幸 せ の 意 味 を 探 し て   
   〜 第三話 『 目 が 離 せ な い 。 』 〜  

ぼたんはひたすら声のする方へと足を進めた。
飛影と共に居た時は、変な触手のようなものに襲われたが、今はまったくそのような事はない。
ただ、薄暗い廊下を用心深く辺りを見渡しながら進んでいた。
妖気が流れているのは、わかってる。
でも、その妖気の中に微かに霊気を含んでいる。
その霊気が少しづつ弱まっている。
もしかしたら手遅れかも知れない。
妖怪などに捕らわれた善良な魂は、時間の経過と共にその魂の清らかさを失われ、最後には悪霊となってしまう。
そのなれば、霊界に連れて行く事も出来ない。
待っているのは、ただの地獄。
裁判も何もなく、強制連行されるだけ。
もしも、助けられるのであれば・・・転生だって可能だ。
それに、小さな魂を地獄に送るなんて事、ぼたんはしたくなかった。
それがどんな理由であろうとも。

「どこだい!?」

ぼたんが大きな声を張り上げた。
耳鳴りが酷く、痛みさえ感じる。
何度となく、大きな爆音が背後から聞こえては、ぼたんは振り返った。
爆音がすると、今にも崩れそうな天井から、小さな塵が降ってくる。

「幽助を呼べば良かったかねぇ。」

ぼたんはポケットに入れてあった、霊界通信機を手に取った。
コンパクトのようになっている通信機。
蓋を開けて、幽助へと配信したが、何の応答もない。
・・・と言うよりも、電波が飛んでいない。
それほどの障壁があると言う事だ。
それはつまりは、コエンマ様のモニターでも見れないと言う事。
ぼたんは自然に上を見つめた。
コエンマ様・・・。
ギュっと霊界通信機を胸の前で、握ると意を決したように、ぼたんは通信機をポケットの中へと仕舞い込み、再び歩き出した。
確実に近づいている。
息苦しい程の妖気が漂う。
目の前にあるのはトイレ。
先程まで、クラスメイトと話していた、例のトイレだ。
妖怪だけない。
悪霊の住み処のようになっている。
ぼたんは全身に鳥肌が波立っていくのを感じながら、柱の陰へと身を潜めた。
このまま行っても、勝てる見込みはない。
だが。
ぼたんは、肉体から離れて霊体へと戻った。
ぼたんの肉体はまるで人形のように、その場に倒れ込んだ。
肉体があるよりかは、霊体の方が動きやすい。
ぼたんは、自分の肉体を壁に寄りかからせて座らせると、手元に櫂を浮かび上がらせた。
フワリ・・・とその櫂の上へと乗る。
桃色の着物の裾が、フワリと風にそよいだ。

「ともかく、行かないと。」

怖くないと言えば、嘘になる。
だが、消えそうな灯火を前に、逃げるなんて事は今更出来ない。
ぼたんはゆっくりとそのトイレへと近づいた。
トイレの中に入れば、3つの扉。
どう考えても、一番奥だ。
ぼたんはゆっくりと一番奥の扉を開いた。

キィィィィィ

開いた瞬間に、その場に蹲っている一人の少年。
餓死したかのように、やせ細り、目は無残に飛び出ている。
ぼたんの姿を認めた途端に、その少年はぼたんに飛びかかってきた。

「きゃぁぁぁ!!!!」
「助けて、おねぇちゃん。」

ニィィィィっと口もとを大きく歪ませる少年。
正気を失っている証拠。
ガバッ!っと大きな口を開けると、ぼたんの肩に食らいついた。
その痛みに、ぼたんは顔を顰めた。
犬歯が深く、肩に食い込む。
桃色の着物がみるみるうちに、鮮血に染まりだした。
ぼたんはなんとかその少年を離そうと、藻掻いたが、子供らしからぬ力で、どうにもならない。
そのままぼたんは後へと倒れ込んで。

「出てお行き!!!」

ぼたんは必死に言葉を投げかけた。
だが、そんな言葉は耳に入らないと言うように、少年はぼたんの肩口を食いちぎった。

「きゃぁ!!!!」

想像を絶する痛みに、ぼたんは「死」の恐怖を感じた。
抉られた肩の肉片が、トイレの床へと投げ捨てられた。
ぼたんは、自然と肩を抑えた。
どうすることも出来ない。

「おねぇちゃん!僕を助けてくれるんなら、食べさせてぇぇぇぇ!!!!」

再び少年がぼたんののど元に食らいつこうとした。
もう、無理!
ぼたんはギュっと目を閉じて、顔を背けた。
だが・・・

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

聞こえたのは自分の悲鳴ではなく、少年の悲鳴。
ぼたんがゆっくりと目を開けると、少年の右腕が無くなっている。
失血のせいで、ぼんやりとした視界でぼたんは入り口へと顔を向けた。
そこに立っているのは、おそらくは少年の右腕を持っている飛影。
そして、少年の体を蔦のような植物で拘束している蔵馬の姿だった。

