『 も う 一 つ の 話 し 〜第二章 雨 完 〜 』
「もしかして、この子?」
「正解〜♪青子の隣にいるのが、白馬って言って、青子の彼氏。」
彼氏・・・いたんだ。
私てっきり。
え?てっきり?てっきり・・・なんだって言うのよ。
「それと、まだあるぜ?」
まだ青子と言う女性の写真を見させられるのかと、蘭は俯いた。
その瞬間に、携帯が手元に出される。
そこに映し出されていたのは・・・
「なっなっなっ・・・!!!」
自分の小さい時の写真。
しかも、工藤君の家で有希子さんに突然撮られた写真。
「蘭ちゃんのファンにあげるの♪」なんて言われて撮られた一枚の写真。
それを携帯の中にいれたのだろう。
よく見れば、それはトップ画面。
「快斗?」
「俺の大事な宝物♪昔、とーさんに言って貰ってもらったんだぁ!」
ニヤニヤと携帯を見つめては、な?と快斗に同意を求められる。
同意を求められても・・・。
蘭はこれでもないくらいに真っ赤に赤面して俯いた。
「可愛いなぁ、蘭♪真っ赤になっちゃって♪」
「も、もう!あんまりからかうんじゃないわよ!快斗。」
ポカッっと頭に軽く拳で叩いた。
さして痛くもないくせに、快斗は大げさに「痛っ!」と言いながら、携帯を机の上へと置いた。
そこへ丁度、ケーキが2個運ばれて来た。
「はい、蘭のな。これは俺の〜♪」
嬉しそうにチョコケーキを前に子供のような顔を見せる快斗。
これが夜の怪盗だとは誰が気付くだろうか。
蘭は唖然としたように快斗の事を見つめた。
「なに?」
「いや・・・男の人なのに、甘いの平気なんだと思って。」
新一と無意識に比較してしまってる自分に気付いて、蘭は自分のケーキへと視線を逃した。
「工藤新一って甘い物、嫌いなんだ。」
「嫌いって訳じゃないけど、好んで食べないだけで…って、え?」
先程まで美味しそうに食べていた快斗のフォークが止まり、ふと窓の外を見つめた。
10年の時間を、昨日一晩で取り戻せるとは思っていない。
しかも、工藤新一の為に・・・あんなに小さかった蘭が悩んで泣いていた事を考えれば、
工藤新一の事が好きなのは、明白。
わかっていた事とは言え・・・比較されると、結構くるもんなんだなぁ。
ふとそんな事を思っていた矢先だった。
蘭の携帯が、鳴り始めた。
「あ、ちょっとごめんね。」
蘭が携帯に出た瞬間に、目が見開かれた。
それを見て、すぐに工藤が連絡してきたのだと察知した。
俺は口ぱくでトイレと言って、席を離れた。
そしてそのまま蘭の背中の椅子へと腰をおろした。
「工藤君、今どこにいるのよ?そろそろ帰って来なさいよね。」
『んな事言っても、事件が終わらねぇーんだから、仕方ねぇーだろ。今、家か?』
「ううん。駅前の喫茶店。なんで?」
『いや、コナンにちょっと用事があったんだけど、お前の家に電話しても電話中で繋がらなくてよー。園子と一緒なのか?』
「え…あっと…」
『蘭?』
「昔の友達に会ってるだけ、もう少ししたら帰るよ。帰ったらコナン君に電話させようか?」
『いや、いいよ。あんまし無理すんじゃねーぞ。』
「それはこっちのセリフよ。」
タイミングを見計らって、俺は席を立とうとした時だった。
真向かいの電話ボックスに、一人の少年。
こちらを向いて話しているのに気付いた。
おやおや・・・ったく。
俺は髪にくしゃりと手を入れてため息をついた。
さすがは名探偵。
正攻法では蘭に逢わせる気がないわけね。
その昔、工藤新一が蘭に対して「工藤と呼べ」と言った訳。
昔は分からなかったが、時間がたてばその理由もわかった。
思春期特有の「恥ずかしさ」から来るものだった・・・って事が。
だから、工藤新一の蘭への想いには気付かされた。
完全に不利な状態。
だが、決めたんだ。
蘭の前に出てもおかしくない男になるって。
その自信がつくまでは蘭の前に現れないって・・・。
だから、小さい時の写真で我慢していたと言うのに。
だが、一度走り出した気持ちは止める事が出来ない。
ずっと・・・ずっと恋い焦がれていた少女だ。
