第16話
ぼたんに「休憩」と言ってから、蔵馬はぼたんを後ろから抱きしめる形で、そのまま後ろに背をついた。
「ふぅ。」
珍しい蔵馬のため息で、ぼたんが顔を見上げて来た。
視線だけでぼたんの顔を見れば、とてもすまなさそうな表情をしていた。
そうしたら、案の定。
ぼたんは、謝罪を口にしてきた。
「ごめんよぉ・・・蔵馬。私が、考え無しだったばっかりに。」
考え無し。
いや、そんな事はない。
ぼたんでなければ、戸惑うこと無く妖怪の本体の中に「無策」で入ろうとはしない。
ただぼたんが「助けたい」って気持ちだけで動いていた。
それが彼女の魅力的な所であるのは、間違いない。
俺はぼたんの頭を優しく撫でた。
「いいんですよ、そんな事を気にしなくても。」
「だって、結局クリスマスパーティは台無しにしちゃって、みんなに迷惑かけちまったし。
こんな事なら、最初から蔵馬には言っておくべきだったかもしれないね。」
苦笑しながら話すぼたんが、あまりに痛々しくて。
「そうですね、俺には話しておくべきだったと思いますよ。」
ちょっとだけ意地悪。
うるうるとしたぼたんの見上げてくる目が、あまりにも可愛くて。
場所なんて考えずに、そのまま唇を味わいたい衝動に駆られる。
なんとか抑えたくて・・・つい意地悪な言葉。
ごめんね、ぼたん。っと心で謝罪しつつも。
「ごめんよ。」
またもやシュン…としたぼたんの顔を、蔵馬をクイっと持ち上げた。
そして、ニッコリと笑みを浮かべた。
「嘘ですよ。」
「!!」
ぼたんは言われてる意味が分からずに、一瞬目を何度かパチパチとして、マジマジと蔵馬の事を見つめた。
いつもと同じ蔵馬の笑み。
蔵馬は愛おしそうに、ぼたんの頬を親指の腹で撫で上げた。
「言っても言わなくても、結果は同じでしたよ。」
「え?それってどう言う事だい?」
「仲間が一人いなければ、当然探すでしょう?」
仲間。
ぼたんの顔がだんだんと赤くなっていく。
そんなぼたんもかわいい。
「かわいい。」
そっと呟くと、やっぱり我慢出来なくて、軽くぼたんの唇に自分の唇を重ねてしまった。
蔵馬の行動が、予想以上なのか。
ぼたんの思考回路がその前に止まっていたのか。
何の反応も示さないぼたんに、蔵馬はコンコンと額をノックした。
「な、なんだい。」
「ああ、大丈夫ですね。立ったまま気絶されたかと思いましてね。」
「ちょっと!!!蔵馬!!!!それよりも、あんたって人は!!ココをどこだと!」
ぼたんの声は好きだが、怒鳴り声は出来れば聞きたくない。
そう思って、蔵馬はぼたんを抱きしめ直した。
ギュ・・・っと抱きしめて、そのままぼたんの襟元に顔を伏せた。
「蔵馬?」
「彼と一緒にいた、貴方の姿を見た時の、俺の気持ち・・・わかりますか?」
「え?」
蔵馬の方を向こうにも、腰に回った手に力が入れられて、ぼたんは動く事は出来なかった。
顔もほとんど動かす事が出来ない。
「初めて、妖狐の自分に腹が立ちました。」
「妖狐の自分って、蔵馬は蔵馬じゃないか。」
「・・・そうですね。俺なのに、俺じゃない。俺はっ、今の俺の方が、ぼたっ・・・!!」
蔵馬の言葉を遮るように、ぼたんはトントンと腰に回されてる手を叩いた。
ふと蔵馬は顔を上げた。
ぼたんの表情は、後ろからは見えないが、でも優しい雰囲気は感じる。
蔵馬の手にぼたんの手が重ねられた。
「蔵馬は一人しかいない。妖狐も人間も蔵馬。ただ、考え方が違うだけで、答えは同じだろう?」
「同じ?」
「そう。私の事をだーい好きって、答え。」
