第四話
今日は美味しい物も沢山食べれたし、極楽〜♪
それにしても、葵ってば随分とたくましく『男』に成長したもんだよねぇ。
昔は、女の子にしか見られなくて。
それがイヤでまた泣くもんだから、またさらに虐められてたりしてたって言うのに。
くすくす。
昔、自分の背中に隠れて震えていた泣き虫のあの葵が。
気付けば特防隊の一番隊の隊長になってるなんて。
本当に、月日が経つんだね・・・この霊界でも。
しみじみと時の流れを感じながら、寄宿舎の前で櫂をおりた。
かなり良い時間。
別に門限なんてものは存在しないが、中にはもう寝てる人もいるだろう。
そーっと、玄関口を開けてエントランスホールをそっと歩く。
それでも足音は響いてしまう。
なんとか自分の部屋の階まで、来て・・・何か違和感を感じた。
あれは・・・?
ふと見えたのは赤い花。
ぼたんは、先程までの気を遣っていたのを忘れて、自分の部屋の前へと駆けだした。
扉に刺さる半分枯れた赤いバラ。
そっと手に取ると、かすかに霊気を感じる。
この霊気は、間違うはずもない。
「蔵馬・・・。」
間違いない。
蔵馬がここに来ていたのだ。
その事実を頭で理解をするよりも早く、体の方が動いていた。
目の前の大きな窓を全開にすると、櫂を呼び出して、フワリと座ると、そのまま窓から飛び出していった。
赤いバラをしっかりと胸の前で握りしめて。
ただ、今は蔵馬の事だけが頭をしめていた。
だから、気付かなかった。
自分を見つめている視線に・・・。
†
「ぼたん・・・。」
何かを抱えて空を駆ける少女をじっと見つめる。
真剣な眼差し。
昔からのぼたんを知ってるからこそ、分かる。
今のぼたんの中には、一つの事しか考えられていない。
近くにあった木に、拳を殴りつけた。
ジュゥゥゥ・・・
叩かれた拳の周りが、毒でもかかったかのように、ドロリと溶け、煙がたった。
奥歯を噛みしめて、今すぐにでも「ぼたん!」と叫びたくなる衝動を抑える。
今はまだ、駄目だ。
今はまだ・・・。
「妖狐・・・蔵馬・・・!!」
憎しみを込めるように、呟く。
その声が予想以上に低い。
そして瞳は、先程までの優しさは微塵もない。
冷たい刃のような瞳。
だんだんと小さくなるぼたんを、ただ見つめる事しかできない。
ふと後方に気配を感じた。
気だけを後方へと向け、視線はほとんど点にしか映らない、ぼたんを見つめていた。
「隊長、こちらにいらっしゃいましたか。局長がお呼びです。」
「うるせぇ。」
背後に立った使い魔の顔面を片手で押さえ込んだ。
グッと力を入れれば、使い魔の断末魔。
そのまま容赦なく力を込めて、頭を粉砕した。
手が血に染まる。
「チッ。」
足下に倒れた、首なしの死体。
魔族の心臓とも言える核のある場所へと、一気に手を突き通した。
核を握りつぶすと同時に、使い魔の姿は、煙と化して消えてなくなった。
辺りが血の臭いで充満する。
葵は、自分の手についた血を一舐めした。
「ホント、皮肉なもんだよ。魔族の方が美味しいなんてさ。」
はぁ・・・とため息をつくと、葵はその場から姿を消した。
何事もなかったかのように。
フワリと優しい風だけを残して。
†
逢いたい。
その事しか、胸に思い浮かばない。
ああ、なんで今日に限って。
何度も何度も蔵馬に会いたくて、その近くまでは行った。
でも、どうしても逢う事が出来なかった。
忙しかったと言うのもあるけど、近くまで行った時間が夜中ばかりだった。
蔵馬がいくら肉体が妖怪に近くなってると言っても、相手は人間でしかも学生。
寝るときは寝ないといけない。
そう思い、遠くから蔵馬の家を・・・
正確には、蔵馬の部屋の窓をしばらく見つめていた。
一段落したら、絶対に会いに行こうって思っていたのに・・・。
彼から来てくれるなんて。
だが・・・。
ふと半分枯れている薔薇を見つめた。
「なんで半分枯れてるのか・・・蔵馬に何かあったのかねぇ。」
霊界と人間界を繋ぐ回廊。
まばゆい光りのトンネルのような場所。
いつもあっと言う間に通り抜けてると思うのだが、何故か今日は遅く感じる。
早く・・・早く蔵馬に会いたい。
その思いだけで、人間界の空へと舞い降りた。
もう、家に帰っているのだろうか?
