『 リ ス ト バ ン ド の 約 束 2 』
桐生に言われて俺は部活の後に桐生の家に寄る事となった。
先輩も一緒に帰るのかと思ったが、何故か不二先輩の家に用事があるとかで、家で落ち合う事となった。
「なぁ、リョーマ。」
部活で見せた意気揚々とした表情とは一転して、暗い桐生。
なんだ?と疑問を浮かべて顔を見た。
「の奴、ここでもモテルなぁ。」
ぼやくように呟く桐生。
何も答えられなかった。
いや、それ以前に「ここでも。」と今言ったよな?
ここって・・・他にどこかあるのか?
黙ってると桐生は先輩ばりの笑みを俺に向けてきた。
「と俺って小さい頃イギリスにいたんだよ。親父の仕事の都合でね。」
へぇ、先輩も帰国子女だったんだ。
初耳。
「小さいときからはテニスをしてて、俺もそんなの事見てたから自然とテニスの道に入ったんだ。
凄かったんだぜ?の全英ジュニア選手権5連覇成し遂げたんだから。本当に凄い試合だったよ、いつも。」
試合の事でも思い出しているのだろう。
どことなく桐生は遠い目をしていた。
それにしても5連覇って・・・。
「が去年先に日本にお袋と戻った後のジュニア選手権はつまらなかったよ。」
だろうね。
それだけの女王がいなくなれば。
ん?
となると桐生は今までイギリスにいたのか?
そんな俺の疑問に気が付いたのか、桐生はまた苦笑した。
「親父がさ、もう少しこっちで修行しろって言って、と離されたんだよ。本当は一緒に帰る予定だったのに・・・。」
心底残念そうに肩を落とす桐生。
相当のシスコンである事はわかった。
まぁ、でもあの先輩じゃ仕方ないか。
「先輩がいなくなった全英には出れたの?」
「うん、なとか優勝はしたけど・・・比べられるんだよなぁ、オレタチ。」
相当中傷されたのだろう。
そこからは苦し紛れの笑顔も消えていた。
姉弟が強いとこう言う事になりかねない。
自分であってもそうだ。
テニス界の異端児。
侍の称号を欲しいままにした俺の親父。
でも突然の引退。
それからは・・・あの生臭坊主にエロ親父ぶり・・・。
親父の昔からのファンはあんな姿を見たら泣くだろうな。
ふと別の事に思考が流れかけた時だった。
「ここだよ。」
そう言われて顔を上げた家。
ドーンと言う効果音が持って来いの純和風の家。
立派な門構えに普通よりも高い塀。
よく見るヤクザ映画の頭が住んでいるような、そんな雰囲気がただよう。
さすがの俺もちょっと腰が引けた。
「リョーマ、こっちだよ。」
ただただ唖然と眺めていた俺をよそに、桐生はさっさと小さな木戸を開けて中に入っている。
俺もその後を追うようにして中に踏み込んだ。
突然開けた視界。
池に日本庭園・・・橋がかかって・・・先が見えない程の広さ。
一体なんだここ。
俺がキョロキョロと眺めてると、桐生は苦笑していた。
「の奴、誰もここに連れて来させないだろ。さすがにコレを見るとたいがい腰が引けるからね。」
もうそんな他人の行動に慣れているのか、桐生は橋を渡ってさっさと家の中へ。
やっぱし・・・普通じゃない。
しかも引き戸の玄関を開けた先には・・・。
「お帰りなさいやし!若!!」
黒服のおじさん連中がどどーんと15・6人のお出迎え。
やっぱりそうですか。
俺は軽く溜め息を付いた。
「オマエ等さ、その若ってのやめろよな。それに迎えはいらねぇっていつも言ってんだろ?親父は?」
「お部屋でお待ちです!」
そう言いながら靴を脱いでさっさと上がり込む桐生。
おいおい、俺を置いていくつもりかよ。
唖然と立ち尽くす俺に一人の若い男・・・と言っても20代前半くらいの奴が隣りに立った。
「いらっしゃいませ。さ、中へ。」
そう即されて靴を脱いで桐生の後を歩く。
桐生は突然立ち止まって、一つの扉の前に立った。
「リョーマ、親父に逢ってけよ。逢うの楽しみにしてたみたいだぜ?」
「ふうーん。」
なんで俺の事知ってるんだろう?
