W I L L ・・・



第1話




「ふぅ。」

肩の力を軽く抜いて、大きな扉を叩く。
この先にいるのは、自分の上司でもあるコエンマ様。
今日の分の魂送を全て終えた為に、上司への報告をしに来たのだ。
手には、全ての魂のリスト。
これを提出して、コエンマ様からのお言事の二つ三つをもらって、業務終了。
数百年続いてる毎日の日課。
魂送も色々と疲れるのだが、一番疲れるのはこの瞬間かもしれない。
書類の不備とかで走らせられる事、数えきれぬ程。
「バッカモン!!」と怒鳴られる事、一日に数十回。
たまにはキラッとした笑顔で「ぼたん、疲れただろう?ゆっくり休め。」くらいの言葉をかけて欲しい物だ。

ん・・・。

ふと想像してみた途端に、ブルッ!と身震いした。
そんなのコエンマ様じゃないねぇ。
こう言ってはなんだが

「気持ち悪い。」

ふと呟くように零したと同時に、コエンマ様からの入室許可の声がかけられた。
よいこらしょと、大きな扉を開けると、そこには決済に判子を押しまくってる我が上司。
コエンマ様。
そしてその隣には、無駄に動いてるジョルジュの姿。

「失礼します。今日の分の報告書をお持ちしました。」
「ああ、そこに置いておけ。後で見る。」
「はーい。」

言われるままに「未処理」と書かれている箱の中に書類を置く。
チラリと見た限りでもかなりの量。
これを今日一日で裁けるコエンマ様って・・・すごいかも。

「大丈夫なのか?」
「へ?」

視線は書類に向いたままのコエンマ。
意味が分からずに、天井を見上げた。
何が大丈夫なんだろう・・・今日、何かヘマしたっけ?
思いつかない。

「さっき扉の前で『気持ち悪い』と言うておっただろう。」
「!?あ・・・いや・・・汗かいて気持ち悪いなぁ・・・て。」

何故!?
あんなに小さな声だったのに。
まさか思考回路までは、読まれていないだろう。
慌てて言いつくろえば、初めてコエンマが顔をあげて、ぼたんと視線を合わせた。
いつものパッチリとした眼が、半目状態になっている。

「そんなに大変な業務だったか?今日のは。」

心の奥底まで見透かされそうな、視線。
ぼたんは一瞬、その瞳に射貫かれたような感覚に陥ったが、いつものよう盛大に苦笑をその場で繰り広げた。

「いや・・・そう言うわけじゃないんですけど・・・にゃはははは、いつものドジですよ。」

ぼたんの不可解な行動。
まさかとは思うが、あの銀狐に何かされたのではないだろうなぁ。
よーくぼたんを上から下までみても、妖気は感じない。
狐とは接触してないのか?
自分の中でそう、結論着けるとコエンマはぼたんから視線を外して、先程まで睨み合いをしていた書類へと視線を元に戻した。

「まったく、落ち着かん奴じゃな。そんなだから、何百年も嫁のもらい手がないんだぞ。」
「な!?コエンマ様に関係ないじゃないですか!!!もう!失礼します!!」

入って来る時は重そうにしていた扉。
今は怒り任せに扉を閉めたぼたんは、ドゴォォォンと大きな音をたてて、姿を消した。
ぼたんの霊気が遠のくを、確認してから、コエンマは「クックック」と笑い出した。
大声で笑ってもし聞こえても困る。
コエンマはこらえるように、小さく笑っていた。
今はいない扉を片目で見つめて、先程までの書類を机の上へと置いた。

「ほんとにアイツは飽きないな。クックックック…!」
「コエンマ様ーあんまりぼたんさんの事虐めると、怒られますよ。」

あまりに面白そうに笑うコエンマに、ジョルジュは少し戒めるように、言った。
だが、それは結果的にはコエンマに睨まれる事となった。

「怒られるって誰にだ?」
「誰って・・・。」

そりゃ〜赤い髪の妖怪とか、黒い髪の妖怪とか・・・。

ごにょごにょと言うジョルジュを一瞥してから、ギシ・・・と音をたてて椅子の背もたれへと体重をかけた。



本当に。




ぼたんがここで働いて、幾年月。
よく働く子だ。
少し素直過ぎるところが、魂送するのに向いてないかと思っていたが・・・。
今となっては、『高等心霊医療術』までも習得している数少ない霊界の女性。
バカな程可愛いと言ったところか。
コロコロと変わる、日頃のぼたんの表情を思い出して、なんとなく口元がほころんだ。

「コエンマ様、何が面白いんですか?」
「・・・ジョルジュ・・・お前には教えてやらん。」




いい、気分転換になったな・・・。



もう一踏ん張りと、気合いを入れて、目の前の書類とまた格闘し始めた。







「ぼたん。」

コエンマ様の部屋を出てすぐに、後ろから声をかけられた。
当然の如く振り返るとそこには、一人の青年。
真っ青な髪。
優しい笑みを浮かべる。



その表情は、ある人と似ていて・・・。
あ。
ぼたんは、頭を支配しそうになった人を消すように慌てて首を左右に振って、ニッコリと笑みを浮かべた。

「葵!」

葵と呼ばれた青年は、ポンと両腕を広げた。
まるでそれが当たり前かのように。
ぼたんは、嬉しそうに葵の腕の中へと飛び込んだ。
飛び込んできたぼたんの腰に両腕を回すと、ぼたんは上から葵の頭を包み込むように
抱きついた。
あまりの勢いに、二三歩足を引くはめになったが、華奢に見える体型は、見た目だけ。
しっかりとぼたんを抱き留めていた。
ガバッ!と顔をあげるとぼたんには満面の笑みが浮かべられていた。

「葵っ!随分と久しぶりじゃないか!!まったく連絡もしてこないで、すっごく心配してたんだよ!!」
「便りがないのは…って言うだろ?」

パチンとウィンクをする葵に、ぼたんは一瞬言葉を失った。
昔の葵とは、随分と変わったから。
成長したと喜ばしい事なんだろうけど・・・葵らしくなくて、ぼたんは眉を潜めた。

「ぼたんの話は、色々と局長達から聞いてたよ。霊界探偵になって大変だったみたいだな。」
「えへへへ。」

照れたように浮かべたぼたんの表情。
葵はゆっくりとぼたんを地上へと降ろした。

「よいしょっと…ところで、今日これから時間は?」
「うーん…全部終わったから、何もないよ。」
「じゃ、飯でも喰いに行く?おごってやるよ。」

ポンポンとポケットを軽く叩く。
それは気にするなと言う感じで・・・ぼたんは唖然として見ていた。
葵とは、幼馴染みだ。
いつからと言われれば、記憶などとおになくなる程の昔。
気付けばいつも隣にいてくれた。
わからない時、寂しい時、いつも兄のように側にいて、心の支えになってくれたのが
この葵である。
ぼたんは迷わずに、ニッコリと笑みを浮かべた。

「うん!」
「じゃ、行きましょうか?お手をどうぞ、お嬢様。」

さっと冗談のように手を差し伸べる葵。
ぼたんもその冗談に乗るように、葵の手に自分の手を重ねた。
グイっとぼたんの手を握る力に軽く力を込める。

「葵?」
「ん?何?」

なんとなく不思議に思ったぼたんが、葵を呼びかけた。
だが、葵は終始優しい笑みのままだった。



かの人を思い出させるような・・・


そんな



・・・優しい笑み。


後書き 〜 言い訳 〜
 
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。


これにこりず、次章も読んで頂けますと幸いです。
 
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
 

掲載日  2009.12.01
再掲載日 2010.11.15
吹 雪 冬 牙


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