WILL…
第七話
「「「どわぁ!!!」」」
突然天井から抜けてくる三人。
そこは癌陀羅の城の中。
もっと詳しく言えば、黄泉の部屋だった。
「どこから沸いて出た?」
黄泉の疑問は最も。
だが、飛ばされた三人も訳が分からない状態だった。
「いてててて・・・なんだってんだよ。」
「いたたた・・・あたしだって、何がなんだか・・・。」
「ど・・どうでもええべ・・・早く二人ともどいてけろ・・・。」
しっかりと陣を下敷きにしてる幽助とぼたん。
あわてて陣の上から退くと、無言でこちらを見つめる黄泉と視線があった。
「さっきのなんだ?」
「空間を繋げたんだべ。死々若丸の奴と似たようなもんだべさー。」
「桑原の受けた技かよ・・・胸クソわりぃーな。」
尻餅をついたままぼたんに、サッっと手を差し伸べる黄泉。
ぼたんはそのまま黄泉を見つめてしまった。
「何かな?お嬢さん。」
「いや・・・どうも。」
少し顔を赤らめてその手を取ると、黄泉はぼたんを起きあがらせた。
「突然の訪問を歓迎すべきなんだろうが・・・先程の莫大な霊気はなんだ?浦飯幽助。」
「なんかしらねぇーけど、特防なんたらってのが来て、俺の霊気の固まりを体から
出そうとしやがった。おー痛てぇ。」
「特防隊?」
顎に指を添えて考え込む黄泉。
ふと大きな爆発音が聞こえて、全員が窓へと駆け寄った。
その方角は、先程まで自分達がいた場所。
3.4回の大きな爆発音が聞こえたかと思うと、あたり一体は静かになった。
どうやら、戦闘が終わったようだ。
「随分と狩られたようだな。」
「狩る?」
ぼたんが意味が分からずに黄泉の事を見上げた。
黄泉は小さく頷くと、自分の椅子へと腰を下ろした。
「霊界特防隊は、我ら妖怪を事あるごとに罪を着せ、狩っている。下級妖怪は、使い魔や
特防隊の練習道具に。中級妖怪はそのまま殺されるようだが。」
黄泉の言葉で、ぼたんの中に思い出された記憶。
昔・・・まだ学生だった頃。
何も疑わずに、妖怪を倒す練習をした。
あの時は、ダミー人形だと言われて来たが・・・。
それにしては、精巧な人形だと誰もが思っていた。
今思えば・・・そんな技術を霊界が持ってるはずがない。
となれば・・・あれは・・・。
ぼたんは自分の手を見つめた。
そんなぼたんの肩にポンと幽助の手が置かれた。
「ま、どっちにしても、蔵馬が来るまではここにいさせて貰えよ。」
「でも、葵と一緒に帰るって言ったし・・・。」
「あの蔵馬が来ねぇ訳ねぇ!断言出来るぜ!な、陣!」
「んだ。」
自身ありげな二人。
さらに黄泉までもが・・・
「そうだな。一人で霊界に帰らすのは、危険過ぎる。すぐに蔵馬に使い魔を出そう。」
「幽助はどうするんだい?」
陣と幽助はチラリと互いの事をみた。
そしてニヤリと不適な笑みを浮かべた。
「「まだ、勝負がついてねぇ。」」
言うが早いが、二人は走って部屋を出て行ってしまった。
残されたのは、ぼたんと黄泉のみ。
なんとも言い難い、沈黙の時間。
ぼたんは仕方なく、窓へと近づいた。
遠くの方でいくつもの煙が立ち上る・・・明らかに葵のやった後。
葵は知っていたのだろうが?
下級妖怪の使い道。
知ってて、今も妖怪を狩っているのだろうか?