そう疑問が沸いた。
扉が開かれると、予想していた人物とはほど遠い人が黒い皮の椅子に腰を降ろしてなにやら書類と格闘していた。
優しい出で立ちの人。
それが第一印象だった。
書類から顔をあげると、これまた先輩に似た笑みを満面に広げた。
「いらっしゃい。越前リョーマ君だね?」
そう言われて俺は軽く頭を下げた。
するとおじさんはクスクスと笑って席を立ち上がった。
「南ちゃんは元気かい?」
南ちゃん・・・って親父の事かよ。
親父の奴、どういう交友関係持ってんだ?
ただ黙って頷くと、満足そうにおじさんは笑みを浮かべた。
「南ちゃんと俺は幼馴染みなんだよ。今度遊びにいくと伝えておいてくれるかな?」
「はい。」
「頼むよ。、ちゃんはどうした?」
ん?
なんで先輩の事をちゃん付けするんだろう。
妙な引っかかりを感じた。
「周助兄のトコ行ってから帰るってさ。」
「そうか、なら周助君がここまで送ってくれるから心配ないかな。」
周助君!?
本日一番驚いた事実かもしれない。
いつも部活の時にはそんな仕草全然見せないのに、どうやら先輩と不二先輩はプライベートでも仲が良いようだ。
はっきり言ってショックだった。
「んじゃ、オレ達テニスコートにいるから。」
「ああ、気を付けてな。越前君もまた遊びに来なさい。」
軽く会釈すると桐生に即されて部屋を後にした。
そのまま桐生の後を追っている間にも黒服の男達と何回かすれ違った。
だが、どう見てもいい年齢のおっさん連中がみんな桐生が通ると、軽く頭を下げて挨拶していく。
これがヤクザ社会なのか・・・。
映画のまんまだな。
そんな事を考えていると、桐生は一つの扉を開けた。
開けた先はテニスコートになっていて、かなり整備されたものだった。
あれ・・・でも靴って玄関。
俺がふと振り向くと、桐生は足元を指差した。
そう。
さっきまで玄関にあった靴が、きれいに並べられて置かれている。
おそるべし桐生家。
ともかく靴を履いて外に出るとテーブルと数個の椅子が用意されていた。
そこに一人の女性。
「母さん。」
桐生がそう呼ぶと、その女の人は振り返ってニッコリと笑みを浮かべた。
着物を着て、いかにも和風な女の人。
「お帰りなさい、。お友達?」
そう言って俺に視線を向ける。
ここでもまた軽く会釈。
「リョーマだよ。が言ってた。」
先輩が言ってた?
何を言ってたんだろう・・・。
何を言われてるのかすっごく気になる。
するとおばさんはポンと手を打って、俺の事を再度見た。
「ああ、ちゃんが言っていた方ね。初めまして、の母です。」
そう言って深く頭を下げる。
やっぱりここでもチャン付けだ。
なんでだろう?
「あまり無理しないでね。」と言う言葉を残してすぐにいなくなったおばさん。
俺がその後ろ姿を眺めていると、桐生が声をかけてきた。
さっきまでとは違う、トーンの低いものだ。
「不思議に思った?みんなの事「ちゃん」つけるの。」
「うん。」
素直に頷いた。
だろうなぁと言いながら苦笑する桐生。
ま、人それぞれ事情は存在するだろうし。
それ以上つっこんで聞く気にもならなく、俺はテニスバックからラケットを取り出した。
「俺とって本当の姉弟じゃないんだよね。」
驚いて俺は顔を上げた。
どう見ても姉弟としか思えない。
さっきの親父さんにしても、この桐生にしても、先輩の面影がある。
どういうことだ?
俺が黙って桐生の事を見ていると、桐生はふと空を見上げた。
「ここは本当はの親父達の家なんだよ。」
?
どういう意味かわからなかった。
「の親父は俺の親父の双子の兄貴だったんだ。だから、本当は俺とは従兄弟同士なんだよな。
でも、の両親はが2才の頃に交通事故で亡くなったんだ。」
黙って聞いていた。
いや、何も言葉が見つからなかったと言うのが正しいのかもしれない。
いつもあんなに優しく楽しそうに笑ってる先輩なのに。
そんな過去があったなんて。
「桐生家は、お前が見た通りの家柄だろ?当然、事故じゃなかったんだけどさ。」
サラリと言ってのける桐生。
でも、警察とはなんとでも理由をつけて動かせると言う。
だから大した事件にもならなかったと言うのだ。
「で、俺の親父がを姉弟として引き取って育てたって訳。」
ふーん。
だから、姉弟なのに名前で呼んでたりしてるのか。
?
