赤と青の絆
第一話
ふと目が覚めた時は、今となっては見慣れた天井が視界にぼんやりと入って来た。
軽く息を吐き出すと、障子の向こうに人の気配を感じて、そちらへと視線を向けた。
「ぼたんさん、お加減いかがですか?」
障子を静かに開けながら入って来たのは、雪菜ちゃん。
手には水の入った桶とタオル。
私の脇に腰を下ろすと、そっと優しい手つきで額の上にあったタオルをどけてくれた。
「まだ、熱が取れませんね。」
心配そうにのぞき込む雪菜ちゃんに心配かけないように、ニッコリと笑みを向けた。
「大丈夫だよ!こ〜んなのもう少ししたらぱーっと治っちまうさ!」
「・・・ぼたんさん・・・。」
新しく冷やしたタオルを額の上にまた乗せられると、ぼたんは微かに目を閉じた。
エンマ大王も始末に困ったと言う冥光玉。
それほどの強大な力と知っていながら、人間界を守るため・・・いや、あの人を守る為だけに自分の体内に隠した。
少しでも玉の力が外に漏れないように、つねに霊気を放出し続けて・・・。
その後遺症か、あの事件があって10日は経つというのに、ぼたんの体からは熱が一向に下がる気配はなかった。
ぼたんはふと、雪菜の手にしている深い緑の飲み物を見つめ、その強烈な匂いに顔をしかめた。
「雪菜ちゃん・・・それは・・・。」
また幻海師範が何かを調合したのだろうか・・・。
度々持ってくる師範のクスリは、すさまじい味と匂い。
飲んだ直後は、しばらくは再起不能になる程。
だが、雪菜ちゃんの口から零れでた言葉は、予想とは違う人物だった。
「蔵馬さんが持ってこられたんです。」
どき・・・
蔵馬の名前を聞いて、ぼたんの鼓動は一瞬止まったかのように感じた。
ゆっくりと体を起こし上げると、雪菜ちゃんはその強烈な匂いのするクスリを私の手に握らせた。
「蔵馬さんから伝言です。『早く良くなってください』だそうです。」
「蔵馬・・・いつ来たんだい?」
クスリを見つめながら呟けば、雪菜ちゃんはふと視線を逸らした。
しばらく沈黙が流れて、ぼたんは雪菜ちゃんの方を向いた。
「雪菜ちゃん?」
ぼたんに覗きこまれて、雪菜ちゃんはあわてて顔に笑顔を作った。
「あ、ごめんなさい。ぼたんさんが眠ってる時です。」
「ふーん。起こしてくれても良かったのに。」
ゴクンっと口に流す、その緑色の液体。
普通ならはき出すであろうその味も、蔵馬が持ってきたと聞いただけで、すんなりと飲めてしまう。
我ながら現金な奴だと思う。
「うー苦い。」
「はい、こちらもどうぞ。」
次ぎに差し出されたのは、甘いジュース。
なかなか用意が周到な雪菜ちゃん。
ぼたんはクスリと笑った。
「雪菜ちゃんは、気が利くねー。いいお嫁さんになるよ。」
「そんな・・・お嫁さんなんて・・・!!」
顔を真っ赤にして俯いた雪菜ちゃんを見て、ぼたんは優しい表情を浮かべた。
遠慮なく、ジュースを口にすると
「あ、でもこのジュースは、蔵馬さんに言われたんです。一緒に持って行って欲しいって。」
「蔵馬が?そこまでやるなら、お見舞いに来て欲しいんだけどねぇ。」
ぽつりと呟くと、雪菜はまたもや視線をそらした。
シーンと部屋の中が静かになった。
しばらくして雪菜が、言葉に迷うかのように話し出した。
「ぼたんさん・・・蔵馬さんはきっと、ご自分を責めてるんだと思います。」
「責める?何故だい?」
わけがわからずキョトンとすると、雪菜は意を決したように、ぼたんの事をみつめた。
「蔵馬さん、本当は毎日ここにいらしてるんです。」
「へ?」
あの事件があって以来、蔵馬には会っていない。
今日だって、久しぶりに蔵馬のクスリをもらったくらいなのだ。
それなのに蔵馬が毎日来ていた?
ぼたんは不思議そうに雪菜ちゃんの事を見つめた。
「どういうことだい?」
「その…言わないように口止めされていたんですけど…。」
そう言うと雪菜ちゃんは、ゆっくりとこの10日間の経緯を話してくれた。