WILL…
第十話
大きな紙袋を二つ。
中に入っているのは、サンタさんのブーツ・・・の入れ物に入ってる、アレ。
よく見かける、御菓子セット。
昨日、幽助が急遽幻海ばーちゃんの所でクリスマスやると言いだし。
蔵馬への連絡役を仰せつかさった。
携帯よりもと本人に直接夜中に逢ったのだが・・・。
プシュー・・・
昨日の事を思い出すだけで、顔が茹でタコのように真っ赤になる。
思わず、袋を床に置いて、両頬を押さえてしまう。
その時に、コエンマ様達に何を上げようかと蔵馬に話した所・・・。
このアイディアを貰ったのだ。
最初は、「そんなもの」って言ったんだけど、蔵馬が「大人になったら、貰えない物ですからね。
意外と、嬉しいものですよ。」って言ってくれたから。
んじゃ、とコンビニで購入してきた物。
同僚には、小さなブーツ。
コエンマ様には、少しだけふんぱつして、大きいサイズのブーツ。
『本人も中に入れそうですね。』
クスクスと忍び笑いをしていた蔵馬。
それを思い出し、思わず吹き出した。
何故か、ぼたんの頭の中でコエンマが犬耳をつけて、ブーツから顔と手だけを出してる
イメージ・・・。
しかもクゥ〜ンと鳴いてる感じ。
もちろんおしゃぶりは必需品。
「コエンマ様の前では、忘れてないと…絶対に吹いちゃう自信があるねぇ。」
顔が引き締めて、紙袋を持ち直した。
ともかく、職場までは行かないと。
水先案内人の待機所につくと、ぼたんは次から次へと小さなブーツをプレゼント。
蔵馬が言った通り、「懐かしい」と評判が良い。
さすがは蔵馬。
今日、幻海ばーちゃんの所で逢ったら、お礼を言わないとね。
ぼたんはニコニコしながら、コエンマ様の執務室へ。
もちろん、手には紙袋が一つ。
コンコン
大きな扉。
大きなノッカーを叩いた途端に、大きな音が鳴り響く。
少しの間があって、コエンマ様の入室許可がおりた。
ぼたんはそっと扉を開いた。
「あれ?」
目の前には、コエンマ様。
その隣にはジョルジュ。
だが・・・コエンマ様の前にいるは、特防隊の局長と葵の姿。
「なんだ、ぼたん。」
「いや、今日の分の閻魔帳を頂きに。」
「ああ、その事なんだが…。」
何か言いづらそうに、目の前の葵へと視線を移すコエンマ様。
同じようにぼたんも葵へと視線を向けた。
視線の合った、葵はニッコリと嬉しそうな笑みを浮かべた。
「おはよう、ぼたん。随分と大荷物だね。」
「葵、おはよう。あ!そうだ!!」
袋を床に置くと、ガサガサ。
中から4本のサンタブーツ。
手際よく、4人の腕の中へと、そのサンタブーツを落ち着かせた。
満足に見つめるぼたんとは対照的に、意味が分からない四人。
サンタブーツを見つめてから、ぼたんへと視線を集中させた。
「ぼたん・・・お前はな〜にを考えとんじゃ?」
「コエンマ様。そんなに小刻みに震えて…そんなに感動してくれたんですか!?」
ぼたんの言葉で、一瞬空気が張りつめた。
その瞬間。
「バッカモーン!!!何で子供のダマし菓子をくれたのかと言うとるんだ!ボケ!」
「へ?懐かしくありません!?」
ぼたんの言葉に、局長は苦笑。
葵は「たしかにね。」と言葉は優しいが、やはり苦笑していた。
そして・・・ひときわ大きいサンタブーツをもらったコエンマ様。
全員がコエンマ様へと視線が集中した。
入りそう・・・。
誰もが脳裏に思い浮かべた事。
その直後。
「「「プッ!」」」
吹き出したかたと思えば、思う存分笑い出した。
それもそのハズ。
無言の会話で、全員が思い浮かべたのがわかってしまったからだ。
局長だけは、なんとは笑いを抑えようと必死だったが、コエンマ様を見る事が出来ないの
か、後ろを向いて口元を軽く押さえていた。
葵は遠慮なく、クスクスと笑い。
ジョルジュは、これまた無遠慮に大笑いしていた。
「ぼ〜た〜ん!!!!(--#)」
コエンマ様のこめかみにいくつもの青い筋がたっていく。
さすがにヤバイと踏んだのか、ぼたんは少しづつ扉へと後ずさった。
「逃がさないよ。」
ふと気付けば、真後ろに葵。
ふわりとぼたん香りが葵の鼻腔に届いた瞬間、微かに眉を上げた。
霊気・・・だけでない・・・?