「蔵馬と所帯を持たぬのか?」
突然の黄泉の質問で、ぼたんは慌てて振り返った。
盲目とは言え、無表情にこちらを伺う黄泉に、居心地の悪さを感じた。
「どうなのだ?」
「いや・・・えっと・・・。」
「妖怪と霊界人では、相容れぬ所か。」
何も答えていないのに、黄泉は納得したようだった。
所帯を持つなんて、考えた事もない。
今はただ、蔵馬と一緒にいれるだけで幸せなのだ。
蔵馬が好きだと言ってくれる今しか考えてなかった。
「所帯ねぇ・・・もてるのかねぇ。」
独り言のように呟いた言葉。
そんな言葉も読みは聞き漏らす事がなかった。
「それはお嬢さん達次第だろう。持ってはならぬという律はない。」
たしかに、魔界側にはない。
もちろん霊界側にもないが・・・蔵馬は半分は人間。
それは自分よりもうんと寿命が短い。
一緒に生活して、蔵馬が死んで・・・その後も自分は生きていかねばならない。
いくら半分は妖怪とは言っても、寿命ばかりは、どうすることも出来ない。
蔵馬がいなくなるなんて・・・私には耐えられない。
ぼたんはぎゅっと自分の両手を握りしめた。
「蔵馬はケチでな。」
「へ?」
突然の黄泉の言葉に、ぼたんは目をまん丸く見開いた。
まさか、黄泉からそんな言葉を聞くとは思わなかった。
「一度手に入れた宝は、絶対に手放す事はない。どんな方法を持ち得ても。」
静かに自分を見つめる黄泉。
それが何を意味してるのか、わからない訳でもない。
もし、そうなった場合・・・どれだけの人に迷惑をかけてしまうだろうか。
今まで面倒を見てくれたコエンマ様。
仲良しの同僚。
そこまで自分の我が儘を通す事が許されるとは思っていない。
「不慮の事故なら、仕方あるまい。フッフッフ。」
ぼたんの心情を読んでか、黄泉は微かに口元を上げた。
かつて、妖狐蔵馬の副総長をしていた右腕だった男だったと、初めて実感した。
それほどに、背中に冷や汗が流れた。
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「これは一体・・・。」
浮遊植物で魔界に入った蔵馬は、荒れ果てた崖を見つけた。
そこには妖気の他に霊気も数多く残っている。
一体何があったのか・・・。
幽助の霊気も若干混じってるようにも感じる。
そして・・・ぼたんの霊気?
他の霊気に隠すように見え隠れする。
誰かが意図的にやったとしか思えない。
「この俺に用か?」
後ろに突然現れた雑魚妖怪。
ぺこりと頭を下げると、一歩前へと進み出た。
「黄泉様が、お呼びです。蔵馬様の大事な宝者を預かっていると。」
「黄泉が?」
蔵馬は再び浮遊植物を使い、黄泉のいる癌陀羅の居城へと急いだ。
何があったのだろか?
居城の入り口に降り立っても、ぼたんの霊気が通った匂いがしない。
警戒しながら使い魔に案内されるままに、黄泉の部屋へと向かった。
その瞬間。
「あちゃー負けちまったねぇ。」
「ぼたん、弱いな!!」
ぼたんの声と修羅の声が聞こえてきた。
俺は静かに扉を叩いた。
「迎えが来たようだ。」
黄泉の言葉に、ぼたんは修羅と遊んでいたカードゲームから顔を上げた。
修羅もその言葉に、ぼたんの腕にからみついた。
「まだ、僕と遊んでよ!」
「ありゃりゃ・・・。」
困ったように笑みを作ると、黄泉は部屋の扉を開けた。
そこに立っていたのは、久しぶりに見る、蔵馬の姿だった。
「ぼたん!一体何があったんですか?」
蔵馬が駆け寄ると、ぼたんはいつも通りの笑顔で出迎えてくれた。
「いや〜なんて言うか、私もよく分からないんだよ。気付いたら、ここの天井から
落ちてたんでねぇ。」
「天井?」
ふと見上げて、黄泉の事を見た。
黄泉もそれしかわからないらしく、頷いてみせる。
確かに幽助がいたようだが・・・今は姿が見えない。
ぼたんを置いて、戻ったのだろうか?
それにしても、霊界に連れて帰ると言った、彼は一体・・・?
「ぼたん、あなたを連れて帰ると言っていた方ですが…。」
「葵かい?それが突然、黒い変な空間作ったら、ここに飛ばされたもんでねぇ。」
「そうですか・・・。無事で何よりです。」
ホッと肩の力を抜くと、ぼたんの腕に巻き付いている修羅に視線を落とした。
まだ返さないと、視線が主張している。
蔵馬とぼたんは互いに見合ってから、苦笑するしかなかった。
「修羅クン、また今度遊びに来るからさ。離してくれるかい?」
「そろそろ戻らないと、霊界の方でも騒ぎ出してしまいますからね。」
「あ・・・。」
コエンマに内緒で魔界に来たぼたん。
コエンマの特大級の怒りをぶつけられるのは、覚悟の上だったが・・・
まさかこんな事になるとは思わず・・・。
どうしたもんだろう・・・。
