WILL… 

第八話



うふふふふ。
普通にしてても顔がにやけてしまう。
あの後、魔界から帰っても、黄泉の書類のお陰と蔵馬のお陰で、コエンマ様に怒られる
事はなかったんだよねぇ。
それに・・・。

ぼたんは懐から一つの携帯を取り出した。
赤い色の携帯。
その携帯を開くと、蔵馬とぼたんの二人でとった写メがディスプレイに表示される。
あの後、数日して蔵馬が突然また霊界にやってきた。
夜も遅いからと、用件だけで・・・と言って。
部屋には入って来なかった。
その用件ってのが・・・この携帯だった。
携帯を改造して、霊界と人間界を繋げられるようにしてくれたとかで♪
いつでも蔵馬の声が聞こえるし、メールも出来る。

『これで少しは寂しくないですか?』

悪戯好きの子供のような表情の蔵馬が忘れられない。
ちなみに蔵馬の持ってる携帯も同機種だと言っていた。
彼が持ってるのは、水色の携帯。
もしかして・・・なんて想像してしまったけど、それを蔵馬に聞くこも出来ず。
ただ嬉しくて、蔵馬に抱きついてしまった。
携帯を優しく撫でると、また懐へと携帯をしまい込んだ。
その瞬間。
突然、携帯が激しく揺れる。

「ひゃ!」

びっくりして書類を廊下にぶちまけてしまった。
あちゃー・・・いつもコレだ。
仕事中は音出しはマズイと思って、バイブにしてるのだが・・・。
鳴るたびに驚いてしまう。
書類を拾うよりも、先に携帯を開いた。

『 受 信 』

の文字。
メールの画面へと向ければ、蔵馬からのメッセージ









『 送信者:蔵馬

  件名:お疲れ様

  用件:今日はこっちは雲一つないから、ぼたんの姿が見えるかな?』










うわぁ・・・。
きっと授業中だろうに。
まったく、ちゃんと勉強しないといけないだろう。
そんな事を思っていても、心の嬉しさには叶わない。
自然と顔に笑みが浮かんでしまう。
返信、返信っと







『 送信者:ぼたん

  件名:コラ

  用件:ちゃんと勉強しないと駄目だろ?
     そんなにいい天気なら、こっちからも蔵馬が見えるね。』









送信・・・完了っと。
パタンと携帯を閉じると、足下に散らばった書類を見下ろした。

「あちゃー・・・。」

「よいこらっしょ」と、なんとも年寄りじみたかけ声と共に、しゃがみ込む。
書類をかき集めていると、上からクスクスと笑い声。
ふと靴が見えて、そのまま視線を上に向けると・・・そこには葵の姿。
葵はしゃがみこんで、書類を一枚拾い上げてぼたんへと渡した。

「はい。また、にぎやかだね。」
「む…どうもすみませんね!」

憎まれ口を叩きながらも、ぼたんの書類を一緒に拾い上げてくれた葵。
全てを拾い終わると、半分書類を持ってくれた。

「書物庫でしょ?俺も用事があるから、持って行ってあげる。」
「ああ、そんな私の仕事なんだから、いいのに。」
「別に、これくらい手伝いにもならないよ。」

さっさと歩き始める葵。
ぼたんもあわてて葵の後に付いて行った。
自然の頬を緩みっぱなしのぼたんをチラリと見て、葵は視線を逸らした。
こんな表情をさせてる妖狐蔵馬。
何もかも、俺から取って行く気か・・・。

「葵?どうしたんだい?怖い顔して。」
「あ…いや、なんでもないよ。」
「なんでもないって事ないだろ?ほれ。」

ぼたんがすっと眉間の皺に、指を落とした。
その瞬間、フワリと暖かい霊気。
俺は驚いてぼたんの事を見つめてしまった。

「少しは元気出たかい?」
「・・・うん。」

少し赤くなった顔を隠すように、俯いた。
こうやって元気が無いときは、いつもぼたんが自分の霊気をくれた。
泣きたく成る程優しい霊気。
これに当てられると、自分の全てが罪のような気がしてくる。

「ぼたん。」
「ん?」

俺は歩くのを辞めた。
そんな俺を不思議に思ったのか、ぼたんも怪訝そうに振り返った。

「俺…ぼたんの事っ」
「ひゃ!」

突然、ぼたんがおかしな声を出して、俺の言葉を遮った。
慌てて、懐から赤い携帯を取り出した。

「びっくりしたぁ。」

そう言いながらも、いそいそと携帯を開く。
それだけで、奴が渡した物だと気が付いた。
自分がそこにいると主張するかのような、携帯の色。
俺は、ぼたんから視線を外した。
チラリと盗み見るように、視線を走らせれば、おそらくメールでも来たのであろう、
ぼたんは一読すると、にっこりと嬉しそうな笑みをつくって、携帯を閉じた。

「よいしょっと・・・あ、ごめんね、葵。で、なんだい?」
「…それ、どうしたの?」
「え…えへへへ。蔵馬がね、くれたんだよ。」

幸せそうに微笑むぼたん。
そんなぼたんの顔が見ていられなかった。

「・・・そう。」
「蔵馬ってば、しっかりしてるんだよ。自分だけの番号じゃなくて、みんなの番号も入っ
 てるんだよ。おかげで、聞いて回る手間が省けたよ。」

俺は、妖狐蔵馬が別にしっかりしてる訳じゃないと、気付いた。
きっとアイツも同じ。
自分以外と、自分の知らない所で逢って欲しくないだけ。
その機会を減らす為ならば、手間などなんとも思わないだろう。
妖狐蔵馬の独占欲の強さ。
俺は静かに拳に力を込めた。
俺が黙ってしまった事を疑問に思ったのか、ぼたんは心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

