WILL…
第14話
「妖狐・・・蔵馬・・・!!!」
「蔵馬!」
ぼたんは、無事な姿の蔵馬を見て、駆け寄ろうとした。
だが、それは葵の手によって阻まれてしまった。
「どうやって侵入したんだか知りませんが、よくここまでたどり着けましたね。」
「・・・。」
葵の質問に答えず、妖狐蔵馬の視線がぼたんにだけ注がれていた。
いや、ぼたん・・・と言うよりも、ぼたんを押さえてる手に視線を集中させていた。
ピリピリと切り裂くような殺気を出してるのは妖狐蔵馬。
こんな殺気を出すのを見るのは、魔界トーナメント以来かもしれない。
ぼたんは、恐ろしいほどに冷たい妖気に身震いした。
「ぼたんから離れろ。」
「お断りします。」
妖狐蔵馬の言葉に対して、即答のような返す葵。
ぼたんを掴む手に、一層力を込めた。
「聞こえなかったのか?その女から離れろと言ってる。」
「ですから、お断りしますと言ってるんです。」
一触即発。
その言葉が一番合う。
その時だった。
本体の妖怪が雄叫びのような咆吼を始めた。
天井からパラパラと破片が落ちる。
このままいては危ない・・・そう判断した葵はぼたんの方へ向き直った。
「もう時間がない、ぼたん。」
「危ないっ!!!」
ぼたんが目を見開いて、葵の事を咄嗟に突き飛ばした。
いつのまにか触手が部屋の中にまで侵入してきていたのだ。
葵を突き飛ばしたはいいが、ぼたんは迫り来る触手から逃れる事が出来ない。
ギュっと目を閉じた。
だが、一向に触手に捕まれる感覚がない。
恐る恐る、目を開けると・・・。
フワリと銀糸の尻尾。
白装束の足。
余裕綽々な表情で蔦植物を上手く操り、触手を寸での所で押さえつけていた。
片手で支える触手。
それだけで妖狐の力を感じる。
「何を惚けてる、霊界人。さっさと斬れ。」
腰を床につけている葵を、下げすさむように見下ろす蔵馬の氷のような視線。
葵は手を光らせて、霊刀を取り出すとそのまま触手を切り落とした。
ぼたんがほっとしたのもつかの間。
そのまま葵は切っ先を妖狐蔵馬へと向けた。
ス・・・と蔵馬の頬に血の筋が付く。
妖狐蔵馬はクィっと指先でその血を拭うと、ペロリと舐めた。
その舐め方があまりに妖しく、ぼたんは顔を赤くして視線をそらしてしまった。
「クックック。」
ぼたんを視界の端に納めていた妖狐蔵馬は面白そうに、無遠慮に笑った。
葵の切っ先など気にしていないように、腰をぬかしているぼたんを起き上がらせる。
「大丈夫か?」なんて優しい言葉はない。
ジロジロとぼたんの事を上から下まで見つめると、ポンと肩に手を置いた。
「あまり無茶をするな。・・・俺を殺す気か。」
「え・・・えっと、すみません。」
何故、自分が無茶をすると妖狐蔵馬を殺す事になるのか、分からないぼたん。
とりあえずその迫力に謝罪の言葉が出てしまった。
「ぼたんから離れて下さい。」
先程とは逆の会話。
妖狐蔵馬は呆れたように肩を諫めてから、ぼたんの背中を葵の方へと押した。
その行為に ぼたんは驚いて妖狐蔵馬の事を見上げた。
切っ先を向けていた葵は、ぼたんが来た事によって刀を下ろさざるおえなかった。
ぼたんを再び背に隠すと、切っ先を上げた。
「ここの妖怪の前に、お前を殺すとしましょうか。」
「・・・。」
黙ったままジッと葵を見据える妖狐蔵馬。
だが、そんな葵を相手にする事はなく、元来た道の方へと歩き出した。
「どこに行くんですか?」
「・・・その女に傷一つでもつけたら、この俺が直々に切り裂いて殺す。」
「?」
怪訝そうに葵が眉を潜めた時だった。
妖狐蔵馬は、手の中に無数の薔薇の花びらを呼び起こした。
「風華円舞陣。」
薔薇の花びらがまるで壁を作るかのように、無数に散らばり始める。
葵が一歩、妖狐に近づこうとした時、妖狐は肩越しに葵の事を睨んだ。
「この花びらの全てが、切り裂く刃だと思え。」
それだけいい残すと、妖狐蔵馬は風華円舞陣の中へと足を進めて行った。
髪の間から、薔薇の種を取り出すと再び妖気を送り、一輪の薔薇を咲かせる。
それを上から下へと振り切った。
「ローズウィップッ!!!!」
棘のついた薔薇の鞭。
無数の触手が妖狐蔵馬目がけて、襲いかかってきた。
それに対応する妖狐蔵馬。
もちろん、ぼたんたちにも襲いかかろうとするのだが、風華円舞陣がそれを阻止する。
葵は全てを悟り、信じられないように妖狐蔵馬を見つめた。