ぼたんはそのまま蔵馬の家の方へと、櫂を向けた。
逢ったら、なんて言うおう。
来てくれたんだね、留守でごめん
いや、ただ純粋に「逢いたかった」と告げるべきだろう。
胸の鼓動がドクドクと早なる。
どうして蔵馬の事を考えると、いつでも鼓動が早くなってしまうんだろう。
話したいと思っていても、目の前にすると話す事が出来なくなる。
どうでも良い事ばかり言って、肝心の言葉が出ない。
蔵馬の家が見えて、櫂のスピードを一気に落とした。
電気もつかず、カーテンが閉められている。
もう寝てしまたのだろうか?
ふと月の高さを見上げた。
確かに、寝る時間かもしれない。
でも・・・。
ここまで来たんだもん。
起こしちゃったとしても、「ありがとう」を伝えたいし。
いいよね、ちょっとくらい。
音をたてないように、そっと・・・窓の側に櫂を寄せた。
コンコン
何の反応もない。
蔵馬程の人が、これだけの音で起きないのはおかしい。
でも、熟睡してるかもしれない。
もう1回・・・
コンコン・・・
コンコン・・・
コツン・・・
窓に額をくっつけた。
「蔵馬、私だよぉ・・・開けて・・・。」
小さく囁いてみても、返答がない。
じっと目を閉じて見て、神経を集中させた。
誰もいない。
人の気配を感じない。
と言う事は、まだ蔵馬は帰っていない。
「蔵馬・・・大好きだよ・・・。」
冷たい窓に軽く口づけ。
フワリ・・・と窓から離れた。
蔵馬と同じように私が来たと言う何かを残したいが・・・。
懐や袂をさぐっても、何もない。
本当に自分はドジだね。
それにしても・・・蔵馬は一体どこに行ったんだろうね。
魔界にでも行ったのかねぇ?
それとも、幽助の所かな?
フワリと櫂を幽助の家の方角へと向けた。
考えるよりも、見に行った方が早いやね。
†
「くっ・・・」
苦痛で胸を押さえ込む。
銀色の髪が、バラバラと目の前に零れてきた。
何故だ・・・。
何故、俺一人のものにならない?
ドクン・・・
心臓が大きく鼓動する。
俺は、力を抜いて月を見上げた。
「ぼたん・・・。」
彼女の名前を口にした途端に、妖狐の変化がゆっくりと解けて、秀一の肉体へと戻って行く。
だが、俺の頭の中には妖狐がいた。
何故、あの女を自分のものにしない?
好きなんだろう?
他の者に取られていいのか?
何もかもめちゃくちゃに抱いてしまえばいい。
そうすれば、身も心も俺たちの物になる。
「違う・・・違う!!」
蔵馬は頭を左右に振った。
まるで己の中の妖狐を追い出すかのように。
何が違う?
欲しいだろう?
彼女の全てが。
欲しい。
だが、それは彼女の肉体が欲しいんじゃない。
何を甘い事を言っている。
あの女を欲するのは、俺たちの本能。
違う!
違う!!!
あの女の甘い匂いの誘惑。
甘美な声。
全てが欲を駈られる。
あの女だから・・・
ぼたんだから。
ぼたん・・・
だから・・・。
誰にも渡すな。
誰にも渡したくない。
ともかく・・・家に戻ろう。
眠れば、きっと大丈夫。
額に冷や汗を掻きながら、己の中の妖狐の声が幾度となく、頭に響く。
今すぐに霊界に戻れ。
ぼたんに会えと。
だが、今は会いたくない。
俺は・・・ぼたんには優しくしたい。
彼女を怖がらせたくないんです!!
地上と上空で、二人が行き違ったのを知ってるのは
青白く輝く、月のみ・・・。
後書き 〜 言い訳 〜
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。
これにこりず、次章も読んで頂けますと幸いです。
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
掲載日 2009.12.12
再掲載日 2010.11.15
吹 雪 冬 牙