『 遙 か な る 蒼 天 〜 過 去 編 〜 第 二 章 修 行・ギ ン 編 』
1
お線香の香りが漂う。
一つの墓標。
そこに刻まれた名前は、『氷川 』
かつての自分の墓。
その隣に、もう一つの墓。
『 若菜』の名。
の親代わりとなっていた、隊長の名前だ。
こんな墓があったとしても、無論中に遺体があるはずもない。
入ってるのは、その人の所持品。
遺品の数々。
だが、若菜の墓の中には、隊長羽織が一枚入ってるだけだった。
そして・・・自分の墓の中には・・・。
折れてしまっている一つの斬魂刀。
氷輪丸が、永い眠りについている。
自分の墓石に手を触れると、微かに氷輪丸が反応を示す。
「大丈夫だ。」と言ってるかのように。
微かな霊力を、手に冷たい氷輪丸の鼓動を伝えてくれる。
それを確認すると、いつもの肩から緊張した力が抜ける。
ふぅ・・・と息を長く吐き出すと、そのまま手から霊圧を送る。
「私も元気だよ」とまるで返事をしているかのように。
には、目には見えないが、頭の中で暗い墓石の中で、淡い水色に氷輪丸が光っている事が分かる。
から出た霊圧は、まるで光の雪のように、静かに氷輪丸に降り注いでいた。
しばらく手を当てていたは、そっと手を離した。
そして、隣に立つ隊長の墓標を見つめた。
たまにこうして、は自分の母親変わりをしてくれた隊長と、氷輪丸に会いに来ていた。
それは、にとって何かがあった時なのだが。
手を合わせる事もなく、ただジッとなんかを見据えるように、見つめる墓の名前。
自分は、昔にこの瀞霊廷に殺されてる。
護艇十三隊の法など言う、くだらない縛りで、殺された。
前例がないと、力がありすぎると、恐怖した四十六室が決定した「死刑」判定。
生きる事が罪だと、幼い頃の私に伝えた、大人達。
必死に止めようとした大人。
さっさと終わらせようとした大人。
自分に火の粉が飛んでこないように隠れていた大人。
守ってくれた・・・唯一の隊長。
と言う、名前をくれた。
親をくれた、隊長。
戦い方よりも、心を教えてくれた隊長だったのに・・・。
は握り拳に、ギュ…と力を込めた。
「また来ます。」
深く頭を下げると、はその場を後にした。
の去った墓前には、小さな花が一輪・・・供えられていた。

「おーやってる、やってる♪」
は遠くから、修羅とギンの修行を見つめていた。
かなりの実力が付いて来てる。
このままでいけば、始解までいけるかもしれない。
霊圧を消して、そっと崖から覗き込んでいたのだが、戦いの最中だと言うのに、ギンは手を止めての方を見上げた。
それには、いつもながら驚く。
護艇にいる死神は、絶対に気付かないと言うのに。
「姉!!!!」
ギンがよそ見をした瞬間。
容赦ない修羅の攻撃が、頭を直撃した。
それを見て、は笑いがこみ上げてきた。
そうそう。
修羅は、どんな時でも「終わります」と言うまでは、容赦がないんだよねぇ。
でも、子供あやし方は、一番上手なのも彼なんだよなぁ。
今は人型を取っている、斬魂刀・修羅。
白い衣装に身を包み、銀髪のサラサラの長い髪。
遠くから見てると、まるで親子。
ギンがこちらに来ようとしたのを、修羅は首根っこを掴んで持ち上げた。
「離してぇな!!姉が来たんやから!!」
「終わりの挨拶をしていない。」
ほらね。
は、昔の自分の特訓を見ているようでクスクスと笑いがこみ上げて来た。
ギンと修羅は互いに向き合うと、拳礼をした。
これが終わりの合図。
は、それを見てギンの方に行こうと腰を上げた時だった。
信じられない事が起きた。
修羅の横にいた筈のギン。
シュン・・・と姿を消したかと思えば、の腰にしがみついていた。
「姉!!!!待ってたんよ、何してたん?」
「・・・瞬歩?」
「知らん!」
知らないでやってるって・・・末が恐ろしい子だわ。
は苦笑しながら、ギンの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