そんな葵の心情など知らず。
いつ移動したのかも見えなかった事実に、ぼたんはゾクリ…と背中に冷たい物を感じた。
ポンと両肩に手を置かれると、軽く前へと押された。
それはコエンマ様も同じだったのだろう。
なんとも言えぬ表情で、葵の事を見つめていた。
「葵、お前随分と腕をあげたようじゃな。」
「おかげ様で。」
綺麗に微笑むその笑みは、蔵馬を想像させる。
コエンマ様は複雑な表情で局長の事を見た。
局長は、軽く息を吐くと、ぼたんへと向き直った。
「ぼたん、今日は一つ大がかりな魂送があるのです。」
「大がかり?」
ふと後ろにいる葵へと視線を向けた。
葵は無言のまま、頷くだけだった。
ぼたんは再び局長へと視線を戻した。
「是非にぼたんに協力して欲しい。その許可をコエンマ様から先程頂戴してな。」
「私なんかじゃ、特防隊の足を引っ張っちまいますよ。他にもっと優秀な人が。」
「いや、君じゃないと無理なんだ。」
そう言った局長は、コエンマ様へと視線を向けた。
コエンマ様は腕をついて、チラリとぼたんの事を見つめ…言葉を引き継いだ。
「ぼたん。」
「はい!」
「元特防隊候補のお前でないと、無理な仕事なんじゃ。お前の仕事は、一人の少女を送り
届ける事。だが、その少女がいる場所が、悪鬼と化した自縛霊のいる所でな。」
「ありゃ〜自縛霊ですか。それは大変ですねぇ。」
「なーにを、他人事みたいに言うておる。今までなら、お前一人で任せておけたのだが
今回はレベルが違い過ぎる。」
コエンマ様の顔から、冷や汗が流れ落ちる。
ソレを見て、ぼたんの顔から笑みが消えた。
本当の話。
そして・・・本当に危険だと言う事なのだ。
「決行は、本日の20時。おそらく日が変わる頃には、帰還出来るものかと。」
「日が・・・変わる頃・・・?」
自然にぼたんは胸元へと手を持って行った。
そこには携帯。
ギュっと拳を作り、蔵馬の言葉を思い出した。
『離したくないな。ずっとこのまま俺の檻に閉じこめておきたいです。
愛してる、ぼたん。
・・・駄目だな。このままではいつまでたっても離れられませんね(苦笑)
ではまた、夜に。』
別れ際に、キュっと抱きしめて、軽く口づけを落としながら
素直な言葉を言ってくれた蔵馬。
その言葉が本当に嬉しくて・・・
体が辛いなんて事も吹き飛んでしまうくらい、嬉しかったのに・・・。
蔵馬・・・。
そんなぼたんを葵はチラリと見つめた。
何かを迷ってるかのようなぼたんの表情。
「ぼたん?どうかした?」
葵に声をかけられ、ぼたんは慌てて顔を上げた。
全員がぼたんの事を心配そうに見つめていた。
ごめんよ、蔵馬・・・。
心の中で謝罪すると、ぼたんはニッコリと笑った。
「コエンマ様のご命令なら、この水先案内人のぼたんちゃん!お引き受けしますよ。」
ぼたんの言葉に、ホッと息を吐き出すコエンマ様。
本来なら・・・断りたい。
だが、それをすれば危険な仕事が違う人へと向かってしまう。
人が危険な目に合うのなら、自分が遭遇していた方がいい。
それに・・・。
「すまんな、ぼたん。」
「やめてくださいよ。水先案内人の中で、訓練を受けてるのは私だけじゃないですか。」
そう。
