第18話
ゆっくりと目を開けると、見慣れない天井。
警戒するように、小さく手を動かせば、手は自由になってる事に気付いた。
ここは・・・?
ゆっくり体を起こし上げた瞬間。
「いつっ・・・。」
後頭部から額にかけてに鈍い痛みが走り、その痛みに耐えるように額に手を当てた。
ああ、そっか。
浦飯幽助にいきなり蹴られたんだっけか。
!?
小太刀っ!
慌てて周りを見渡せば…自分の寝ていた頭上に、特防隊の制服(上着)が綺麗に整えられて、
その上に小太刀が斜めに置いてあった。
ほ・・・。
安心したように息を吐き出し、改めて部屋を見渡した。
見た事のない日本間。
障子の向こう側が、明るくなっている。
そこから、随分と気絶していた事がわかる。
夜中に出動して・・・明るさから見て、昼時くらいだろうか?
時計がないので正確な時間がわからないが。
ふと腰に違和感を感じて、視線を落とせば、そこには膝掛けがかけられていた。
その膝掛けを握りしめた。
人の気配は、ある。
だが、微かに遠くにと言う感じだ。
しかも不思議と、妖気と霊気との両方が感じ取れる。
殺伐としているのではなく、共存してるかのような感覚。
もしかして、ここは・・・一つの場所に答えが行き着いた。
ふと障子に人影が映った。
すぐに動けるように膝をついた状態で、手に霊気を一気に集中させて、障子が開くのを睨んで見つめた。
ゆっくり開いた障子の向側にいた人物。
陽の光りに、多少目が眩しさでくらむ。
目を細め、光りを背に当てて立っている人物をよく見て、驚き目を見開いた。
「妖狐蔵馬・・・。」
自然と口からこぼれた名前。
そう。
目の前に立っているのは、妖狐蔵馬。
だが、妖気は一切なく人間になってるからなのか、霊気しか感じられなかった。
「ここは幻海師範の屋敷の中です。貴方の上司から伝言です。こちらでの後始末は、貴方の仕事だそうですよ。」
疑問に思っていた事を先に言ってきた蔵馬。
葵は警戒を解くこと無く、殺気を向きだしにして蔵馬を睨み付けた。
「俺をどうする気だ?」
その言葉に蔵馬は軽く肩を上げてみせると、葵の脇にお盆に載せた、水差しとコップを置いた。
チラリとそれを目だけで視線を辿る。
「毒でも入ってるのか?」
皮肉にも似たその葵の声に、蔵馬は呆れたように、葵の事を見た。
そして、先程までとは違う。
目が一瞬だけ妖しく光り、いつもよりも声が低い状態で蔵馬は答えた。
「本当に俺がお前を殺すなら、もっと確実な方法で殺すさ。」
人間と言うよりも妖狐蔵馬・・・そのものような気配。
葵は刹那の突き刺さるような殺気に、身震いを覚えた。
そんな葵を見下ろすように立ち上がると、部屋を出て行こうとした。
障子を開けて、一歩部屋を出た所で、なかなか障子を閉めようとしない。
葵は怪訝そうに蔵馬の後ろ姿を見つめた。
蔵馬は、葵に視線を向けること無く、言葉を続けた。
「ぼたんを守ってくれた事、感謝します。」
「別に、お前にお礼を言われる云われはない。ぼたんはどこだ!!!」
「本当に、あんたは、口を開けば「ぼたん、ぼたん」って煩い奴だね。」
蔵馬の横からひょっこり顔を出したのは、
「幻海。」
ここの屋敷の主、幻海だった。
妖狐蔵馬の言う通りに、ここは幻海師範の屋敷で間違いはないようだ。
幻海は、ふと蔵馬を見上げた。
「蔵馬、ぼたんの方を頼むよ。」
「了解しました。」
それだけ言うと、蔵馬は姿を消して、幻海と葵だけがその場に残った。
幻海が部屋に入ると、やっと葵は警戒を解いてその場に座り込んだ。
ただ、手にはいつでも霊刀が出る準備だけはされていた。
そんな右手を視界にいれつつ、幻海は大きなため息をついて葵の横にどっかりとあぐらをかいて座り込んだ。
「ぼたんが、どうかしたのか?」
何も言わない幻海に疑問を持ち、幻海へチラリと視線を走らせると、幻海が呆れたような顔で葵の事を見ていた。
「ぼたんの事よりも、まずは現状把握なんじゃないのかい?」
「質問に答えて下さい、幻海。」
先程までの殺気は消えて、いつも通りの葵に戻り話し始めた。
幻海はチラリと障子の方へと視線を向けて、葵へと戻した。
「はぁ・・・ぼたんは今、寝とる。」
「何か彼女にあったんじゃ!」
葵が立ち上がり、部屋を後にしようとして行くのを視界だけで見つめていた。
両腕を組み、葵の事をじっと見つめたまま、何も言わなかった。
その異様さに、葵は踏み出す足を止めて、幻海を見下ろした。
「どうした、ぼたんの所に行くんじゃないのかい?」
ぼたん・・・。
どんな顔して会えばいいんだろうか。
妖狐蔵馬を殺そうとしていた事を、ぼたんは気付いていた。
