WILL…
第13話
「!」
「どうした?蔵馬。」
今、確かにぼたんの声が・・・。
「いえ、なんでもありません。」
「なんでもねぇわけないっぺ。」
四方で戦っていた仲間達が、気がつけば蔵馬の周りに集結していた。
その出来事に少なからず、蔵馬は心の奥底で驚いていた。
随分と変わったものだ・・・と。
魔界の中でも、陣達は闇として恐れられていたと言うのに・・・
それから解放された今はどうだろう・・・こんなにも自由に戦っている。
自由・・・。
自由に・・・か。
「おい、本当にどうしちまったんだよ、蔵馬。」
「・・・。」
チラリと蔵馬の事を見て、下層のほうにいる二人の霊界人を見つめる飛影。
飛影は蔵馬の前にグサッと剣を立てた。
「どう言うつもりですか、飛影。」
「フン。・・・悩んでる暇があるなら、さっさと行け。邪魔だ。」
「飛影。」
それだけいい残すと、飛影はまた戦いへと戻って行った。
意味が分からない幽助は、飛影を呼び止めたが、飛影は耳を貸さない。
「わけわかんねぇ。」と蔵馬を再度見れば、凍矢までもが、蔵馬の事を見上げていた。
「蔵馬。戦場での迷いは禁物だ。あの女(ひと)が気になるのなら、行くべきだ。」
「凍矢の言う通りだっぺよ。それにどーもあの、男からは腐った匂いしかしないのが、
気になるだべなぁ。」
腐った?
俺が陣へと視線をむけると、陣は鼻を何回かこすってクンクンとあたりの匂いを嗅いだ。
そして、一つづつ指で確認していく。
「これは、あのバカでけぇ奴の・・・これは、幽助の・・・これは特防隊の・・・んで
これはぼたんちゃん。」
陣がぼたんをちゃん付けで呼んだ瞬間に、蔵馬の眉が微かにあがった。
そんな空気に気付かない陣ではない。
冷や汗を垂らしながらも、次々に匂いをかぎ分けて行く。
「これが、あの葵って野郎・・・やっぱり・・・あいつ腐ってる匂いがしてるべ。」
「陣・・・あまり体臭に関しては、言うべきではない。」
凍矢の至極真面目な意見に、陣は思いっきりそのばでズッコケた。
必死で凍矢に言い訳を並べたてた。
「違うってばよ!!体臭なんて、酎ので慣れってけど、あいつのは違うんだべよ!!
なんつーか・・・」
「死体。」
静かに紡いだ言葉は、蔵馬だった。
ジッと入り口を見つめ、ゆっくりと陣達へと視線を向けた。
それは悲しそうな表情で。
「ですよね?」
「あ・・・ああ。」
「・・・やはり、そうですか。すみませんが、この場を頼んで良いですか?」
蔵馬の言葉に、珍しく凍矢が口元を上げた。
「その為に俺達がいる。」
「ありがとうございます。」
そんな会話に追いつけない幽助が一人。
事の流れの速さに、口を開けてポカーンとしか出来なかった。
そんな幽助に、蔵馬はにこりと笑みを作った。
「後でね。」
片目をつぶると同時に、その場から姿を消した蔵馬。
幽助はしばらく蔵馬の妖艶な笑みにぼーっとした。
「おい、幽助、大丈夫だか?蔵馬の妖気にあてられたか?」
「あれは女にだけに効くものじゃないのか?」
真剣に不思議がる凍矢。
陣が幽助の顔の前に手を何度かブラブラさせると、幽助の焦点がやっとあった。
「あっおい、蔵馬!!!・・・ったく、なんなんだよ、一体!意味がわからねぇ。」
「後で説明すると言ってるんだ。今は、目の前の妖怪を倒す事が先決だろうな。」
「はぁぁぁぁ・・・なんなんだよ。」
ガックリと肩を落としながら、妖怪の方へ行こうとした陣と幽助。
だが、凍矢一人が顎に手を添えて考え事をしていた。
それに気付いた陣が、足を止めて振り返った。
「どうしただぁ〜?凍矢。」
「あの妖怪。本当に倒してしまって良いのだろうか?」
「はぁ?」
「本当に倒すのであれば。特防隊の奴らが、あんなにチマチマした行動とらないはず。
中に入った二人と関係があるんじゃないのか?」
それは生かさず殺さずって事ですか?
