WILL…
第11話
『 蔵馬・・・。』
ピク・・・。
ふと、ぼたんの声が聞こえたような気がして、見つめていた教科書からふと視線をあげた。
空は快晴。
雲一つない寒空。
だが、胸の鼓動が異様に早い。
ぼたんに何かあったんだろうか?
胸のポケットの中に忍ばせている、携帯を手にとった。
特に変わった様子はない。
気のせい・・・かな。
幻聴まで聞こえるなんて、自分がどれほどまでに「ぼたん」と言う女性に囚われているの
か昔の仲間が見れば滑稽に映るだろう。
その時の声なき声を、幻聴と片付けなければよかったと・・・
後悔する時が来るなんて、今この時では考えもしなかった。
****************************************
午後20時
どこにでもありそうな一軒の民家。
だが、その民家から出ている禍々しい程の霊気は、周りの全てを飲み込もうとしてるかの
ようだった。
体に悪寒が走った。
息苦しいほどの、狂気と言う霊気。
これが、荒魂になってしまったものの成れの果て。
元々は一人の人間だったのが・・・時を重ねる毎に集合体となり、荒魂となっていく。
今回の自縛霊も、例外ない。
だが、その狂気があまりにも強すぎる。
ぼたんの顔から、タラリ・・・と冷や汗が流れた。
櫂に乗っているぼたんの隣に、ふわりと身を浮かす葵。
心配そうに葵の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?ぼたん。」
「だ・・・大丈夫さね。」
だが、ぼたんの表情は明らかに無理をして笑って、顔が引きつっている。
そんなぼたんの頭に葵はポンと軽く手を乗せた。
「俺が守るから。」
自分の部隊の隊士を集めようと、ぼたんから離れようとした時だった。
クイっと袖を引かれて、葵は足を止めた。
何かと見れば、ぼたんの強い瞳があった。
「やだよ。私は守られるだけなんて、性に合わないからね。私も葵を守る。」
「・・・。」
ぼたんの言葉に、数回瞬きをした。
隊士の中に、女性もいる。
だが、女性ゆえに守られて当然と思ってる節がある。
そんな女性隊士と一緒にした事がないが、まさかそんな言葉が出てくるとは思っていなかった。
昔ながらのぼたんと寸分変わらない。
どんなに体は成長しても、変わらないモノもある。
それが、ぼたんで良かった。
ニッコリと笑みを作ると、ぼたんを覗きこむように背丸めた。
「んじゃ、俺の後ろは頼むね。」
「了解!」
ぼたんの嬉しそうな表情が、葵の心を軽くする。
葵は、少しだけ前に出ると手を大きく横に開いた。
それが合図かのように、周りにた隊士たちの姿が消えた。
おそらく作戦通りに、配置についたのだろう。
全員が散会したのを見届けると、葵はぼたんの手を引いた。
「櫂なんて乗る必要ないくせに。」
「え、ちょっとっっ!!!」
クイと引けば、ぼたんは葵の腕にしがみつくように空に浮かんでいた。
意地悪い葵の表情に、ぼたんは睨み上げた。
「もう、何十年もやってないんだから、出来るわけないだろ!?」
「でも、出来てるし。」
そう言われて、恐る恐る下を見れば、櫂が落下していく。
まさかこのまま、葵にしがみついてるわけにもいかない。
ぼたんは、静かに深呼吸すると、足元に霊気を集中させていく。
自分の足元に、霊気の塊を作るようにイメージすると、ゆっくりと葵から手を離した。
そんなぼたんを見て、満足そうに笑う葵の姿。
「ほら、出来たじゃない。」
「・・・余裕なっ」
ドーン・・・
余裕がないと伝えようとした途端、大きな爆発音が鳴り響いた。
その直後に、突風が吹き荒れる。
とうとう作戦が始まったのだ。
