【 君 が 初 め て 名 前 を 呼 ん だ 日 】

 

「いいなぁ…夜中に会いたいなんて、メール。私も欲しいなぁ。」


クラスの女子が話していた何気ない会話。
いつもなら、そんな会話を耳に入れる事はないのだが…
何故かその時に限っては、耳に残ってしまった。

メールか・・・。

自然と携帯が入ってるカバンへと視線を向けた。
だが、これは人間界の携帯電話。
魔界、ましてや霊界になんて繋がるわけもない。

それに・・・。

ふと見上げれば、雲一つない五月晴れ。
メールに拘らなくても、会いたいと思えば、会いに行ける。
機械に頼るくらいならば、自分が出向いてしまった方がいい。
声だけでなく、その姿を見る事も出来るわけだ。

最近、顔見てないな・・・。

霊界探偵の幽助の手助けをする条件で、無罪放免になったのはつい先日。
幽助の助手と言う、水先案内人のぼたんと出会って、まだそんなに時間は経っていない。
だけど。
四聖獣から必死に人間を守ろうと奔走していた彼女の姿が、頭から離れなかった。
現場から戻った時の、安堵した表情。
そして、俺の怪我をいち早く感じ取って、手当してくれた暖かな光り。
母親にしか感じていなかった、その光りを彼女からまさか感じるなんて思いもよらなかった。
相手は霊界に住む、霊界人。
元は妖怪とは言っても、今はれっきとした人間である自分。
互いに次元の違う存在。
それは良くわかっていた。
だけど同時に、胸の底に沸く、乾きにも似たこの感情の名を知らない訳ではない。
恋愛なんてものに興味はなかった。
恋愛なんてものは幻想に過ぎないと、数百年妖怪と暮らして、また数年人間と暮らしていても変わらない考え方だった。
そう彼女に会うまでは。
彼女の強い目に惹かれた。
彼女の強くて脆い意志に惹かれた。
彼女の暖かな気に惹かれた。
何よりも、彼女自身に惹かれた。
ちょっとドジで。
ちょっとおっちょこちょいで。
涙もろくて。
優しくて。
情が深くて。
本当に危なっかしくて、目が離せない。
保護欲にも似た感情でもあるのだが・・・。

「ばぁ♪」

突然目の前に現れた、青い髪の少女。
一瞬、驚いて目を見開いてしまった。
俺が驚いたと思って、嬉しそうに彼女の顔は綻んだ。

「やった♪表情、崩せた♪♪」
「な・・・。」

にやってんですか・・・と言葉に出そうとして、咄嗟に声を飲み込んだ。
教室の生徒には見えていない。
ここで声でも出せば、窓に向かって話してる危ない奴になってしまう。
俺は、クイっと指を上に向けた。

「了解♪」

ふわりと櫂に乗って、姿を消してしまった彼女。
俺は読みかけの本を閉じて、席を立った。

「南野〜、もうすぐ授業だぞ?」
「サボり。」

クラスメイトからの声に、ニッコリと笑みを向けた。
男のくせに、顔が赤くなった。

不思議に思いながらも、屋上に行こうと歩き出した瞬間。

「何か良い事でもあったのか?」
「え?」

その言葉に驚いて、俺は振り返った。

「そう見えますか?」
「気付いてねぇのかよ、お前。顔がニヤケてるぞ。」

そう言われて、ふと窓に反射する自分の顔を見つめた。
なるほど。
頬が緩みきってる自分が映っていた。
こんな優しい表情を自分でも出来るのかと、驚いた。

「昼飯、一回な〜。」
「了解。」

俺は軽く手を挙げて、教室を出た。
俺が通れば、知らずに視線は集中する。
居心地悪いと思う時もあるが、ほとんどは気にしない。
だが、今は気になる物だった。
これから屋上で会う、ぼたんの事を誰にも知られたくなかった。
この視線の中には、いくつか霊感の強い奴の視線も感じる。
なんとなく、嫌だった。
俺はその視線が逃れるように、足早に屋上へと向かった。
屋上の扉は固く鍵で閉ざされていた。
周りに誰もいないのを確認してから、スルスル…っと蔦を伸ばした。
鍵穴に蔦植物を入れれば、簡単に鍵を開けられた。

カチャン・・・キィィィィ

開けた瞬間に、心地よい風が全身に吹き抜けて行った。
扉を閉めて彼女の霊気を探った。
どうやら、扉のある屋根の上にいるらしい。
俺は軽くジャンプして、その場へと着地した。