全員がそんな器用なマネできるかよ・・・と言う視線を凍矢に向けた。
凍矢ですら、俺に言われても・・・と軽く肩を竦めてみせた。
「ともかく、蔵馬達が戻るまでは、止めは指さずにいた方が良いのかもしれない。
特防隊の動きにも注意していよう。」
「んだな。」
それが決まりとでも言うように、幽助達はちりじりになった。
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見張りの二人が突然に欠伸をしだした。
そっれから、数秒後には互いの体を支え合うように、眠りについた。
蔵馬は陰から、そっと出て来た。
手の中から眠りを誘発する植物の種を粉末にしたものをばらまいていた。
二人が眠りにつくのを確認するとゆっくりと近づいた。
「すみません。」
一応謝罪だけを口にすると、蔵馬は二人の脇から中へと進入した。
その直後に、なんとも言えぬ異臭に、一瞬鼻を覆ってしまった。
右も左も似たような路がまっすぐに続く。
だが、蔵馬は迷うことなく歩き出した。
ただひたすらにぼたんの霊気を頼りに・・・。
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「ん?」
ぼたんの前を歩いていた葵は、ふと足を止めて後ろを振り返った。
葵のそんな行動にぼたんも歩いていた足を止めて葵の事を振り返った。
「どうしたんだい?葵。」
「・・・ううん、なんでもない。」
にっこりと笑みを向ける葵。
ぼたんは葵が見つめていた方向へとチラリと視線を向けた。
その瞬間。
葵がふわりと霊気の膜をぼたんと自分へと纏わせた。
シャボン玉のような、霊気。
ぼたんは、プニュプニュっとその霊気の膜を指でつついてみた。
「すごいねぇ、どうやって作るんだい?」
「霊剣とか作るのと同じやり方だよ。霊気をこうやって物質化して、あとは薄い膜のよ
うに伸ばして・・・ほら完成。」
小さな霊気の膜。
ぼたんは驚いたように歓声を上げた。
「うわぁ!すごんだねぇ!葵。こんな事まで出来ちまうのかい!?」
「まぁね。霊気を封鎖させるには、丁度良いんだよ。」
霊気を封鎖?
ぼたんは不思議そうに葵を見上げた。
すると葵は手に持つ探知機をぼたんへと見せた。
「もう少しで目標の地点だから、本体に感づかれても面倒だしね。」
「そうだねぇ。ありがとうよ、葵。」
「どーいたしまして。」
ぼたんが再び足を動かすと、葵は一瞬だけ後ろへと視線を向けた。
「葵、3つに路が別れてるけど、どっちだい?」
フッ・・・と笑みを浮かべると、ぼたんを追って歩き出した。
「ああ、それはね・・・。」
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「!?」
ぼたんの霊気が消えた。
いや、消えたと言うよりも・・・隠された?
蔵馬は自然と駆け足になっていた。
なんとかぼたんの微かに残る、通った後を証明する霊気をさぐる。
だが、ある地点まで来てプッツリ・・・となくなってしまった。
全速力で走って、肩で荒く息をする。
周りから聞こえるのは、自分の息づかいのみ。
ここは別空間って事ですよね・・・桑原君を連れてくるべきだったかもしれませんね。
そんな事を思いながらも苦笑する。
さて、問題はここから。
目の前には大きく3つ路が別れている。
おそらく・・・あの葵って男が、ぼたんと自分の霊気を隠したにしれない。
自分が入った段階で、気付いているはずだろうから。
蔵馬はジッと3つの分かれ道を見つめた。
周りの壁を調べ、足下を調べるが、何の形跡もない。
どうする・・・?