先発隊が、突入したのだろう。
先程までニコニコとした葵の表情は一点。
全ての情を切ったかのように、冷たい表情へと変わった。
こんな葵の顔を見た事がない。
ぼたんは、呆然と葵のことを見つめていた。
「来るっ!」
小さく警戒したような葵の声と同時に、民家の屋根が吹き飛んだ。
そこに現れたのは、大きな妖怪。
すでに人型はなく、妖怪と言うよりも魔物と言ったほうが正しいだろう。
そんな様子に驚いたぼたんとは逆に、葵は右手のひらを前へと出した。
左手で拳を作り、右の手のひらの真ん中あたりに置いた。
その瞬間。
引っ張り出すように、左手を引くと、右手の手の平からいつも見る日本刀が姿を現した。
いつもと違うのは、光輝いていること。
辺り一体が葵の霊気で、光輝いた。
この莫大な光の量が、葵の隊長としての所以だろう。
ザシュッ。
全てを引く抜くと同時に、現れた雑魚妖怪を一刀両断。
一振りで5匹以上の妖怪が、地へと落下していく。
ぼたんにも雑魚妖怪の攻撃が来た。
なんとかその攻撃をよけたぼたんだったが、自分の手には何の武器もない。
いつもなら、櫂で殴り飛ばしているところだが・・・その櫂も落下してしまっている。
ただ攻撃をよけることしか出来なかった。
「ぼたん!」
葵の声と同時に、投げられる見た覚えのある小太刀。
朱塗りの鞘に収められ、口火のところには封印の印がされていた。
「これ・・・!!」
「使って!!」
容赦なくぼたんへの攻撃は、しかけられる。
ぼたんに迷ってる暇はなかった。
封印の印を破るように、口火を切った。
鞘から抜刀すると同時に切り殺す、駿足抜刀術。
スパァァァン!
妖怪の肉を切ったと同時に甦る、過去の記憶。
遠く忘れていた、その感覚にぼたんを目を見開いた。
頭で考えるよりも先に、体が動いてしまう。
気付けばぼたんは、次から次へと向かってくる妖怪を小太刀でなぎ払っていった。
雑魚な妖怪の攻撃が止んだと同時に、葵とぼたんは近くの屋根へと足場を確保した。
すでに家の外までの大きさになった、黒い物体は、ウネウネとまるで蛸のように、触手を
のばしていく。
隊士たちが、触手を切りおとしてはいるが、切ったさきから、また再生される。
ノロノロしてるように見える隊士に、葵は苛立ちを隠せなかった。
「チッ。無能共が。」
刀についた血を清めると、チラリとぼたんの事を見た。
ぼたんは肩で荒く息をして、目は見開かれたままだった。
ギュっと握り締めた小太刀には、おびただしいほどの妖怪の血。
「ぼたん。」
「!!」
静かにぼたんの名前を呼ぶと、ぼたんはピクリ!と反応を示した。
そのまま呆然と俯くぼたん。
葵はぼたんの持つ小太刀の刃を握りしめて、下へと下げた。
ゆっくりと刃から手を離した。
「ぼたん、まだいける?」
「葵・・・あんた・・・いつも、こんな事してるのかい・・・?」
震える声が、ぼたんのショックさを物語っていた。
葵はいつも通りの笑みを向けた。
その瞬間。
大きな霊気を、見つけた妖怪が触手を伸ばしてきた。
葵はいとも簡単にその触手を、叩き切った。
目の前で触手から溢れるような血飛沫。
「うん。だって殺すのが仕事だからね。」
「葵!あんたっ!!」
ぼたんの瞳に葵が写し出された瞬間。
今までとは比べ物にならないほどの大きな触手が、襲い掛かってきた。
咄嗟にその場から飛び上がった葵だったが、ぼたんはその場で固まったままだった。
「ぼたんッ!!!」
葵が叫ぶと同時に、触手が勢いよくぼたんを叩き伏せる。
ドーンと大きな音をたてて、煙が舞い上がった。
驚きのまま目を見開いた葵。
立ち込める煙が、風で流された。
「ぼたっ・・・・!!」