少し力が緩んだ事で、自由になったぼたんは、チラリと蔵馬の方へと顔だけ振り向いた。
チロリと赤い舌をベェと出して、照れ笑いを浮かべて。
愛しい。
心の底から思った。
二度とこんなに愛する事が出来る人はいない。
そう確信出来る程に。
どうして、こんなにぼたんが愛おしいのだろうか。
この世界に「ぼたん」を作ってくれた事に、感謝したいくらいに。
好きで・・・好きで・・・好きで・・・
愛しくて・・・愛しくて・・愛しくて・・・。
夜も眠れなくなるほどに、ぼたんの事を考えてしまう夜もある。
だからこそ、『独占欲』にかられる、カッコ悪い自分は見られたくなくて。
いつも『嫉妬』と言う情念を、笑顔の奥底に隠し続けてた。
周りが気付こうとも、ぼたんだけは気付かなければ良いと思って。
久しぶりに、顔が熱くなるって事を思いだしたかのように、蔵馬の顔も赤くなった。
グイっとぼたんの頭を前へと向けた。
「な、な、な、なんだい、ちょいと。」
「今、俺の事を見たら・・・殺す。」
耳元で囁けば、ぼたんの身体は一瞬にして硬直した。
それもそうだろう。
言葉は妖狐のモノ。
俺のモノ。
しばらくして、ぼたんの身体から緊張がとけて、ポスンと体重を預けてきた。
「ぼたん?」
「私さ、自分がおかしくなったんじゃないかって思っちまう時があってさ。」
まるで何かを告白するように、照れ笑いを浮かべるぼたん。
何を思いだしてるのか、その考えまでも独占したいと思ってしまう自分に、内心苦笑が出てしまう。
「蔵馬の事がね、好きで好きで好きでたまらなくて。会いたくて、触れたくて、でもすっごく
切なくて不安で…夜、眠れない時があるんだよ。」
「ぼたん・・・。」
驚きの混じった蔵馬の声。
ぼたんは自分の両手で、顔を隠して、妙に照れていた。
まさか、自分と同じ事を考えていたとは。
蔵馬はぼたんをギュっとさらに抱きしめた。
「キツ・・・キツイよ、蔵馬。これじゃ、抱きつぶされちまうよ。」
「そんな事しません。とんだサンタからのプレゼントでした。」
「え?」
「だって、宴会していれば、二人きりになれるチャンスなんて、多分作るのは大変だったと
思いますから。だから、今のこの時間がプレゼントかなって。」
蔵馬の言った言葉に、ぼたんも嬉しそうに頷いた。
チョンチョンと蔵馬の手を指で叩いた。
不思議そうに蔵馬はぼたんの顔を覗き込んた。
「どうかしましたか?」
「ちょっと、はずしておくれ。」
「却下です。」
「そうじゃなくて・・・これだと、蔵馬の顔が見れないから、正面の方がいい。」
最後の方は、ほとんど聞こえないような小さな声。
でもぼたんの言葉はしっかりと聞こえて。
蔵馬は、手を離した。
するとぼたんの方から、クルリと身体の向きを変えて、蔵馬の首に両腕を巻き付けた。
そのままちょっとだけ背伸びしたぼたん。
まるで一定の流れのように。
チュッ
蔵馬の唇に、柔らかい感触。
そして、ぎゅーっとぼたんからの抱擁。
蔵馬の思考が、一瞬止まった。
ぼたんを抱きしめる事もせず、ただ驚くばかりで。
いつもならすぐにぼたんを抱きしめてくる蔵馬。
なのに、いつまでたっても手が回されない。
ぼたんは恥ずかしいのを我慢して、蔵馬の顔をちょっとだけのぞき込んでみた。
蔵馬は目を見開いたままの状態で、固まっていた。
「ちょ、ちょいと、蔵馬?」
さすがにビックリしたぼたんは、少しだけ身体を離して蔵馬を見つめ直した。
すると蔵馬の視点が戻り、じっくりとぼたんの顔を見つめられてしまった。
「メ、メリークリスマス・・・なんちゃってぇ・・・ごめん。そんな時じゃないか。」