一度突き放した、工藤新一に取られたくもない。
俺は席を立って、蘭の前へと座った。
「あ、戻って来たから、そろそろ切るよ?」
『あ、おい!』
一方的に電話を切られた。
道路越しに見える蘭の表情。
目の前の男が、二つ三つ言葉をかけると蘭は嬉しそうに微笑んでいた。
あんな顔・・・。
『新一〜!!!』
昔の頃の蘭を思い出す。
天使のような笑顔を持つ蘭は、人気があった。
みんな蘭の事が好きで。
だから、そのやっかみもあって、俺と蘭はからかわれたりもしたんだが…。
まだまだガキだった俺は、それが嫌で蘭に「工藤」と呼べと言ってしまった。
最初は一向に呼ぼうとしなかった蘭。
だが、ある日を境に「工藤君」って呼ぶようになった。
それからは、二度と「新一」とは呼ばない。
「おめーの好きに呼んでいい」と言っても・・・。
「蘭・・・。」
楽しそうに話す蘭の横顔をずっと、見つめていた。
雨が降り出してきても、俺はその場から動けなかった。
いや、動く事が出来なかった。
外の雨に気付いて、ふと外を見れば、まだ少年がいた。
まったく・・・。
俺は呆れたように、そっとため息をつくとふと外へと話題を振った。
「あちゃー、雨降っちまったなぁ。」
「あ、本当だぁ…って、コナン君!!!!ちょっと、ごめんね!」
蘭はすぐにコナンを見つけると、迷う事なく席を立ち上がって店を出て行ってしまった。
俺はそれを頬杖ついて眺めていた。
カラン・・・と解けた氷をストローでもて遊ぶ。
だが、視線は道路を越えて行ってしまった蘭からは外さない。
嬉しそうに笑顔になる少年。
俺はウエイトレスに、ホットティーを二つ注文しておいた。
蘭はその少年を連れて、店に戻って来た。
「まったくもう、なんであんな所でびしょ濡れになってるのよ。」
「ごめんなさい。」
シュン・・・とした少年。
蘭に手を繋がれて立つ少年の顔は、確実に睨みをきかせていた。
そんな小学生いねぇーよ。
内心、冷や汗をかきながら俺は蘭へと視線を上げた。
「大丈夫か?蘭。」
俺は自分のハンカチを蘭に投げてよこした。
蘭は見事キャッチして、顔とかを拭き始めた。
あのハンカチ・・・一生大事にしよ・・・うん。
「うん、ごめんね。この子ね、ちょっと預かってる子で、江戸川コナン君って言うの。」
「コナンです。よろしくね?えっと・・・」
ほぉぉぉ
きっと名前くらいは知ってるはずであろう名探偵。
色々走り回った形跡。
半分出かかってる携帯やら、少しの服の乱れ。
確実に走っていた証拠。
蘭は自分のハンカチを取り出して、コナンの頭などを拭きだした。
「お待たせ致しました。」
コナンと蘭の前にホットティーが置かれる。
それに驚いた顔をした蘭に、ニィっと笑みを向けた。
「雨に濡れたんだから、体冷やしたら、風邪ひくぜ?坊主も飲めるだろ?」
「うん、ありがとう。」
「快斗。黒羽快斗ってんだ、よろしくな、坊主。」
「うん、よろしくね、快斗兄ーちゃん♪」
ったく、よろしくじゃねぇーよ。
それにしても・・・チラリと蘭の事を見上げた。
蘭は嬉しそうに快斗と会話を始めてしまった。
なんとなく・・・疎外感を感じた。
本来なら、自分は高校2年生で。
放課後、なんとなく蘭とこうやって喫茶店に入る事だってあったはず。
でも、今の体じゃ・・・。
くっそ!
俺はこぶしをギュっと握りしめた。
「私、ちょっとトイレに行ってくるね。」
「おう。」
コナンと二人になった俺は、こぶしを見つめている奴の事を見つめた。
俺の視線に気付いたのか、コナンは顔を上げた。
「江戸川コナン。江戸川乱歩とコナン・ドイルを足したような名前だな。まるで偽名のようなだな☆」
「へ!?あ・・・そ、そうなんだ・・・ははは。」
少し焦ったようなコナンが楽しくて、グイっと顔を近づけて見た。
「な、何?」
「坊主に俺の宝物見せてやろーか?ほれ。」
「!?」
それは携帯の画面に映し出された蘭の小さい時の写真。
背景は自分の家だから、渡したのは・・・
かーさん?