でもそれって・・・
もしかしてこいつ先輩の事・・・?
「リョーマはいいよな。に正々堂々と近づけて・・・姉弟になると、それ以上は望めないから・・・さ。」
それ以上。
・・・やっぱりな。
それにしてもなんでこんな重要な事、俺に話したんだろう。
今日会ったばっかりだって言うのに。
「リョーマ、の事好きか?」
突然の言葉に俺は一瞬にして顔が赤くなった。
そんな事聞かれるなんて予想してなかったから。
帽子のつばを深くさげて顔を隠すと、桐生の笑い声が聞こえて来た。
どことなく先輩に似てる。
チラリと桐生の事を見る。
「わかりやすいなぁ、お前って。だからも気に入ってるんだろうな。」
「!?」
今なんて言った?
先輩が気に入ってる?
まさか・・・そんな・・・。
別に深い意味でなくても、気に止めてくれている事実が嬉しかった。
いつも自分の事は視界に入ってないと思っていた。
レギュラーメンバーと楽しそうに話す。
でも、そこには入り込めない領域が存在していた。
決して1年の俺には入り込めない・・・そんな高い塀。
「でも、の事はくれてやんない。」
「は?」
思わず変な声が出てしまった。
慌てて口元を抑えると、桐生は軽くラケットにボールをあててコートの中へと入って行った。
「リョーマ。」
「?」
「俺の事は、でいいよ。桐生って呼ばれると、在る意味危ないし。」
危ない?
・・・ああ、抗争やらなにやらの事か。
でも別にそんなの関係ないじゃん。
桐生が今の桐生組を支えているわけじゃないんだし。
でも・・・。
いっか。
軽くその場で何度か飛び上がると、俺もコートの中へと入っていった。
「んじゃ。軽くな。」
そう言って、サーブしてきたの打球。
部活の時とは比べものにならないほどの威力があった。
おそらくはタカ先輩並。
俺と対して体型的に変わらないと言うのに、どこからこんな力が・・・。
返しながらも、そんな事が頭を過ぎった。
どんな場所に返しても、必ず追いついてくる。
その俊敏さ、まさに先輩と同じだった。
いや、それ以上に見えた。
しばらくラリーが続いたが、ふとのミスでボールはコートの外へと弾んで行った。
その直後、拍手が聞こえた。
二つの音。
俺は入口に視線を送ると。そこには私服姿の不二先輩とテニスウェアーの先輩が立っていた。
本当に知り合いだったのか。
俺は軽く不二先輩を睨んだ。
相変わらずニコニコと笑みを浮かべて俺を見ている不二先輩から、なんとなく視線を反らしてしまった。
「、あんたやっぱり集中が足らないのよ。15分ごときのラリーに耐えなくてどうするのよ。」
そう言うと、先輩はの頭を軽くラケットで叩いた。
軽くと言っても結構弾んでいたから、あれは痛いだろうなぁ。
そんな事を思ってると、先輩が俺の方を向いて罰が悪そうに視線を下に向けた。
「驚いたでしょ?家が家だから・・・。」
「別に、家柄がそうだからって先輩とは関係ないっすよ。」
その言葉に先輩はバっと顔を上げて俺の事を見た。
ソレは今まで見た事ないようなうれしそうな笑みを浮かべて。
「ありがとう、リョーマ君。そう言ってくれたの周助以来だよ。」
ムカ。
チラリと視線を向けると不二先輩は相変わらずニコニコ。
何考えてるんだか。
不二先輩はゆっくりと俺の方に近付いてきた。
「越前君はの左って見たことないんだよね?」
「ええ、そうっすけど。」
「見たい?」
え?
一瞬不二先輩の事を凝視してしまった。
そして力強く頷く。
見たい。
どうしても、先輩の実力を知りたい。
は不二先輩にプリンスのラケット一本手渡した。
あれって不二先輩と同じ奴?
俺が疑問に思ってると、はニッコリと笑みを浮かべた。
「よく来るからね。」
成る程・・・って事は、先輩とプライベートで打ち合いしているってこと!?
ずりぃ。
そんな心の声が聞こえたのか、がぷっと吹きだした。
「慌てるなって。これから好きなだけ打ち合い出来るだろ?それに・・・。」
そう言うとの目つきが一編した。
急に鋭く二人見つめる。
「の左を引き吊り出せるのって、今の所周助兄だけだよ。」
引き吊り出す?
