第20話
日も傾き始めたところで、昨日やるはずだったクリスマス宴会が、幻海の道場で始まっていた。
全員で円陣を組み、持ち寄りの酒、ジュース。
お菓子におつまみ、もちろんクリスマスならでは食事も所狭しと並べられていた。
ただ、その席には葵と蔵馬の姿がなかった。
ぼたんが慌てて探しに行こうとしたが、コエンマと幻海に止められた。
今は、円陣から少し離れた場所にいる、飛影の脇に座っていた。
何を言っても「水」としか言わない飛影。
ぼたんはデキャンタに水をいれて、まるで日本酒をつぐように飛影に水を注ぎながら、自分も一緒に飲んでいた。
「・・・気になるか?」
唐突に飛影に聞かれ、ぼたんは扉へと視線を向けた。
その先から、蔵馬の霊気と葵の霊気が感じ取れる。
戦ってるような霊気ではないが、どことなく一瞬でも気が抜ければ、戦いに発展しそうな
そんな不安定感があった。
「飛影は、邪眼で見てるのかい?」
「フン…俺には関係ない。」
「でも、目・・・開いてるよ。」
ぼたんにすーっと第三の目を指差された。
確かに、邪眼は開いた状態だった。
コエンマにそうしろと、半ば強制的に言われた所もある。
だが、コエンマに言われなくとも、邪眼の力は使っていたであろう。
ちらりと飛影はぼたんの事を見た。
何も分からず、不安な表情のままのぼたん。
飛影は、手に持っていたコップを床に置くと、音もなく立ち上がった。
「おい。」
「ほえ?」
上から声がかかって、少し驚いたようにぼたんは飛影の事を見上げた。
非理は、指先をクイっと2回自分の方へと曲げた。
ついて来いと言うのだろう。
ぼたんは盛り上がってるみんなに視線を向けてから、飛影と共にそっとその場を後にした。
それにいち早く気付いたのは、やはり凍矢だった。
凍矢も腰を上げかけた。
が、コエンマによって制されてしまった。
「飛影なら、大丈夫だ。ぼたんを悪いようにはせん。」
「だが。」
「定員オーバーだろうな、きっと。」
ふとぼたん達が出ていった扉へと視線を向けたコエンマ。
その表情はどこまでも優しく穏やかな物だった。
凍矢は、再び腰を降ろした。
陣は幽助と桑原達と共に、大酒飲み大会に参加中。
人間の女達は、止めに入ったり、怒ったり、笑ったりと、忙しなく表情を変えていた。
コエンマと幻海、そして凍矢は静かに飲みを楽しんでいた。
「幻海師範、あの葵と言う男は?」
「私の師匠さ。」
幻海の言葉に会場の空気が、一気に凍りついた。
誰もが、驚いて幻海の事を見つめた。
「なんじゃい、その面。」
「だって、ババアの師匠つー事は…ありえねぇ。ババァがすでに化物だっつーのに。」
真剣な表情で、信じられないと幽助が真面目な声をあげた。
その途端、幽助に霊光弾が打ち込まれた。
不意打ちにしては、幽助の俊敏の動きに、幻海はニヤリと口もとを上げた。
まだまだ、強くなる。
葵がかつて自分に言った言葉。
『幻海、貴方はまだまだ強くなります。でも、肉体だけでなく、心も同じ強さを持って下さい。
バランスが均衡に取れれば、大事な者を亡くさずに済む。』
あの時の葵の言葉。
あの3つの石の下に眠っている、仲間に対しての言葉だったのか。
自分自身への言葉だったのか。
幻海の心に深く、つき刺さっている言葉だった。
そんなおり、桑原が「ちょ〜っと、待てよー。」と何かを考えるかのように天井を仰ぎ見た。
「なんだよ、桑原。」
「いや、あの葵って奴がぼたんちゃんの幼馴染みなんだろ?んで、幻海ばーちゃんの師匠。
つーことは、ぼたんちゃんもかなりのねん・・・っ!!」
最後まで言う前に、桑原の顔面に氷塊が落ちて来た。
顔面に見事なまでにめりこんだ、桑原は、そのまま気絶してしまった。
投げたのは・・・
コエンマは冷や汗をタラリと流して、壊れたおもちゃのように、ギッギッギと凍矢の方に首を回した。
凍矢の手からは、妖気が多少漏れていた。
「と、凍矢・・・(^^;)」
「女性に年齢の事を話すのは、失礼だ。妖怪や霊界では、人間界とは違う流れを生きる。年齢の概念を同じにするのも可笑しい。」
「凍ー矢ー、桑原の奴、もう気絶してるっぺよ〜(^^;)」
陣に言われても、プイと顔を逸らす凍矢に、全員苦笑が広がる。
だが、幽助だけは驚いたように陣の耳元に口を寄せた。
「おい、陣。凍矢って、まさか・・・。」
「んだ、そのまさかなんだっぺ。」
「オイオイ…マジかよ。」
今まで気付きませんでしたと幽助は、自然とコエンマへと視線を向けてしまう。
って事は。
凍矢とコエンマは、ライバル同士でこうして一緒にいるわけで。
それはそれで。見えない所で火花でも散っていたと言うことなのか・・・?