葵の目の前に信じられない光景が広がっていた。
「なーんだよ、随分と面白れぇ事やってんじゃねぇーかよ、ぼたん!」
「本当だべな!俺っち達も参加希望だべ。」
「人間界であまりハメをハズすなよ、陣。」
触手から少し離れた処に立っていたのは、浦飯幽助。
風使いの陣。
呪氷使いの凍矢。
飛影。
そして・・・
「大丈夫ですか?ぼたん。」
「くら・・・ま・・・?」
ぼたんをお姫様抱きして、攻撃から寸での処で回避したのは、長い赤い髪の青年。
蔵馬だった。
ぼたんをその場におろすと、ぼたんが握り締めている小太刀をゆっくりと抜き取った。
よほどの力を込めて握っていたのだろう。
ぼたんの手は少し変色していた。
「な・・・んで・・・。」
呆然としたぼたんに、蔵馬はぼたんの額に軽く口付けを一つ落とした。
「コエンマに頼まれたんですよ。」
「コエンマ様に?」
「幽助が霊界に行って、コエンマからこの事を聞いたんです。」
そう言いながら、蔵馬の視線は幽助へと向かった。
ぼたんのすぐ脇にいた飛影は、チラリと腰を抜かしているぼたんを見つめた。
「フン。貴様は邪魔だ。死にたいなら別だがな。」
そういいながら差し出したのは、ぼたんがいつも使っている櫂。
ぼたんは櫂に手を伸ばした。
「よっしゃ!久しぶりに霊界探偵の再結成ってか!!」
「俺は霊界探偵じゃない。」
「凍矢、いまさら、んなこと言うんじゃねぇーよ!!」
「んだ!ぼたんちゃんを助けるって言ったら、一番最初に出て行ったのは、どこのどいつだ?」
幽助、陣、凍矢がぼたんの周りへと集結した。
「大丈夫かよ、ぼたん。」
「幽助。」
心配を含んだ視線。
幽助は、返り血を浴びたぼたんを見て、少しだけ驚いた。
そして・・・睨みは妖怪・・・ではなく、葵へと向けられた。
「おい、てめぇ。ぼたんをこんな風にしやがって、覚悟出来てんだろうなぁ!!」
「・・・はぁ。本当に、反吐が出る程、嫌な奴ら。」
葵の向けた氷のような視線。
だが、それは幽助にでなく、蔵馬にのみ注がれていた。
蔵馬もそれに気付いたのか、黙って葵のことを見つめていた。
チャキ。
刀を持ち直す。
その瞬間。
葵は目を見開いた。
蔵馬や幽助たちの前に立ちはだかったのは・・・他でもないぼたんだった。
両手を大きく広げて、みんなを守るように。
「ぼたん・・・。」
「みんなに手出ししたら、葵でも容赦しないよ!」
ぼたんが初めてむけた
葵への
敵意だった。
「・・・ぼたん、間違ってるよ。」
「へ?」
「敵は・・・向こう・・・でしょ?」
刀の切っ先で、黒い妖怪を指す。
確かに、自分達はあれを始末しに来たのだ。
だが、敵意は確実にこちらに向けている。
ぼたんは、警戒を解くことなく、じっと葵のことをにらみつけた。
そんなぼたんの肩にポンと乗せられた手。
ぼたんは手を辿って、蔵馬の顔を見つめた。
「まずは、こちらを倒してからです。貴方は、ここにいてください。」
「邪魔だ。」
蔵馬と飛影が同時に飛び出した。
「薔薇棘鞭っ!!!」
薔薇の鞭で応戦する蔵馬。
刀で目のも止まらぬ早さで、敵を斬る伏せていく飛影。
次々と襲い来る触手を、見事に粉砕していく二人。
その見事な連携プレーに、一同は唖然と見つめてしまった。
「し、しまった!!!先越された!!!行くぞ!陣!凍矢!!」
「了解だぁ!!」
蔵馬と飛影の作った、道を幽助達もあわてて追いかける。
ぼたんは、そんな意気揚々とした幽助達を少し呆れたように、見つめてから・・・
ゆっくりと葵へと向き直った。
「葵。あんた、何考えてるんだい?」
「・・・さて、飛び入り参加が来て、計画がずれちゃったなぁ。どうしよう?」
