『 リ ス ト バ ン ド の 約 束  終 』

テニスコートにぶっ倒れた。
こんな感覚は初めての経験だったと思う。
俺の隣りでもの奴が同じく倒れて荒く息を繰り返していた。
互いに何も話せないまま、しばらく相手コートを見つめてしまった。
相手コート。
そこには先輩と不二先輩が平然と俺達二人を見下ろしていた。
多少肩の上下運動はしているものの、俺達ほどではない。
別に長い時間の試合をしたわけではない。
ただ・・・1セットだけ。
その1セットだけで、二人との実力の差は歴然としていた。
叶わない。
試合中、初めて思った。
瞬発力・機転・技術・・・全てにおいて俺の上だ。




強くなりたい。



もっと・・・もっと・・・



俺はふと部長に言われた一言を思い出した。

「お前は、青学の柱になれ。」



あまりにも重く響いた言葉。
完全の敗北なんて、二度としたくないと思ったのに・・・。



悔しかった。




本当に悔しかった。



先輩がネットに近付いて来た。
その視線は、いつもの天使のような顔はどこにもない。
冷たく見下ろす瞳に冷や汗が出た。

「リョーマ君、強くなりなさい。私達以上に。」

俺は目を見開いた。
不二先輩も先輩の隣りに当然のように立ち並ぶ。
珍しくニッコリ顔ではなく、開眼している。

「越前君、また試合をしようね。その時はもっと強い事を祈るよ。」

そう言うと先輩と不二先輩はコートを出て行った。
辺りがシーン・・・となる。
俺は空を仰ぎ見た。
もうすでに暗くなっている空が、ぼんやりとかすんだ。
腕で両目を隠した。







泣いてる・・・この俺が・・・。







認めたくない事実だが、止めどなく溢れ出る涙は止めようがなかった。
俺は上を行く。
そう不二先輩の弟に告げたように、なる。
俺は嘘は言わない。
しばらくそのままでいると、ひんやりと冷たい物が腕に付けられた。
ふと見るとが冷やしたタオルを腕に乗せて、いつのまにか隣りに座っていた。

「強いだろ?も周助兄も。」
「・・・うん。」

それ以来互いに言葉を交わす事はなかった。
でも、言葉を交わさなくてもわかる。



俺達は、あの二人を越えないといけない・・・と。





いや、越えてやる・・・と。



越前君のいるコートを、と二人で後にした。
少し辛そうなの横顔が気になった。
いつもなら「大丈夫?」くらいの一言をにかけていると言うのに・・・。
今日はそれがない。
それだけでなく、一言も口を開かない。
扉を閉めて、家に上がると俺はの肩を掴んだ。

?」

振り返った瞬間のの顔に驚いた。
残念そうに落ち込んでいるの表情。

「どうしたの?」

それに気付かないように小首を傾げると、は自分のラケットを見つめた。

「・・・まだ、足らない。あの二人が私達を越す確率は・・・低い。」
「うん・・・。」

の言いたい事はなんとなくわかっていた。
そしてが越前君に期待するように、俺も大きな期待をしていた。
だが、実際に試合をしてみてわかった。
物足りなさ。
それが一番の感想だったから。
との試合は何度も経験している。
さすがはの従兄弟だけあってセンスはある。
時々「へぇ。」と感心するような事もある。
でも越前君には・・・決定的に欠けているものが存在した。
部活内なら問題はないであろう事柄。
だが・・・
全国を目指すラストチャンスである俺や手塚の3年は・・・もう後がない。
何がなんでも勝つ。
それだけに辛い練習にも耐えてきた。
後がない俺達と、あと2年も残されている越前君。
決定的な違いはここだ。


真の向上心。



熱いものがないのだ。
もともと向上心はあるのだろうが、それは根本的な所が違う。
何よりも、誰よりも強くなる願望の欠落。
それは大きい。
それに比べては俺やとの試合の中で、目標が定まっている。
今は若干越前君の方が技術的に上まわっているが・・・すぐに抜かされる。
それがやる気の問題。
それにしても・・・ここまでが落胆した事に少し驚いた。
そんなに期待していたのだろうか?

