WILL…
第六話
「また、長期魔界滞在か?」
小さな岩が三つ。
並んでいるのは墓碑。
今は人間界の山奥。
そんな中、膝をついて静かに黙祷を捧げていた所に、横から声をかけられた。
しわがれた声。
昔は、もっと綺麗な張りのある声だったと言うのに・・・。
人間とは、なんて脆い生き物なのだろうかと、この人見るたびに思う。
「幻海。」
俺は目を開けて、墓碑を見つめた。
「お前の同士は、本当に人間界が好きだったんじゃな。」
「ええ。」
「あんまり無理するんじゃないよ。」
その言葉に、立ち上がり、膝についた土を払いのけた。
小さくなった幻海。
もう少しで命の灯火が消えてしまう・・・儚い命。
きっと、ぼたんが連れて行く事になるんだろうな。
「まったく、誰に口を聞いてるんだか。」
「師匠の事だからこそ、弟子は心配するもんじゃ。」
「別に、俺は弟子なんて持った覚えはないですよ。」
竹の葉が、さわさわと海を連想させるかのよう。
心地よい風が頬を撫でていく。
「霊光玉…渡したんですね。」
「ああ。幽助に渡した。今は、幽助の霊力に取り込まれておる。」
「霊力・・・ね。」
葵の言葉に、幻海は眉間に皺を寄せた。
あの霊光玉は、もともとは霊界にあったちいさな秘宝。
幾人もの人間の霊力を吸い込み、あれだけの莫大な力の珠となった。
いざと言う時の為に。
いつ、霊界と魔界が戦争を起こすか分からない状態が数百年続く中・・・
人間の唯一の切り札として、脈々と受け継がれて来たモノだ。
「浦飯幽助・・・か。」
「葵、何を考えておる?」
「・・・ふふふ、別に。」
本当に人間唯一の切る札になるのか・・・
その時になればわかるとは言え、楽しみなものだ。
なぁ?義兄弟?
ふと空を仰ぎ見て、いつも通りの優しい笑みを浮かべて幻海の事を見ると、フワリと足下
を浮かび上がらせた。
「それでは、ご長寿を。」
「フン。」
ひときわ大きな風が吹くと同時に、幻海は目を閉じた。
再び目を開いた時には、葵の姿はどこにもなかった。
「霊界特別防衛隊の葵・・・か。」
チラリと小さな墓碑を三体。
昔からここにある。
葵の縁の者であろうことは、わかる。
何か有るときは必ず、ここに来て黙祷を捧げている。
一体誰なのか・・・。
聞いても、答えは意味不明な笑みを浮かべるだけだった。
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「ふぅ。」
何もする意欲が起きず、ベッドに体を横にして天井を眺めていた。
窓を閉めてる所為か、雑踏もほとんど聞こえて来ない。
かすかに鳥の鳴き声が聞こえる程度。
脳裏に浮かぶのは、あの青い髪の男。
勝ち誇ったかのような微かな笑み。
それだけでなく・・・
ぼたんがあれ程までに安心仕切った顔を、初めてみたかもしれない。
走馬燈のように、二人の表情が流れていく。
別にぼたんを疑ってる訳ではない。
おそらく、嫉妬。
自分の知らないぼたんを見た事によって、何とも言えない苛立ちが生じている。
俺以外を見ないなんて事、出来るはずないのに。
心の奥底では、それを望んでしまう。
「・・・どうしたものかな。」
自嘲気味に呟いた時だった。
突然、机の上に置いてあった黒い携帯が鳴り響いた。
この音は・・・
体を起きあがらせて、携帯を手に取ればディスプレイには『 幽助 』の文字。
「もしもし。」
『おー、いたいた。いたぞーぼたん!蔵馬の奴。』
「へ?!」
間違いなく携帯の向こう側から、ぼたんの声が聞こえる。
何か幽助と言い争っているような声。
久しぶりに聞く、ぼたんの声に俺は目を閉じた。
「幽助?」
『いててて・・・悪りぃ悪りぃ。ぼたんの奴が、蔵馬がいねぇってわざわざ魔界まで
来やがってよ。』
「えっ・・・。」
いくら治安が良くなったとは言え、ぼたん一人で魔界に行くなど危険きわまりない。