「嘘だ・・・卑しい妖怪が・・・そんな訳がない・・・。」
「葵・・・。」
目を見開き、白装束が少しずつ鮮血に染まり始める。
雑魚妖怪までも出始める。
葵は舌打ちをしながらも、ぼたんを後ろへと押した。
「悔しいですが、今は任務が先です。」
「でも、蔵馬が!!!」
ぼたんの手を引いて先に行こうとした葵だが。
ぼたんの足は動かない。
それ以上に、妖狐蔵馬の事を心配してとどまろうとした。
「ぼたん、彼の好意を無にしないで。」
足下の小太刀を拾い上げると、ぼたんを半ば強制的に引っ張って奥へと進んだ。
「蔵馬っ!!蔵馬ッ!!!!蔵馬ッ!!!!!」
ぼたんの必死の叫び声に、妖狐蔵馬は一瞬だけ、ぼたんへと視線を向けた。
フッ・・・。
それは優しい笑み。
妖狐蔵馬からでは想像出来ない・・・蔵馬の本当の笑み。
ぼたんは目を見開いた。
先に行けと蔵馬が言っている。
ぼたんは決心するように、顔を前へと向けた。
早く任務を終えて、あの場所に戻らなければ。
どんなに妖狐蔵馬が強いと言っても、あれだけの数を相手にするのは、労力を消費する。
それは妖気も同じ事。
ぼたんの目に、力強い炎を宿った。
「葵、その小太刀貸して。」
先程までの、弱そうなぼたんとは打って変わった表情。
特防隊をガムシャラに目指していた、あの頃の強い瞳。
生気が戻ったぼたんの足下にも、力を感じる。
わき出るような霊気に、葵は苦笑をこぼした。
ポンっと小太刀をぼたんへと投げた。
しっかりと小太刀を受け取ったぼたんは、それを握りしめて走り続けた。
途中で出てくる、小さな触手を斬っては、先を急ぐ。
次々と出てくる触手が、本体が近い事を知らせる。
そして・・・
たどり着いたのは、大きな一枚の扉。
葵はその大きな扉を見上げてから、ニッコリとぼたんへ笑みを向けた。
「ちょっと下がってて。」
「わかった。」
ぼたんが葵から離れると、葵はカチン・・・と剣を鞘へと戻した。
そして、左の腰の位置へと鞘を固定した。
ふぅ・・・と一息はくと同時に、体を思い切り反転させ、そのままの勢いで抜刀する。
俊足抜刀術である。
すべての体の反動をつかった抜刀術は、目の前の扉を粉々に粉砕する程の威力を持っていた。
ドオオオオン・・・と大きな音を立てて、扉が崩れ落ちる。
チン・・・と鞘に剣を戻すと、葵は目の前の小さな少女を見つめた。
すでに半分以上、妖怪の体内と同化を始めている。
「お嬢ちゃん!!!」
ぼたんが慌てて駆け寄ろうとした。
「待って、ぼたん。」
先程まで持っていた探知機を取り出した葵は、色々な画面を映し出す。
ボタンを何度も押して、探知機に数値が出た。
ソレをみた葵は、忌々しく舌打ちをこぼした。
「チッ。早過ぎる・・・計算よりも、早く取り込んでる。外にいる奴らの所為かっ・・・くそ!」
それが幽助達を指してるとすぐに気付いたぼたん。
「葵、引きずり出す事は出来ないのかい?」
「出来なくはないが・・・あの少女にも致命傷を与える事になる。」
「そんな!!」
「腰まで同化してる。と言うことは、妖怪の本体を傷つければ、彼女の神経にも繋がって
いるから、彼女が無事だという保証はない。」
どうする・・・。
別に少女を見殺しにするのは、簡単だ。
いつもの自分なら、簡単に遣ってのける・・・。
だが。
チラリと横に立つぼたんを見つめた。
ぼたんが許すはずがない。
途中でしんがりを勤めている妖狐蔵馬の事も気にかかる。
もちろん外にいる部下の体力にも限界がある。
同化を途中で終わらせれば・・・少女の命は確実に助からない。
どうする・・・。
どうする・・・。
ギュっと握りしめる小太刀に目が入り、葵はフッっと口元を上げて俯いた。
「葵?」
「出来れば、やりたくなかったんだけど・・・。ぼたんの力、貸してくれる?」
「いいよ、私に出来る事があるなら。」
すると葵はぼたんの手から小太刀を抜き取り、華奢な手を取った。
それをぼたんの目の高さまで上げる。
「ぼたんの高等心霊術を…妖怪化を止める、あの術を使って欲しい。ただし、あれだけの
同化してる少女を元に戻すのは難しい。魂だけを抜き取る刀を、霊界から送って貰う。
その間・・・相当な霊力を消費する仕事だ。一歩間違えれば、少女の命も、ぼたんの命も
危ない。」
どうする?と視線だけで問う葵に、ぼたんは不安そうに少女を見つめた。
自分に出来るのか?
