『 楽 園 後 編 』
放課後、昼休みの試合の話しが榊監督にまわっていた。
俺とは榊監督に呼び出されて教育指導室にいた。
しばらくの沈黙の後、ゆっくりと榊監督の口が開いた。
「試合をしたそうだな。」
「食後の軽い運動です。」
そう言うと榊監督は腕を組み、俺とを交互に見つめた。
そして、とんでもない事を言ってきたのだ。
「お前達二人、ミクスドに転向だ。」
「え・・・。」
瞬間的には俺の事を見た。
俺は黙って聞いていた。
別にミクスドでも構わないさ。
シングルだけで頂点に立っても面白くないしな。
そんな事が頭に思い浮かんでいたのだが、からの言葉は違った。
「榊監督、今回の全国諦めるおつもりですか!?」
「どう言う意味だ。」
「跡部部長がシングルにいなくて誰がなるんですか!?
もうたいして時間もない状況でミクスドにいくなんて無謀です!
私も跡部部長も、もうチャンスはないんですよ!?」
だんっ!と机を叩き、睨み付ける。
榊監督は黙っての事を見つめていた。
まずいな。
このままだとヘタすりゃ、のレギュラー生命が危うくなる。
俺はの腕を軽くつかんだ。
そこで始めては己が立ち上がっている事に気が付いたのだろう。
すみませんと小さな声で呟いて席についた。
「言いたい事はそれだけか?」
監督の挑発的な言葉には再び何かを言おうとしたが、ふと俺が手で制した。
「!?」
「監督、本当にとミクスドが組めるか試させてくれませんか?」
「ためす?」
「うちのゴールドコンビと試合させて下さい。あいつらに負けるようなら、この話は辞退させて貰います。」
しばらく考えた榊監督はそれを了承した。
俺とは軽く頭を下げて部屋を出た。
出た途端には俺の事を睨み付けた。
「なんで、あんな事言うのよ!跡部君はそれでいいの!?」
「アーン?別に俺様はシングルだろーがミクスドだろーが、かまわねぇ。」
「でも!」
それでも喰ってかかるを俺は立ち止まって、振り返った。
ふと言葉が飲み込まれる。
「もう少しうちのレギュラーを信用してやれよ。」
「跡部君・・・。」
ふと廊下からテニスコートが見える。
確かに今年の夏がもう最後の試合だ。
だがこれは俺だけの問題じゃない。
ここから先、俺が卒業した後に200人をまとめていく事。
王者氷帝を護り続ける事。
氷帝の部長になる事はそれだけ重い責任がのしかかる。
それに負けるような奴ではダメなんだ。
3年が引退すれば自ずと準レギュラーが格上げになる。
俺がいない試合・・・経験させるにはいい機会だろう。
「やるからには優勝。それしか俺には必要ない。」
「・・・うん!」
は力強く頷くと、そのままコートへと足を進めた。
男子女子共に集合をかける。
さすがに400人近くなるから凄い数だ。
俺は全員を見つめると声を張り上げた。
「これから試合をする。第一コート・・・忍足・向日と・跡部。第二コートに」
予想通りに周りはざわついた。
それもそのハズだ。
今までダブルスの試合をやったことがない。
俺もも。
目を開いて硬直している忍足がとっさに口を開いた。
「なんでチャンが!!」
忍足の言葉に、はゆっくりと全員の顔を見渡した。
その目配せだけで、あたりに緊張が走る。
「それは後で説明します。各自言われた通り試合を、行ってください。」
「そう言うこった。解散!」
その言葉で全員は散っていく。
だが忍足だけはその場に残っていた。
「、跡部とペア組むんか?」
「うん。」
「なんでや?なんで俺じゃあかんの?」
何言ってるんだか。
俺は二人の会話に割って入った。
ふと見つめる忍足の視線。
俺はの肩を抱き寄せた。
「俺達のペアをヤメさせたいなら、この試合で勝つ事だ。それしか方法はない。」
忍足はしばらく俺の顔をみてようやく理解したようだった。
これが榊監督の命令だと。
「…そう言うことかいな。なら、遠慮なくいかせてもらうわ。」
「フン!この俺様に勝てるならな。」
そして試合が始まった。
開始してすぐに気が付いた。
こいつ・・・俺の動きをよく把握している。
常に俺が打ちやすい位置にいる。
相手に気を取られる事もなく、伸び伸びと自分のプレイが出来る。
あっと言う間に試合は終了し、俺との圧勝だった。
忍足は悔しそうにただ、佇んでの事を見ていた。
は静かに俺の側に歩いてきた。
「勝ったね。」
「ああ。」
「ミクスド決定だね。良かったの?これで。」
その言葉に俺はの顔を見た。
苦笑している奴の顔。
まったく・・・
1年の時からかわらねぇーな、こいつは。
変わったのは俺の方かもしれないな。
常に人の事を気にして、気配り上手で。