コエンマもぼたんへの気持ちは、鈍感な幽助でも気付いていた。
上司と部下と言うにしては、あまりにもぼたんに気遣いの度が過ぎるコエンマ。
そして、蔵馬が唯一コエンマにだけは、嫉妬をむき出しにする時がある。
おのずと出る答えだったのが。
まさか、凍矢までとは・・・。
「あのアマ、モテ街道まっしぐらじゃねぇか。」
「いい娘だかんな。」
からりと晴れたように、言う陣。
幽助は「え?」と陣の方へ視線を向けた。
嬉しそうに口もとを上げている陣の表情に、まさかの心当たりが。
「・・・陣、おめぇーもかよ。」
「??何がだ?」
意味がわからないと言う感じに、首を傾げて、目をパチパチと何度も瞬きをする陣。
自覚がないわけっすか。
幽助は疲れたように、息を吐き出すと、蛍子の事を見た。
蛍子も学校では、かなりモテル。
いや、昔からモテル。
だからこそ、素直になれなかった所もあったのだが。
「蔵馬・・・苦労すんな。」
なんとなくぼやいた言葉。
誰もその言葉を聞いてる者はなく、桑原の救出に気を持っていかれていた。
素知らぬ振りを決め通す、凍矢。
豪快に笑いながら、桑原の顔面にはまった氷を抜くのを手伝う陣。
宴会は、まだまだ始まったばかり。
竹のざわつき。
空は満点の星空。
この時期は夜になれば、それなりに寒い風が頬をかすめていく。
冷たい風に赤い髪を踊らせながら。
また、相手も対照的な藍色の髪を踊らせながら、一定の距離を保って対峙していた。
蔵馬は足を一歩引いた状態で、葵の事を見つめていた。
葵の蔵馬を見る目は、すでに正気の沙汰ではない。
嫉妬、怒り、全ての負の感情を宿したような、目。
そんな葵を、蔵馬はどこまでも冷静に見つめていた。
「ぼたんに何を言ったんですか。」
蔵馬の声が響いた。
葵はフッと口もとを歪ませた。
「別に、真実を話しただけさ。」
「その真実で、彼女が苦しむと言うのも、わかっていたんですか?」
「苦しみ?」
クックック・・・
葵は、嫌味のように笑みを浮かべた。
その表情が、蔵馬から冷静さを少しづつ削っていく。
それが相手の策だと言う事は、蔵馬も重々承知している。
だが、ぼたんの事となると、頭では理解していても、体が先に反応を示してしまう。
ポケットの中で、ギュっと手を握り締めた。
「お前にそれを言う資格があると思っているのか?妖狐蔵馬。」
「どんな事があるにせよ、彼女を苦しめるモノは、排除します。」
蔵馬の言葉で、葵の霊気が一気に膨張した。
一瞬にして蔵馬との合間を無くすように、攻め入った。
同時に自分の愛刀を突き刺した。
が、そこには蔵馬の残像しかなく、葵は空を見上げた。
「チッ」
空に逃れた蔵馬を追いかけるように、すぐに葵も空へと飛び上がった。
葵の連撃で、蔵馬の洋服に小さな太刀傷が、増えていく。
それでも、蔵馬はいつものローズウィップを出す事がなかった。
ただひたすらに葵の攻撃をよけているだけだった。
「破っ!」
大きく刀を振り下ろせば、蔵馬は後ろへと大きく円描くように体を捻りながら、葵との合間を取った。
葵の斬撃で、大地が大きくえぐられた。
まるで爆弾でも投下されたかのように。
ゆっくりと立ち上がると、葵は再び見上げた。
穴の一番底にいる葵。
穴から少し離れた場所にいる蔵馬。
葵は、刀を風を切り裂いた。
ヒュン
「何故、攻撃してこない!!」
葵の怒号に、蔵馬は体から少しだけ力を抜いた。
葵を見下ろすように見つめた。
だが、その視線はどこまでも冷たいモノだった。
「俺に、お前を攻撃する「資格」とやらは、ないんだろう?」
「フン!わかってるなら、さっさと…死んでくれ!!!!」
そう言いながら、葵の最強の技を繰り出した。
