第三話





コンコン







コンコン







コンコン




留守なのか?






もう一度、扉を叩こうとした時、奧の廊下から見知った顔の水先案内人が歩いて来た。
ぼたんの幼馴染みと言っていた、確か名前は・・・

「あれー蔵馬さんじゃないですかッ♪」

トットット・・・と駆け寄ってくる自分と同じく紅い髪の少女。
そう、名前は「ひなげし」だ。
自分の前まで来ると、チラリと扉を見つめた。

「あれ?ぼたん、まだ帰ってないですか?」
「そうみたいですね。俺も、突然に来たから。」

言い訳のような事を口にする自分が、何故か笑えて来た。
いつものように口元を軽く上げると、ひなげしは「うーん」と唸りだした。

「どうかしたの?」
「いや、最近どーも、ぼたんの仕事量が多いって言うか・・・いつも帰りが遅いんですよ。
本当に大丈夫なのかなぁ?ぼたん。多分、今日も残業してるんじゃないかと。」
「・・・忙しいんですね、随分と。」
「コエンマ様って、何かって言うとぼたん、ぼたんって言うんですよ。ぼたんも、断らない性格だから。」

ぼたんに逢ったのは、どれくらい前だろうか。
魔界にいる黄泉や幽助達に突然呼び出され・・・別に俺でなくても、どうとでもなるような用事で。
ただ、魔界から人間界に通るには霊界も通過するからと、ふと思いつきで立ち寄った
ぼたんの部屋。
いるのかいないのか、少女のように胸が高鳴る自分が、新鮮に思えた。
少し緊張してドアを叩けば、何の応答もない。
一回叩けばわかるハズなのに・・・そこにいつもぼたんがいたと思うと、何故か勝手に
手が何度か扉を叩いていた。


ぼたん、元気でやってますか?


ぼたん、無茶してないですか?


ぼたん・・・



あなたに逢いたい。



そんな気持ちが胸を埋め尽くしていた。
途中からひなげしの言葉は、まったく頭に入らずに体の向きを変えた。

「あれ、帰っちゃうんですか?蔵馬さん!」
「ぼたんも忙しいみたいですから。また、別の機会に。」

俺は手品のようにバラを一輪取り出した。
「愛してる」の思いを込めて、バラに口づけをすると、扉にそっと挟み込んだ。
俺がいたと言う証を残したくて。
俺の霊気も少しだけ添えて。
少しでも「会えなくて残念だと」思って欲しくて。
そんな俺の行動を見て、ひなげしが顔を真っ赤にした。

「どうしました?」
「ひぇ!?えっ…えっと、ぼ、ぼたんが羨ましいな・・・って思って。」
「え?」

羨ましいの意味が分からず、ひなげしの方へと視線を向けた時だった。
俺は自分の目が捕らえた物に、目を見開いた。

!!

そう・・・。

信じられない光景が、俺の視界に入ってきた。





はぁ〜おいしかったぁ!!!
「くすくす、食べ過ぎだよ、ぼたん。」

お酒も幾分入って、気分が軽くなったぼたん。
意識はしっかりしているのだが、少しだけ足下がおぼつかない。
そんなぼたんを葵は苦笑しながら、ゆっくりとぼたんの少し後ろを歩いていた。
自分達が離れていた時間の話しよりも、昔話にばかり花が咲き。
ぼたんの百面相とも言える、顔の全てを堪能したようだった。

「それにしても、隊長サンってのになると、随分と待遇が違うもんなんだねぇ。」
「まぁね。一応ここの治安を護ってるから。多少は、特典がないとね。」





特典ねぇ・・・






葵らしいやね・・・



とまたケラケラと笑うぼたん。
そんなぼたんを見て、心がフワリと軽くなる。
ぼたんの寄宿舎までは、あと少し。
視界に入る寄宿舎に、自然と足がゆっくりとなった。
そんな俺に気付いたのか、ぼたんはクルリと俺の方へと向いた。

