『なんでもない日常の幸せ』

 魔界の統一・・・。
誰が想像したであろう、この状態。
魔界の中心にそびえ立つ建物。
今まで魔界の三大勢力と言われてきた黄泉・躯・そして雷禅の息子である幽助。
この3人が仕事兼住まいにしている所。
ビル89階建てなど、三界合わせてもここぐらいしかないだろう。
そして、人間であり魔族でもある元盗賊の妖狐・蔵馬。
かれのその頭脳明晰さ、そして過去を知る者として、そして・・・何よりこの魔界に大きく貢献した者としてこの3人の重役秘書を努めていた。
人間界と魔界との行き来を続けている。
蔵馬はふと窓の外に移る薄暗い魔界の森を見つめた。
自分がここにいる理由。
盗賊であった昔は自分がこの魔界の覇者になろうとしていた。
それが今では三大勢力の参謀役。
随分、変わったものだな・・・と心の中で苦笑する。
変わった言えば、もう一人変わった奴がいる。
あの誰の命令にも従わない、自由奔放に生きていた飛影が躯の下で魔界の警備をしている事だ。
もっぱら魔界に迷い込んだ人間の世話をしているのだが・・・。
ふと蔵馬は窓から視線を長く続く廊下に視線を移す。

ぼたん「おや?」

視線の先に一人の少女が立っていた。
空を想像する青い美しく伸びた髪。
どこか人を安心させるようなその笑顔。
人間でも魔物でもない彼女は、霊界の使者。
そして・・・

蔵馬「お久しぶりです。元気ですか・・・って元気そうですね。(苦笑)」

いつもは着物を着ている彼女が珍しく短いスカートを履いていた。
スラリとした足が目の毒だ。
蔵馬はマジマジとぼたんを知らずに見つめてしまった。
それに気がついたぼたんは少し顔を赤らめた。