その技を両手で防御しながらも、なんとか直撃を避ける事は出来た。
が、その威力は幽助と戦っている以上のもの。
蔵馬は大地に膝をついた。
右肩から斜め下に大きな斬撃の痕が残り、その苦痛の一瞬顔を顰めた。
「うっ…。」
カチャ・・・と肩に刀を担ぐと、葵は勝利を確信したかのよう、笑みを浮かべた。
「何故、切らなかったのかと言いたげだな?誤解するな。その体・・・南野秀一の肉体は
この俺の物だ。さっさと返してもらうよ!!!」
「悪いが、それに応えることは出来ない!!」
蔵馬の足下から、竹がまるで生きてるかのように、殺気を放ちながら葵に向かって成長した。
その速度は、明らかに攻撃を狙ったもの。
自分を串刺しにしようと迫ってくる竹を、一つ残らず絶ち切った。
「それで終わりか?冷酷無比、非情な妖狐蔵馬も落ちたモノだな。」
「俺は・・・蔵馬であると同時に、南野秀一だ。君には、本当に悪いと思っているが、
この体を渡す訳にはいかない。」
蔵馬の言い分に、葵は怒りに顔を歪ませた。
そんな殺気のある二人の場所に、一つの霊気が舞い込んできた。
驚いた葵は、後ろへと視線を向けた。
そこには、飛影の後ろに守られるようにして立つぼたんの姿。
葵は目を見開いた。
「「 ぼたん。」」
同時に二人の口から、ぼたんの名前が零れ落ちた。
聞かれた!?
葵は、緊張からか、唾を飲み込んだ。
ぼたんは両手を祈るように組み、不安そうな表情で蔵馬と葵の事を見つめていた。
その瞳からは、すでに涙がこぼれ落ちそうになっていた。
葵は、刀を降ろすとぼたんへと少し体を傾けた。
「なんで・・・。」
「葵にちゃんと話しをしようと思ってね。」
「話し・・・?」
ゆっくりと飛影の後ろから葵へと近づく。
飛影はそんなぼたんの事を横目で見ながらも、止める事はなかった。
葵の前に立ったぼたんは、葵の頬に手をあてた。
ほんのりと温かいぼたん特有の霊気が流れ込んで来た。
「ぼたん。」
「本当に、すまなかったね。私は、知らない間に葵にいつも守られていたんだね。」
「・・・。」
視線を逃さない。
ぼたんの目は、そう物語っていた。
「あんたがあの試験の日に、嘘をついた理由が、やっと理解できたよ。」
「!!」
「これでも、随分とその当時に悩んだんだよ。」
苦笑するようにぼたんは、笑みを浮かべた。
葵はぼたんの手に自分の手を重ねようと、手を持ち上げた。
だが、手に触れる寸前に手が勝手に止まってしまった。
そして、ゆっくりとぼたんの手首を掴むと、頬から手をどけた。
「俺の手は、血で染まって汚いから。綺麗なぼたんには、触れられない。」
その言葉に、ぼたんは空いた手の方で葵の手の上に自分の手を被せた。
その行動に葵は、振り払う事も出来ずに、ただ固まってしまった。
「あんたの手は、綺麗だよ。汚れてなんかいない。」
「俺がどれだけ罪のない妖怪を、この手で殺して来たと思ってるの?」
自嘲気味に笑う葵。
霊界の特防隊だけが知ってる、霊界最大の秘密。
決して言ってはならない事項。
葵の表情が、フワリと優しさを宿した。
「ぼたんが来るような所じゃない。」
「でも、私は…どんな場所でも、あんたと共にいたかったよ。離れる事なんて、
考えてなかったから。ずっと…ずっと一緒にいれると、信じていたからね。」
ぼたんの言葉に、葵は目を見開いた。
「葵、私の所為で嘘をつかせちまって・・・本当にごめんね。」
「ぼたん・・・。」
葵の手から、刀が零れ落ちた。
カランと大地に、まるで空虚のような音が響き渡る。
葵はそのままぼたんを自分の胸に包み込んだ。
ギュ・・・と抱き潰してしまうのではないかと思う程に
強く
強く
ぼたんがいる事を実感するかのように
抱きしめた。
