第19話




ぼたんに連れられて、幻海の敷地内にある竹藪の中へと足を踏み入れた。
少し前を歩く、ぼたんの足取りは重いものだった。
二人の間に言葉を交わす事もなく、ただ沈黙が辺りを支配していた。


ようやく目的の場所にたどり着いたのか、少しだけ開けた場所に出た。
そこでぼたんは、足を止めた。
ぼたんの隣に並ぶように足を止めると、ぼたんの視線の先には、3つの小さな石。
いや、墓石なのだろうか?
綺麗に掃除され、そこ一帯だけ目には見えない結界が張られているかのように、聖城さを保っていた。
ぼたんはその石の前に膝を折って、しゃがみこんだ。

「本当にあったんだねぇ。」

独り言なのか。
自分に話してるのか。
ぼたんの小さなつぶやきが聞こえた。
それだけ言うと、ぼたんは祈りを込めて、静かに手を合わせた。
ふわりと風がぼたんと蔵馬の間を優しく通り抜けた。
竹の葉音。
どれくらいそうしていたのか。
ぼたんは、ゆっくりと目を開けて、墓石を見つめたまま話し始めた。

「さっき、コエンマ様に聞いたんだよ。ここに、私の友達が眠ってるって。」
「友達ですか?」
「うん。霊界で、特防隊になる為に一緒に頑張っていた仲間だよ。」

ぼたんの淋しそうな、悲しそうな笑み。
ぼたんが、特防隊に?
蔵馬はぼたんの言葉に驚き、ただ見つめる事しか出来なかった。
たしかに、水先案内人にしては異様な程の霊力の高さはあったが・・・。
その高さも、成る程と納得がいった。

「私は途中で、水先案内人になっちまって、みんなとは別の道を歩いたけど。
葵は、一人になってもずっと・・・。」

それ以上は声にならなかった。
ぼたんの瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
口もとを抑え、泣き声が出ないようにするぼたんの背中が、あまりにも小さく見えて
消えてしまいそうな気がした。
蔵馬はぼたんを後ろから抱き込んだ。
いつもなら恥ずかしがるぼたんも、今だけは素直に蔵馬の胸にすがりついて来た。
ぼたんの頭をポンポン・・・と叩いた。

「ぼたん。我慢しなくていいですよ。」

蔵馬のその言葉がまるで封印を解くように
ぼたんは堰を切ったように泣き出した。
その涙は、一体誰の為なのだろうか。
蔵馬はふとそんな事を考えた。
その美しい涙は。
亡くなった者へのものなのか?
それとも・・・
葵への物なのか。

「葵は、一人でずっと…葵が苦しんでいるのに…私は、何も知らないで!!」
「ぼたん・・・。」

仲間。
そうだったとしても、特防隊と言う職業柄、殉職と言うものが常につきまとう。
特防隊になったその日から、全員が覚悟の上はず。
かつて自分が妖狐だった頃でも、特防隊の仕事は目に余るものがあった。
あまりにも自分を省みないと言うか
命を軽んじていると言うか
結果の為に、手段は選ばないと言う感覚を持っていた。
そんな輩ばかりではないとは思う。
だが・・・
蔵馬はふと脳裏に過ぎった可能性を口にした。

「彼に、何か言われたんですか?」

蔵馬の質問の直後、ぼたんの体は一瞬硬くなった。
肩に力が入り、涙をためた瞳は、大きく見開いた。

「!?・・・。」

ぼたんは黙ったまま、首を必死に横に振っていたが、だがその沈黙が『肯定』と言う答えと同じ事だった。







ぼたんの心を傷つけた。








その事実だけで、蔵馬の怒りの炎に火をつけるのは、十分な事だった。
葵に何を言われたのだろうか?
おそらく今のぼたんに聞いても、話す事はないだろう。
蔵馬は、ふと墓石へと視線を移した。
蔵馬の微かな異変に気付いたぼたんは、顔をあげた。

「蔵馬・・・?」

迷子の子供のような、小さなか細い声。
蔵馬は、墓石から視線を外す事なく言葉を紡いだ。

「ぼたんは、何も悪くないですよ。もしも、貴方に罪があると言うのであれば…」

ふと蔵馬と視線が絡み合った。
蔵馬は目元をふっと和らげて微笑んだ。

「俺はその罪を・・・殺しますよ。」






蔵・・・馬・・・・?







ぼたんの瞳は、不安そうに揺れながら、蔵馬を見つめていた。







葵の叫び声が、微かに道場まで聞こえていた。
悲壮に満ちたその声に、凍矢は葵たちがいる部屋の方へと視線を向けた。
胸が張り裂けるような、その声。
楽しそうに準備をすすめる人間達を一度見つめてから、外へと出た。
外にでて一番最初に目に入ったのは・・・

「陣。」

陣も当然聞こえていた。
尖った耳をピクピクと動かし、いつものヘラヘラした表情は消えていた。
同じく、葵のいる部屋の方へと視線を向けていた。
凍矢は陣の脇へと立った。

「なんて悲しい風だべ。」
「特防一番隊の隊長・・・か。」

蔵馬とあの葵と言う男との間に、何かあった事は推測出来る。
幽助の話では、葵の異常な程の蔵馬への憎しみが不思議に思えた程だったと言う。

「陣、確か前に一度、幽助といる所にあの男が来たと言っていたな。」
「ああ。」

陣は頷き、ゆっくりと凍矢を視界に入れた。
何かを見透かすような、透明な凍矢の瞳。

「幼馴染みだっつー話しだ。ぼたんちゃんが言ってただ。」

幼馴染み。
凍矢は俯いた。
自分達、魔界の闇を生きる忍。
その忍が光りを求めた先に、浦飯幽助がいて、彼女や蔵馬がいた。
蔵馬が言った「光りの先の答え。」を、昔なら言えていたかもしれない。
だが、今は蔵馬にその答えを話すわけにはいかない。
きっと話せば、彼女に迷惑がかかる。
密かに胸に秘めた、初めての想い。
先程の葵の叫び声は、まるで自分の叶わない想いと重なるような感じがした。
胸がざわつき、外に出た。
そして、そこに陣がいたのだ。