「今日は、ありがとうね。葵。」
「いや。また、これからも時間があったら付き合ってよ。独り者の哀しい時間を。」
「まーたまた!あんた程の人なら、選びたい放題だろうに。」
「まぁ・・・こちらが選らんでも、相手が選んでくれるとは限らないからね。」

苦笑にも似た表情。
ぼたんは、驚いたように俺の事を見つめていた。
さすがにその表情には俺もつられてしまい、ついつい足が一歩後ろへと下がってしまった。

「な、何?」

そんな俺を逃がさないとでも言うように、ぼたんが軽やかにジャンプしながら俺の一歩近づいた。
先程までの一定の距離を、いとも簡単に飛び越えてしまう。
それが彼女。
ジーーーーーーィっと半目で俺の事を下から見上げるぼたん。
何かを探っているかのような、目。

「葵。」
「・・・。」

次に何の言葉が飛び出してくるか。
ある意味予測不可能な、ぼたんの事だ。
ゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。

「もしかして・・・あんた好きな人いるんじゃないのかい!?」
「!!…いるよ。」

一回瞬きをして後に、ニッコリと笑みをむけて即答。
ぼたんの中ではきっと、俺が否定すると想定していたのだろう。
ハトが豆鉄砲くらったかのように、目をまん丸くしていた。
そんなぼたんが可愛くて、クスクスと笑みを漏らした。

「そ、そうなのかい?」
「うん。もちろん、ぼたんがよく知ってる人物だよ。」
「え!?」

そう言った瞬間。
寄宿舎の窓に、見知った人影を見つけた。
おそらくぼたんの視力では見えないであろう距離。






だが・・・。






俺にはその輪郭がハッキリと見えていた。

「ちょいと!私の知ってる人物って誰なのさ!!!」

おれが 他に意識を引かれたのがわかったのか、クイっと俺の視界いっぱいにぼたんが顔を近づけてきた。
一瞬驚いて、体を引いてしまった。



あまりにもぼたんの瞳が綺麗すぎて・・・



きらりと光ったように見えたぼたんの瞳。
ふと空を仰ぎ見て、青い月の光の所為かと頭の端では冷静な自分がいた。
だが、それ以上にぼたんに対する「想い」が溢れてしまった。

ああ、やっぱり俺には、ぼたんしかいないんだな・・・って

再確認が出来る程に・・・。

「ぼたん。」

俺は、ぼたんの腕を軽く引いた。
その反動で、ぼたんは俺の肩にゴン!と額をぶつけた。

「イタッ!!!!!何すんだい!!!いきなり!痛いじゃないか!!!」
「ああ、ごめんごめん。俺も少し酔ったのかな?倒れそうな感じがしたよ。」
「大丈夫かい?」

至近距離で、ぼたんは俺の事を見上げた。
あと少しで口付けが出来る程に近い距離。

「葵?」

ぼたんの目の中に映る、自分を見つめて苦笑した。
なんて自分は余裕がない表情をしているのだろうか。
その目が、永遠に自分だけを映してくれていれば、どれだけ幸せなんだろうか。


『幸せ・・・』か。


全ての感情を隠すように、ニッコリといつも笑みを浮かべた。

「もう、大丈夫・・・ってか、ぼたん近すぎ。キス出来ちゃいそう。」
「へ!?」

ほんの少しだけ顔をぼたんの方へと近づけた瞬間、ぼたんは飛び上がるように驚いた。
そして真っ赤な顔をして、慌てて俺から離れた。
そんな慌てるぼたんがあまりにも予想通りで、自然と笑い声が出て止まらなくなった。
クスクスと、お腹を押さえて笑いを堪えてはいるが、ぼたんの真っ赤な間抜けな顔が、さらに面白くて、笑いが収まる事はなかった。
その内に自然と右目から涙が出てきて、俺はそれを拭いながら・・・フイに寄宿舎の窓へと視線を向けた。








先程まであった赤い影は、消えて無くなっていた。





今だに笑い続ける俺に、ぼたんは真っ赤な顔から、だんだん怒ったような表情へと変わっていった。
本当にコロコロと変わる、表情。
見ていて飽きないとは、この事を言うのだろうな。
「ごめん、ごめん。」と心にも思っていない謝罪をして、なんとか笑いを納めた。