「蔵馬…飛影…。」
「本当に厄介な女だ。」
「女じゃないよ…ぼたんだってば。」

額にうすっらと汗をかいたぼたんは、小さく口もとを上げた。
鮮血を見て、蔵馬から表情が消えた。
一歩、一歩と少年に近づいた。

「随分と勝手な真似をしてくれますね。俺の領域で。」
「なっ…貴様らはっ。」
「特に被害もなかったので、見逃していましたけど…それも、これまでのようですね。」

蔵馬は手に持つ薔薇鞭を構えた。
その体を引き裂こうとした時だった。

「助けて…あげて。」

息づかいの荒いぼたんが、制止の声をかけた。
単なる妖怪を助けろと?
蔵馬は呆れたようにぼたんの事を見下ろした。

「お断りします。」
「違うん…だよ。この子の中に、妖怪が…。」

ぼたんの必死な言葉に、飛影はじっくりとその少年の事を見つめた。
しばらくして、フン!と鼻を鳴らして口もとを上げた。
ぼたんの訴える意味はわかったのだろう。
手にしている右腕を、まるでゴミのように少年に向かって投げつけた。
少年は、足下に転がる自分の腕を見つめてから、蔵馬と飛影の事を睨み付けた。

「なんのつもりだ!?あ!?」

少年の顔が歪み。
だんだんとその正体が現れる。
醜い顔の妖怪が、その姿を現した。
ぼたんは、ポケットの中に手をいれると、霊丸を撃つためのリングを人差し指へとはめ込んだ。
そして、指で銃の形を作ると、鈍る視界でその妖怪の頭に標準を合わせた。

「何しようってんだ、霊界女がぁ!!!!」

リングに集中するように、ぼたんの体中の霊気がその指へと集中していく。
蔵馬は驚いて目を見張った。
この技は、見た事がある。
嫌と言うほどに見覚えがある、構え。
霊界探偵と名乗る、幽助の得意技の・・・

「まさか・・・彼女が、霊丸を・・・?」

ポツリと言葉が零れ落ちた。
間違いない。
指が青白く光り始めると、ぼたんの前髪がその霊気の風によって揺れ踊り出した。

「その子を返しておくれ!まだ、間に合うんだからっ!!!!」

ぼたんが叫ぶと同時に、飛影と蔵馬も動いた。
ぼたんの指から飛ばされた霊丸が、妖怪の頭めがけて飛ばされる。
飛影は、愛刀を抜刀してその妖怪の両足を切り落とし。
蔵馬は、薔薇鞭で全身を切り刻んだ。
そして頭だけが浮き上がった所で、ぼたんの霊丸が命中したのである。
その威力は、校舎がふっ飛ぶ程の威力を持っていた。
霊丸で消える瞬間、蔵馬は手を伸ばして小さな魂のかけらを握り込んだ。
真珠ほどの小さな魂。
飛影は、爆風に飛ばされそうになっていたぼたんを抱き上げると、その場から少し離れた場所へと移動した。
ぐったりと気絶しているぼたんを、その場におろすと飛影はぼたんの事を見下ろした。

「・・・。」

自分の命が危ないと言うのに、何故そこまでするのか。
どこまでお人好しなのか。
単なるバカなのか。
ぼたんのした行動が理解出来ない、飛影はしばらくぼたんの事を見つめた。

「貴方が認めてるだけはありますね。」

背後から声をかけられて、飛影は立ち上がった。
蔵馬が小さく光る魂を手のひらに乗せたまま近づいてきた。

「まさか、こんな小さな霊気を彼女はあの妖気の中で、見定めていたとは。」
「…何の話しだ?」

飛影はバツが悪そうに、蔵馬から視線を外した。
まるで楽しんでいるかのような蔵馬の表情。

「幽助達に出会って、少し変わったんじゃないんですか?飛影。」

飛影は、チラリと蔵馬に視線を送った。
相変わらず質問を質問で返す。

「本当に嫌な奴だ。」

まるで吐き捨てるかのように呟いた。
苦笑する蔵馬から逃げるように飛影は、その場から姿を消した。
昔の飛影であれば、こんな風にぼたんを連れ出すなんて事はしなかっただろう。
確実に飛影の中で、変化が起こっている。
誰も信じなかった飛影。
誰も助ける事などしなかった飛影。
その飛影を突き動かした、唯一無比の霊界人。
蔵馬は、気絶するぼたんの上に、小さな魂を置いた。
まるで感謝しているかのように、その魂は一瞬だけ光を強くした。
その優しい光に、蔵馬の目も自然と優しいものになった。

「本当に、どこまでお人好しなんですかね。貴方は。」

苦笑にも似た笑みを浮かべると、肩口の傷の具合を見つめた。
とりあえず肩口を応急処置程度の止血をすると、ふとぼたんの指に嵌るリングに視線を落とした。
直接触る事が出来ない程に、まだ霊気が残っているその霊力。
ぼたんの手を取り、少し近づけて見つめた。
これほどまでの霊気を彼女の内に秘めていたとは。
普段感じさせない、その霊気。
つまりは、霊気を抑える術を、彼女は持ってる証拠。
それは一定のレベルの霊力がなければ出来ない芸当だ。

「不思議な人ですね。ますます、興味がわきました。」

フワリとぼたんの頭を撫でると蔵馬はぼたんを抱き上げた。
血だらけになってまでも、魂を守ろうとしたぼたん。
水先案内人の義務なのか。
責任感が強いのか。
どちらなのかはわからないが、ただ一つだけ言える事は・・・。

「これじゃ、目が離せないですね。」

あまりにも無謀な事をする。
そんな霊界探偵の助手・・・水先案内人のぼたんが。










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後書き 〜 言い訳 〜
 
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。



小説イメージのイラストも随時募集中です。
よろしくお願い致します。

 
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
 

掲載日 2011.06.17
吹 雪 冬 牙


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