「本当にどうしたんだい?元気ないよ?」
「いや、なんでもないんだ。」

いつものように笑みを浮かべて、ぼたんを安心させる。
それだけでも、説得力がないと見え俺はさらに苦笑に変えてみせた。

「ここの所、仕事が忙しいから。疲れてる…かな。相変わらず、体力がなくて困るよ。」
「葵って、昔から体力なかったもんねぇ。すぐに熱出したりしてたしね。」

また、ぼたんが昔話を始めた。
夢中に話してるぼたんを見て、気付かれないようにそっとため息をついた。

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雲一つない、天気。
窓際の席で、ぼんやりと空を眺める。
チラリと視界の端には、水色の携帯。
返信・・・来ないか・・・。
その事に、少しがっかりしてる自分がいて。
またそんな自分が笑えて来た。
ぼたんだって仕事をしてるのだから、早々返せるとも限らない。
だが・・・。
俺はふと、『葵』と呼ばれる男の事を思いだしたと同時に、それを頭から追い払うように
首を左右に振った。
まさか。
一緒にいるとは限らない。
どこまで自分は独占欲が強いのか。
これじゃ、幽助達に何を言われても、弁解の余地はないですね。

「南野君。」

突然、自分の名前を呼ばれて俺は先生の方へと視線を向けた。
ニコニコと終始笑みの古文の先生。

「157ページを訳してください。」
「はい。」

ともかく、今は人間として授業を受けましょうか。

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バタンッ!!


力任せに扉を閉めた。
むろん、中にいた一番隊の連中は驚いて、俺に視線を送って来たが、全てを一瞥した。
ムナクソ悪い。
ぼたんの幸せそうな顔を思い浮かべるだけで、苛立ちが募る。
相手が幸せなら、それで構わない。
そんな事を言う奴は、単なる偽善にすぎない。
好きな相手なら、自分が幸せにしたいと思うはずだ。
他人によって幸せな顔など、見たくないのが本心。
俺は自分の執務室に入ると同時に、壁に拳を打ち付けた。


ガンッ!


なんで・・・
どうして、ぼたんを俺から取る!?
妖狐蔵馬・・・!!


ガンッ!
ガンッ!




当てようのない怒りが、溢れてくる。
これ以上、まだ俺から何を奪う気なんだ!
妖狐蔵馬には、ぼたん意外にも大切な者がある。
だが、俺には・・・
俺には、ぼたんしかいない。
ぼたんだけが、俺を生かす光り。
盗賊をしていた犯罪者に、ぼたんの隣を歩く資格なんかない。

コンコン

「失礼します。」
「・・・何か?」

背中越しで、ジロリと睨みつければ、副隊長の姿。
その手に持つのは書類。
明らかに副隊長は俺を恐れていた。

「妖狐蔵馬に関する資料の追加です。」
!!・・・貸せッ!!!

副隊長の手から書類を奪い取った。
そこに示されているのは、妖狐蔵馬の経歴。
そして・・・。


ニヤリ。



「しばらく、魔界に行く。局長達には、病欠って言っておいて。」
「へ!?しかし、それはっ」
「なら…一人連れて行くかな…役に立つかもしれないし。新人教育でいいや。」
「そ、そんな!!隊長自らが新人教育などされなくてもっ!!」


ドスッ!


俺は日本刀を副隊長の顔の脇へと刺した。
頬に(風圧の所為か)微かに、赤い線が引かれた。
ゴクリと唾を飲み込み、顔中に冷や汗をかいている副隊長。
俺はズイと顔を近づけた。

「君はこの隊の何?」
「ふ…副隊長であります。」
「正解。副隊長は隊長を助けるのが、仕事でしょ?」
「もちろんです。」
「なら・・・頼むね。」

ズブッ・・・。
ゆっくりと壁から日本刀を引き抜くと、手品のように刀を消し去った。
それを愕然と見つめている副隊長。
俺は、副隊長の横をすり抜けた。

「あ、そうそう。」
「は、はい。」
「コレ・・・ガセだったら、ただじゃおかないからね。」

にっこり。
1枚の書類を持ち上げる。

「ガセではありません。かつて、妖狐蔵馬の盗賊仲間から入手したものです。」
「仲間ね…。」

きっと捨て駒だったんだろうけど。
ふとそんな事を思い浮かべ、ニッコリといつもの笑みを浮かべた。

「じゃ、行ってきます。」
「い、いってらっしゃいませ・・・。」

パタン・・・と扉を閉めた。
さて、誰を連れて行くかな。
俺と視線を合わせないように、全員が仕事に没頭しているかのような態度。
クスクス。
そんなに俺が怖いかねぇ。
一番の末席にいた、人物に目を付けた。
そいつの元へと、歩みを勧めた。

「君、確か…結構新人だよね?」
「は、はい!」
「じゃー、俺と一緒について来て。」
「え?」
「おいで。」

返事を待たずに、俺は部屋を出て行った。
慌てて着いてくる新人。
そのまま待つ事もせずに、俺のペースで廊下を歩いた。
そして、魔界へと続く回廊へと、向かった。


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「局長、葵の奴…妙に妖狐蔵馬について部下に調べさせてるみたいなんだが。」
「妖狐蔵馬?あいつは確か、コエンマ様のはからいで、無罪放免になったはずだろう?」
「そうなんですが、個人的に調べてるみたいで。」

ふむ・・・と両手を前に組んで考え込む局長。

「どうしますか。」
「…葵なりに何か考えがあるんだろう。もう少し、様子を見ようじゃないか。」
「了解。」

アイツに考えねぇ。
一体、何を考えているんだか。
副長は、ふと額にかけられている特防隊の心得を見つめた。






一つ、隊は己の為にあらず。


一つ、隊を私利私欲に使う事を固く禁ず。







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