ぼたんがあからさまに肩を落とすと、黄泉は一つの封筒を持って、ぼたんへと近づいて来た。
「これをコエンマに渡して欲しい。」
「へ?」
それは何か分厚い書類が入ってる封筒。
大きく封の文字。
ぼたんは、黄泉と封筒を見比べてしまった。
「これでそなたの魔界への代議名文になろう?」
「あ・・・ありがとう!黄泉。」
心底嬉しそうに、ぼたんは満面の笑みを浮かべた。
そんなぼたんに満足そうに微笑む黄泉。
その二人を面白くなさそうに見つめるのは、蔵馬の視線。
嫉妬の目をした蔵馬に、黄泉は少しだけ驚いたような表情を作った。
あの蔵馬が。
一人の女に固執しているとは、前代未聞。
彼の過去の女歴を知ってるからこその、純粋な驚きだった。
「そう、一々目くじらを立てるな。お前らしくもない。」
「彼女に関しては、特例ですから。」
「妖狐ともあろう、お前がな。」
「俺は『蔵馬』ですから。」
小さな声で応戦する二人を、不思議そうに見つめる修羅とぼたん。
蔵馬は苦笑しながら、修羅の頭を優しく撫でた。
「必ずまた連れて来ますから、今日は我慢してください。」
「でもぉ…そうだ!ぼたんが俺の母上になればいいんだよ!そしたら、いつも一緒に
いられるよね!?」
なんと言う子供の無邪気な発想。
全員が凍り付いたとも知らずに、修羅はぼたんに「父上の事、嫌い?」と聞いている。
嫌いではない。
だが、ここで好きと答えれば、じゃ!ってな話しになる。
どうしたもんか、黄泉に視線だけで助けを求めれば
「私は大歓迎だ。」
などと笑みを浮かべられる始末。
「黄泉〜」とまさか冗談に乗るとは思ってなかったぼたん。
こんなイジメ、切り抜けられる訳がない。
「くらま〜(泣)」
最終的に蔵馬に助けを求めれば、蔵馬も苦笑のまま。
ポンと修羅の頭に手をのせたまま、修羅に視線を合わせた。
「申し訳ないけど、ぼたんは俺の彼女なので。黄泉にあげる訳にはいきません。」
「えーどうしてさー。一妻多夫だっていいじゃんか!!」
い・・・一妻多夫・・・って。
一体どう言う教育をしてるんですか、黄泉。
視線だけで問えば、黄泉は自然な流れで視線をそらした。
まったく。
「そうですね…俺とぼたんが結婚して魔界に住む事になれば、可能かもしれませんね。」
「ほんと!?」
「ええ。ね、ぼたん?」
ニッコリと笑みを浮かべる蔵馬。
それに拒否権など存在しないかの如く。
ぼたんは無言で何回も頷くしか道は残ってなかった。
やっと納得したのか、修羅はぼたんから手を離した。
クイクイとぼたんの着物を引っ張ると、ぼたんも修羅に視線を合わせた。
「なんだい?」
「いつ?いつケッコンするの?」
「へ!?」
「そ、それは・・・えっと・・・あの・・・」
蔵馬もぼたんと同じ視線になった。
「いつですか?」
にっこりと天使のような悪魔な笑み。
蔵馬が悪い冗談を言う時の表情だ。
答えられるはずもないぼたんは、顔がこれ以上ない程に真っ赤になった。
そんなぼたんを救い出したのは、黄泉だった。
「修羅、いい加減にしなさい。蔵馬も、あまりお嬢さんを虐めるな。」
「虐めてるつもりはないですけどね。」
曲げていた腰を正すと、蔵馬は黄泉へと苦笑を零した。
あの冷徹無比と言われた蔵馬の、表情豊かな事。
昔を知ってるからこそ、このぼたんと言う女の威力に敬服する。
「さて、帰りましょうか。」
自然な手つきで蔵馬はぼたんの肩を抱いた。
「うん!お邪魔様、黄泉。修羅クンもまた遊びに来るからね。」
「絶対だからね!!」
ぼたんも嬉しそうに頷くと、黄泉の部屋を出て行った。
癌陀羅の外に出ると、蔵馬は「失礼」と一言断ってから、ぼたんをお姫様抱っこした。
降りると暴れたぼたんだったが、蔵馬の力は見た以上に強かった。
「蔵馬、櫂があるから大丈夫だよ。」
「勝手に魔界に来た、罰です。」
罰と言っても、終始嬉しそうな蔵馬。
浮遊植物を翼のように作り上げて、ふわりと体を浮かした。
ギュっとぼたんを抱きしめる手に力を込めた。
それに気付いたのか、ぼたんも蔵馬の首へ手を絡めた。
「やっと、会えましたね。」
「うん…会いたかったよ…蔵馬。」
「俺もです。」
ゆっくりと魔界の上空を飛ぶ幸せそうな二人。
互いに見つめあえば、どちらともなく口づけを交わした。
それはほんの一瞬、口をかすめたものだったが、二人にとっては永遠のような時間
にも感じられるほど、甘美な時間。
「ぼたん。」
「蔵馬。」
再び抱き合えば、ぼたんの幸せそうな微笑み。
ぼたんの甘い誘惑されてるかのような香り。
「少し飛ばします。捕まってて下さいね。」
「はいな。」
蔵馬のぬくもりをこんなにも欲していた自分がいたなんて
ぼたんのぬくもりをこんなにも欲していた自分がいたなんて
初めて気が付いた。
離れたくない・・・ぬくもり。