楽 園  前 編

 
あいつはそう名のった。
この俺様が、一人の女に釘つけになるとは・・・。
はっきり言って面白くない。
それに上乗せするかのように忍足と仲良く話すが気に入らない。







ずっと、そう思い続けていた。







午前中の授業を終える鐘が鳴り響く校舎内。
やっと勉強から解放された嬉しさからか、教室内が妙に煩くなる。

まったく。

俺は鞄から弁当を取り出すと、そのまま教室を出ようとした。
その時、思いもかけない声が聞こえてきた。

「侑士君、これ約束のお弁当。」
「うわぁ、マジで作ってくれたんや。めっちゃ嬉しいわぁ。」

そんな会話に俺は自然と足が止まって振り返ってしまった。
蒼いギンガムチェックの包みを持って、嬉しそうに微笑んでる忍足と照れ笑いを浮かべている
別に俺様には関係ないじゃないか・・・。
そう思い一歩前に進もうとした時だった。

「昨日の映画のお礼。また何か面白そうなのあったら誘ってね。」
「また誘ってもええんか?」
「もっちろん!お弁当箱は部活の時に貰うから。」

そう言いながらは、席に戻ろうとした。
だが忍足がの肩をつかんでそれを止めた。

「みんなと昼食とるんや。もどうや?」

俺は目を見開いた。
今、忍足の奴・・・なんて言いやがった・・・?
』・・・だと?
一昨日までは『ちゃん』だったじゃねぇーか。
どういうことだ?
あいつらくっついたのか?
様々な疑問が頭に浮かんでは消えて行った。
だが、はふと俺の方を見てまた忍足を見た。
そして「遠慮しとく。」と言う言葉を残して友達の方へ行った。





・・・。




そう。
あいつは俺様の事が嫌いだ。
200人以上いる男子テニス部の部長であると同時に生徒会長でもある俺。
でもそれはも同じようなものだった。
200人以上いる女子テニス部の部長であり、生徒副会長を勤めている。
だから接する機会はやたらと多い。
しかも同じクラスと来たもんだ。
何故か1年からずっと同じクラスで来た俺と
最初の頃はよく話したし、テニスの打ち合いもした。
だがいつからかは俺を避けるようになった。
話しても手短になるだけで、愛想笑いしかしてこない。
忍足達と仮に話していても俺が姿を現すと、さっさと退散していく。
何が気に入らないんだか・・・。
イラつきながらも俺は屋上へと忍足と共に登って行った。
終始、が作った弁当の事と昨日の映画の話しをしていたが、俺の耳にはまったく入っ
ていなかった。
ただ一つだけ入ったのは、忍足が「と呼びたい」と言った時、「どうぞ。」って言っ
たそうだ。
なんかどこかで聞いた話だな?
なんだ?
ふと俺の中に違和感を感じたが、気のせいと見なし、さして気にも止めなかった。
隣りに視線を落とせば、脈ありかなぁ・・・などと呟きながらも悩む忍足。
俺は小さく溜め息をついた。
早めに弁当を喰い終わると屋上の扉に手を賭けた。

「跡部先輩、もう行くんですか?」

鳳が不思議そうに俺の事を見上げていた。
いつもはこいつらのくだらないバカ話しを耳にいれながら居眠りするのだが、今日はそん
な気になれない。
俺はチラリと横目で鳳を睨んだ。

「女が待ってんだよ。」

その言葉を聞いた途端に鳳の顔がカッと真っ赤になった。
フン。まだまだだな、鳳。
俺は軽く口元を上げて扉を閉めた。
途中で会った俺のファンだと言う女をひっつかまえて部室まで連れ込んだ。
部屋に入るなり俺はその女の唇にむしゃぶりついた。
何かわからなイライラが募る。
そのイライラをなくすように激しくなる口づけに、女は息も絶え絶え潤んだ瞳で俺の事を
見つめていた。





そう言えば、この女の名前・・・知らないな。
ま、いっか。





じっと見つめて考えたが、別に名前なんざ気にする必要もないと結論出し、俺は再び口づ
けをしようとした時だった。
ソファーの奥にモゾモゾと動く何かを目の端に捕らえた。
ん?
どう見ても女だ。
スカートが見えてる。
誰だ・・・こんなバカな事する奴は。
俺は腕の中にいた女をソファーへと倒した。
背もたれに手をつくと、女は再び口づけを求めて目を閉じた。
だが、俺はそのまま女の顔を通り過ぎて、ソファーの後ろに蹲る物体を見つめた。