ポリポリと頬をかいて、苦笑するぼたん。
蔵馬は、そのままぼたんの事を抱きかいた。
ぼたんも離れたくないと・・・腕をいっぱいに伸ばして、蔵馬に抱きついていた。
自然と二人の視線が重なり合い、今度は互いを確認するかのような、深い口付けを何度も繰り返した。
何の音もしない妖怪の体内の中。
二人のキスの音だけが、まるで教会の鐘の音のように鳴り響く。
「メリークリスマス、ぼたん。」
「メリークリスマス、蔵馬。」
クスリと二人で微笑み合い、再び唇を近づけようとした時だった。
ピロロロロロ
ピロロロロロロ
蔵馬のポケットに入っていた携帯から間抜けなコール音が鳴り響いた。
二人は、飛び退くように驚いた。
・・・と言うか、ぼたんは確実に離れてしまったのだが・・・。
この最中に、この音。
幽助しかいない。
妖怪が起きやしないかと一瞬にして、音の部分を手でふさいだ。
ディスプレイを確認すれば『 幽助 』の文字。
良いところを狙ったかのように・・・。
妖怪の腹の中だと言う事をすっかり忘れてる蔵馬。
今の幽助は、邪魔者の何者でもなかった。
「はい、蔵馬です。」
『おっ、蔵馬か?そっちも繋がるんだなぁ!あははは!』
言われて、携帯を耳から離してアンテナを見た。
ぼたんも携帯をのぞき込んだ。
アンテナは確かに立ってる。
再び携帯を耳に当てた。
「そのようですね。それで、何か進展があったんですか?」
『おめぇーら、今どの辺りにいんだよ。魂狩りっての持った特防隊の野郎が、いてよ〜
・・・ってかこら!てめぇ!!!それ俺の携帯だぞ!!!こら!返しやがれ!!!!』
幽助の言葉から察すると、特防隊の誰かが携帯を奪い盗ったのだろう。
しばらく続く幽助の携帯攻防戦を聞く羽目になり、呆れたため息をついた。
「どうしたんだい?」
ぼたんに言われて、俺はぼたんに携帯を耳にあてた。
まだ繰り広げられている携帯の攻防戦。
さすがのぼたんも呆れたように蔵馬に視線を向けた。
「まったく!何やってんだい!!!幽助!!!!」
『ぼたん!?』
だが聞こえて来たのは、葵の声だった。
「葵かい?あんまり幽助を虐めないでおくれよ。」
『そんな事より、身体は無事?どこも怪我とかしてない?溶けてない!?』
慌てた様子の葵に、ぼたんはクスリと笑みがこぼれた。
そんなぼたんをジトーっと正面で睨む蔵馬の顔。
ぼたんは、バツが悪そうにすると少しだけ横を向いた。
「わ、私の方は蔵馬がいるから、平気だよ。そっちはどうなったんだい?」
『・・・。』
今度は葵の方からの反応が返って来なかった。
相変わらず、携帯の奥では幽助が携帯を返せと怒鳴っている声が聞こえるのだから、切れてるわけでもないはず。
なのに、葵からの反応がなかった。
「あ、葵・・・?大丈夫なのかい?」
なんかどこかで感じた事のある、妙な冷や汗を感じてぼたんは恐る恐る声をかけた。
しばらくして葵の声が聞こえた。
『無事ならいいよ。まず、あのお嬢さんは無事にコエンマ様に渡したから。』
あの女の子が無事な事に、ぼたんはやっと安堵のため息を着く事が出来た。
後はここから脱出するだけ。
ぼたんは再び、携帯に話しかけようとした途端。
携帯を会話部分を、手でふさいだ蔵馬。
その目は、どこか真剣で、ぼたんは不思議そうに蔵馬の事を見つめた。
「ぼたん、一つだけ確かめたい事があります。」
「なんだい?」
「ぼたんは『魂狩り』がどんな代物で、使用の際の等価交換が何かを知ってるんですか?」
霊界の大秘宝である事は資料を読んで知っている。
それを使用することによって、何かを無くすと言う事?