なんとなく見ているとホンワカした気持ちになる。
忘れていた感覚。
「そう言うお前はいいのかよ。」
直後、は嬉しそうな笑顔を俺に向けてきた。
久しぶりに見るの笑顔に、俺は驚き、目を見開いた。
「うん。中学最後に跡部君と一緒にテニス出来て嬉しい。夢だったから、ずっと。」
その言葉で俺はとの約束を思い出した。
いつか互いにレギュラーになってこの部の頂点に立ったら・・・
一緒にミクスドに出よう・・・と。
なんで忘れていたんだろう。
自分を高める事ばかり追い求めて、氷帝の強さを維持する事ばかり考えて。
大切な約束をなんで忘れていたんだろう。
そして・・・その時の淡い恋心も・・・。
互いに惹かれ合っていた、あの時。
どちらか言うまでもなく気持ちが伝わっていた。
日本の頂点に立ったときこそ・・・
『日本の頂点にオレタチ二人で登る。いいな?』
『うん。その時は二人・・・一緒だね?』
なんで忘れていたんだ・・・。
俺はの手を引いて、腕の中に治めた。
も抵抗する事なく、俺の腕に納まってくれていた。
「俺とした事が・・・忘れていたとはな。」
の肩に埋めて、小さく呟いた。
「すまなかった・・・。」
「!?」
一瞬のからだが、小さく跳ねた。
そうだ。
『おい、これからって呼ぶぞ。いいな?』
『どうぞ。じゃー私は景吾だな。』
『フツ!俺の事を名前で呼べるなんざ、お前くらいなもんだな。』
一年の頃は名前で呼び合っていた。
それすら忘れていた。
するとは少し涙声で俺の耳元で囁いた。
「お帰り・・・景吾。」
「ああ。」
ふと体を離すとは満足そうな優しい笑みを浮かべていた。
そうだ・・・これがだ。
こいつの笑顔がなくなって、俺はいろんな女にこの安らぎを求めた。
だが、手に入るわけなかったんだ。
これはこいつにしか出来ない技。
俺の美技に酔わせる所か、の美技に俺が酔っちまうとはな。
我ながら笑えてくる。
忍足が近付くのがわかった。
俺はふと忍足を見た。
すると忍足はショックは隠し切れていなかったが、俺に手を差し伸べた。
「跡部。の事、泣かしたら許さんから、そのつもりでな。」
「さぁな。」
忍足は俺の言葉で出していた手を引っ込めた。
チラリとの事を見る。
も俺の事を見上げた。
「こいつは泣き虫だからな。」
「なっ!?」
そんな事ないと騒ぐ。
俺は笑いながら軽くあしらっていた。
そんな穏やかな日常。
やっと戻ってきた気がするな。
「先輩〜!タオルがないみたいなんですけど!!」
「え!?ちょっと待って!!」
はすぐにコートから出て部室へと駆け込んで行った。
俺と忍足はそんなの後ろ姿をジッと見つめていた。
「あーあ。うまいとこいっとたのになぁ。」
「あ?」
「お前が変わったと2年の頃からずっと相談に乗ってたやのに・・・
少しづつ俺に引かれてくれればええなぁと思っとった計画メチャクチャや。」
こいつ確信犯か。
フン。
お前にをやるなんざ勿体ない。
「残念だったな。・・・所で、俺様達に負けたんだ。罰として・・・
グランド30周。」
「な、なんや!?どこぞの部長やないんやから。」
「うるせーな。60周に増やされたいか?」
俺のその言葉に忍足と向日は急いでグランドへ走って行った。
バカとかケチケチ跡部とか色々と聞こえたが・・・
まぁ、今日は機嫌がいい。
大目にみてやろう。
「跡部部長、次の試合だって。」
「ああ。」
俺は再びラケットを握ってコートへ向かう。
途中でと肩を並べて歩く。
俺はのつむじに口づけを一つ落とした。
瞬間に、の顔が面白い程に、真っ赤になった。
パクパクと口を開けたり閉じたりして、つむじに手を乗せていた。
「なっ…なっ…な!?」
「勝利のまじないだ。とは言え、まじないに頼る程でもないがな。」
「どぁ!?跡部、貴様!!ちゃんに何してくれてんねん!!!離れんかい!エロ部長!!!」
遠くで、忍足が騒いでいる声が聞こえる。
そんな忍足に余裕な笑みを浮かべてやった。
さらに激しい罵声が聞こえる。
ミクスドの全国制覇。
そのニュースがながれるのはもう少し先の話しだ。
王者立海や青学を破った会心劇。
ま、と俺が組めば当然の事だがな。
その話はまた今度の機会に・・・な。
終わり
後書き 〜 言い訳 〜
ここまで読んで下さり
心より深くお礼申し上げます。
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
更新 2007.12.03
再掲載 2010.10.28
制作/吹 雪 冬 牙
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