嬉しそうにケラケラと笑うギン。
下では、修羅の肩に乗った、乱菊が手を振って叫んでいた。
「姉ーーーーーー!!!!」
「今、行く−!」
はギンを前に抱えると、瞬歩を使って下へと降りた。
その早さに驚いたギンは、目を丸くしての事を見上げた。
は片目を閉じて、ギンの鼻を指先で、トンと叩いた。
「瞬歩、3分の早さって所よ、これが。」
「ほんま!?すごいなぁ、姉は!いっちゃん早いの、やって!」
「だーめ。ギンが、もっと早くなったら考えてあげる。」
「えー」と子供らしい抗議をしているギン。
出会った頃のような、殺伐とした雰囲気はなくなった。
どこにでもいるような、子供と同じ。
笑って、泣いて、怒って。
は懐から、風呂敷を取り出した。
中に入ってるのは、握り飯と、少しばかりの干し柿。
修羅が近づいてきて、一礼してきた。
「修羅、ご苦労さん。はい、乱菊。ギンと二人で仲良く分けて食べな。」
乱菊の手にその風呂敷を手渡すと、乱菊は嬉しそうに笑顔を向けた。
ギンは、から離れると乱菊と手を繋いで、木々の間の岩に腰をかけた。
それに続くように、たちも日陰の涼しい場所に腰を降ろした。
「ギン、食べないの?」
「乱菊、先に食べ?」
「いただきまーす!!」
乱菊は、おにぎりを口いっぱいに頬張った。
ギンの手にもおにぎりは持っている。
だが、視線は修羅との方へと向いていた。
そんな視線を感じながらは、苦笑した。
「ギンは、確実の隊長候補だね。」
「おそらく。少女も幹部候補の資質は十分あります。それよりも、。少しの間でも、私の始解を解いて元に戻して下さい。」
しかしは首を横に振った。
突然に修羅がいなくなってしまえば、あの子達がどう思うか。
せっかく心を開き出したのだ。
そのきっかけを捨てたくはない。
「ですが、これではの霊圧が常に流れ出て。」
「平気。さっき氷輪丸から力もらったし。」
の言葉に修羅は口をつぐんだ。
はギン達の方を向いた。
「おいしぃか〜?私の手作りだぞ!」
「え・・・。」
「うわぁ!」
素直に嬉しそうに声を上げたのは、かわいい乱菊。
え・・・と一瞬、固まったのはギン。
は背負っていた紅色の斬魂刀を、背からはずすと、鞘のままゴンとギンの頭の上に
落とした。
「痛いやないの!!!」
「何か?わたしが作ったら、何か問題でも?」
「修羅サンに聞いたんや!姉が、とんでもないご飯を作った話!」
ジロリ・・・と修羅の方へと視線を向けた、。
修羅は、素知らぬ方向へと視線を逸らしていた。
まったく、昔の子供の頃の話しだっつーの。
スラリと斬魂刀の刀を抜くと、ギンの顎につきつけた。
「食え。」
「姉!目が怖いわぁ!!目が!!!!」
そんなギンとのやりとりを見ていた乱菊は、ギンの袖をクイクイと引っ張った。
「美味しいよ?」
なんで食べないの?と不思議そうな乱菊の顔。
ギンは、乱菊の頭をポンポンと叩いた。
「乱菊も覚えとるやろ?こうやってくれた握り飯に、毒が入ってたん事。」
「うん。」
毒?
何それ・・・。
は斬魂刀を鞘に収めると、ギンの前に膝をついた。
「毒って、誰が?」
そう言うと乱菊とギンは、二人しての事を指差した。
いや、正確には死覇装に・・・なのだが。
は目を見開いた。
まさか・・・死神がそんな事を?
「子供にだけでないで?あげる人は決まっとったんやないの?ボクと乱菊は、いつも貰えなかってん。」
「・・・なるほどね。」
中途半端な能力のある奴は、殺してるわけ。
瀞霊廷内の話しじゃないから、刑部も見落としたって事?
夜一も何、やってんだか。
「それって、この辺り?」
「どこやったか忘れてしもうたん。流魂街の色々な所、通って来たんやもん。」
「逃げてたんだね、ずっと。」
「そうですわ。大人は、怖いからなぁ。」
ギンの目が一瞬、細められた。
今まで見た事のないような表情。
ほんの一瞬だったが、見落とす事はなかった。
はぁ。
後で夜一の所に行って、報告だけ入れておくか。
・・・まさか刑部がやってるわけじゃないよね?