『なんで言っちゃうんだよ!』とぼたんが遠くで、叫んでる声が聞こえる。
痛い、痛いと幽助が言ってる所を聞けば、おそらく幽助の後ろから背中でも叩いている
のだろう。
『おめぇ、今どこにいんだよ。』
「自分の部屋ですけど…人間界の。」
部屋は魔界にも存在する事を、ふと思い出し、付け加えるように言った。
すると『やっぱり人間界じゃねぇーか』と幽助の声が少し小さく聞こえる。
その後、何かもめてる声が聞こえたかと思った途端、幽助の意地の悪い声が聞こえた。
『ぼたんに、替わんぞ〜。』
ドクン・・・
ぼたんの名前を聞いた瞬間、心臓が一瞬止まったかのようだった。
俺は胸を押さえ込んだ。
心拍音がどんどんと上がっていく。
携帯の向こうでは、電話に出る出ないでぼたんと幽助が押し問答をしてる声が聞こえていた。
「もしもし?」
しばらく続いた押し問答に、俺が声をかけた瞬間
『も、もしもし・・・蔵馬かい?』
「ぼたん・・・。」
やっと・・・声が聞けた。
やっと俺の名を呼んでくれた。
「はい、俺です。」
『久しぶりやね〜元気にしてたかい?』
「少し元気なかったですけど、ぼたんの声を聞いて、元気が出ました。」
『な!?』
ぼたんが顔を真っ赤にして焦ってる表情が思い浮かぶ。
俺は自然と笑みがこぼれていた。
窓越しに映ったそんな自分の表情を見て、自分が一番驚いた。
俺は、こんな顔も出来るんですね・・・。
「ぼたん、以前に言いましたよね?魔界に一人で行かないで欲しいと。」
『いや・・・あの・・・えっと・・・にゃはははは。』
「笑ってごまかさないで下さい。それで、俺に何か用ですか?」
俺の言葉にぼたんは、何も言わなくなった。
俺もぼたんからの言葉を待った。
しばらく沈黙が流れると、後ろから幽助の声が聞こえた。
『こいつ、蔵馬に会えない〜!!なんて、血相かえてきやがってよ!!』
『な!ちょっとバカ幽助!!べ、べべべべつに、そんな事言ってないだろ!?』
『なーんだよ。俺と陣が喧嘩してる所に、ツッコンで来たのは、てめぇの方だろーが』
幽助と陣の間・・・。
あの二人の喧嘩は、所謂肉弾戦が主になる。
そんな途中に入るなんて、なんて無謀な事をするんだろうか。
想像しただけでも頭の痛くなる思いがして、額に手を置いた。
『ホント、もうちょっとで蔵馬に殺されるところだったべ。』
陣も近くにいるのか、小さく声が聞こえる。
本当に間合いに入ったのだろう。
「ぼたん・・・。」
呆れたように声をかければ、ぼたんも慌てたように言葉を並べた。
『ち、違うんだよ。ちゃんと、攻撃と攻撃の間に入ったから、怪我なんてしてないんだ
よ?この二人が面白がって、大げさに言うもんだから!!』
「どちらにしても危ないことはしないでください。」
『う〜ごめんよ〜・・・。』
「ともかく、幽助と一緒に居て下さい。今から迎えに行きますから。絶対に動かない事。いいですか?」
『え?いいよ。ここまで普通に来れたんだし。帰りだって・・・』
「ぼたん。」
ぼたんの言葉をかぶせるように、名前を一言。
その威力は絶大で、ぼたんも黙ってしまった。
「俺はぼたんに逢いたいと思ってるんだけど、ぼたんは違うんですね。」
少し寂しそうな声にすれば、ぼたんも慌てたような口調になる。
『そそそそんな事ないさ!私だって会いたいんだよ!?』
「くすくす。」
作戦成功。
ぼたんの声で聞きたかった「逢いたい」と言う言葉。
自分だけが会いたいと思っているような気がして・・・だからこそ言った言葉。
『おーおー熱いっぺな』『ホントだぜ、ケケケケ。』幽助と陣のからかう声が聞こえる。
プラス俺の笑い声で、ぼたんは全員にからかわれたと思ったのだろう。
『からかうんじゃないよ!!!ばか幽助に陣!それに蔵馬まで!!』
「すみません。」
でも、笑いは止まらない。
