第五話



ここは霊界の奥のさらに奥に存在する建物。


霊界特別防衛隊の本部。


その中の一室が、特防隊一番隊の執務室。
どこも同じ作りだが、若干部屋は他の隊に比べれば広い。
それは特防隊の中でもエリートしか入る事が出来ない、一番隊だからこその優遇。
そして、この建物地下深くには、「この世」と「あの世」に起きた事件の資料がズラリ…と保管されている、特別保管庫が存在する。
もちろん、特防隊の上官のみが閲覧可能な施設。
コエンマ様と言えども、この場所に立ち入るのには、かなりの手続きを要する。
だが、そんな保管庫にそぐわない一人の少年が、熱心にいくつも積み上げられた膨大な資料と真剣に熟読していた。
空気が詰まる程の、その雰囲気に誰も近づく事が出来なかった。



バサッ・・・



一通り読み終わったのか、目の前の机に大量の資料を、投げ置いた。
一番上の資料をチラリと・・・視線だけで見つめる。

「浦飯幽助…ね。」

こいつが、幻海の持つ『 霊光玉 』の後継者か。



まったく・・・



コエンマの奴も、よく調べもしないで霊界探偵なんてやらせたもんだ。




公安書庫に行けば、この程度の資料はすぐに見つけられると言うのに。
よりにもよって・・・あの雷禅の血を引く奴に、渡してしまうとは。

「はぁ・・・。」

深く息を吐き出して、ソファーへと背を預けた。
天井を見上げる。
やっぱり、あの時の俺の判断が間違っていたのかな・・・。
苛立ちと疲れを抜くように、ゆっくりと瞼を閉じて行った。




数百年前。
霊界特別学校2年。

石を投げつけられ、いつも小さくなって震えていた。
痛さからなのか、目にはいつも涙が溢れていた。
そんな俺をみて、面白がる奴は五万といた。

「いやーい、いやーい、女みてねーなツラして!」
「弱虫!弱虫!!」

いつもイジメの対象だった。
体が幾分小さいと言うのもあったのかもしれないが・・・
それ以前に、この顔が原因だった。

「何やってんだい!!イジメなんてして、バカじゃないのかい!!」

小さくなってる俺の前にいつも仁王立ちして助けてくれるのは、ぼたんだった。
ぼたんは、男勝りな性格だったし、クラスのムードメーカー的な所もあって、彼女が前に
立つと必ずと言って良いほどにイジメが終わった。
護る術を知らない俺にとって、救いの女神だった。

「だーってよ、こいつちせーし!よえーし!女みてーだし!」
「まだ子供なんだから小さくて当たり前だろ!?女の子みたいな顔でいいじゃないか!
あんた達みたいな事故起こした顔じゃないんだから!!」
「な!?ひでぇ!!」
「どっちがよ!複数でやるなんて、卑怯者!」

ぼたんと少年達の口論がしばらく続いていたが、怖くて、目を開けることができなかった。
ただ、頭を両手で抱え込み、全身が恐怖で震えていた。
少しして辺りが静かになった。

ポン・・・

と、優しく肩を叩かれた。
ゆっくりと顔を上げると、ぼたんがにっこりと笑みを作って、ハンカチを手に持っていた。

「ほら、顔をあげなよ。」
「うん。」

涙でぐしゃぐしゃになった顔を、ぼたんは丁寧に拭き取ってくれた。
そして、所々に怪我をして傷を作った箇所に、ふわりと手を添えた。
そのうち手の中が、淡い光を出してきた。
傷口が心地よく暖かくなる。

「葵も少しは、言い返さないと、駄目じゃないさ。」
「でも・・・言い返したら、もっとやられる。僕、人を傷つけたくない。」
「そっか。葵は優しい子だねぇ。」

その時のぼたんの、哀しそうなでも嬉しそうな笑顔を忘れられない。
全ての箇所の治療を終えると、ぼたんは俺に手を差し伸べてくれた。

「帰ろうよ。私たちのおうち。」

俺もぼたんも親なしだった。
だから、学校が経営している孤児院のような所に身を寄せ合って生きていた。
まぁ、そんな子供は沢山いたから、別に珍しくもないんだが。
それから、数年・・・。
俺たちの学校の卒業が間近に迫っていた。
思った以上に身長が伸びなかったが、実力はトップクラスだった。
ただ、ぼたんに追いつきたくて。
今度は、ぼたんの前に立って、護りたくて。
ただそれだけの為に、血のにじむような努力を続けてきた。
見た目が華奢な為、舐めてかかるのは多い。
だが、見た目で甘く見る為に、いつも簡単に相手を倒す事ができた。

