赤と青の絆


第二話







俺がもっと早くに気づいていれば・・・。
















幻海師範の家に行く為に乗った電車の中で、俺は静かに膝の上に置いた拳を握りしめた。
あの幽助でさえ、冥光玉に触れただけで吹っ飛ばされる程の威力。
そして、4人の力を合わせて、やっとの事で玉を霊気に変える程のすさまじさ。
それだけのモノを、霊気に変えることもせずに、自らの体内にしまい込み・・・俺たちにまで
気づかれないように、自分の霊気で封印していたぼたん。
どれほどの肉体への負担か・・・想像を絶する。
俺たちで、2日間ほどは体が言うことを聞かなかったくらいだ。
命を落とさなかっただけでも、良かったと思う。











そう・・・ヘタをすれば命を落としていたかもしれないんだ。













霊界に何かあったと分かったあの時に、気づくべきだったんだ。
俺も、飛影も。
彼女がボロボロの状態で幽助の前に姿を現し、その後の体調の悪さ。
霊界が水没したくらいで、彼女があんな状態になるような・・・そんな柔な精神はしていない。
少なくとも、俺たちと共に命を賭けた戦いを見続けてきている彼女の事だ。




何故・・・



何故、それにもっと早く気づいてやれなかったんだろう。




そんな彼女への罪悪感から、俺は彼女にどんな顔をして逢えばいいのか分からずにいた。
幽助や桑原君に言われて、やっと乗った電車。
だが・・・俺はまだ迷っていた。
彼女の事を思う気持ちは誰にも負けないと思っていた。
今もそのつもりだ。
でも俺は、自分の気持ちには敏感でも、彼女の気持ちには敏感で無かったことが痛感させられた。
こんなんじゃ、「好き」なんて言っても、単なるママゴトのようなモノだな。
俺は自重気味に口の端を上げた。

都会から離れていくごとに自然の緑が目に入ってくる。
微かに海の匂いもしてきた。
俺は、窓を少しだけ開けて、その空気を車内へと引き入れた。
ゆらりと風に踊る赤い髪。
流れゆく景色を俺は、ぼんやりと頬杖をついて眺めていた。








ぼたんに逢ったら、なんて言おう。








ただその事だけが頭の中を巡っていた。






電車が目的地に着くと、俺は電車を降りて、無人の改札を出た。
ふと周りを見渡しても人影はない。
幽助達は来てるのかな?
そんな事をふと頭に思い描きながら、俺は幻海師範のいる寺へと足を向けた。
ゆっくりと歩く道すがらも、ぼたんの苦しい表情が頭から離れなかった。
『ひなげしをお願い。』
最後の力を振り絞って言った、彼女の言葉。
何をしてやればいいのか分からなかった俺は、ぼたんの唯一の願いを叶えようと、
必死に彼女を守る事に専念した。
常に側にいて、危険から身を守った。





それでも・・・最後は守ってやる事が出来なかったけど・・・。






ふと見上げれば幻海師範の住む寺の階段の下へと辿りついていた。
何となく見上げれば、階段の一番上に飛影がこちらを見下ろしていた。
俺が軽く手を上げると、飛影は何も言わずに俺が到着するのを待っていた。

飛影の元までたどり着くと、俺は一度だけ寺の中へと視線を向けた。

「体の具合はどうですか?」
「別に俺はなんともない。」
「違いますよ、雪菜ちゃんの事ですよ。」
「・・・。」

心の中にあるストレスを、少しだけ飛影にぶつけてみれば、飛影も分かってるか
のように、呆れたような視線を俺に向けて来た。

「自分の目で確かめればいいだろう。」
「まぁーその通りですね。」

そう言うと、蔵馬は再び寺へと視線を向けた。

「飛影。あなたはあの後、ぼたんに逢ったんですか?」
「何故、俺があの女に会わなければならない。」

飛影の言葉に、蔵馬は視線を戻した。
ジロリと睨み上げてくる飛影に、苦笑するしかなかった。
結局は、俺も飛影も同じ。
どうしたらいいのかわからない、この感情。
もてあまし過ぎているんだ。

元々、妖怪に「愛」や「恋」だなんて感情は存在しない。
女は自分の性欲を満たす道具であり、生きるか死ぬかしかない。
・・・少なからず、妖狐の時代の俺はそう思っていた。
愛なんてモノは必要ない。
そう、思っていた。
いや、必要ないのではなく、その感情事態が理解不能だったと言える。
馬鹿馬鹿しい、幻想。
そのくらいにしか思っていなかった。
彼女に会うまでは・・・。

「飛影、少し歩きませんか?」
「・・・。」

無言なのは承諾の証拠。
俺は昇ってきた階段を再び降り始めた。
少し後ろから飛影も付いてくるのがわかる。

「とんだ間抜け面だな。」

飛影の一言で、俺は足を止めた。
ゆっくりと飛影を振り返ると、飛影はフン!と面白そうに口の端を上げていた。
俺はそんな飛影の事を見て苦笑するしかなかった。

「お互いにね。」

俺がそう言えば、飛影もちゃんと心当たりがあるのか、フン!と視線を外へと向けた。
階段をおりて、少し下った所に、海が広がっている。
海風が心地よく、俺はすこしその風を感じて目を閉じていた。
波の音。
まばらな人間の姿。

「あの女もたいした奴だな。」

ぽつりと呟いた飛影の言葉に、蔵馬をゆっくりと目を開けた。
だが、視線は海へと向かれていた。

「ええ。俺たちにまで悟られぬように、あの玉の存在を隠すのは、きっと…命をかけ
る程の霊力を使ったんでしょうね。」
「・・・。」

しばらく飛影からの返答は返ってこなかった。
お互いに沈黙の中、飛影が微かに動いたのを感じ取れた。

「フン。てめぇの命をかけてまでも、この人間界が大事だとは…とんだ間抜けな女だな。」

飛影の言葉に、俺も俯いた。
確かに。
彼女の命とこの人間界・・・どちらがより大切で、重みがあるのか。
きっと俺だけでなく、幽助に聞いても、桑原君に聞いても、この飛影だとしても、答えはみな同じ。






彼女の命・・・。







人間界がどうなろうと、正直どうでもいい。
彼女が生きていてさえくれればいいとまで思える。
それなのに・・・彼女は無言で助けを求めていたのに・・・
俺達は・・・いや、俺は・・・それを見殺しにしていたんだ。
無意識に拳に力が込められた。
飛影はそんな俺の拳をチラリと横目で見ると、フッと笑った。

「俺たちが気づかない程の力。だからこそ、あの女はたいした奴だと言うんだ。」
「飛影・・・あなたは何とも思わないんですか?彼女が・・・ぼたんが俺たちに無言で助けを求めていたのに、
それに気づいてやれなかった・・・俺たちは・・・彼女を殺す所だったかもしれな・・・!!」

そこから先の言葉は紡ぐ事が出来なかった。
何故ならば、飛影の剣先が俺の喉元に突きつけられていたからだ。
俺は静かに飛影の事を見た。
飛影は怒りを露わにした目で俺の事をニラ見上げてきた。

「このくらい、普段の貴様なら避けられたハズだ。」

たしかに。
飛影の一瞬の殺気に気づくことが出来ず、反応が遅れた。
俺は黙って飛影のことを見つめた。

「もし、今魔族のバカ共があの寺を襲った場合、また貴様は気づけなかったと後悔するのか?」
「飛影・・・。」
「腐った貴様と話す程、俺はヒマじゃない。」

それだけ言うと飛影はあっと言うまに姿を消してしまった。
一人、その場に残された俺は、海へと視線を投げた。







俺は一体・・・。







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