目の前に起こっている出来事に、耐えるように蔵馬は唇をかみしめた。
そして、ますます深くなる抱擁を視界にいれないように、ふと顔を背けた。
ぼたんの肩に顔を埋めた、葵が小さな声で呟いた。
「ごめん。」
ぼたんは、ふと驚いたように目を見張ったが、その直後まるで大地母神のように、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
そして、初めて葵の背中に自分の手を回した。
葵の香りがする。
ずっと…ずっと…忘れられなかった香り。
どこか安心する、その香り。
温もり。
「葵、お願いだから、蔵馬を殺さないでおくれ。」
「!!」
それはまるで懇願。
昔に戻ったような感覚の中にいた葵を、急に現実に引き戻される。
葵はぼたんからゆっくりと体を離した。
「ぼたんは、まだあんな奴の事を信じているの!?」
「信じてる。」
キッパリと言い切るぼたんに、今度は蔵馬が驚く番だった。
蔵馬が視線を戻すと、ぼたんと視線が絡み合った。
ニコッと笑みを浮かべるぼたん。
ぼたんは葵へと視線を戻した。
「蔵馬は、自分の私利私欲の為に私を利用なんて、出来ない。昔の蔵馬なら、やっただろうけどね。」
まるで今の蔵馬は違うと言うように、ぼたんは笑みを浮かべている。
それだけは認められなかった。
葵は、ぼたんの両肩に手を乗せた。
「ぼたん、いつまで騙されてるの!?あいつは、『妖狐』。妖しなんだよ!?」
「その通りさ。南野秀一だから、好きなったんじゃないんだよ。蔵馬だから、好きになったんだよ。」
「!!」
ぼたんのその言葉は、葵の決定的な敗北を知らせるようなものだった。
南野秀一を好きになったのではない。
蔵馬だから。
そんなの嘘だ。
葵は、キッ!と蔵馬を睨み付けた。
「ハッキリ言ったらどうだ、妖狐蔵馬!
ぼたんの霊力が欲しくて、妖狐蔵馬としての肉体を取り戻す為だけに、利用したと!」
「確かに、妖狐蔵馬の肉体は取り戻したい。」
蔵馬の静かな声に、葵は「やはり」と口もとを歪ませた。
どうだ・・・と言わんばかりにぼたんに視線を戻した。
だが、ぼたんは笑みを浮かべていた。
蔵馬の事を見て、それは嬉しそうに笑みを浮かべていたのだ。
葵には信じられなかった。
「ぼたん、言った通りだろ?奴は、妖怪としての本来の肉体を取り戻す為だけに、
あの肉体を手に入れ、君を利用したんだ。」
「誤解しないでください。妖狐の肉体を手に入れたいと思ったのは、この人間の体では限界があるからです。
妖狐の肉体と秀一の肉体。圧倒的な力の差がある。俺は、大切な人を守る為の力が欲しいだけだった。」
あの暗黒武術界の時、たまたま相手の技で妖狐に戻った時。
その圧倒的な力の差を感じた。
あの力があれば、母親も、ぼたんも守れると思った。
だから、どん欲に欲したのは本当の話だ。
だが、それとぼたんの霊力とは関係ないことだった。
自分の妖力を分け与えたことはあっても、ぼたんから霊力を抜いた事は、一度たりとてなかった。
抜いた後の末路は、蔵馬もよく知る所だったからだ。
「やっと認めたな、妖狐蔵馬。魔界に行って、お前の調査をしてきて、すぐに分かった。
お前には、仲間意識は皆無。仲間は、利用するだけの代物。そして、女は快楽を求め、
手っ取り早く妖力を回復させる為だけに、吸い尽くしていただけ。
吸い尽くされた女の末路は、それは酷いものだ。」
「え?」
「下級妖怪の餌にしていたのさ。必要なくなった、女。ただ縋り付いてくるだけの女に面倒になれば、
そうやって殺してきた。そして、また新しい女を作る。その繰り返しだ。妖狐蔵馬の子を宿した者も、
胎児を容赦なく妖怪の餌食にしたと言うからな。」
