第二話
終始感心するように、天井を見上げたり、周りをキョロキョロ。
こんな所、めったに来る場所じゃない。
現世で言えば、高級ホテルのレストラン並の場所。
席についてからと言うものの、落ち着きなく見つめていると、正面から小さな笑い声が聞こえた。
そちらに視線を向けると、葵が小さく肩を揺らしながら必死に笑いを堪えていた。
ムス・・・。
「何さ。」
「別に…ここは気にっていただけたかな?」
気に入らない方がおかしい。
しかも、このレストランに入る時に・・・何故か『顔パス』だったのだ。
顔を見た途端にボーイが深く頭を下げて、この窓際の席を用意した。
沢山のお客はいると言うのに、この一角だけ、別空間のよう。
他の席と離れてるせいか、あまり雑踏が聞こえない。
にっこりと笑みを向けたまま、ぼたんから視線を外さない葵。
小さい時から知ってる葵のはずなのに、何故かまったく知らない男の人のように感じてしまい、
つい俯いてしまった。
「なんで視線そらすの?」
テーブルに肘をついて、両手を組みながら、じ・・・っとぼたんを見据えていた。
トクン・・・
へ?
その瞳があまりにも真剣で、ぼたんの心臓が一瞬止まったかと思い、とっさに胸を押さえこんだ。
「ぼたん?」
「へ?!」
ジー・・・と見つめる葵の視線に耐え切れなくなり、ぼたんはふと窓の方へと視線をずらした。
「うわぁぁぁぁ!!!!綺麗!!!!」
その瞬間。
なんときれいな光景だろうか。
窓に映る、美しい魂のともし火。
それが列をなすかのように、多くの色が存在し、照らしている。
本来は、審判の門への列なのだが・・・。
「きれいだね!!」
先程までの葵のことなど頭から忘れて、ぼたんは嬉しそうに笑みを向けた。
ぼたんの言葉にうなづきながら、葵もゆっくりと窓の外を見つめた。
「ぼたんなら、こう言う所が好きだと思った。俺も落ち着くしね。」
「よく来るのかい?」
「まぁ・・・ね。」
ニヤリ。
ぼたんの表情が、好奇心丸出しの『にゃんこ表情』へと変わった。
それを見越したかのように、葵は肩をすくめた。
「女性を連れてきたのは、ぼたんが初めてだよ。」
「あんたね・・・それキザな奴の常套句って言うんだよ。」
「本当だって。証明してみせようか?」
「出来るもんならね。」
そう言った瞬間。
パチン。
葵が指を鳴らすと、先程のボーイとは明らかに違う(恐らく支配人クラス)が小走りに
葵の脇へとやってきた。
「お呼びでしょうか?」
「支配人、いつも僕はここに一人で来ますよね?彼女が疑って信じてくれないんで証明してもらえませんか。」
「おや。」
のほほんとした笑みを称えた支配人は、慣れたようにぼたんへと軽く頭を下げた。
「お嬢様、葵様はいつもお一人でここでお寛ぎになっておられますよ。
人払いまでして何か考え事をなさってるようですが。」
「へぇ・・・。」
「支配人、忙しい時にすまなかったね。」
「いえ、何かあれば、なんなりと。」
足音もたてずに、支配人はそっと気配を消した。
そんな支配人に関心しながらも、ぼたんは驚いたように葵のことを見た。
「あんた、随分とえらそうじゃないか。いいのかい?そんな事して。」
言った瞬間。
葵は深い深いため息を一つつき、額に手を当てた。
「はぁ・・・気付いてないとは思ってたけど。」
「ほえ?何がさ。」
ぼたんは不思議そうに葵の事を見た。
見た目は霊界特防隊の制服。
ぼたんも葵もそれぞれの職についたのは、ほぼ同じ年数。
まさか、そこまで上官に上り詰めるには、ちょっとばかっり早すぎる。
自分だってまだまだ水先案内人として半人前だと言うのに。
疑うようなぼたんの視線に、葵は苦笑してみせた。
「俺、これでも特防隊(霊界特別防衛隊の略)の一番隊・隊長。」
「え!?泣き虫の葵が!?」
ぼたんの言葉に苦笑しながらも胸につけているバッチをクイと指で持ち上げた。
それは明らかに、隊長を示す階級章。
いわゆる隊章がキラリと、天井のシャンデリアに反射して光った。
「こ、これが隊長章って奴なのかい?」
「らしいね。」
確かに、遠くからはそれらしきものを見た事はあったが・・・
間近で見るのは、初めてである。
ぼたんは顔を近づけて、じーっと見つめていた。
「珍しい?」
「当たり前じゃないか!!こんなの、拝めるなんて!!長生きはするもんだねぇ。」
葵は、服から隊章を外すと、ポンとぼたんの手の平に乗せた。
「へっ!?」
「手に取って見た方が見やすいでしょ?」
「そりゃそうだけど、私なんかが触っていいのかい!?」
「ぼたんだから、いいんだよ。」
葵は笑みを深くした。
そんな葵を見て、ぼたんも恐る恐る、掌に乗せられた隊章を指でつまみ上げた。
キラキラと光る隊章で、上のシャンデリアに光をわざと反射させたり。
自分の服に合わせてみたり。
昔と変わらない、好奇心丸出しのぼたんに葵は目元を緩め、ふと外を見つめた。
「あ、ぼたん。コエンマが帰るみたいだよ。」
葵が、下を指さすと、ぼたんも咄嗟に指の先へと視線を向けた。
窓の外には、ジョルジュと共に何か騒ぎながら回廊を歩いているコエンマ様の姿。
「あら、ここって回廊が丸見えじゃないか。」
「うん。よくここからぼたんの事を見てたよ。転んだりとか、書類ばら撒いてたりとか、
コエンマに怒られてる所とか・・・。」
「あちゃー、イヤだねぇ。かっこ悪いところみられちまって。」
「それと・・・。」
妙な間が気になって、ぼたんは、葵へ視線を戻した。
刹那な無表情。
しっかりとぼたんの視界の端に入り込んだ表情に、少なからず驚きを隠せなかった。
だが、それが幻であったかのように、葵は先程とは対照的に穏やかな笑みを浮かべた。
「『人間』と共に歩いてるとか・・・。」
「ね?」とかわいらしく小首をかしげる葵。
幽助とかの事かねぇ・・・?