その時、ふとあの暗黒武術界の蔵馬を思い出した。
自分の大事な人達を守るために、命の炎まで燃やして立ち向かった。
一瞬の迷いもなく、命をかけた蔵馬。
ぼたんは力強く頷いた。
「やるよ、私。」
「了解。俺も手伝うから。いくよ?」
「うん!」
ぼたんと共に少女に近づく。
すると少女は、ゆっくりと閉じていた瞳を開けた。
ぼたんは彼女の頬に優しく触れた。
「大丈夫かい?すぐに助けてあげるから、もう少しの我慢だよ?」
「こ・・・。」
「こ?」
ぼたんが不思議そうに首を傾げると、少女の瞳から涙がこぼれ落ちた。
それは美しい真珠のような涙。
純粋な魂だからこそ、流す事ができる涙。
「こ・・・ろ・・・し・・・て。」
やっとの思いで声を出す少女。
ぼたんは、少女の頭をかき抱いた。
「何言ってるんだい!!私達が必ず助けてあげるから、そんな事言うんじゃないよ!!」
「ころ・・・し・・・て・・・。」
まるで何かの呪文のように繰り返す少女。
「ぼたん、そのまま彼女を固定して。」
「え?」
葵は、胸元から一つの小瓶を取り出した。
中には透明な液体が入っている。
その液体をクィッっと自分の口の中に含むと、少女の口へとそれを直接流し込んだ。
コクリ・・・と少女が薬を飲むと、葵は口を離して、腕で口元を拭った。
その瞬間、少女から力がガクッと抜け落ちた。
「ちょっと、お嬢ちゃん!!!」
「大丈夫、麻酔みたいなものだから。」
葵は背を向けると、探知機に何かを打ち込んだ。
すると突然、探知機から副長の声が聞こえた。
「こちら一番隊の葵。至急応援を頼みます。」
『何かあったのか!』
「んだよ、副長かよ。」
ポツリと探知機から口元離して、呟やく。
その瞬間に、探知機から顔が出るんじゃないかと言う程の副長の怒鳴り声が聞こえた。
葵は耳元を押さえて、探知機を腕を伸ばして出来るだけ遠ざけた。
「はいはい、今はそんな事言ってる場合じゃないんですよ。援軍の他に『魂狩り』を持っ
て来て欲しいんですが。」
『馬鹿野郎!そんなに簡単に霊界の秘宝の使用許可が降りる訳ねぇだろ!!』
「じゃー見殺しにしていいんですか?ぼたんと、このお嬢ちゃん。」
葵の言葉に、沈黙が訪れた。
そして、ふと葵は上を向いて叫んだ。
「コエンマ様!!!見てるんですよね!?どうします?」
そう言って、ぼたんへと視線を向ける。
大きな画面にぼたんの心配そうな顔が映される。
コエンマは自室から大画面モニターで事の顛末を見守っていたのだが・・・。
葵の言葉に、眉をしかめた。
握る手に汗がにじみ出る。
コエンマは、脇に控えているジョルジュに一言命じた。
「霊界特防隊の局長を呼べ。ワシは、霊界大保管庫の前におる。」
「は、はい!!」
椅子から立ち上がり、大画面を見つめる。
挑戦するかのような葵の表情。
その表情が蔵馬とダブる。
「葵・・・おぬし・・・まだ・・・。」
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しばらくして、探知機から副長の声が聞こえた。
『葵、今局長がコエンマ様に呼ばれて出て行った。恐らく、許可がでる。すぐに援軍に
行く。無理な事だけはするな。』
「りょーかいデス。」
プツっと無線を切ると、葵はぼたんの横へと立った。
「ぼたん、頼むよ。」
ぼたんは静かに頷くと、少女に向かって両手をかざした。
優しいぼたんの霊気が流れ出す。
その霊気はだんだんと強さを増していくと、ぼたんを中心に風が巻き起こる。
ビリビリと直接に拒絶反応を示す霊気。
それを押さえこむように、さらに霊気を放出するぼたん。
「やっぱりね。」
葵は呟くと、ぼたんにむかって触手が向かってくる。
左手に小太刀。
右手に霊刀を握り込むと、ぼたんの前に立ちはだかった。
「ぼたんには、指一本触れさせない。」
刀を交差させると、葵の全身からも霊気を放ち始めた。
そして、足を蹴り上げると、無数の触手と周りに集まった妖怪を切り刻み始めた。
援軍がくるまでの早くて20分。
何がなんでも阻止するしかない。
妖狐蔵馬。
葵。
二人は、荒く肩で息をしながら、次々と襲い来る妖怪を
なぎ払って行った。