俺はの事を見た。
するとはまたあのお得意の先輩並の笑みを浮かべる。
「が左になるときは、本気になった時。温厚そうに見えて、不二先輩と同じく熱くなりやすいんだ、って。」
確かに、それは前の練習試合でもわかってる。
でも手塚先輩の時でも左にしてなかったのに・・・どうやって。
どう考えても不二先輩が手塚先輩に勝った事はない。
部活内ではだが。
それなのに、本気にさせる事が出来るのか?
俺とは椅子に座って観戦する事にした。
「んじゃ、周助かる〜く・・・!!!」
と言ってる割には早い。
いや、それだけでない。
不二先輩も部活以上に早い。
瞬発力、判断力・・・全てにおいて部活で見せるものとは違っていた。
軽い打ち合いと称している彼らから目が離せなかった。
試合さながらの風景。
瞬きすることすら忘れていた。
「あれで二人とも5割程度じゃない?」
そう言われて俺は、目を見開いた。
とんだくせ者がいたものだ。
この実力は手塚先輩を凌ぐものだ。
不二先輩の開眼。
それはまさしく、本気になりつつ証。
そして・・・。
に視線を送った直後だった。
ぱっと瞬時にラケットを左手に切り替えた。
「出るぞ。」
の声と共に、二人のラリーは白熱していく。
絶対に返す事が不可能と言われたつばめ返し。
超高速回転をかけて弾まないボールにすると言うのに・・・先輩はそのつばめ返しもいとも簡単に打ち返した。
確かに。
地に着く前に返せればいい。
だがそれには相当な瞬発力が要する。
そして、先輩のスマッシュを打ち返すヒグマ落とし。
これすらも先輩は予想していたのか、打ち返していた。
こんな試合見たことない。
しかもあの不二先輩が、こんな続けて技を出すのも珍しい。
いつもずっと温存して出し惜しみする人なのに。
最後には白鯨を披露。
さすがにこれは先輩でも返せなかった。
一段落が付いた所で、二人の息は多少上がってる程度だった。
レベルが違う。
そう実感した。
俺の全身から冷や汗が流れでた。
コレが・・・これが天才の試合。
しかも不二先輩は動きやすいウェアではなく、私服。
それであそこまで動けるとは。
不二先輩と先輩がネット越に握手すると何やら手を握ったまま話し込んでいた。
いつも見る笑顔とは全然違う先輩の表情。
初めて見た。
あんなに嬉しそうで、快活な笑顔。
「、リョーマ君!試合しよ!試合!!」
「げ。」
あからさまに嫌そうな顔をした。
望む所と言わんばかりに俺がラケットを持って立ち上がると、が俺の腕を掴んで来た。
何事かと見ると、かなり必死の形相で懇願してる。
「何?」
「リョーマ、先に謝っとく。すまん!」
「へ?」
「ほら、部活中に言ってだろ?お仕置きって・・・今からがそうなんだよ。」
ああ・・・そう言えば先輩にボールをぶつけようとしたアレね。
ご愁傷様。
そう心で思っていたのだが・・・
「君もだよ、越前君。」
コートに近付くと、ニッコリととした笑みを称えた不二先輩。
それはよく聞く菊丸先輩が言ってる「大魔王降臨」と言う言葉がしっくり来る。
その場で足が止まった。
なんで。
だって、あれはの奴が!!
そう思って振り返った時だった。
「止めなかったから同罪だって。」
止めるもなにも・・・。
はぁ。
でも、いっか。
あの二人とリターンマッチが出来る訳だしね。
ニヤリと口元を上げた。
上等だよ。
「、勝つぞ。」
そう一言言って、ラケット同士を重ねる。
カンと小気味よい音がすると、がニッコリと笑った。
「お前となら、勝てる。」
確信を帯びた言葉に俺は苦笑した。
こういう所、本当に先輩に似てるんだけどなぁ。
先輩と不二先輩は、小さい子供でも見ているような和やかな雰囲気でオレタチのやり取りを眺めていた。
足掻いてみなさい・・・と言いたげな挑戦的な瞳。
先輩のそんな視線も初めて・・・。
全て初めての中で試合は始まる。
つづく
後書き 〜 言い訳 〜
ここまで読んで下さり
心より深くお礼申し上げます。
どうぞ次のお話も読んで下さると幸いです。
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
執筆日 2010.10.29
制作/吹 雪 冬 牙
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