確かに、全員が体術は習っている。
だが…ぼたんは元々葵と同じ「特防隊候補生」として、特別訓練を受けている。
上級な妖怪や、悪鬼と化した霊魂との戦い方。
それ以前に、他の水先案内人とは霊力の桁が違うのだから。
「任せてください!」と元気よく言えば、コエンマはそれまでの時間の仕事を、閻魔帳に
書いて渡した。
ぼたんはそれを受け取ると、軽く頭を下げて、部屋を出て行った。
そんなぼたんの姿を黙って、見つめる葵の姿。
そして・・・
葵を見つめる局長の姿。
なんとも言えぬ空気が、コエンマの執務室に広がっていた。
「コエンマ様、一つお伺いしたいことがあります。」
すでに出て行ってしまったぼたんの残像を見つめるかのように、扉を見つめる葵が
静かに言葉にした。
「なんじゃい。」
「ぼたんは普段の仕事は、どんなのを相手にしてるんですか?」
言葉と同時にゆっくりと振り返る葵の表情は、どこまでも冷たかった。
そこにいた誰もが、背筋に冷たい筋が通る程の、まるで何かを射抜くような表情。
コエンマは机に肘をつき、両手を組むと、軽く額をつけた。
「荒魂になる寸前の霊魂を担当しとる。」
「…でしょうね。」
「何が言いたいんじゃ、葵。」
「ぼたんが…断らなかったなと思って。あるがままを、受け入れてる彼女が…信じられ
なくて。」
昔のぼたんなら、イヤな物はイヤと言っていた。
自分の意見をちゃんと持っていたと言うのに・・・。
今のぼたんはどうだろう。
そこまでにこのコエンマに心酔してるとも思えないが。
「あいつは。」
コエンマの声が一際引くくなった。
「水先案内人になってすぐの頃…同僚を目の前で殺された。荒魂にな。」
「!!」
葵だけでなく、局長も驚いて目を見開いた。
「荒魂は、霊力を欲しがる物ですからな。きっとぼたんの霊力に誘われたのではないですかな?コエンマ様。」
コエンマは何も言葉を発したなかった。
それが無言の答えだと・・・言う事だった。
ぼたん・・・
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「さーてと、大捕物帳の前にぃーっと・・・。」
フワフワと人間界の上空を漂う。
木々のひしめく森一帯を突き抜けると、突然に大きな寺がそびえて見える。
ここには、幽助の師匠である幻海師範が住まわれている。
他のもこの山一体に、色々な妖怪が寝床にしているのだろう。
狂気はないが、所々から妖気がムンムンに感じる。
入り口で櫂を降りると、ふと見知った妖気を関知して、キョロキョロと辺りを見渡した。
「あ!」
一際大きな木。
高い枝の上に、目標の自分はいた。
真っ黒い装束を身に纏い、いつも単独行動を好む、飛影。
ぼたんは、ぴょんぴょん♪と跳ねて大きく手を振った。
もちろん視界に入らないワケではない。
この近くに来た段階から、邪眼ですでに関知していたのだが・・・。
飛影は気付かぬふりを決め込む為に、動作一つ動かさなかった。
「ひーえーいーぃぃぃぃぃ!!!!!!!!」
「?!」
どんだけデカイ声なのか。
ぼたんの懇親の一撃は、微動だにしなかった飛影に、動きをもたらせた。
簡単に言えば、飛影が少しだけ態勢を崩したのだが。
シュン!