ぼたんは、少し驚いたように蔵馬の事を見た。
何も言わない蔵馬。
その目からは、葵が真実を言ってるとわかった。
確かに。
冷酷無比と言われた妖狐蔵馬は、霊界でも有名な盗賊として名を馳せていた。
ぼたんも名前くらいは、何度か耳にした事はあった。
葵はぼたんをまるで説得するかのように、体を振った。
「だから、君も同じなんだよ!!」
「それでもいいよ。」
「な・・・んだよ・・・それ・・・!!」
そんな事、絶対にさせない。
ぼたんは元々、俺の物だったんだ。
葵は、ぼたんの肩に乗せている手に力を込めた。
「そんな事!俺が許すわけないだろう!?お前は、元々俺の物だったんだから!!!」
「それは違います。」
蔵馬が一歩づつ近づいてきた。
いつでも殺せるくらいの範囲に来て、蔵馬はぼたんの肩にのった葵の手首を握り締めた。
ギリギリと骨がなるように強くにぎり、ゆっくりと肩から手を外させた。
そのまま、まるで流れるような所作で、ぼたんを自分の背へと隠した。
「ぼたんは誰のモノでもない。ぼたんは、ぼたん自身のモノです。」
「後から出て来た咎人が!知ったような口をきくな!!」
「貴方の方こそ、ぼたんを好きなのではなく、彼女の力に惚れていたのではないですか?」
そんな事あるわけない。
そんな事。
葵は、ぼたんの事を見たが・・・
先程の蔵馬の話の時のような、表情はしていなかった。
どこか不安に揺れている視線を葵に向けていた。
「俺は・・・。」
「貴方が、ぼたんを守る為についた嘘は、間違いではないと思います。でも、
ぼたんを自分から離したのは、間違いでした。彼女を譲るつもりはありません。」
「・・・。」
「俺は、ぼたんが好きです。誰にも渡したくないし、渡す気もないです。無論、傷つける
気もありません。心であれ、身体であれ。」
ぼたんは、真っ赤になって俯いた。
蔵馬の言葉は、信じられる。
自然とぼたんは蔵馬の服の端を握り絞めていた。
その自然の行動が葵の視界に入った。
それが、答えのような気がした。
全ての答えが、ここにあった。
葵は力なくぼたんの事を見つめた。
いつのまにか、彼女は「女の子」から、「女性」になっていたんだ。
俺が恋い焦がれ、想い続けたぼたん。
小さな、大事な女の子。
唯一の道しるべ。
葵は蔵馬たちに背を向けた。
「葵!」
ぼたんが呼び止めた。
葵は、にっこりといつも笑みを浮かべて、振り返った。
「バイバイ、ぼたん。」
「葵!」
そのまま飛影の脇をすり抜けて、葵は姿を消してしまった。
その後ろ姿は、特防隊の制服を風に踊らせながら。
まるで、本当に消えてしまうかのような。
そんな感覚。
全てを見守っていた飛影は、チラリと蔵馬とぼたんを見た。
「お前は本当に嫌な奴だ。」
「それはどうも。」
葵に向けたあの言葉の時、一瞬だけ飛影に視線を走らせた。
まるで飛影にも言ってるかのように。
飛影は、その場から立ち去ろうとした時、蔵馬に呼び止められた。
「飛影。」
「・・・。」
「ぼたんを、俺達の殺気から守ってくれたこと、礼を言います。」
「何の事だか、わからんな。」
一言呟くと、飛影は瞬時に姿を消してしまった。
飛影らしい消え方と言うか。
その場にぼたんと蔵馬は二人きりになった。
蔵馬はゆっくりと後ろにいるぼたんへと向き直った。
「ぼたん。」
「蔵馬。」
「ありがとうございます。」
突然の蔵馬の礼に、ぼたんは意味が分からないと言うように、首を傾げた。
そんなぼたんを心底可愛いと思えてしまう、自分の心。
この心地よい場所。
蔵馬は自然と笑みが浮かんだ。
「キス、しましょう。」
「え?」
ぼたんの答えを聞くこともなく、蔵馬はぼたんの唇に自分の唇を押し当てた。
最初は、軽く口づけていたが、だんだんと深くなっていく。