「それは葵だけの特技だね!」

と言ったぼたんの一言が、どれほどに救われたか。
ぼたんも俺と同様に頭角を現していた。
体術、斬術、気術・・・特にぼたんは気術が得意で、あっと言うまに高等心霊医術をマスターしていた。
だからこそ、俺とぼたんの行く末は、ほぼ決定していたようなものだった。
もちろんこの学校にいるほとんどの奴が「霊界特別防衛隊」に入隊希望者だ。
入隊出来ない者は、それぞれの役所へと振り分けられる。
ただし、本人の希望が強く重視される事は、実力さえあれば羞恥の事実である。

「ぼたん、葵。」

大柄な男。
これが、霊界特別防衛隊の局長と呼ばれる人。
そしてその隣にいるのが副局長。
この頃よくこの二人が、学校視察に来ては、声をかけていく。
それだけで周りの者も、自分たちの行く末が分かっていたのかもしれない。

「こんにちは、局長さん。」
「お疲れ様です。」

二者二様の挨拶に、局長は少しだけ目を和ませた。
すると俺とぼたんの頭に、ポンと大きな手を乗せた。
ガシガシと鳴るんじゃないかと言うほどに、撫でられる。

「もっと強くなれ、二人とも。」
「「はい!!」」

ぼたんの嬉しそうな顔。
確かに、ここまで来るのには、苦労もあった。
以前、俺を虐めていた奴らのほとんどは、途中の年生で脱落していった。
今は何処で何をしてるのかもわからない。
このままいけば、霊界の中で一番名誉な職につける。
だが、俺はそれを素直に喜ぶ事が出来なかった。
まだガキだったあの頃・・・。
確かに、ずっとぼたんと共が良いと半ば駄々をこねるように泣きじゃくった。
ぼたんも最初は困ったようだったが、「よし!じゃ、私も葵と同じの選ぶ!」と言って
今の状態にある。
そのときは、ただ純粋に嬉しかった。


だが・・・


成長すればわかる、大人の嘘。
霊界特別防衛隊の過酷さ。
そして、ぼたんには絶対に似合わない、場所だと。
だから俺は・・・最終試験の日に・・・


初めて





ぼたんに嘘をついた。





「あれ?葵、霊界特別防衛隊の試験ってこっちなのかねぇ?」
「・・・さっき、変更があって・・・女子は、コエンマ様の執務室で行われる…。」
「そうなのかい?ありゃー間に合うかね、こりゃ。んじゃ、走るしかないね!」

フン!と力を入れると、ぼたんは一歩を踏み出したが、すぐに足を止めて俺の方へと
振り返った。
俺はぼたんの顔が見れなかった。
それを変に誤解したぼたんは、俺の手をつかんだ。

「試験、離れちゃうけど…緊張しないおまじない。」

フワリと手に息を吐きかけ、両手で俺の手を包みこむと、ほんのわずかな霊力を俺に
流し込んで来た。
それは、暖かくて、涙が出そうなほど、優しかった。

「ぼたん、俺っ」
「じゃーね!!」

ぼたんは、俺の言葉を聞かずに走って行ってしまった。
霊界特別防衛隊の試験場からは、正反対の位置にある「水先案内人の試験場」である
コエンマ様の元へと・・・。
俺はしばらく廊下を見つめていた。

これでいいんだ。


これで、ぼたんが悲しまなくなる。


これで、ぼたんは危険じゃなくなる。


ぼたんの手は、汚れない。


汚れる役は・・・俺だけで十分。



全てを断ち切るように、クルリと試験場へと足を向けた。
その顔は、今までの弱い葵ではなく。
一人の男としての顔だった。



「葵、こんな所にいたのか。」

野太い声で現実に引き戻させられた。
ふと片目だけで見上げれば、そこには先輩でもある二番隊隊長の大竹の姿。
いつも自信に満ちて、いけ好かない奴だ。

「局長が、お探しだぞ。こんな所で、うたた寝とは、良いご身分になったもんだな。」
「・・・。」

こいつは、元々は一番隊の隊長だった。
俺はコイツが嫌いだった。
だから、一番隊の隊長の座を奪い取ってやった。
確かにこいつは先輩かもしれないが、今は俺の方が上役になる。
大竹もそれを知ってか、いつも俺に嫌みをぶつけてくる。
俺は無言で席を立ち上がった。
大竹が机の上に置いてある資料を見つめると、俺の事を呼び止めた。

「何故、霊界探偵を調べている?あれは、もう解雇になったはずだ。」
解雇じゃないですよ、大竹先輩。カ・イ・サ・ン・ですよ。」
「似たようなものだ。フン!こんな奴に何が守れると言うのか。」

確かに。
魔族である浦飯幽助。
だが、彼には『守るべき者』がいる。
その為には、手段を選ばない強さを持っている。
おそらく魔界も霊界も捨てる事が出来る強さを・・・。