一瞬にして、昔の暗黒鏡を思い出した。
それが分かったのか、蔵馬はゆっくりと頷いた。
「何故、霊界が秘宝として仕舞い込んでいるか。それなりに、理由があるんですよ。」
「理由?」
「・・・そのほとんどの等価交換が、使用者の『命』だったり『霊気』だったりして、
非常に危ない代物だと言う事です。」
もう意味はわかりますね?と無言で問いかけられて、ぼたんは目を見開いた。
『ぼたん、今どの辺りにいるかわかる?ぼたん?ぼたん、聞いてる?』
携帯から聞こえるのは、葵の声。
幽助の話では、葵の手には『魂狩り』が握られてると言っていた。
どうしよう・・・。
なんてバカな事をしたんだろう・・・私。
葵がいるから、なんとかしてくれると思って・・・。
蔵馬がいるから大丈夫と勝手に決め込んで。
ぼたんの手から携帯がスルリと抜け落ちた。
落下する寸前で、蔵馬が携帯をキャッチした。
『おい、ぼたん!?何かあったのか?』
「また、あとでかけ直します。」
うるさい葵の声を、無理矢理に切った蔵馬。
パタンと携帯を閉じると、黙ってぼたんの事を見つめた。
「『魂狩り』は一振りで妖怪数万匹を滅殺する事が出来る剣です。それだけの力があると言う事は、
使用者である方にもそれ相応の霊力を剣に吸い取られるでしょう。」
「じゃ、もう魂狩りは使う必要がないじゃないか。元々はあの女の子を助ける為に使用しようとした
はずなんじゃ・・・」
「分かりませんか?『 妖怪 』だけを滅殺するんですよ、瞬時に。」
妖怪を・・・
滅殺・・・?
妖怪と言われて、目の前の蔵馬を見つめた。
葵は、わざと使うつもりってこと?
本当は使わなくても大丈夫なのに・・・それなのに、使おうと?
なんで?
それって蔵馬の事を、殺したいって事?
なんで?
蔵馬が葵に何をしたって言うのさ。
そう言えば・・・葵の蔵馬に対する態度や視線は、普通じゃなかった。
常に殺気がこもっているかのような・・・。
「わかったようですね。」
優しく微笑んだ蔵馬。
ぼたんはジッと携帯を見つめ、上を見上げた。
蔵馬なら、ここからきっと脱出する策を持ってるはず。
でも、それをしてしまえば・・・一番隊隊長である葵が、妖怪に助けられたって事で咎を受けるかもしれない。
そんなのは、絶対にいやだ。
どうしたら・・・どうしたら・・・。
「蔵馬は、葵が狙ってる意味を分かってるのかい?」
「確かな事は分かりませんが…俺の予想が当たっていれば、恐らくは。」
ぼたんは、蔵馬の手から携帯を取り、再び電話をかけた。
もちろんすぐに出たのは、葵の方だった。
『貴様!!どう言うつも』
「葵。」
ぼたんの落ち着いた声で、葵の怒りは、一気に下がった。
上がった肩をおろし、一呼吸置くと、自然と葵の表情も優しいものになった。
『ぼたん、今手元に『魂狩り』があるから、すぐに助けてあげるね。』
「葵、それ使っちゃ駄目だよ!!あんたの霊力、もしも足らなかったら生命力まで持ってかれて死んじまうよ!!」
『・・・聞いたんだね。大丈夫だよ、短い時間なら。妖気に反応してその魂を狩るだけの刀だから。多分、ぼたんが
傷つくことはないから、安心して。念のため、剣線上にはいて欲しくないんだけど。』
葵の冷たい言葉。
先程も感じた、どこか昔と違う葵。
やっぱり・・・葵・・・あんた・・・
「蔵馬を、殺す気なんだね。」
後書き 〜 言い訳 〜
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。
これにこりず、次章も読んで頂けますと幸いです。
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
掲載日 2010.11.22
吹 雪 冬 牙