ぼたん「そんなにジロジロ見ないでおくれよ。変かね?」
蔵馬「あ・・・いえ。(ニッコリ)よく似合ってますよ。でも、珍しいですね。」

何か心境の変化だろうか?
蔵馬はふとそんな事が頭を過ぎった。

ぼたん「今日はプライベートだからね。あの着物は制服のような物なんだよ。それにしても・・・」

ぼたんが疲れたように溜め息を付く。
蔵馬はそんなぼたんを不思議そうに見つめた。
ちらりと蔵馬に視線を送ると、ぼたんは窓の方に近付いた。

ぼたん「何回目だろ。その質問。」
蔵馬「え?」
ぼたん「さっきから会う人会う人に同じ事聞かれてるんだよ。」

蔵馬の心の中にふと黒い感情が芽生える。
確かにぼたんの洋服の変化に気付いて聞いたのには訳がある。
魔界のトーナメントが終了してみんなが一段落ついた時、いつも当たり前のように側にいたぼたんが霊界に帰って行った。
そして空虚感だけが蔵馬の心を支配した。
最初は気付かなかったその理由も、何度かぼたんと顔を合わせる度に答えが出た。
ぼたんがいない事に愛しさを感じている・・・と言う事実に。
確かにぼたんが側にいなくなって気付いたと言うのもあるのだが、この魔界にはぼたんに好意を寄せる奴が少なくはない。
まずは黄泉。
誰にも心を許さず、常に人を支配しようと考えている奴が初めて心を完全に許した。
最初はまったもってそんな事はなかった。
しかし、霊界と魔界の通信役であるぼたんと関わり合うと、すんなり彼女に心を開いてしまったのだ。
それが彼女の凄い所なのだが・・・。
そして躯。
彼女はぼたんを殊の外気にいっている。
度々魔界を抜け出しては霊界のぼたんの所に遊びに行くほどだ。
最初は飛影をからかう材料に使っていたのだが、本人も気付かないうちにぼたんと一緒にいる安堵感を求めるようになったようだ。
女同士って事もあるのか、ぼたんも躯とは親友のように常に一緒にいる。
幽助。
人間界に蛍子と言う彼女がいるのにも関わらず、躯や黄泉がちょっかいだすと気にくわないらしい。
愛情と言うよ感情とは少し違うのはわかっているのだが・・・それでも幽助がぼたんを見つめる眼差しは蛍子と言う彼女に向ける物とも違っている。
ぼたんも一緒に霊界探偵の仕事をしていた所為もあってか、殊の外幽助の世話を焼く。
その度に優越感に浸っている幽助を何度も見かけた程だ。
仲間・・・でもなく、恋愛でもない感情。
でも一歩間違えれば、確実に恋愛へと変貌するであろう感情。
コエンマにしても同じだ。
上司と部下と言う立場でありながらも、ぼたんを人一倍目をかけている。
確かに幽助や飛影に似て、素直になれない部分がある為に一歩奥深くへと踏みこめずにいる現状だが。
コエンマもなるべく魔界に行かせたくないらしい。
何度か蔵馬や飛影に霊界まで書類を取り越させたこともある程だ。
しかしぼたんの方が行動力がある所為か、呼びつける前にぼたんが先に魔界へと行ってしまっている。
すでに霊界の半分を任されている立場のコエンマでは早々霊界から離れられないでいる。
その分、帰りが遅いぼたんが気が気でないようである。
そして、飛影。
一番以外な人物だった。
人に深く関わらない彼の行動は、誰もが目を引いた。
魔界全土のパトロールを任されれているのにも関わらず、必ずと言っていいほどぼたんが霊界から魔界に来るときには、護衛としてついている。
何も語らずただぼたんの側で一緒に歩くだけなのだが・・・。
それでも以前のような鋭い眼光ではなく、どこかに優しさを帯びた視線をぼたんに送っている。
いつも「世話の焼ける」と半ば呆れながらも口にしている言葉も、照れ隠しであることは誰もが気付いている。
気付いていないのは本人ばかりとか。
ざっと思い浮かべただけでもこれだけの人数がいるのだ。
そしてここに勤めている名もないような妖怪ですら、ぼたんが来るのを心待ちにしているのは言うまでもない。
あのどこまでも警戒心のないぼたんは、誰にでも話しかけて笑顔でいる。
だから自ずとぼたんに好意を抱いてしまう。
しかし、これだけの実力の持ち主がぼたんに手を出さずに、互いとの睨めっこを続けている土壌に入ってこうようと言う命知らずは、まずいない。
ふとぼたんの横顔見ながら考えにふけってしまった蔵馬を心配そうにみつめる。

ぼたん「蔵馬、疲れてるのかい?」
蔵馬「え?そんな事ありませんよ。」
ぼたん「そうかい?ちゃんと寝て食べてるのかい?」

蔵馬はぼたんの母親らしい言葉に苦笑する。

蔵馬「大丈夫ですよ。もしかして、心配してくれたんですか?」
ぼたん「当たり前でしょ!蔵馬はみんなと違ってこっちと人間界の行き来してるんだから、みんなよりは負担が大きいよ。それに、あの3人の保父さんだし。」

最後の方は少し冗談めいて言う彼女。
蔵馬の中に芽生えた黒い感情は少しづつ流れ清められていく、そんな感覚に陥った。
ぼたんは蔵馬が抱えている書類に視線を送った。

ぼたん「それ、あの3人に?」
蔵馬「いえ、躯だけですよ。印が押してなかったのでリテイクです。」

ニッコリと笑う蔵馬にぼたんは苦笑する。
蔵馬の事だ。
この優しい微笑みと共に嫌味を連発するのだろう。
蔵馬に口で勝てるもの等、この世に存在するのだろうか?
ふとぼたんはそんな事を考えた。

ぼたん「そっか・・・じゃ、蔵馬は忙しいんだね。」

蔵馬は歯切れの悪いぼたんの台詞に少し心に引っかかりを感じた。

蔵馬「何か、俺に用事でも?」

ぼたんは少し残念そうに微笑む。
ドキン・・・
蔵馬の鼓動が早くなる。
こんな時、無性にぼたんを抱きしめたくなる衝動に狩られる。
それをやっとの思いで欲望を抑える。
そんな葛藤が蔵馬の心の中でされているとは夢にも思わないぼたん。

ぼたん「いや、久しぶりに会ったからさ・・・その・・・。」

心なしかぼたんの顔が赤い。
照れている姿も可愛い。
蔵馬はニッコリと極上の笑みをぼたんい向けた。

蔵馬「この書類を渡したら時間が空きます。その後俺の部屋でお茶でもどうです?」
ぼたん「いいのかい?」
蔵馬「ええ、もちろんです。どうしようかな・・・先に部屋に行ってますか?」