と言う音と共にその枝から消えてなくなった。
「あれ?どこいっ!?」
っちまったんだろうねぇ・・・と言う後に続く台詞は、目の前に突如現れた飛影本人に
よって、遮られてしまった。
自分よりか幾分背が低い飛影。
自ずとぼたんを見上げる形となるのだが。
どうしたもんだろうねぇ。
なーんか飛影のこの角度って・・・可愛いって思えちゃうんだよねぇ。
黙ったまま、マジマジと見つめていると、より一層怖さを増した眼力で飛影はぼたんの
事を睨み付けた。
「何か用か?霊界の女。」
「あ、あのねぇ。ぼたんって名前くらい覚えておいておくれよ。」
「・・・フン。」
ジーっと見つめていたかと思えば、フイと顔を反らせる飛影。
意味が分からず、ぼたんがコテンと首を傾げた。
すると飛影はトンとぼたんの帯の真ん中をノックするように叩いた。
「へ?」
「色ボケ狐に言っておけ。」
「い、色ボケきつね・・・って蔵馬の事かい?」
「自己主張もほどほどにしておけとな。」
意味が分からず、さらにぼたんは頭をひねった。
顔はすでに猫化している。
そんなぼたんをみて、ため息を着かざる終えない飛影。
ぼたんの下腹部へと視線をズラした。
「な、なんなんだい?さっきからジロジロと。」
「ま、そこまでの自己主張も、一つの守りにはなってるようだがな。」
「は?言ってる意味がわからないよ、飛影。」
「貴様の体内から色ボケ狐の妖気が出てると言ってるんだ。」
飛影の投げ捨てるような言葉。
その意味がわからないぼたんでもない。
みるみるウチに顔が朱に染まって行き始めた。
それは、昨日の行為が原因だと言うのは一目瞭然。
いや・・・
それ以前に飛影にその事がばれたのが、恥ずかしくて仕方ない。
「な、なんて事言うんだい!!スケベ飛影!!」
「言ってる意味がわからんな。」
「こっちこそわかんない!!」
「頭の悪い女だな。」
クイっと腕を引かれ、ぼたんが前屈みになった瞬間。
首に回された手がさらに下に向けるように、グイと力を乗せて来た。
その瞬間。
口元に冷たい感覚。
感じた瞬間には、すでに飛影は何事も無かったかのように、背を向けて立っていた。
ぼたんはゆっくりと口を手を当てた。
「ひ・・・飛影?」
「フン・・・頭が悪い女だ。」
飛影の微かに上がった口元。
やっと状況が把握して飛影を怒鳴ろうとした瞬間には、飛影はその場から消えていなくなっていた。
微かに残る、冷たいのに温かい炎の妖気。
ぼたんはぼんやりと、飛影のいなくなったであろう森を見つめた。
「お主も、大変じゃないか。」
「!!師範!」
「ふ。」
軽く笑みを零すと、幻海は木々に隠れている飛影を見つめた。
後悔してるのだろうか。
自分のやった行動が理解出来ていないのか。
己を手を見つめる飛影が、まだまだお子様だと思うは、老人故の考えなのか。
それにしても・・・。
幻海は呆れたように、ぼたんを見上げた。
そして飛影と同じように、帯のあたりをコツンと叩いた。
「蔵馬も、随分と子供じみたマネをするもんだねぇ。」
「そ・・・そんなに?」
「お前さんはいつも側にいるから気づけないのかもしれないが、他人が近寄ると一際
その存在を知らしめるかのように、妖気を放ってるよ。ここから。」
コンコンとまた帯を叩く。
もうどう答えて良いのか、ぼたんは真っ赤になって俯くことした出来なかった。
だがそんなぼたんを、嬉しそうに見つめる幻海師範は、優しく口元を上げた。
「悪い事じゃない。お前さんを守ってくれてるんだ。人間界と霊界と次元の違う者同士
が好き合うのに、普通の絆以上の絆がないと、不安なんだろうが・・・これは遣りすぎだ
な。」
「もう・・・蔵馬ったら。」
「今までは微かにだったのが…これほどまで自己主張をすると言うのも、何かあったのか?
ぼたん。」
え?何か?