「人間一人が守れる量なんて、たかがしれてますね。でも。」

俺はゆっくりと大竹に向きなおった。

「貴方よりかは、彼の方が守れる器がデカイ。」
「なんだとっ!?」
「何せ、三界の者から慕われてる強さがある。あなたにはお持ちですか?大竹先輩。」
「なっ!?」

顔を真っ赤にした大竹見て、俺はニヤリと口元を上げた。
軽く会釈だけして閲覧室を出て行った。
ついでに近くにいた野郎に、机の資料を一番隊の俺の部屋まで運ぶように指示を出した。
局長の話は、あまり良いものがない。
また、長期の魔界行きか・・・。


コンコン


「局長、葵です。入ります。」
「おう、待ってたぞ!」

部屋に入れば、副長の姿もある。
ああ、これで魔界行きは決定だな・・・。
そんな事が頭を過ぎりながら、扉を閉めた。

「お前を使い魔に呼びに行かせたんだが、逢わなかったか?」

副長の質問に俺は肩をすくめてみせた。

「いいえ、俺はずっと書庫にいたもんで。」
「はぁ・・・またサボリか。」
「ま、そんな所です。」

副長は、複雑なため息を着いた。
面倒な時はいつも書庫で昼寝をしてる俺の事。
今回もそうと思いこんだのだろう。

「それにしても、お前を呼び行かせた使い魔は、まったく帰って来んな。」

局長の言葉に、俺はフワリと笑みを浮かべた。
人が言う、天使のような笑みだそうだ。

「逃げてしまったんですかね。」
「うーん・・・もう少し、使い魔の徹底化しないといかんな、副長。」
「・・・。」

黙ったまま俺を見つめる副長。
その視線は仲間に対する視線ではない、鋭さ。
俺はその視線に気付かないフリを決め込んでいた。
そんな鋭い視線を投げる副長に、局長と俺は不思議そうに首を傾けた。

「おーい、副長。立ったまま寝てんのか〜?」

局長の言葉に、その視線は中断された。
副長は軽く局長に頭を下げた。

「・・・いや。使い魔の徹底化の件、了解しました。」
「おう、よろしく頼むぜ。じゃー葵、本題だ。」


予想通りの魔界への勤務。
局長の話の間、ずっと副長は俺を見つめていた。
まるで俺の動向を調査するかのように。
俺はそんな副長を気付かないふりして、真剣に局長の話を聞いてる素振りをつき
とおした。

「ってなわけで、頼むからな!」
「了解しました。では、失礼します。」

敬礼して、扉を出て行こうとすると、副長も一緒に部屋を出て来た。
別に一緒に出る必要なんかないってのに。
扉が閉まり、局長の部屋から少し離れた所で、副長が話しかけてきた。

「オイ、葵。」

副長が足を止めた事で、俺は振り返る事となった。

「はい?なんですか。」
「本当に使い魔の事、知らねぇんだな。」

物事と真実を見透かすような、鋭い瞳。
ある意味、殺気にも似た視線に背中がゾクリとする。

「ええ、知りませんよ。しつこいなぁ、副長も。」

子供のようにケラケラと笑うと、副長は俺の左腕をいきなり持ち上げた。
かすかにつく返り血。

「じゃ、この血はなんだ?」
「ああ、昨日の妖怪討伐の時の返り血ですよ。」
「お前ほどの奴が、返り血を浴びるのか?」
「いやだな、副長。そんな時だってありますよ。昨日数だって、半端なかったんですし
月のモノも来てたしぃ〜葵ちゃん、大変〜!

葵、お腹いた〜い」とへっぴり腰になると、副長が力を抜いた。
それを確かめてから、俺もゆっくりと手を引いた。

「いちいち難癖つけるのは、イジメですか?副長」
「いや、そう言う訳ではない。ただ、確かめたかっただけだ。」
「俺に納得出来ないなら、いつでも隊章、お返ししますよ。」

何も言わずにいる副長に軽く会釈してから、自分の執務室へと歩き出した。
どうもこの副長は、昔から勘だけは鋭くて困る。



まったく。




使い魔の一匹や二匹を殺した所で、なんて事はないだろうに。
イチイチうるさいったらありゃしない。

そうだ!

ピンと思い出したかのように、俺は勧めていた足を止めて、副長を振り返った。

「あ、そうだ。副長、あやめさんが連絡が欲しいって言ってましたよ。」
「あやめが?」
「ええ。くれないなら、離縁だって言ってました〜。」

俺の言葉を聞いた瞬間、副長はもの見事に走って消えてしまった。
まぁ、そんな事は言ってないが。
連絡欲しがっていたのは、本当の話だ。




さて・・・







後書き 〜 言い訳 〜
 
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。



これにこりず、次章も読んで頂けますと幸いです。
 
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
 
掲載日  2009.12.14
再掲載日 2010.11.15
吹 雪 冬 牙


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