ぼたんが息苦しくなって、トントンと蔵馬の肩を叩いた。
だが、それでも蔵馬は口付けを離す事はなかった。
ほんの数ミリだけ離して、「息、吸って」と囁くと、ぼたんはそれに習うように少しだけ口を開いた。
その瞬間を逃さないかのように、蔵馬は再び口付けを被せた。
しばらく口付けを交わしていた蔵馬が、やっと解放した時は、すでにぼたんの腰は砕けるかの
ように、蔵馬に支えられなければ立っていられない程になっていた。
苦しさで、すこし潤んだ瞳。
その目を見て、蔵馬の心臓は一際飛び跳ねた。
「ぼたん、愛してます。ここに、永遠の愛を誓います。」
そう言いながら、ぼたんの胸の少し上の当たりをトントンと叩いた。
「ぼたんは?」
「好き・・・だよ。」
「好きなんですか?俺は愛してるのに?」
「あ・・・あ・・・あぃ・・・。」
愛してるなんて言葉!
ぼたんはこれ以上ないくらいに、顔が真っ赤になっていた。
これ以上からかっても、ぼたんが倒れても困る。
蔵馬はそっと笑みをかみ殺すと、ぼたんを横抱きにした。
「へ!?」
「今夜は、覚悟してくださいね。」
全てを終え、葵は宴会の行われている道場に足を踏み入れた。
「葵・・・。」
幻海の口から名前がこぼれた。
葵は、道場を一回り見て、呆れたように肩を竦めた。
誰もが酔っ払い、かなりの惨状だった。
だが、幻海とコエンマだけは静かに酌をしあっていた。
その近くに、葵は腰を降ろした。
「よいっしょ…っと。宴会に出席しろと言ったのは、貴方でしょう?幻海。」
「蔵馬は、どうじゃった?」
「完敗。」
両手を挙げて、葵は苦笑した。
だが、葵の表情からは先程までの殺伐とした雰囲気は一掃されていた。
どこか清々しいような感じもある。
幻海は、ニヤリと笑みを浮かべた。
「師匠が負けたとなると、弟子の出番かの?」
「当たり前でしょ。何の為の弟子だよ。それに、誰が諦めるなんて言いました?」
そう言って、葵はクッと酒を飲み干した。
そして背に隠していた小太刀を、ぽいっと幻海に投げた。
見事にキャッチすると、幻海は葵の事を見た。
「それ、ぼたんにあげて。俺には、もう必要ないから。」
そして、懐から小さな袋を取り出した。
手の上に載せて、ちょっとだけ力を加える。
その袋は、青い色の炎に包まれ手の上で燃え上がった。
花火のような、ほんの一瞬の出来事。
炭となった残骸を、握りしめると、葵は立ち上がった。
扉の前まで行くと、一気に外へと吹き付けた。
月光にあたってキラキラと光り舞い踊る、仲間達。
満足そうに見つめると、再び葵は席に戻ってきた。
コエンマはそれを横目で見つめて問いかけた。
「これで、全てに片がついたか?」
「さぁ?どうでしょう?」
どことなく蔵馬にも似てる葵に、コエンマは静かにため息を零した。
これで全てが終わった。
やけに長い一日だったな。
ふと心で呟く。
今頃、顔を真っ赤にして二人で甘い世界に入ってるであろう部下。
ぼたんが部下になって、良かったと思う。
素直に思うその気持ち。
こんなにも色々な人に愛されるぼたんに。
祝杯を。
メリークリスマス・・・。
WiLL 第一章 完
後書き 〜 言い訳 〜
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。
とうとう完結しました。
ここまで長い道のりでした。
ここまでお付き合いくださいました皆様
本当に心から感謝致します。
もしよろしければ、感想など頂けると嬉しいです。
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
掲載日 2010.12.24
吹 雪 冬 牙