WILL… 



第12話


許さない…
葵・・・?」








絶対に許さない。













アイツに殺されるくらいなら・・・









先に俺がぼたんを殺す。

!!




確実な殺意が、ぼたんへと降り注ぐ。
妖怪にしか見せた事のない、葵の純粋な殺意。
ぼたんの胸を押しつぶすような、そんな感覚を覚えた。
殺すと言っているのに、今にも泣き出しそうな葵。
葵に一体何があったのか。
自分と離れていた間に、一体・・・。
自分はそれを知らなければいけない気がする。

「あお・・・」

ぼたんが口を開いた時だった。
二人の後ろから一人の隊士が姿を現した。

「隊長。突破口が開けました。」

隊士の一人が、ぼたんの入れる隙を作る為の工作をしていた。
それが実ったと報告に来たのだ。
異様な程の二人の雰囲気に、隊士はどうしたものかとぼたんと葵の顔を交互に見た。
葵はゆっくりと刀を下ろすと、いつも通りの笑みを浮かべた。

「ごめんね、ぼたん。今はそんな事話してる場合じゃなかったね。」
「葵・・・あんた・・・。」
「隙は一瞬。早く中の女の子を連れて行くんだよ?」

その豹変振りに、ぼたんはただ唖然と葵を見つめることしか出来なかった。
初めて自分の前で見せた、葵の強い感情。
葵は、チラリと隊士のへと視線を送った。

「まだ、何か?」
「その…民間人が…暴れすぎてまして…計画が…。」
「そんなの臨機応変に対応して下さい。あの妖怪の抹殺と少女の救出が任務。その結果
以外は受け付けないだけです。」
「りょ、了解しました!!」

最後の言葉で、睨みを聞かせた葵。
それを肌で感じ取った隊士は、慌ててその場から姿を消した。
葵はぼたんへと手を差し伸べた。

「ぼたん、行こうか。」
「う・・・うん。」

ゆっくりと伸ばされたぼたんの手。
葵はその手をギュっと握りしめると、先程までの表情とは一転して、にこやかな笑みを
浮かべた。

「絶対に離したら駄目だからね。ぼたん。」
「・・・。」


****************************************



隊士が言った通り、表で幽助達がハデに動いてくれてる為に、下の方に隙が生じていた。
葵とぼたんは、民家の二階から中への潜入に成功した。
だが、中に入れば・・・外から見たのと違う異空間のようになっていた。
左右を見つめても、気持ち悪い壁が続く廊下があるだけ。
曲がり角もない。
ただまっすぐに続く道。
葵はポケットから小さな機械を取り出した。
電源をつければ、一つのポイントを指し示す。

「こっちだね。」
「それは、なんだい?」
「霊気探知機。ぼたんの持ってる七つ道具よりも遙かに優れモノだけどね。」

霊界七つ道具。
それは幽助達を助ける為にと、コエンマ様から頂戴したもの。
何故、それを葵が知っているのか。
そんな疑問を読み取ったのか、葵はニッコリと笑みを浮かべた。

「あれ開発したの、ウチの部隊の奴だったからね。」

まさか、ぼたんを守る為に作ったとは言えない。
自分が側に入れない分、少しでもぼたんの役に立てればと開発を推し進めたものだった。
だからぼたんに使いやすいようにセッティングしていた。
あの道具自体が、ぼたんを中心に作られたものだった。
そんな事を知らないぼたんは、ただただ関心したように、葵を見つめた。

「そうなのかい・・・イタコ笛とかイタコシールとか、お世話になったよ。」
「あのシールは失敗作だったみたいだけどね。」

本人以外、外す事も付ける事も出来ないはずだったのに・・・
いとも簡単に、偽物に付けられてしまった。
その事を言っているのだろう。

「でも、霊気計とかも・・・」
「探したい相手の爪とか髪とか、持ってるわけないからね。あれも失敗作だったね。」

以前の蔵馬との会話を思い出して、ぼたんは吹き出してしまった。
あの時は、まだ恋人同士になっていない時期。
お互いに気持ちは、なんとなく察していたけど・・・なかなか一歩を踏み出せずにいた
そんな淡い時期だ。
ぼたんを自然と足を止めた。