蔵馬は静かに目を閉じた。
心を落ち着かせろ。
そう。
これは盗賊妖狐だった時に培ったもの。
迷った時の対処法。
蔵馬は静かに、ゆっくりと息を吸い込み、はき出した。
先程までの胸の鼓動の早さが嘘のように、静まっていく。
自分の息づかい。
鼓動の音。
それだけを感じる。
しばらくそうしていた蔵馬が、ゆっくりと目を開いた。
それと同時、蔵馬の格好は、人間から妖狐蔵馬へと変貌を遂げいた。
ニヤリと、蔵馬らしからぬように口元をゆがめる。
「フン・・・この程度で、俺が迷うわけがない。」
フワリと銀糸の髪が揺れる。
その瞬間、妖狐蔵馬は一番右側の通路を見つめた。
「お前はそこで見ているんだな。」
誰もいないと言うのに
誰かに告げるように妖狐蔵馬は、ニヤリと笑みを浮かべて一言呟いた。
そして、ゆっくりと足を蹴り上げると、右の通路へとその姿を消した。
少し走っただけで、ぼたんと葵の姿を捕らえることが出来た。
だが、すぐに姿を現す事はしなかった。
物陰に隠れて、二人の動向を探る。
葵とぼたんが何も話さずに歩くその姿・・・ぼたんが警戒していると、すぐに分かった。
俺は、少しだけ二人から離れた。
髪の間に隠してある、一つの種を取り出す。
その種をプチン・・・と指先で割ると、フワリ・・・フワリ・・・と胞子が飛びだし
飛来した。
俺はその胞子を視線で追うと、壁に寄りかかった。
静かに目を閉じると、ピクリ・・・と耳が反応を示した。
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「ぼたん、どうかした?」
何気なく振り返ったぼたん。
気のせいだろうか?
蔵馬が自分の事を呼んだような気がしたのだが・・・。
まさか、外で危ない目にあってるんじゃないか・・・。
そんな心配が頭をよぎった。
瞬間的に、体を反転させて入り口に戻ろうと、足を踏み出した。
「ぼたん!」
グイっと手首を強い力で捕まれた。
葵の真剣な表情。
ぼたんは、葵の手を振り払おうとした。
「離しておくれよ!!蔵馬が!蔵馬が!!!」
「え?」
一瞬、葵の手の力が弱まった。
ぼたんはその隙を見逃さずに、葵の手を振り切った。
迷ったようなぼたんの表情。
でも何かを決心するかのように、ぼたんは葵に背を向けた。
「いいの?業務放棄して。これをミスれば、全ての責任はコエンマ様になるよ。」
葵の通る声。
ジッと見透かすように見つめる強い視線。
ぼたんの声は自然と震えた。
「・・・どう言う事なんだい?」
葵は両手を軽くあげてから、腰へと手をあてた。
ぼたんから視線をそらすように横を向くと、ふと天井を見上げた。
「どうもこうも、コエンマ様自らが言った事だよ。もしも、ぼたんが失敗するような事
があれば…特防隊に迷惑を掛けるような事があれば…。」
ゆっくりとぼたんへと視線を向けた。
それは幼馴染みの葵の表情ではなく、特防隊の隊長としての表情。
「全責任は自分が取る・・・ってね。」
コエンマ様・・・。
ぼたんは唇をかみしめた。
どうして・・・どうしてそこまでして、私の事を・・・。
ぼたんはふと、胸元に隠してある蔵馬から貰った携帯へ、着物の上から手を置いた。
幽助達がいる。
大丈夫だよね?蔵馬・・・。
ぼたんは入り口へ向けていた足を、葵の方へと戻した。
【ぼたん・・・。】
「え?」
耳元に聞こえた低い声。
絶対に聞き違うはずもない、妖狐蔵馬の声。
ぼたんはキョロキョロと辺りを見渡した。
【ぼたん、声を出すな。何もなかったように、普通に歩け。】
自然と首を縦に振りそうになって、慌てて動きを止める。
そんなぼたんを物陰からみては、呆れたように自然と口元が緩む。
【お前の周りに、伝書胞子を蒔いた。俺はお前の側にいる。】
ぼたんの目から涙が出そうになった。
ギュっと口元を引き結ぶと、前へと視線を向けた。
【コエンマから話しは聞いた。その隣にいる男は、危険だ。死にたくなければ、気をつけ
る事だな。】
「え?」
「ん?何?ぼたん?」
「ああ・・・な、なんでもないさね!!!」
慌てたように首を横に振るぼたん。
【バカか?貴様。】
なっ!?