いつも通りのぼたんで、安心してる自分がいる。
電話を切ろうとした、その時だった。
『なんだ、てめぇ。』
幽助が珍しく警戒したような声を出した。
『葵!どうしたんだい?』
葵・・・。
その名前を聞いた瞬間、ふとあの青い髪の男が脳裏を過ぎった。
俺はそのまま黙って向こうの話しに耳を澄ましていた。
『まさかとは思ったけど・・・やっぱりぼたんだったんだ。まさか、一人で来たんじゃ
ないよね?』
『にゃはははは・・・。』
『魔界に一人で来たらいくら君でも危ないだろ?』
電話から聞こえる優しいトーンの声。
ぼたんを心配する声の主。
ぼたんも困ったように、言葉を濁すばかりだった。
「ぼたん?」
『あ、えっとね』
ぼたんの声を遮るように、別の声が聞こえた。
おそらく携帯と取られたのだろう。
ぼたんの「あ。」と言う事と同時に先程の優しいトーンの声の主が電話に替わった。
『初めまして…ですかね。妖狐蔵馬さん。』
「・・・。」
『ぼたんは俺が霊界に連れて帰りますから、ご心配なく。』
「ぼたんに動くなと言ってあります。それこそ無用な心配です。」
『それはどうかな?』
俺の言葉を待つまでもなく、電話を切られてしまった。
ツーツーと虚しい音だけが耳に木霊する。
はい、そうですか・・・と引き下がれる訳がない。
俺はすぐに魔界へと向かう事にした。
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カチ。
人間界から魔界まで、いくら急いでも20分はかかる。
さて、どれほど早く来れるかな、妖狐蔵馬。
クス。
携帯を切ると、幽助へと電話を放って投げた。
「てめぇ、誰だ!!」
「幽助、やめるべ。コイツ、霊界の特防隊の奴だべ。」
「特防隊〜?だからなんだってんだよ!!」
それと同時にぼたんを自分の背へと隠した。
左にいるのが、浦飯幽助。
そして右にいるのが・・・風使いの陣。
周りにS級妖怪の気配は無し・・・か。
フゥと肩の力を抜くと、俺はぼたんへと向き直った。
「一人で魔界に来たら危ないだろ?たまたま俺がこっちに来てたから良かったけど。」
「大丈夫だよ、幽助達がいるもの。」
「それでも、霊界と魔界との通路の出口付近は、一番危ないんだから。何かあってから
じゃ遅いだろ?」
「・・・ごめん。」
シュン・・・としたぼたん。
そんなぼたんが可愛くて、俺はニッコリと笑みを作ってぼたんの頭を優しく撫でた。
「これから気をつけてくれれば良いよ。」と言えば、ぼたんは嬉しそうに微笑んだ。
そんな二人の時間を邪魔する無粋な連中。
「てめぇ、ぼたんから離れろって言ってんだよ!!特防隊だが、なんだか知らねぇけど!」
「はぁ。」
ガシっと肩に手をかけられて、俺はゆっくりとその手を見つめた。
あからさまに好戦的な態度。
いくら人間とは言っても、魔界の血が入ってるだけはある。
野蛮な奴。
「その手をどかして貰えるかな?」
「じゃーてめぇがぼたんから離れるんだな。」
一触即発。
お互いの霊気が一気に上昇した。
「イヤだと言ったら?」
「力づくでもどいてもらうぜ!」
なるほど。
こんな奴の下で、ぼたんは働いていたと言うのか。
そして・・・霊光玉を・・・。
俺はゆっくりと幽助の方へと振り返った。
その瞬間。
俺と幽助の頭を叩くぼたんの姿
「まっ・・・」
「痛っ」
ポカっと俺の頭に一発。
そして
「・・・ったく!!!何やってんだい!二人とも!!」
「いってぇなーこのアマ。何しやがんだ!!」
ポカツっと幽助の頭に一発。
その威力が、冗談の痛さではない。
本気で怒ってるのだろうか・・・俺と幽助は同時にその場に膝をついた。
「さすがは蔵馬の女・・・怖ぇっぺ。」
震えて腰が引けてる陣を睨み付けると、ぼたんは腰に手を当てた。
そして俺と幽助を指さした。