。」
「もうラストなのに。」

俺と同じ事を思っていた。
でも、にはあと1年残ってる。
何故・・・?
俺がそんな疑問を頭に思い浮かべてると、はまっすぐに俺の事を見つめてきた。

「みんなで行くラストチャンスなのに。周助や手塚達と・・・。」
「でも、にはあと1年あるじゃない。」
「無理よ。」

そう言うとは自分の部屋へと歩き出した。
俺もその後を追う。
二人で部屋に入ると。まだテニスコートで越前君達が倒れているのが見えた。
も一緒に窓の外を眺める。

「このメンバー以外で全国行っても、意味がない。」
「なんで?」
「・・・連れて行ってくれるんでしょ?みんなが、全国。」

そう言うとは俺の目をじっと見つめてきた。
あれは去年の冬。
まだ、越前君が入学してくる前。
おしくも都大会で敗退となった俺達。
泣きたい気持ちを抑えていると、脇でみんなの分までと言わんばかりにが大泣きした。

何も言わず・・・ただ、ぎゅっと唇を噛み締めて。

声を押し殺して。

でも瞳からは無数の涙が零れ落ちていた。
一つ上の先輩が、の頭を軽く撫でたが、一向にの涙はとまらなかった。
試合で負けた事実よりも、を泣かせた事実の方が、オレタチ部員には重く心にのしかかった。
その時部長であった大和先輩が当時2年だった俺達に向かってこう言った。

を全国に連れて行ってくれるか?

静かに、でも力強い言葉に一瞬全員が息を飲み込んだ。
どう答えていいかわからなっかた。
だが、その時に一人の声が響いた。

約束します、部長。

・・・手塚だった。
睨みつけるように部長を見つめた瞳。
揺るぎない目標。
弾かれたようには顔をあげて手塚の事を見た。
いつも眉間に皺を寄せて、必要以上の事は話す事がない手塚が・・・
ゆっくりとの頭の上に手を乗せた。
そして優しく撫でたのである。

「俺達が必ず連れていく。だから、泣くな。」

は何も言えずに手塚をそして俺達の顔を見つめた。
最後に俺の所での視線がとまった。
じっと見つめてくるに俺はにっこりと笑みを浮かべた。

は、俺達の言う事が信用出来ない?」
「ううん。」
「なら、信じてよ。一緒に全国に行こう。」

それまで流れていた涙が、ピッタリと止まっていた。
は満面の笑みを浮かべて、頷いた。
そして、手塚にもあの優しい笑みを浮かべたのだ。
手塚の表情も幾分和らいでいる。
それからみんなの目標に「との全国」と言うのが出来上がった。
自分為である事は否定出来ない。
でも・・・一番は・・・の喜ぶ顔が見たい。
もう二度とあんな涙は流させたくない。
これは誰もが思っていることだ。
俺はゆっくりと息を吸い込むと、ニッコリと笑みを浮かべた。

「もちろん、連れて行くよ。」

そう言うと、俺は右手につけていたリストバンドを見せた。
3年間、このリストバンドを代えたことはない。
と初めて交換した。

「いつも私も一緒に戦ってる事、忘れないで。」

そう言ってくれたの思い。
その証拠にこのリストバンドの裏側にはの名前が刻まれている。
もちろん、今が左手につけているリストバンドには俺の名前が刻まれている。
俺と・・・二人だけの秘密。
そのリストバンドを見て、やっとの表情に笑みが戻った。

「周助は約束破った事ないものね。」
「そうだよ。」

絶対に連れていく。
それが中学最後の願いであり、叶えたい夢。
青学テニス部員が一丸となる・・・唯一の目標だから。


終わり 


後書き 〜 言い訳 〜
 
 
ここまで読んで下さり
心より深くお礼申し上げます。
 
 
 
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
 

執筆日 2010.10.29
制作/吹 雪 冬 牙


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