「凍矢。」

陣の声に、凍矢は再び顔を上げるた。
クイっと首だけで指示されて、その先に視線を流す。
そこにいたのは、蔵馬の姿だった。
柱に凭れかかり、今にも倒れそうな感じだった。

「蔵馬か。」
「みんな、悲しい風ばっかりだ。凍矢、おめぇーも。」

トントンと陣は自分の胸を叩いた。
悲しい?
別に自分の想いを成就させようと言う気は、全くない。
たしかにあの二人が一緒にいる姿を見るのは、辛くないと言えば嘘になる。
だが、それ以上に蔵馬の彼女に対する想いが勝ってるように思えてならない。
凍矢は首を横に振った。

「俺は、闇だ。闇と光は一緒になる事はない。最初から、何も望んでなどいない。」
「闇も光も紙一重だと思うだども?」
「光の裏側にあるのが闇。それだけで、十分だ。」

同じ道を歩まずとも、背中合わせであるだけでいい。
そう思える程に、暖かい彼女の光。
彼女の笑顔に、一体どれほどの人が救われたか。
無邪気で、純粋で。
何事にも必死で、一生懸命で。
少しドジで、驚く程に天然な所もあったり。
彼女の笑顔を、どんどん引き出したいと思ってしまう。
そう思わせる彼女の不思議な霊気。

「ふっ・・・。」

凍矢は、視線の先の光景に口もとをあげた。
蔵馬を包み込むような、ぼたんの姿。
二人はきっと、合わせ貝のように、二人そろって初めて一人になるのかもしれない。
しばらく何かを話し込んでいた二人が、静かにその場から姿を消した。
ぼたんに連れられるように、後を追っていく蔵馬の姿。



あの二人の絆が、あれほど固いものだと知れば、きっと奴も・・・。



凍矢は、葵の部屋へと視線を向けた。
満足そうな笑みを浮かべた陣の表情に気付きもしないで。





「なんだ?どうした?叫んでどうにかなるのか?」

コエンマの冷静な声。
葵は、瞬時にコエンマの首に日本刀をつきつけた。
タラリ・・・と背中に冷や汗がたれるコエンマだったが、今はそれを悟られるわけにはいかない。
ドジで間抜けな部下だが、大切な部下だ。
上司である自分が、手助けをするくらいは当然だろう。

「ワシを殺して、現状が変わるのか?なら、殺せばいい。お前の力なら、ワシなんぞ一発だろが。
ホレ、どうした?やらんのか?」
「お前が、無罪放免になんかしたから・・・奴はっ!!!!!」

再度、日本刀を握り絞める手に力が入る。
先に進めようとしても、理性のどこかでコエンマを殺した所で、何も変わらないと警笛を鳴らす。
一触即発。
どうにも出来ない葵の迷う心が、日本刀を下げさせた。
その場で、葵はコエンマから刀を引いて、俯いた。
キラリ・・・と光る、何かが零れ落ちた。

「葵・・・!!」

その光景にコエンマは、驚きを隠せなかった。

「教えてください、コエンマ様。俺が、間違っていたんですか?あの時、ぼたんに特防隊の本来の仕事をさせたくなくて
・・・彼女の手を血で染めたくなくて、貴方の元に送った俺の考えが、間違っていたと言うんですか?」

彼女に最初で最後についた嘘。
彼女を守ると思っていた事が、逆に傷つける結果になっている。
俺が、いけないのか?
葵は、俯いたまま涙をこぼした。
あの非情にも冷酷にもなれる葵が。
幻海ですら、驚きを隠す事が出来ずにただ、葵のすすり泣く背中を見つめていた。
コエンマは、密かに息を吐き出すと、大きく一歩横へと移動した。
少なからず、これなら葵に殺されることはないだろう。
そう心の片隅で考えながら。

「あの当時、上層部では随分とぼたんの件では揉めてな。本来は、特防隊にはお前と共に
迎え入れる事は、決定事項みたいなもんじゃったからな。」

コエンマの言葉に、葵は顔を上げた。

「だが、特防隊の局長がそれを収めた。お前の面接の時の言葉で、全てを悟ったと
後々になって話してくれたがな。」





局長が?





葵、特防隊をどう思う?
血に侵された、汚い特殊部隊。

面接の時の質問は、たった一つだった。
その答えの直後に局長は笑顔になって言った。

上等。お前は、合格だ。

と。





憧れて


















憧れて。

















厳しい訓練にも耐えて。


















仲間も出来て。






















ぼたんと仲間と共に歩んでいた道。
















「!!」

葵は目を見開いた。








フッ・・・




そうか。























そうだったんだ。



































ぼたんと共に歩む道を閉ざしたのは

































妖狐蔵馬でも












































コエンマ様でも









































特防隊でもなく












































俺、自身だったんだ・・・。





後書き 〜 言い訳 〜
 
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。


とうとう次の章で完結になります。
ここまで長い道のりでした。
あと少しですので、どうぞお付き合い頂ければと
思います。

 
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
 

掲載日 2010.12.13
吹 雪 冬 牙


  BACK     HOME     TOP    NEXT