まぁ、桑ちゃんとかも何回も連れてきてるからね。
「…羨ましかったな。」
「へ?」
あまりにも小さい声で、聞きもらしたぼたんは、考えを打ち切って葵のことを見た。
「何んだい?」
「あ、来たみたいだよ。今日はいっぱい食べていいよ。」
葵が言葉をはぐらかせた。
絶妙なタイミングで、注文した食事が次々と運び込まれてくる。
もう一度、葵に聞き直そうとしたが、すでに葵は食べる準備を始めていた。
自分も慌てて膝にナプキンを置いたり、注がれる水や、目の前に置いてくれるウェイターに愛想よく軽く頭をさげた。
ま、食べながら聞けば良いっか!
ぼたんは頭を切り換えて、目の前の豪華に並べられたご飯を目にキラキラと輝かせながら見つめていた。
どれから食べよう・・・。
「そんじゃ、お言葉に甘えて!!!」
ぼたんがフォークを持とうとした時に、葵が黙って片手をあげて、ぼたんを制した。
なんだろう?
ぼたんは意味が分からずに、葵が小さく合図を送った後ろへと首をした。
そこにはシャンパングラスが二つ置かれているトレイを持って、先程の支配人がこちらに向かって来ていた。
グラスを二人の前へと置くと、支配人は葵の方へ少し身体を向けた。
そしてシャンパンの銘柄が見えるように、瓶を見せた。
「本日のお料理ですと、こちらのシャンパンが宜しいかと。」
「うん、よろしく。」
「かしこまりました。」
目の前でシャンパンの蓋を開けると、ゴールドの液体が細長いグラスに注がれていく。
その色と言ったら・・・!
支配人には、ぼたんのグラスを手に取ると・・・シャンパンマドラーで軽くかき混ぜた。
初めて見る品物に、ぼたんは目をまん丸くして、グラスを見つめた。
「こちらは、少し炭酸を抜く為にご婦人にサービスで行っております。こちらがシャンパンマドラーです。」
ぼたんの前に見せたのは、金色に輝く三つ叉のマドラー。
携帯用だからなのか、まるでペンのように、真ん中から半分に割れて、逆側から差し込むと、この三つ叉のマドラーが出て来る。
よく見れば、小さな彫刻が施されている。
絶対に高い。
ぼたんは確信した。
「へぇ・・・」
「ぼたんは知らなかったの?」
「知らないよ、こんな高級な所なんて、滅多に来ないモノ。」
すると支配人は、ニッコリと人の良さそうな笑みをむけて、ぼたんへとマドラーを差し出して来た。
「え!?」
「本日の記念に…。」
マドラーと支配人、そして葵の事を見つめるた。
葵は支配人を見上げた。
「いいの?貰っても。」
「はい、いくつでもございますので。」
そう言えば、支配人のポケットからもう一本のシャンパンマドラーが出て来た。
「うわぁ、マジックみたい。」
ぼたんのつぶやきに、支配人は気を良くしたのか。
先程使用したマドラーではなく、新しく出したマドラーの方をぼたんの手の中へと優しく落とした。
「うわぁ、ありがとうございます。」
「どういたしまして。それでは、ごゆるりとお楽しみ下さいませ。」
深く頭を下げると支配人は、その場から姿を消してしまった。
残ったのは、本当に葵とぼたんの二人だけ。
「良かったね、ぼたん。」
「うん!これからココに来る時は必ず持って来ないとね。」
ぼたんは、グラスを持つと、葵にむけて満面の笑みを向けた。
それは少女の笑みではなく、女性の笑み。
葵は一瞬、驚いた。
ぼたんの・・・どこか艶のある笑みに。
「葵、昇格おめでとう。」
「誰から言われた言葉より、嬉しい一言だな。」
なんとかそんな動揺を隠すように言葉を発してみれば
「まったく、いつからそんなキザになったんだい?」
ぼたんから、少しからかうような言葉が返ってきた。
オレは軽く肩をすぼめた。
「俺は昔から、ぼたんに嘘をついた事はないと思うけど?」
「そう・・・だけ・・・どさ。」
葵の優しい声のトーンに、ぼたんは自然と顔が紅くなっていってしまった。
その赤みがかったぼたんを満足そうに見つめる葵は、ぼたんの持つグラスへと自分の
グラスを傾けた。
透明なガラスが軽く奏でる透き通った音。
二人で微笑むその姿は、傍からみれば、仲睦まじい恋人同士にも見える。
後書き 〜 言い訳 〜
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。
これにこりず、次章も読んで頂けますと幸いです。
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
掲載日 2009.12.03
再掲載日 2010.11.15
吹 雪 冬 牙