まずは優に言って、事実調査してからだな。
は考えをまとめると、ギンの前に座り込んだ。
するとギンの持つおにぎりを自分に少しだけ近づけて、カブッっと一口食べた。
「うん、おい・・・ん?」
まさかの持って来た、握り飯に毒が入ってるとは思ってはいないが
なんでかは口もとを抑えていた。
ギンは、恐る恐る乱菊の方を見た。
「乱菊、うまいか?」
「うん!甘くて美味しい!!!」
甘くて・・・。
はギンに背を向けた。
ホロホロと涙を流していた。
「なんで?なんで?だって、塩って書いてあった方、使ったのに。」
がブツブツ言ってるのを聞いて、ギンはカブっ!と握り飯を食べた。
その瞬間。
しょっぱさの次にくる、甘さ。
あまりに風変わりな味に、つい笑みを向けてしまった。
「ほんまや〜、甘いなぁ!!!」
「ごめん!!ごめんね、二人とも!!!!二人に美味しいと言って貰えるかと頑張ったんだけど!本当にごめんね。」
平謝りする。
しかし、ギンと乱菊は驚いたようにの事を見下ろしていた。
シーン・・・と静まりかえった。
はオズオズと顔をあげて二人の事を見た。
すると、乱菊が大きな目に涙を浮かべて黙って握り飯に喰らいついていた。
ギンもニコニコと笑みを浮かべて。
「美味しい」と連呼しながら、足をバタバタとさせて、食べていた。
それは本当に嬉しそうな二人の姿。
は意味が分からなくて、修羅の事を見た。
修羅は近くまで来ると、乱菊の涙を布で拭った。
「誰かが、自分達の為だけに作った物が、初めてだったんだな?」
修羅は静かに、優しい声色で乱菊に話しかけた。
乱菊は黙って頷くとそのまま、大きく泣き出してしまった。
その隣で、ギンの目もうるんでいた。
涙を出すまいと、ギンは上を向いて食べていた。
そんな二人を見て、は二人をフワリ…と抱きしめた。
「姉?」
「ギン、乱菊・・・大好きだよ。」
の言葉に、二人は驚いて固まってしまった。
はそのまま惚けてる二人の頬に、それぞれに口付けを一つづつ送った。
こんな子供を増やしてはいけないんだ。
子供を保護する施設が必要なんだ。
どうして・・・気付かなかったんだろう。
たった握り飯一つなのに。
味だって、訳わかんないのに。
それでも、嬉しいと、美味しいと言ってくれる。
忘れていた。
隊長が自分の為だけに、作ってくれた着物をくれた時の嬉しさ。
一緒に外でお弁当を広げた嬉しさ。
優しさ。
瀞霊廷の死神のようにはならないと心に誓っておきながら、知らない間になっていた。
そんな自分。
隊長が自分に何度も、何度もしてくれた抱擁。
「大好きだよ」と言う言葉の数々。
今度は、私がみんなに返してあげる番だ。
は笑いながら、乱菊の目の下をクイっとつねった。
「涙、とまった。」
「私も、姉。だーいしゅき!!!」
乱菊はこれ以上にないくらいの笑顔を向けてくれた。
この笑顔を必ず守ろう。
ギンが守ろうろした笑顔。
私も、一緒に守ろう。
は、ギンの頭を軽く撫でた。
「ギン、早くここまで昇っておいで。」
「せやな、結納もせなあかんしなァ。」
へ?結納?
と修羅は面食らったようにギンの事を見た。
ギンもにぃーっと子供特有の笑顔を作った。
まるで天使のような笑顔。
ほんのりと顔は赤い。
「謹んで、お受けいたします。」
「いや・・・だから・・・何を?」
「嫌やわぁ、姉からの告白やないの!!」
両手で自分の赤くなった頬を抑えるように、ブンブンと横に体ごと振っているギン。
確実に照れてるの仕草に、の思考回路は完全のストップした。
「今日から、ボクの女になるんや。ちゃうな、ボクが姉の男になるんやな。浮気したら、承知せぇへんで?」
はい!?
ギンの解釈に修羅とはその場に凍り付いたように固まった。
それに追い打ちをかけるように、ギンは自分の口もとを拭くと、の唇に自分の唇を重ねた。
「!?」
「あーーーーー!!!」
乱菊の絶叫と、の顔面蒼白の正反対の表情。
最後にペロっとまるで猫のように舌で、の唇を舐めるとギンは満足そうに微笑んだ。
まだまだ、子供なのに。
やられっぱなしの・・・。
・・・そう言う経験が一度もないにとっては
衝撃的な出来事。
初めてのキスの相手が・・・この数百年後に、三番隊の隊長になる市丸ギン。
その人だったのである。
これは修羅と乱菊のみが知る真実であった・・・。
後書き 〜 言い訳 〜
ここまで読んで下さり
心より深くお礼申し上げます。
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
掲載 2011.03.04
制作/吹 雪 冬 牙
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