俺がじっとそれを見つめてると、半目になった快斗がからかうような口調になった。
「だーめだぞ、坊主。これは俺の宝物だからな。」
「え・・・快斗兄ーちゃんって、そんな趣味があったの?」
「あのなぁ!ちげーっつぅの!!!」
疑うような眼差しをしたコナン。
ガクッ!と力を落とした快斗は、トイレから戻ってくる蘭を手を振って出迎えた。
「今は成長されて、あのようになってるって訳だ。」
振り返った先には、蘭の姿。
やっぱり。
コイツ、蘭の事・・・。
「快斗、悪いんだけどそろそろ夕飯の支度ないといけないから、帰るね。」
「じゃ、送ってくよ。」
「大丈夫よ。コナン君もいるし。」
身支度を始めた蘭に、快斗は蘭の手を取った。
何をするのか見つめていると・・・
「ワン…ツー…スリー…!」
快斗がカウントを始めると、蘭の手の中には二輪薔薇。
一つは赤く、もう一つは白い薔薇だった。
それを見て、蘭は一瞬驚いた。
だが・・・
「すごーい!!!さすが快斗だね♪昔と変わらないじゃない♪♪」
「あのなぁ、昔よりは随分と洗練されたっての!なんだったら、今度見せてやるよ。」
「ホント!?楽しみ〜!!」
「ああ、蘭にだけ特別なマジック見せてやるよ。」
蘭にだけ・・・と強調したのだが。
「楽しみだね、コナン君」とすでに坊主も参加決定で・・・。
こりゃ、家になんて連れていけねーな。
チラリと邪魔者の坊主に視線を向けた。
「本当だね!!まるでなんとかって泥棒さんみたいだね!蘭姉ーちゃん♪」
「「!!」」
蘭と快斗の間に一瞬の間。
なんだ?二人して固まって・・・。
「どうしたの?二人とも?」
しょう…正体に気付いた訳じゃねぇーよな?
俺は確認するように、坊主に視線を合わせてしゃがみ込んだ。
ドンと頭に手のひらを乗せた。
「泥棒じゃなくて、怪盗な。」
「快斗、訂正する場所はそこじゃないでしょうが!!」
「あ、そっか。あのなぁ、坊主。あんな『怪盗』よりも俺のマジックの方が上手だっての!」
「ホント?」
ニコニコ顔の坊主。
どうやらバレテるわけでなく、カマをかけただけなのか?
何て野郎だ・・・。
「マジだよ。な、蘭にも証明してみせてやるよ。今度。」
「うん、楽しみにしてるね。」
ああ、可愛い。
やっぱり蘭の笑顔は癒される〜。
ずっと我慢して来たんだもんなぁ・・・。
まさか、怪盗キッドとして先に逢うとは思わなかったけど。
でも、ライバルは多そうだしな。
チラリと坊主へと視線を向けた。
まぁ、今はまだ勝負にもならねぇか。
自分の中で勝手に結論つけて、レジへと足を向けた。
支払いを済ませて、外に出るとかなりの雨の量。
蘭の手には俺の貸した傘。
俺は鞄を頭の上に載せた。
「やっぱり、いいよ。快斗が濡れて風邪引かれても困るし。」
「大丈夫だって。小さい坊主もいるんだし、そっちの方が心配だよ。」
「それはそうだけど・・・本当にごめんね。借りるね。」
「おう。」
俺はしゃがみ込んで坊主と視線を合わせた。
「勝負はイーブンだからこそ、面白いんだぜ。
・・・坊主。またな。」
「…。」
「なーに?二人してヒソヒソ話して。」
「なーんでもねぇよ。」
ポンと蘭の頭に手を乗せた快斗。
「またな、蘭。」
「うん!後で電話するねー。」
「おう!今日は何時でも大丈夫だからよ!」
「わかった!!」
今日は?
随分と珍しい言い方するもんだなぁ。
普通だったら、もっとこう・・・違う言い方しねぇーか?
なんで、あんな断定した言い方したんだろうか?
快斗と呼ばれる男は颯爽と雨の中の町に消えて行った。
いつまでもその背中を見送る蘭。
「蘭姉ーちゃ・・・。」
ふと思った疑問を聞こうと思ったが、言葉が続かなかった。
優しい蘭の表情。
俺が一番好きな、蘭の表情。
俺は繋いでいる手に、少しだけ力を込めた。
手は繋いでいても、どこか遠くにいるような感じがした。
黒羽・・・快斗・・・か。
第三章につづく
後書き 〜 言い訳 〜
こちらのシリーズは、以前にブログでお試しに掲載していた
作品の続きになります。
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。
これにこりず、次章も読んで頂けますと幸いです。
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
再掲載 2010.10.31
制作/吹 雪 冬 牙