そう言って蔵馬は自分の部屋のカードを出す。
しばし考えてから、ぼたんはそのカードに手に取った。

ぼたん「部屋で待たせてもらうよ。」
蔵馬「じゃ、待ってて。」

そう言うと蔵馬とぼたんはその場で別れた。







蔵馬の部屋に向かうべくぼたんはエレベーターに乗り込んでいた。

ぼたん「ふぅ。」

少し火照りがちな頬に手を添えるぼたん。
いつからだろうか?
何度かここで蔵馬に逢うようになって、こんなふうに偶然出逢った時は大抵お茶をするようになった。
たまにはビルの地下にある喫茶室で。
たまには蔵馬の執務室で。
そして・・・最近は蔵馬の自室で、と言うのが多くなっている。
大抵蔵馬に鍵であるカードを渡されて部屋の中で待つ形になるのだが・・・。

チーン

エレベータが指定の階に着いた事を知らせる音と共に扉が開かれる。

ぼたん「あ。」
飛影「?」

突然開かれた扉の前でお互いに硬直してしまう。
最初に頭は働いたのは飛影の方だった。

飛影「何やってる、こんな所で。」
ぼたん「ああ、蔵馬の部屋にね。」

そう言うとぼたんは蔵馬のキーを見せる。
それに動揺する飛影。
じゃ。と飛影の脇をすり抜けて行くぼたんをしばし呆然と見送ってしまった。
エレベーターの扉が閉まる。
飛影はぼたんを視線で追った。
ぼたんは蔵馬の部屋に行くべく、突き当たりの角を曲がって行った。
軽く溜め息をつくと飛影はエレベーターに再度乗り込んだ。
ぼたんは蔵馬の部屋の前に行くと手慣れた感じでカードを差し込む。

『暗証番号をどうぞ。』

そう機械の声が告げると、ぼたんは蔵馬から教えられた暗唱番号を打ち込む。
何故かその暗証番号がぼたんの誕生日だった。
最初は違ったらしいのだが、ぼたんが忘れないようにと蔵馬が配慮したものだ。
・・・とぼたんは聞かされているのだが、最初から蔵馬はぼたんの誕生日を暗唱番号にしていたと言うのは内緒の話しである。

『ロック解除されました。』
ぼたん「どうも。」

機械にまで丁寧にお礼を言ってしまうのは彼女の性分なのかもしれない。
真っ暗な部屋玄関に手探りで明かりを付ける。
蔵馬の履く黒いスリッパの隣りにある自分専用の白いスリッパに履き替える。
これもまた蔵馬なりの心使いであった。
ぼたんは来客用でいいと言ったのだが、蔵馬はそれを許さなかった。
やっぱり蔵馬は優しいねぇと心から思うぼたん。
何度もお邪魔している所為か、勝ってしったるなんたら・・・状態でぼたんは迷わずキッチンへと足を運ぶ。
ポットにお湯をかけて、いつも置いてある紅茶を取り出す。
食器棚から以前にクリスマスプレゼントとで渡したマグカップを取り出す。
そしてどこからか見つけ出したのか、次に来た時にはそのマグカップとペアのようになっているぼたんの専用のカップが買われていた。
ぼたんはそれを取り出す。

ぼたん「本当に蔵馬は綺麗好きだよねぇ。」

モノトーンで統一された部屋をもう一度見渡す。
そこには塵一つなく、綺麗に整頓されていた。
蔵馬の性格が伺える。
自分の部屋とは偉い違いとぼたんは苦笑する。
お湯が沸くまでぼたんはダイニングに置いてあるソファーでくつろいでいた。
机の上には蔵馬が調べていたのであろう魔界植物大辞典3が置かれいた。
大辞典にも関わらず、まだこの魔界には辞典に載っていない植物が多種あると蔵馬が苦笑していた。
そしてその巧妙もわからないと。
それを調べるのが蔵馬のもう一つの仕事となっていた。
あの博識のある蔵馬でさえ解明出来ない事があるのだ。
ぼたんはペラペラとページをめくり始める。
ふと、一つの植物で目がとまった。
オジギ草。
何度と無く蔵馬が戦いで使用した植物だ。
ぼたんはジックリと読み始める。
あまりに真剣に読んでいた所為か、蔵馬が帰ってきた事に気付かなかった。