「葵。」
「ん?」

ぼたんが止まった事で、葵も自然と歩くのを止めて、顔だけぼたんの方へと振り向いた。

「私は、蔵馬が好きなんだ。だからっ…!!」

ぼたんの言葉を最後まで聞く前に葵は歩き出した。
そんな葵らしからぬ行動にぼたんは慌てて、葵の事を呼び止めた。

「葵!・・・お願いだから、聞いておくれよ。」

弱く細いぼたんの声。
こんな不安な声を出させてるのは、自分。
別にぼたんを怖がらせたいわけじゃない。
ただ、ぼたんを何者からでも守りたい、側にいたい、それだけなのに。
でも、思いと行動は相反してしまう。
そんな自分が、何故か笑えてきた。
ぼたんを見ることは出来ない。
だが・・・。
俺はぼたんの言葉を待つことにした。

「親友であるあんたに、反対されるのは…つらい。」

はぁ。
心の中で、大きくため息をこぼした。
ぼたんの純粋な所は大好きだ。
だが、今は恨めしくも思う。

「親友・・・ね。」

自然と考えていた事が、言葉としてこぼれ落ちていた。

「親友じゃないか!葵が一番、私の事わかってくれてるんだから。」

ぼたんの一言に、葵はキョトンとした表情になり、ゆっくりとぼたんの方へと視線を向けた。
自分を一番判ってるのは、恋人だと・・・普通なら言うだろう。
だが、ぼたんは俺が一番だと言って来た。




ああ、やっぱりぼたんには叶わないな。





葵は、自嘲気味に笑みを浮かべた。

「なんだい、その顔。人がせっかく恥ずかしいの我慢して言ってるって言うのにさ!」
「あははは。ごめん、ごめん。あまりにもぼたんが可愛くて、つい…ね。」
「人が真面目に話してるのに、からかわないでおくれよ。」
「からかってなんていないよ。だって、ぼたんはかわいいんだもの。俺の一番大切な女の子だからね。」
「私だって、葵が一番大切な男の子だよ!?」

男の「 子 」・・・ね。
本当はわかってた。
妖狐蔵馬の事だけを思い、妖狐蔵馬の事を考えただけで、あれだけの幸せそうな表情
を出せるぼたん。
自分が死ぬと分かっていても、妖狐蔵馬と共にいることを望んでしまうぼたんの愛情。
自分の入り込む余地はないって、先程、嫌と言う程わかっていた。
でも・・・
認められない自分が存在する。
長い長い年月、それこそ妖狐蔵馬とぼたんが出会う前から、彼女を想ってきた気が遠く
なるような年月。
そう簡単にあきらめが付けられるわけがない。
葵は、何も言わずに思考の海に飲み込まれかけていた。

「さっきの小太刀は、三平の・・・だろう?」

何かに感づいている、ぼたんの震える声。
俺は静かに頷いた。
三平・・・
ぼたん達と一緒に特防隊を目指した幼馴染みだ。
幼馴染みは、三平の他にあと二人いる。
この三人と俺とぼたん。
いつも五人でつるんでいた。
いつまでも離れない・・・そう信じていた・・・唯一「仲間」と思える「友」だった。





「うん。
死んだよ♪







微笑んだままの表情で、俺は答えた。
視線だけ向けていた俺は、体ごとぼたんへと向き、一歩…また一歩とぼたんへと近づいた。

「三平だけじゃないよ。洋司も春日も死んだよ。生き残ったのは…。」

自分の胸を親指で軽く押した。






俺と。






そして、そのまま人差し指をぼたんへと向けて、のど元へと軽く押し当てた。







ぼたんだけ。
「!!」






ぼたんの目は大きく見開かれた。
俺は懐へと手を差し入れた。
取り出したのは、小さな袋。
その袋を、優しく指で撫でてから、ぼたんへと手渡した。

「コレは・・・?」
「皆だよ。」

葵に言われるままに袋を開けた。
ぼたんは葵の事をゆっくりと見上げた。
信じられない物でも見るかのように…ひどく驚いた顔で。
だが、葵は苦笑しながら恥ずかしそうに、頭をかいてるだけだった。
先程とは違う、緊張感が全身を覆う。
ぼたんはのどが張り付いたような感覚になりながらも、なんとか言葉を紡いだ。