バカって言う方が、バカなんだよ!!
【クックック。そう、怒るな。可愛い顔が台無しだぞ?】
なっなっなっ・・・!!!
瞬時に顔を真っ赤にするぼたん。
そんなぼたんの異変に気付いて、葵はぼたんをのぞき見た。
「ぼたん?」
ぼたんは咄嗟にお腹を押さえた。
「き・・・聞こえた・・・?」
【プッ!!】
「へ?」
ぼたんの表情を見て、葵は全てを悟ったように、苦笑をもらした。
ポンとぼたんの頭に手を乗せると、くしゃりと撫でた。
「聞こえてないよ。これが終わったら、食べ物食えるよ。」
「う・・・うん。」
咄嗟に誤魔化すのに思い浮かんだのは、コレ。
ぼたんはかがめていた体を元に戻すと、また歩き出した。
【クックック…。】
耐え切れないという妖狐蔵馬の押さえた笑い。
ぼたんは半目になって、チラリと後ろへと視線を向けた。
その刹那。
ふわりと、銀糸が揺れる。
ぼたんは目を見開いた。
【ククク…後ろを向くな。気付かれる。ただでさえ、奴は神経過敏になってるようだからな。・・・ククク。】
え?葵が神経過敏に?
なんでだろう?
ぼたんはチラリと葵の事を盗み見た。
【お前の小さな声にまで反応する事が、一番の理由だ。】
確かに・・・。
小さなぼたんの声にも反応を示す葵。
それだけで葵の神経が研ぎ澄まされてると言う事。
そこまで何を神経を研ぎ澄ます理由が必要なのか?
ぼたんは自然と葵の袖口に手を伸ばした。
「ぼたん?」
「葵、何かあるのかい?なんでそんなに・・・。」
ぼたんの言葉に、葵はジッとぼたんの目の奥にある隠し事を、見透かすような視線を
向けた。
だが、直後いつも通の笑みを浮かべる。
「好きな子といるんだから、緊張するのは、勘弁してよ。」
「なっ!?」
「あ、あと少しだ。準備はいいかい?」
顔の火照りを直す事もままならず、目的地のすぐ近くまで来たぼたんと葵。
ぼたんは、ぎゅっと顔を引き締めた。
あ。
櫂がない。
武器になるような物もない・・・。
どうしよう・・・。
ぼたんが迷っていると、カラン・・・と何かが落ちた音が聞こえた。
足下にあるのは、三平の小太刀。
なんでここに小太刀が・・・?
そう思った瞬間だった。
葵がぼたんの前へと出て、グィっと自分の背にぼたんを隠した。
葵の強い視線の先・・・
ゆっくりとした足取りの足音。
物陰から姿を現したのは・・・
「・・・
妖狐・・・・
蔵馬・・・!!!!」
憎しみを込めた葵の声。
余裕な笑みを浮かべている妖狐蔵馬。
その場が、殺気に充満されたのは言うまでもない。