・・・別にないとは思うけど。
さらに呆れたように、幻海はぼたんの唇を軽く指で触った。
「上は飛影。下は蔵馬か。確かに、こんなお前に手を出そうとする奴は、バカしかいない
だろうな。」
「・・・。」
シュン・・・と顔を伏せたぼたんに、幻海は優しく頭を撫でた。
心地よい触り心地のぼたんの、髪。
幻海の表情も、孫でも見てるかのような感覚になる。
「大切にされてるんだ。感謝しなくちゃな。」
「本当にねぇ。」
ポンと最後に頭を叩くと、幻海はいつも通りの表情へと戻った。
「何か用事があったんじゃないのか?今日は夜からのはずだろう?」
「うん。それが、ちょいと大仕事が入いっちまって、宴会に間に合いそうにないんだよぉ。」
「そんなに大物なのか?」
「まーね。だから、みんなにはよろしく伝えておいておくれよ。」
そう言って、一升瓶を幻海に渡した。
霊界で銘酒と呼ばれている、一級品の「大霊界」と呼ばれる日本酒。
もちろん、酒だけでなく霊気も入っているので、体をこわす事はない。
幻海をそれを受け取ると、飛影のいる森へと一度視線を送った。
「その仕事、ここから遠いのか?」
「うーん、極秘任務だから、言えないのんだよぅ。」
「ま、どうせ明日の朝までやってんだ。終わったら、顔だしな。でないと、妖怪が2匹
大暴れしそうだしな。」
ニヤリと人の悪い笑みを浮かべながら、最後の言葉は森に向かって紡ぐ。
それにしても、どうしてこのぼたんがここまで人気があるのだろか。
たしかに、可愛い。
だがそれだけで、妖怪を何人も惚れさせる事が出来るのだろうか。
妖怪だけでなく、霊界人も例外ではないが。
やはり、ぼたんの内に秘める霊気がもたらすものなのだろうか。
「なんだい、ばーちゃん。」
「いや。気をつけて行くんだよ。」
「うん!それじゃ、終わり次第駆けつけるからさ!」
フワリと空へ舞い上がる。
青い空と見事にコントラストを描く、彼女の姿。
まぶしくなるような、そんな一枚のイラストになるような。
お日様のように、ニッコリ笑うと、ぼたんはブンブンと手を大きく振った。
「いってくるね〜!!」
「まったく…いつまでたっても子供じゃな。」
ぼたんが見えなくなるまで、見届けると、幻海は寺の中へと入って行った。
ん?
人の気配を察知し、幻海はゆっくりと本堂の戸を開けた。
中に一人の青年。
大きな仏像を見上げたまま、動こうとしない。
「なんだい、来てたのかい。」
「なんで人間は、仏像と言う偶像を拝むのでしょうかね。」
「人間は弱い。その弱い心を、偶像でもなんでも心の拠り所にしていないと、生きては
いけない生き物なのさ。」
「ふーん。」
心の拠り所・・・か。
それは人間も霊界人も同じなんだろうが・・・。
俺は、ありもしない偶像を、心の拠り所にすることなんて出来ないな。
あまりにもモロ過ぎる。
だが、人間のように常に心が様々に変わる状態では、心の拠り所を「他人」にする事は
難しいのかもしれない。
目に見えないモノにすがるなら、偶像でも目に見えているモノにすがってしまうのだろうな。
だがこの偶像ですら、人間の手で作られているモノ。
所詮は「訳の分からない他人」を拠り所にしてる事と代わりないのに。
俺は、それは気持ちが悪い。
ちゃんと自分の目で見て、確かめて、この人だと思える・・・そんな人に俺は出会って
いるから、こんな意見になるのだろうか?
どんな時でも真っ先に思い浮かぶのは、彼女の顔。
どこまで溺れてるのかな、俺は。
自分の心に苦笑するかのように髪をかき上げた。
どことなく昔よりは、優しい表情をするようになった葵。
幻海は葵の纏う、茨のような霊気から、棘がとれた霊気に、少なからず安心した。
そして青い髪を、無造作にかき上げるその仕草。
ふと赤い髪の男を重なった。
幻海はぼたんが持ってきたお酒を、仏像の前へと置いた。
「あれ、ぼたん来てたの?」
「・・・後を追って来たのは、お前だろう。」
「ははは。バレてました?」
全然悪びれた様子もなく、ただ仏像を眺めている。
「霊界の特防隊のお役人が、何の用でここにきた。」
葵は幻海の前に右手を開いて突き出した。
そして、一人づつ名前を読むようにして、指を折り曲げていった。
「浦飯幽助。桑原和真。南野秀一。飛影。そしてぼたん。随分異色な霊界探偵でしたね。」
「葵、何を考えているのかは知らないが、人それぞれに抱えてる事情がある。その重み
は、本人でしかわからないものだ。」
「老人のうわごとは、何が言いたいのか、わかりません。」
葵は仏像に背を向けた。
トントンと戸にむかって歩き出す葵。
「葵師匠。」
幻海の静かな声に、葵はピッタリと足を止めた。
「私は自分の目を、信じてる。後悔していない。」
「・・・ふーん。」
「だから幽助に霊光玉を渡した。間違った選択とは思っておらん。奴が何であれ。」
沈黙が流れた。
木々のざわめきがやけに大きく響いてるような感覚になる。
さぁーと風が通る音。
普通にしていれば、のどかな昼下がり。
目の前をふよふよと、頼りなさそうに蛾が舞っていく。
そんな蛾を横目で見つめた葵。
「害虫は、どんなに綺麗な姿をしていても・・・」
ドスッ!