「なんで…なんで、霊界人の遺髪が存在するんだい?」
「たしかにね。俺達霊界人は死んでしまえば、何も残らない。」

葵の言葉には、感情がこもっていない。
ただ事実を事実として述べてるだけ。
ぼたんの片方の瞳から、涙がこぼれ落ちた。

「だから、死んだ直後に髪を切って、隠したんだよ。存在理由は簡単。常に俺の霊気を流
し続けてるだけ。」

葵の霊気で、かろうじてこの世につなぎ止められている、彼らの生きていた証。
ギュっとぼたんは胸の前でその袋を抱きしめた。




みんな・・・




みんな・・・。





ポロポロとぼたんの瞳から涙が零れ落ちた。

「ぼたん。あいつら、最後まで笑ってたよ。ぼたんとの約束だからって。」

葵の言葉にはじけたようにぼたんは顔を上げた。
その理由が、すぐに自分の脳裏によぎったから。
まさか・・・まさか・・・
否定した自分がいる。
だが、葵の言葉は容赦なかった。

「うん。死ぬ瞬間まで笑って逝ったよ。みんな約束を守って逝ったよ。」
「そんな・・・。」

いつでも笑顔でいよう。
必ず良いことがあるから。
小さい時に、みんなで指切りして約束した。
そして・・・もう一つ。




いつまでも、ずーっとずーっと、一緒。





小さい時のあどけない約束。
そして、残酷な約束。
ぼたんはその事実に、腰から力が抜け落ち・・・その場に座り込んでしまった。




そんな・・・こんな意味で言ったのではないと言うのに・・・。




皆が死んだ悲しみも、ただ一人生き残った葵が、「約束」と言う縛りに今まで苦しめ
られてきたと言うのに・・・。
自分はどうだろうか?
のほほんと、蔵馬と相思相愛になって。
間抜けな程に平穏な日々を送っていたその事実に、「罪」と言う言葉が頭に思い浮かんだ。
どんなに謝っても、取り返しはきかない。
でも、今思い浮かぶ言葉は「ごめんなさい」と言う謝罪しかない。

「ふっ・・・うくっ・・・。」

ぼたんの泣き声だけが廊下に響き渡った。
そんなぼたんを見下ろしながら、葵は遠い昔を懐かしむような眼差しを向けた。
まるでぼたんの周りに、かつての仲間がいるかのように。

「みんなさ、ぼたんが平穏な時間を過ごしているのを、何よりの幸福だと思っていたよ。」
「え。」

ぼたんを泣かせるのは本意ではない。
葵は、ぼたんの前に膝をつき、視線を合わせた。
手袋を外すと、ぼたんの目元にたまった涙を指で拭った。

「君が幸せなら、俺達も幸せだった。」
「でも!!葵は一人でこの悲しみを・・・ずっと抱き続けて来たんだろう!?なのに、私
ときたら・・・そんな事も・・・知らずに・・・!!!」

半ば叫ぶようにぼたんは言葉を紡いだ。
葵は自然にぼたんの頭を抱きしめた。
ポンポン…と昔ぼたんにやったように、安心させるように振動を与える。

「一人じゃなかったよ。」
「!!」
「皆がいたし。」

そう言いながら、葵はぼたんを手放した。
そしてぼたんの胸元から、遺髪の袋を取ると、立ち上がり懐へと納めた。






一人じゃなかった・・・なんて言う言葉を言う人があんな表情するだろうか?








だが、実質上は、一人だ。
ぼたんの口から、幾度となく繰り返し「ごめん」と言う言葉が零れ落ちた。
そんなぼたんを、葵は冷めたような目つきで、見つめ返した。
何の感情もわかないような・・・そんな視線で。

「(ボソ)
謝っても仕方ないのに。
「葵?」

あまりに小さな声で葵の言葉が聞き取れずに、ぼたんは不思議そうに見上げた。
先程までの表情から一転。
いつも通りの優しい笑みを浮かべた葵は、ポンとぼたんの頭に手を乗せた。

「ううん、なんでもない。今はそんな事を話してる場合じゃないし。さっさと、任務終わ
らせよう?幻海師範の所でパーティ、するんだろう?」
「なんで、その事。」
「さーて、何故でしょう?」

クスリと笑みを浮かべると、葵はぼたんを立たせて手を引いて再び歩き出した。
まるでデートをしているかのような、それは軽い足取りで。

ぼたんは、そんな葵の後ろ姿をただ見つめる事しかできなかった。




でも・・・



ぼたんの心の中は、葵に対する恐怖が確実に芽生えていた。


懐に入れてある、唯一蔵馬との繋がりへ、自然と手が伸びた。






蔵馬・・・。







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