「なーんですぐにそうなるのかね、二人とも。少しは人の話を聞いたらどうなんだい!?」
「んだと!てめぇが蔵馬がいねぇって泣きついて来たんじゃねぇか。」
「な、泣いてなんてないだろ・・・まったくもう。」
呆れたように二人を見つめる。
ようやく陣がぼたんの脇へと立った。
「お前さんの知り合いだべか?」
「幼馴染みの葵。」
頭を押さえながら俺と幽助は視線を合わせた。
ぼたんの知り合いだと分かった瞬間、幽助は気さくに手を出してきた。
「なーんだよ、コエンマの部下かよ。おれ、浦飯幽助。よろしくな!」
「俺は葵、よろしく。」
幽助の手を握りしめると、少年のような笑みを向けられた。
微かに感じる霊光玉の感覚。
俺はズイと幽助に顔を近づけた。
「な、なんだよ。気持ちわりぃーな。」
「随分と霊光玉は育ってるみたいだね。」
「は?」
トンと胸を押す。
その瞬間。
幽助が痛みのあまりに叫びだした。
「幽助!?」
それもそのはずだ。
幽助の背中から霊光玉は半分顔を除かせていたのだ。
ゆっくりと立ち上がり、その霊光玉を見下ろした。
確かに・・・幻海が持っていた時よりも少しは大きくなってる。
かろうじてまだ霊気か。
「何をやったんだい!?葵!!!ちょいと、幽助!幽助、大丈夫かい!?」
ぼたんはすぐに幽助の背中に出た霊光玉に両手をあてた。
中に押し込めようとする。
そのあまりに霊気の圧力に、ぼたんの手はヤケドをしたように赤くなっていく。
なるほど。
ぼたんの霊力の強さも、健在・・・か。
「なななな、すっごい風だべ・・・。」
そのすさまじい風に、陣も驚きの声を隠せずにいた。
幽助は痛みに、ただ声を張り上げる。
「入って・・・おくれよ!!!!」
ぼたんが自分の霊力を使い、力一杯霊光玉を幽助の体内へと押し戻した。
辺り一面の風が嘘のように、静まり返った。
まだ荒く息を繰り返している幽助。
ぼたんは幽助の背中を優しくさすると、怒りを露わにした表情で俺の事を睨み上げてきた。
「どう言うつもりだい!葵!!!」
「別に、どうも・・・ごめんね、幽助君。痛かった?」
笑みを浮かべながら罪悪感などまったくなくコトリ・・・と首を傾げて見せる。
幽助は、片目でかろうじて俺を捕らえてるようだった。
これぐらいで死なれても困るんだけどね。
俺はぼたんの事を立たせようと、手を伸ばした。
だが、ぼたんは幽助の側から離れようとせずに、俺の手を阻んだ。
「葵ッ!」
手をはじかれた俺は、やれやれと呆れたように幽助とぼたんを見つめた。
「やっていい事と悪い事ってのがっ・・・」
ん?
俺はぼたんの言葉を掌で遮った。
ぼたんも俺が警戒してるのが分かったのか、不思議そうに俺の事を見つめて、言葉を切った。
俺は辺りに視線を走らせた。
予想通り・・・かな。
俺達の周りに、下級の妖怪がその霊気に誘われて集まって来ていた。
その中には、指名手配になってる霊気も何体か入り交じっている。
これで魔界滞在の日数も、減るかな。
思い通りになった事で、俺はニコニコと笑みを作った。
「ぼたんを、頼むね。」
俺はそれだけを幽助に言うと、静かに崖の方へと歩いて行った。
そして、ぼたん達へと振り返った。
口元に手刀を作り、小さく呪を結ぶ。
くるりと輪を描くと、小さなブラックホールが出来上がる。
魔界トーナメントで死々若が使った、死出の羽衣の応用版と考えて貰えればいい。
「ばいばーい。」
俺の言葉と同時に、三人は黒い穴に吸い込まれて消えてしまった。
彼らの霊気が完全に失われたのを確認してから、異空間の穴を閉じた。
ふわり・・・と体を浮かび上がらせると、両手を前へとつきだした。
静かに目を閉じると、遠くいる自分の部下の霊気をいくつか捕らえる。
「一番隊全員に告ぐ、断頭台崖周辺に戦闘態勢の下級妖怪多数。中には指名手配の
妖気もあるようです。各個処斬して下さい。」