と大きな音と共に、道場の壁に突き刺さる日本刀。
その切っ先には、先程目の前を飛んでいた一匹の蛾。
「害虫でしかないんですよ。」
「蔵馬の事を言っているのか?」
蔵馬と言う名前に、あからさまな反応をしめした葵。
一気に霊力が上がる。
その霊圧のすごさに、道場全体に霊風が巻き起こった。
嵐のような風に、幻海は腕で顔を覆うようにして、葵の事を見ていた。
「盗賊は所詮、死ぬまで盗賊。一度でも犯罪を犯せば、犯罪者…あんな獣に、ぼたんを
渡すワケにはいかない。」
「だが、あの二人は本気で互いの事を・・・。」
「本気?ふっふっふ・・・はーっはっはっっはは!!!」
突然、葵が大笑いした。
幻海はそんな葵の態度に、さすがに快く思えなくなっていた。
眉間に皺がよる。
「師匠、何が不満だい。」
「言ったでしょ?罪人は所詮、死ぬまで罪人。その咎は決してなくならない。俺が多くの
妖怪を葬って来たのと同じように、その事実は消えない。妖狐蔵馬の本当の目的はぼたん
じゃないと、何故誰も気付かない?奴の人間と言う、化けの皮を見抜けない?」
「?」
「あいつが欲しているのは、彼女の心じゃない。彼女に宿った・・・ココ。」
トントンと人間で言う所の己の心臓を叩く。
妖怪も霊界人にも「心臓」は存在しない。
あるのは心臓に匹敵する「核」とよばれるコア。
その中に、霊気なり妖気が凝縮されている。
それを取り込めば、まるまる妖気なり霊気が手にはいる。
ヘタをすれば、階級を上げれる程に。
逆を言えば、核に喰われる場合もあるのだが。
「気を手っ取り早く、高め方法は二つある。一つは、絶対的な死を感じさせる事。動物っ
て言うのは本能で、子孫繁栄を考えるからね。特に女の子は、死の寸前が一番アソコがし
まる。もちろん、霊力も半端なく跳ね上がる。生きたいと言う意志。そして死の寸前の
現実逃避の一環として頭は快楽に繋げてしまうからね。そしてもう一つは、体を繋げて快
楽を与え続ける事。もちろん、効率的でもあるけどね。女の核を自分の妖気で少しづつ自
分に馴染むように何回も快楽を与え続けるのだから。浸食していくと言うのかな?
ウィルスみたいで気持ち悪いですけど。まぁ、自分に惚れさせてしまえば、一石二
鳥。強姦しなくても、相手から望んでくれるのだからね。」
「蔵馬はそんな男ではない。」
「随分と奴の肩を持ちますね。奴のどれだけを知ってるの?」
それに答える事が出来ない。
知ってると言う程のものではない。
だが、暗黒武術界の時も、コエンマの霊界の印を無くした時も、八雲が復活した時も
蔵馬の意志は、そんな影のある心ではない。
とくにぼたんに関しては、純粋に欲しているだけだ。
霊界とか人間界とか魔界とか、そんな次元を気にする事もなく、ただ純粋に恋し、
互いに恋を求めてる。
何がそこまで気にくわないのだろうか。
「師匠、蔵馬が嫌いなのかい?」
「嫌い?はははは、まさか。」
壁から日本刀を引き抜くと、パラパラと儚く蛾の死骸が床に散らばった。
それを視界の端に納めながら、日本刀を見つめた。
「嫌いなわけないよ。彼は、僕だから。」
「どういう・・・」
「それと、僕は弟子をとった覚えはないよ。」
クスリと妖艶な笑みを浮かべる。
その表情が蔵馬と重なる。
フワリ・・・と体を浮かび上がらせると、瞬時に消えてしまった。
多大な葵の霊圧だけを残して。
「葵・・・あんたは、一体・・・。」
残骸と化した蛾。
視線に落としながら、小さく幻海は呟いた。
ふと、飛影の気配も消えているのに気付き、幻海はやれやれ・・・と大きなため息をついた。
「嵐にならなきゃいいがねぇ。」
願望を口にしながら、幻海は本堂を後にした。