蔵馬「ぼたん?」

玄関にぼたんの靴があるのだが、いつものようにぼたんが玄関まで迎えに来ない事に疑問に思った蔵馬はそっと気配を消してキッチンへと向かう。
ふと見ると、真剣に魔界植物大辞を読んでいるぼたんの姿。
蔵馬は一度寝室に戻ってコートなどを脱ぎ、普段のラフな格好に着替えた。
それでもぼたんは気付く事なく読みふけっている。
シューシューとお湯が沸いた事をしらせるポットに蔵馬はにっこり微笑みながら、あらかじめ用意されていたティーセットにお茶を注ぐ。
入れ終えてもまだぼたんは気付かずに読んでいる。
そんなに興味の引かれる花があっただろうか?
蔵馬はぼたんの背後にまわりそっとページを盗み見る。
そこには魔界のオジギ草のページだった。

蔵馬「そんなに好きなんですか?オジギ草。」

いきなり背後から言葉をかけられて、飛び上がって驚くぼたん。
それを見て蔵馬はニッコリと笑いながらお茶を差し出す。

ぼたん「蔵馬、驚かさないでくれよ。」
蔵馬「すみません。あまりに真剣に読んでいたからね。」
ぼたん「あ。」
蔵馬「?」

何かを思いついたようにぼたんはカップを受け取りながら蔵馬を見上げる。
直後、ぼたんは顔一面に笑顔が広がる。

ぼたん「お帰りなさい、蔵馬。」

そんな些細なことに蔵馬は不覚にも顔を赤らめる。

蔵馬「はい。ただいま。」

互いにニッコリと微笑む。
いつもなら蔵馬はぼたんの正面に座るのだが、今日はいつもと違ってぼたんの隣りに腰を下ろした。
ぼたんはそれに気付かずにまたオジギ草の所を読み始める。

蔵馬「で、なんでそんなに真剣に読んでるの?」
ぼたん「ん?蔵馬が何度か使ってただろ?」

ふと蔵馬は今までの戦いを思い出す。

ぼたん「どんな攻撃性があるのかなぁ?って思ってさ。これを召喚するとき蔵馬って絶対にその場から動かずに操るでしょ?なんか本当に支配級(クエストクラス)だなぁって思ってね。」
蔵馬「それで調べていたんですか?」
ぼたん「うん。これ召喚した時蔵馬って絶対的な強さがあって格好いいよね。」

そう微笑むとぼたんはまた本に視線を移した。
蔵馬はそんなぼたんを幸せそうに見つめる。
しばらく静かな時間が蔵馬とぼたんに訪れた。
真剣に読んでいるぼたんの横顔を楽しみながらお茶をすする蔵馬はこの上ない至福の時間だった。
すべてを読み終えたのか、ぼたんは首を傾げていた。

蔵馬「どうしたの?」
ぼたん「これと言って攻撃力があるようには思えないんだけどねぇ。なんでかな?」
蔵馬「そんな事もないですよ。まずオジギ草は火気に反応しますよね。」
ぼたん「うん。」

疑問を持った生徒のように辞典を胸に抱えて蔵馬をみあげるぼたん。
そんなぼたんが可愛くて仕方がない。
蔵馬はニッコリと微笑んだ。

蔵馬「火気と言うのは何も火だけを指すのではないんですよ。人も動けば熱量がかかるでしょ?」
ぼたん「それも、火気にはいるのかい?」
蔵馬「そう。火気と言うよりは熱に反応するって言った方がわかりやすいかな?だから動かないんじゃなくて、動けないんですよ。いくら召喚しているのが俺であっても、火気を帯びれば、即刻敵扱いですからね。(苦笑)」
ぼたん「じゃ、結構危ない技だったんだね。」

危なくない技なんてあるのだろうか?

ふとそんな事を考えた蔵馬だった。


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ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます。
昔に書いた作品をそのまま掲載させて頂きました。

つたない文章で、本当に申し訳ないです(^_^;)

蔵馬とぼたんの、何でもない日常の一コマって
こんな感じかなぁ・・・と思って書きました。


ここまで読んでくださいましたお嬢様方、
心より御礼申し上げますm(_ _)m



マスター  冬牙