「どうしたんですか?学校に来るなんて。珍しいですね。」
「いや〜人間の秀一君を見てみたくなってねぇ。」
「別に普通ですよ。それに見世物じゃないですし。」

そう言いながら、俺は腰を降ろした。
何を言わなくても、彼女も俺の隣にちょこん…と腰を降ろした。
フワリ…と彼女の水色の髪が風で踊る。
温かいお日様のような匂いがして、俺は柄にもなく頬に熱を帯びるのを感じた。

「いいんですか?幽助の所に行ってなくて。」
「なんだい、私がここに来るのは、迷惑だって言いたげだねぇ。」
「そうは言ってませんけど。俺の事、怖がってませんでした?」

チラリと彼女の横顔を盗み見た。
俺が言った事が図星なのか、ばつが悪そうに苦笑してる彼女の姿があった。

「あんたに会いたいって思っちゃダメなのかい!?」

ズイっと顔を近づけて、ぼたんは怒ったような表情で俺の顔を覗き込んだ。
キラリと輝く彼女の目の中に、今は自分だけが映っている。
その事実に、俺の鼓動はどんどんと高まりを迎えていた。
彼女を独占したい。
そう、思った。
妖狐だった頃の自分であれば、このまま押し倒すなんて事、すぐに出来たが。
今の俺には出来ない。
そんな欲以上に、彼女を傷つけたくないと思う気持ちの方が勝ってしまっているから。
これが本気な「好き」と言う感情なのだろうか?
俺はジーッと彼女の事を見つめた。
その沈黙が耐えられなかったのか。
はたまた、自分と俺との唇の距離が、ほんの数センチだと言う事に気付いたのか。
赤くなった頬を隠すように、彼女は視線をそらした。
そんな可愛い彼女の態度に俺は自然と口もとに笑みを浮かべていた。

「・・・あんたの笑った顔、初めて見たよ。そんな顔も出来るんじゃないか。」
「え?」
「感情を隠した仮面を外した笑顔の方が、私は好きだけどねぇ。」

違うかい?と視線だけで問う彼女の目。

「それは、どうも光栄です。」
「うわっ。可愛くない言い方。」
「可愛いなんて言われたくないですから。」

半分本気で、半分冗談。
可愛いなんて言われて喜ぶ奴なんていない。
出来れば、彼女の目にはカッコイイ男として映って欲しい。
そんな話しを始めた時に、無情にも午後の授業を開始するチャイムが鳴り響いた。
ぼたんは、慌てて立ち上がった。

「ごめんよ、午後の授業だろ?最近、会ってなかったから、ちょいと顔見に来ただけだからさ。」

その場から立ち去ろうとする彼女の腕を咄嗟に掴み止めた。
グイっと少しだけ自分の方に力を入れて引けば、簡単に彼女は俺の方に近づいて来た。

「本当にそれだけですか?」
「あ、当たり前じゃないか。他意なんかないさ!私は、コエンマ様に言われて、様子をっ」
「コエンマなら、モニターで常に監視してますよね?別にわざわざ来させる事はないと思いますけど?」
「う〜・・・だから、それはっっ・・・。」

本気で困った顔した彼女。
もっと虐めてもいいんですけど。
これ以上やって、彼女に妙な警戒心をつけても面白くないから。
俺は自分の隣をポンポンと叩いた。

「今からじゃ、授業に遅れますから。このままサボります。時間つぶしに付き合ってくれませんか?」
「・・・あんたも幽助にだんだん似てきたんじゃないのかい?」

心底心配そうに眉を寄せながら、彼女は再び隣に腰を落ち着かせてくれた。
確かに今までサボった事は一度もない。
それは幽助に感化されたのではなく・・・
俺はじっとぼたんの事を見つめた。

「なんだい?」
「貴方の事、【ぼたん】って呼んでいいですか?」
「へ?今更、何言ってるんだい?呼んでなかったっけ?」
「ええ。」

彼女は気がついてないんだ。
こうして二人で会うのも初めてな事に。
いつも必ず幽助がいたと言う事実に、彼女は気付いてない。
そして、俺はいつも幽助をかいして彼女と話していた事にも・・・気付いていない。