「あんたも明日は仕事だろ?」

ぼたんの突然に、現実に引き戻すかのような言葉。
一瞬、何を聞かれてるのか、分からなかった。

「え?あ・・・うん、もちろん。」
「じゃ、見送りはここでいいから!帰りな!!またね!!」

ぼたんはそれだけ言うと、止めるよりも早く櫂を出して、飛んで行ってしまった。
止めようとした俺の手は虚しく、空を切った。
暗い夜空にとけ込んでいった彼女を、しばらく見つめた後・・・俺は己の手を見つめた。
久しぶりにぼたんに触れた。
昔と変わらない・・・彼女。

ぐっと拳を固く握りしめた。
そして、青白い月を睨み付けた。

誰にも渡さない・・・俺の華






あれは・・・





ぼたん・・・?






信じられなかった。
遠くの方に見える、水色の髪。
見間違えるはずもない、愛しい女性。


ぼたんと一緒にいるのは、誰だ?


青い色の髪の少年?いや・・・青年?
着ている服から特防隊だと言うのは、推測出来る。
問題は相手が・・・ではない。
その距離感だ。
およそ友達の領域でない。
二人が見つめ合うのは、恋人同士の領域・・・で。
その瞬間、全身の血がわき上がるような衝動に狩られた。
耳鳴りが酷く聞こえた。
血と言う血が、沸騰するかのよう。

「蔵馬さん?」

不思議そうな声のひなげし。
だが、そんなの気にしていられない。

「!!」

相手と目があった。
向こうもこちらを認識している。
俺は拳に力を握りしめた。
まだ、何もわからない。
友達かもしれない。
ぼたんが裏切るわけがない。
わかってる。

頭では理解してる。


だが、感情は思うようにコントロールする事が出来ず。
俺はひなげしに、この感情を悟られないように背を向けた。

「それでは失礼します。」
「え!?蔵馬さん!?」

その場にいたくなかった。
足早に寄宿舎を後にすると、どんどん加速し始めた。
頭と感情がまるで引き裂かれたような感覚。

嫉妬

彼女と出会って、初めて知った感情。
それと同時に知ったのは『
独占欲』と言う感情だった。
先程の出来事が、まるで映画のワンシーンのように、繰り返し頭の中で再生されていく。

知らないぼたんを見たような気がした。


霊界人としての日常のぼたん。


考えてみたら、見た事がなかったと、今更ながらに気付かされた。


ぼたんにどんな友達がいて


ぼたんがどのように生きてきたか


そんな事、考える事もなかった。



そこにいるぼたんが全てだったから。



そこにいるぼたんが全てだと思いこんでいた。







フン…随分と甘くなったもんだ。







自嘲気味に笑みを浮かべると、同時に俺の体は南野 秀一の肉体から妖狐蔵馬へと変化していた。









少しでも、離れなければ。






でなければ・・・俺はぼたんに酷い事をしてしまうかもしれない。




『嫉妬』と言う欲望で






彼女を壊してしまうかもしれない。





俺は霊界から逃げ帰るように、人間界へとひたすらに走った。
何も考えないように。
ただ、ひたすらに。




だが、思い出されるのは・・・



ぼたんの見たことのない表情と・・・



あの男の勝ち誇ったような・・・表情。


俺は胸を押さえ込んだ。
心臓が無性に痛い。






















ドクン・・・








































ドクン・・・































と鼓動が耳元で聞こえる。



俺はいつから、こんなにもぼたんに溺れていたんだろうか。
いつからぼたんが側にいないと駄目になったんだろうか?




いつから、ぼたんをこんなに愛してしまっていたのだろうか・・・。








絶対に離したくない。










いや、離しはない。








・・・いや





逃がすものか。








ぼたん







ぼたん







ぼたん・・・!!


後書き 〜 言い訳 〜
 
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。



これにこりず、次章も読んで頂けますと幸いです。
 
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
 

掲載日  2009.12.08
再掲載日 2010.11.15
吹 雪 冬 牙


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