うーん・・・と腕を組みながら、悠々に戦っている人々を見つめる葵。
ふざけてるとしか思えないその行動。
ぼたんは、葵の隣へと飛び出した。
「葵!答えておくれよ!」
「・・・何を?」
チラリと流し目で見つめた葵の視線。
その視線で、金縛りに遭ったかのように、ぼたんは体が動く事ができなかった。
指一本動かす事が出来ない。
むろん、息も最低限しか出来ないような状況。
「あ・・・おい・・・?」
「どうして・・・。」
葵は、ぼたんを抱きしめた。
「!!」
ぼたんの肩口に顔を埋める。
ぼたんの優しい匂いがする。
葵は体の全てにぼたんの匂いが行き渡るように、深呼吸をした。
温かい。
ぼたんは、本当に温かい。
ゆっくりと体を離すと、返り血がしたたっているぼたんの前髪を掻き上げた。
「俺は、約束の為に生きてきたのに・・・酷いよね、ぼたんは。」
「葵?」
愛おしむように、頬を優しく撫でる。
その手つきは、妖怪を容易く殺せるような・・・そんな残忍な手とは思えない。
昔のままの葵の手つき。
「蔵馬は、辞めておいた方がいい。」
「え。」
「蔵馬は・・・妖狐蔵馬は、君を見てるんじゃない。君の霊気に惹かれてるだけだ。」
うそ・・・。
ぼたんは大きく目を見開いた。
「君は、妖狐蔵馬の何を知ってるの?彼が、魔界にいた頃…どれだけの女を喰って来たか
知らないわけじゃないだろう?」
「うそ!!うそだろ!?」
「嘘じゃないよ。魔界に行って確かめて来た。前にも言ったよね?俺はぼたんには嘘をつ
いた事はないって。元々、狐は人の生気を吸ってそれを糧とする。霊気の高いぼたんなら、
格好な『餌』としか考えてないんだよ。」
餌。
確かに昔の妖狐蔵馬は、極悪非道。
残忍で、冷徹。
美しすぎるその美貌が、余計に怖さを増している。
それは幽助と霊界探偵をやって、初めての敵が・・・彼だったから。
霊界書庫で調べた事。
霊界から大事な宝を盗める程の実力の持ち主。
自分が生き残る為に、一人の「秀一」と言う魂を弾いてまで、取り憑いた。
そんな事はわかってる。
ぼたんは首を左右に振った。
「葵、それは昔の蔵馬の話だろ?私はそんな過去を背負ってる、今の蔵馬が好きなんだよ。」
「なんで・・・なんで、判らないんだ!!!ぼたん!!
君は、利用されてるだけなんだよ!?
妖狐の肉体に戻る為に、
ただ君から直接霊気を奪いたいだけなんだよ!!!
奴に愛情なんてものは
存在しないんだ!!」
ぼたんの表情を見て、葵は我に返った。
優しい、嬉しそうな表情なぼたん。
地母神のような、その慈しみのある微笑み。
ぼたんは自分の手を胸の前に合わせた。
「葵が言ってる事が本当だったとしても、別に構やしないさ。私は、今まで沢山蔵馬に
助けてもらってるからねぇ。その恩返しが出来るんだったら、私の霊気を上げるくらい
どうって事ないさ。だって、私が死んでも、私の霊気は蔵馬の中で生き続ける。本当に一
つに慣れたことになるからね。」
「どうして…どうして…奴なんだ・・・?」
「え?」
ガシッ!とぼたんの両肩を勢いよく掴んだ。
どうして・・・わざわざ奴を選んだ?
どうして・・・奴なんだ?
どうして・・・どうして・・・
本来なら、妖狐蔵馬の立場にいたのは、俺だったはず。
妖狐・・・蔵馬・・・!!!
これ以上、何も俺から奪わせてなるもんか。
葵の怒りを露わにした表情。
今にも泣き出しそうなその表情に、ぼたんは驚くばかりだった。
「葵?」
「許さない・・・
絶対に、
許さない。
アイツに
殺されるくらいなら・・・」
葵は片手を外した。
いつの間にか手に持っていたのは、日本刀。
切っ先をぼたんの首へと突きつけた。
「先に俺がぼたんを殺す。」
「!!」