「そうだっけ…?」

んー?っと考え込む彼女が可愛くて、つい笑みを零してしまった。
それをバカにされたと思ったのか、彼女は少し不満気に睨んで来た。

「なにさ。」
「いえ…ぼたんは可愛いなって思って。」
「なっ…なっ…なっ…!!」

どんどんと真っ赤になる彼女。

ヤバッ・・・癖になりそう。

彼女のバタバタと慌てふためく姿。
獣に狩られた小鳥のようにしか見えない。
俺は、声を出して笑った。

「あははは。冗談ですよ。」
「なっ!冗談って…意地悪だねぇ、あんたは!」

ふと気になった事を思いついて、俺はぼたんの唇に指を押し当てた。

「く・ら・ま。」
「?」
「俺は【蔵馬】です。あんたって名前じゃないですよ。呼んでみて下さい。」
「く…く…く…。」

そう、あともう少し。
言ってごらん?
君の可愛い唇から、俺の名を。
きっと、その唇から言の葉が出た瞬間・・・

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・蔵馬。」

ほらね。
その瞬間に、幸せになる。

「はい、よく出来ました。」

俺は嬉しくて、自然と頬が上がるのを感じた。
ぼたんの頭を優しくポンポン…と叩いて、最後にぐしゃっと前髪を撫でた。

「これからは、幽助の所ばかりでなく、俺の所にも少しは来てくれませんか、ぼたん?」
「え…そのっ…。」
「ぼたん?」

もう一度ゆっくりと彼女の名前を紡いだ。
これ以上赤くなれないってくらい、真っ赤な彼女の顔。
嫌われていない事に、安堵した。

「ぼたんは、俺に会いに来てくれないの?」
「そんなことはっ…!現に今日だって、会いたくて…ごにょごにょ…。」

本当に良く言えました。
今日来た理由に、少しの希望を持っていた。
少しでも俺を気に掛けて、俺に会いたいって思ってくれたんじゃないかって。
でも彼女の口からきかない限りは、確信を持てなかったから。
俺はぼたんの頬をキュっとつねった。

「まぁ、ぼたんが会いに来なければ、俺が行くだけですけどね。」
「へ!?」
「迷惑だって言うのであれば、来るまで大人しくしてますけど?」
「い、いや!そんな事はないさ!会いに来て貰えるのも嬉しいよ。」
「なら、ご本人の許可も頂いた事ですし。」

俺は晴れ晴れとした気持ちで立ち上がった。
うーんと思い切り、背伸びをして青い空に腕をいっぱい広げた。
なんだろう・・・。
久しぶりに空気を吸ったような感じがする。
空気ってこんなに美味しかっただろうか?
ぼたんは、そんな俺を見上げていた。

「俺、容赦しませんよ?」
「へ?」
「ぼたんがok出したんですからね。自分が言った、責任はとってくださいよ?」
「せ、責任って何をだい?」

俺はぼたんに手を差し伸べた。
簡単にぼたんは俺を信じて、俺の手に自分の手を重ねた。
グイっと引っ張れば、彼女も立ち上がった。
手を握ったままで、俺はニヤリと笑みを浮かべた。

「これから、あなたを落としますから。」
「へ!?お、オトス???」
「ええ、俺の所に。宣戦布告です。俺が先に堕ちるか、貴方が先に堕ちるか。」
「や、やったろーじゃないか!」

負けず嫌いな、ぼたんの事だから絶対に挑発に乗ってくると思っていた。
だけど、結果はすでに見えているんだけどね。
こうしてる時間が心地よいって。
そう思えるのは、ぼたんだけだから。
ぼたんに「蔵馬」って名前を呼ばれた瞬間、特別な意味を持った事に気付いたから。
この勝負は、きっと俺の負け。
すでに、君に堕ちてる。
でも負けっ放しは性に合わないから。
せめて引き分けになるくらいには、彼女を自分の所に堕としたい。
それは我が儘だろうか?
多分、答えは

「楽しみにしてますよ、ぼたん。」

俺の罠に嵌った、哀れな蝶。
もしも、俺を選らんでくれるのなら。
絶対に逃さない。

それは俺の我が儘。

でも、俺の命をかけて、愛する事は誓う。
ぼたんにだけ、俺の愛を捧げると誓うよ。
だから、早く降りて来て。
俺の所に。



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久しぶりの短編小説です。
ふと考えて、蔵馬とぼたんっていつから名前で呼び合って
いたのかなぁ・・・って。
ぼたんは、最初から敵として「蔵馬」って呼んでいたけど
蔵馬の方はいつ?って考えて出来たのが、この短編です。
片想いしてる、蔵馬。
な〜んか好きです。

ここまで読んでくださった素敵な皆様
本当にありがとうございました。

誤字、脱字があった場合
お詫び申し上げます。

掲載日 2011/05/02

マスター 冬牙