『 も う 一 つ の 話 し 〜第一章 出会い 1〜 』
静寂を壊さぬように、静かに舞い降りた白い影。
恭しく、頭を下げるのは、今話題の人。
怪盗キッド。
蘭は突然に現れた怪盗に、目を見開いた。
ゆっくりと頭をあげると怪盗キッドは、ニッと特有の笑みを浮かべた。
「こんばんは、お嬢さん。」
「怪盗・・・キッド・・・。」
やっと声が出せたような感覚。
蘭は、一歩後ろへと下がった。
だが、怪盗はその場から動こうとはしなかった。
むしろ両手を挙げて、降参のポーズまで取っていた。
「私は、女性には何もしませんよ。」
「・・・何か用!?」
ぐっと腹に力を入れ直して、気丈に怪盗キッドを睨んだ。
キッドは一瞬、懐かしそうに目を細めると、左手を蘭の前へと差し出した。
蘭は、そのまま左手へと視線を落とした。
その途端。
ポンッ・・・
怪盗キッドの手の中には、一輪の深紅の薔薇。
それを見て、蘭の頭の中で何か懐かしい記憶を呼び覚ませるような気がした。
なんだろう・・・?
初めてじゃない。
「可愛いお嬢さんには、花束の方がお似合いかな?」
『可愛いお嬢さんには、花束の方がお似合いかな?』
その言葉に、蘭は目を見開いた。
信じられないように・・・ゆっくりと怪盗を見上げた。
「な・・・なんで・・・どうして、その言葉を・・・。」
怪盗キッドは何も語らない。
ただ月明かりを背に、薔薇一輪を差し出して立っているだけだった。
†
〜 10年前 〜
「こんにちはー新一っ!遊びに来たよぉ!」
元気よく工藤家の扉を開いたのは、小学一年生の毛利蘭。
広い玄関をキョロキョロと見ていると、新一のお父さんがお出迎え。
「これはこれは、蘭ちゃん。すまないねぇ、ウチの愚息はついさっき出かけてしまったんだよ。」
「え・・・。」
待ってるって言ってたのに。
昨日の学校の・・・あの謎を一緒に解くの連れて行ってくれるって約束したのに。
蘭のあからさまにガッカリした顔。
すでに目からは大粒の涙が出そうになっていた。
工藤新一の父・・・つまりは優作は困ったように笑みを浮かべると、蘭の頭をポンと優しく撫でた。
蘭は、たたた・・・と優作に抱きつくとそのまま堰を切ったように泣き出してしまった。
そこへ丁度、新一の母親である工藤有希子が、玄関に顔を出した。
むろん、蘭の泣き声で・・・だが。
「あら、ちょっと優ちゃん。何、蘭ちゃんの事泣かしてるよ。」
「うーん・・・どうやら、新一に原因があるようなんだが。よいっしょ。」
蘭を抱き上げると、そのままリビングへと入って行った。
何を聞いても、何も言わない蘭。
きっと、新一に何かを口止めされているのだろう。
優作は優しく、何度も蘭の頭を撫でた。
「有希子、お前そろそろじゃないのか?お前が弟子入りした、なんとかって言う手品師に逢うの。」
「あらやだ、こんな時間・・・って、そうだ!」
パンと手を叩くと、ニッコリと笑った有希子は、蘭へと近づいた。
優作にしがみついて泣いている蘭の肩をチョンチョンと叩く。
すると蘭は、涙いっぱいの目で、有希子の事を見た。
「新一なんかほっといて、もっと素敵な男の人がいる所につれて行ってあげる。」
「新一じゃないと、嫌だ。」
ぷいと顔をそらした蘭。
だが、蘭の発言に優作と有希子は顔を見合ってしまった。
確かに、小さい時から兄妹のように育った二人だ。
置いて行かれた事が、あまりにもショックだったのだろう。
どうりで、新一の奴が慌てて出て行った訳だ。
優作は愚息ながらも、蘭の事を一人の女の子として見てる、その思いに気付き、苦笑してしまった。
トントンと背中を優しく撫でてやると、蘭はやっと顔を起こした。
「蘭ちゃん、行ってみてごらん?面白い『おじさん』に会えるから、蘭ちゃんにだけ特別
サービスしてくれると思うよ?それで新一に自慢したらどうだい?」
「え・・・じまん?」
「そう。私を置いて行ったから、こーんな素敵な事が見れなかったんだって。」
優作の優しい声は、蘭の悲しい心を溶かしていった。
蘭の顔はみるみるうちに、いつもの笑顔に戻った。
「うん!行く!!」
「それじゃ、お支度しましょうか♪蘭ちゃんの為に買っておいた服があるのよ〜。」
「なんでそんな物はあるんだ?有希子。」
「あらーやだ♪今度蘭ちゃんがウチにお泊まりした時に、新一を悩殺してやろうと思ってねん♪」
悩殺・・・って。
小学生相手に何をしようとしてるのか・・・。
優作は人知れずため息をついた。
有希子の部屋で着替え終えた蘭。
全身を映し出す鏡の前で、その可愛い赤のワンピースを御姫様のように広げて見せた。
先程までの泣きべそはどこへやら。
扉を開けると、有希子は優作を呼び込んだ。
「優作ーちょっと来てよ!蘭ちゃん、すっごく可愛いんだから♪」
「はいはい。」
コーヒーカップを持ちながら、部屋をのぞき込むと。
うっすらとお化粧をした、蘭が御姫様のように鏡の前に立っていた。
それは、本当にかわいらしかった。
「おお、すごく可愛いじゃないか。確かに、これじゃ新一も一発koって所だな。」
「デショ?」
「変じゃない?」
優作は部屋の中まで入ると、蘭ちゃんの片手を取った。
蘭の顔は真っ赤。
口づけるマネだけすると、頭を下げた。
「これはどこの御姫様がいるのかと思ったよ。では、御姫様外までお見送りさせて頂けますかな?」
「うん!」
嬉しそうに微笑むその少女。
有希子はふと頭の中で思った。
小五郎君が、「絶対に蘭は嫁にやらない!特に、そのくそガキにはな!」って言っていた意味がわかるわぁ。
蘭ちゃん、将来が楽しみだものねぇ〜。
新一も素直になっておかないと・・・
こりゃ、ウチの娘となる計画も危ういかもしれないな。
うーん。
「有希子、当人同士の問題に首を突っ込むのは良くないぞ。」
「はいはい♪それじゃ、蘭ちゃん行こうか!」
玄関に行けば、その洋服に合うような靴が一足。
一人でちゃんと靴を履くと、有希子と手を繋いだ。
「それじゃ優ちゃん、後の事はよろしくね。」
「いってらっしゃい。気をつけるんだよ?蘭ちゃん。」
「はーい。」
意味も分からずに元気に返事をする蘭。
有希子はクスクス笑いながら、扉を閉めた。
つづく
後書き 〜 言い訳 〜
こちらのシリーズは、以前にブログでお試しに掲載していた
作品になります。
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。
これにこりず、次も読んで頂けますと幸いです。
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
再掲載 2010.10.30
制作/吹 雪 冬 牙