「おい。」

俺の声でソファーに座ってる女がビクっとして俺を見ている気配がした。
が、俺はその下に蹲ってる女に言ったのだ。

「いつまでそうしてるつもりだ?アーン?」

やっと自分の事を言われてると分かったのか、女は恐る恐る体を起こし上げた。
俺は絶句した。
その場にいたのは、あのだったからだ。
こんな所で何やってんだ?
ふとの手に持っているジャージを見た。
モゾモゾと俺の下にいる女が何事かと動いている。
ウゼェ・・・。
俺はふとソファーから離れると、その女を見下ろした。

「出てけ。お前に用はない。」
「そんな!」
「名前もしらねぇー女に、俺が惚れてると思うか?」

その言葉で女は涙をタメながら、部室を出て行った。
シーンと静まり返る部室内。
嫌な空気が流れた。
俺はたいして気にする素振りもなく、どっかりとソファーに腰を降ろした。

「てめぇーは、何してんだよ。。」
「ジャマして悪かったわね。」

それだけ言うと手に持っていたジャージを手放してはそそくさと帰ろうとした。
俺は咄嗟に近くにあったテニスボールをドアへと投げつけた。
見事に跳ね返り、俺の手の中に戻って来る。
開けようとした手を引っ込めては、ゆっくりと俺を振り返った。
その顔は明らかに不愉快を現している。
こいつは俺にこう言う顔しかしない。

「何よ。」
「なんで俺様のジャージなんざ持ってた。答えろ。」

はふと視線を反らした。
なんだ?
訳分からずただ時間だけが過ぎて行く。
そして何かを決心したかのうようには、さっきまで握っていたジャージを再び拾い上
げて、俺の前に立った。

「?」
「これを直そうと思ったの!氷帝の帝王がいつまでも穴が開いたジャージ着てるとイメー
ジダウンでしょ。」

面食らった。
そう言えば・・・ジャージを着ていた時に、穴が開く事はなかった。
ジャージに疲労感が出れば、新しいのを購入して
きがつくとちゃんと見繕ってあって・・・ずっと樺地がやっているとばかり思っていた。
まさか3年間・・・こいつが・・・?
俺はただじっとジャージを眺めた。
どういうつもりだ?

「全国区の跡部君は後輩の憧れ。その期待を裏切れないでしょ?」
「・・・そうか。」

俺は目を閉じてフッと笑みを零した。
何も分かってなかったのは俺の方だな。
しばらく黙っていると、は首を傾げた。

「跡部君?」
、俺と試合しろ。」

突然の申し入れには面食らった顔をした。
もう2年ふりになる。
俺は素早くラケットを持って部室を出た。

「え、ちょっと!」
「早くしろ。」

ぶっきらぼうに言うと、は慌ててラケットを手にコートに出てきた。
ふわりと風が吹いて、俺との髪が風で踊る。
だまって睨み合うこの瞬間。
忘れていた何か思いだしそうな気がした。
なんだ?この感覚・・・。

「ワンセットマッチな。」
「うん。」

そう言うとはラケットを構えた。
サービスは俺からだった。
最初は様子見で、軽くサーブを打った。
その直後、のきついリターンが返ってきた。
この2年間で随分と力を付けたもんだ。
正直俺は驚いていた。
1年の時は五分だった勝負。
確かにが強くなったかもしれない、
それと同じに俺も強くなっている。
だが、あいつは性別と言う垣根をとっぱらって着実に俺との互角の実力を知らしめている。



2年間・・・俺は何を見ていたんだ。




互いにリターンをしている所で、俺は挑戦状を叩きつけた。
高いロブを上げたのだ。
その瞬間、は弾丸スマッシュを撃ち込んで来た。
俺はなんとかラケットで受け止めたが、それはネットにひっかかってしまった。
ボールが静かに弾む音。
俺はじっとラケットを見つめた。
これ程の重い威力・・・忍足達の比じゃなかった。
ふと右手を見つめると、その威力の凄まじさが分かった。
ジーンと痺れているのだ。



ほう・・・面白い。


俺はボールを拾い上げると、ビシッ!とボールをに向けた。

、次から本気で行くぜ?覚悟しな。」
「・・・そう。」

そう言いながらはラケットを左手に持ち替えた。
そう、それでいい。
俺はまたサービスを打った。
あまりに早いリターン。
手塚とやっているような感覚にもなる。
互いに打ち合って、気が付けば大勢のギャラリーに囲まれていた。
そこには忍足もいる。
チッ。
俺は小さく舌打ちするとネットの方へ寄って行った。

「試合は終わりだ。」
「え、でもジュースじゃ・・・。」

俺はそのままをコートに残してその場を去った。


後書き 〜 言い訳 〜
 
 
ここまで読んで下さり
心より深くお礼申し上げます。
 
 
これにこりず、後編も読んで頂けますと幸いです。
 
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
 
更新 2007.12.03
再掲載 2010.10.29
制作/吹 雪 冬 牙


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