてな。」
「うわぁ。明日からぼたんさんとどんな顔して会ったらいいんだろう。」
オロオロと右往左往するジョルジュ。
まったく・・・と呆れたようにコエンマは深く椅子に腰を下ろした。
『彼女じゃないんだったら、あんた、南野先輩の何なの!?』
『私かい?そうさねぇ・・・私が片思いしてる相手かねぇ。』
こればかりは、コエンマ様とジョルジュ・・・そしてぼたんのだけのヒミツ。
終わり♪
はい・・・もう言い訳ありません。
こちらは2年前くらいにリクエストで書いた物です。
あの当時は、まだHPを持って無かったので
メールでの応対のみでしたね〜(遠い目)
しかも、この時って精神的にもヤバくて、小説書けなくなって
スランプに陥りまくっていた頃の物です。
出来れば書き直したいなぁ・・・とは思いますけど
まぁ、記念ってコトで、載せました(^_^;)
ここまで読んでくださった素敵な皆様
本当にありがとうございました。
誤字、脱字があった場合
お詫び申し上げます。
マスター 冬牙