ぼたんが本当に怒ってる時の声で、「許さない」と言われた。
そこまでに蔵馬が大事だと言うぼたん。
葵は、力なくその場に、膝から崩れ落ちた。
「お主、蔵馬を殺そうとしたそうじゃないか。幽助の奴が、そりゃうるさく言ってな。」
「妖狐蔵馬・・・か。」
フフフフ・・・。
葵は笑いがこみ上げて来た。
何をやってるんだろうか、自分は。
本当に、バカらしい。
そこにもう一人障子の前に人影が立った。
すぐに入って来たのは、コエンマだった。
「幻海、ぼたんが気付いた。世話をかけたな。」
「そうかい。やれやれ、やかましい宴会が始まるな。」
「ああ。幽助達が今道場に準備を始めている。」
幻海とコエンマの話しが終わると、コエンマは座ること無く、葵の事を見つめた。
「葵。」
コエンマの落ち着いた声に、葵はゆっくりと顔を上げた。
「もう、自分を責めるのはやめるんだ。責めても、何も変わらんぞ?」
「俺は・・・本当は俺が・・・!!!」
葵は拳を布団にふり降ろした。
悔しさ。
悲しさ。
なんとも言えない感情が、体中を駆け巡っていた。
唇をきつくかみしめて、俯いた。
ぼたんが好きだった。
ずっと昔から。
ぼたんだけが、自分の道しるべだった。
ぼたんと共に歩む道が、必ずあると・・・信じていた。
なのに・・・
それなのに・・・。
「俺が・・・秀一なのにッ!!!!」
今まで心で何度も叫び続けた声を、初めて表に出した。
何度も拳を布団にたたき付けた。
涙は出ない。
その分、かみしめた唇からは血が滲んできた。
悔しくて
悔しくて。
あの蔵馬とぼたんの二人だけで見つめ合っていたあの時。
本来、あそこにいたのは自分だと、どれだけ叫びたかったか。
どれだけ、俺の人生を潰したのか。
どれだけ俺の未来を・・・
俺達の未来を変えてしまったか。
どれだけ声に出して、ぼたんに話したかったか!!
霊界の掟なんて関係なく。
全てを話してしまいたかった。
南野 秀一となるべく人間界に魂を送り込まれる順番だった。
なのに・・
なのに・・・!!
霊界から逃亡した妖狐蔵馬が、たまたまそこにいた胎児に入り込んだ。
おかげで・・・俺は・・・。
ぼたんと共に転生する機会を失った。
二人共に人間界で転生する事を、エンマ大王に許可されていたと言うのに。
今までの報償で、それが・・・その夢が叶うはずだったのに。
全てはあの日。
妖狐蔵馬が奪った。
それだけでなく、時が経ち、秀一の人間の体に執着して、別離出来ないまでに魂を深く
融合してまで・・・そこまで離したくなかったか。
人間の体が。
ぼたんが愛してやまない、人間に執着したと言うのか?
そして、ぼたんの心までも奪いやがって。
許せない。
許せない。
殺すだけでも、許せない。
魂を抹消させてやりたい。
だから、丁度良いと思ったのに。
魂狩りで、魂を消滅させる程の技を、やるつもりだったのに・・・。
なのに・・・。
どうして?
どうして、ぼたんが止める?
本来なら、俺が秀一だった。
それは、ぼたんが俺を愛するはずだった運命。
転生の夢。
ぼたんの心。
何もかも俺から奪い取った、妖狐蔵馬。
何事もなく、平和に生きてるあいつが憎い。
簡単にぼたんの心を手に入れ、さも当然のように隣にいる奴が。
「やはり、まだその事が引っかかっておったか。」
コエンマは、ゆっくりと息を吐き出した。
葵はコエンマを射殺すばかりに睨みあげた。
「俺が!南野 秀一なんだ・・・!!」
「お前は、葵だ。それ以上でも、それ以下でもない。霊界の葵だ。」
コエンマに最終宣告をされたかのように感じた。
目を見開き、息が出来なかった。
無理矢理に息をするように、大声を出した。
「あいつは、俺の夢をぶち壊した!
今度は俺があいつを壊す番なんだ!!」
「・・・それで?ぼたんまで壊す気か?」
コエンマの冷静な声で、ぼたんの名前を聞いて、目を見開いた。
ぼたんを・・・
壊す・・・?
コエンマの言ってる意味が分からなかった。
コエンマはふと天井を見上げて、何かを思い出してるように頬をかいた。
「あいつらは、もう離れる事はない。」
「!!」
「もしも、お前が蔵馬を殺せば、ぼたんはお前を責める訳もなく、自分の命を絶つだろうなぁ、迷わずに。
ま、その前にお前が蔵馬を殺す事は、出来ないと思うがな。」
俺が、蔵馬を殺す事が出来ない?
蔵馬よりも遥かに戦闘能力は上。
その俺が、妖狐蔵馬に劣るとでも言うのか?
「葵。あんたは、ぼたんと共に蔵馬を貫けるのかい?」
脇で静かに聞いていた幻海が口を開いた。
ぼたんと共に貫く?
無言の問いかけに、幻海は、じーっと葵の事を見つめていた。
「ああ。ぼたんなら、蔵馬を体をもって守ろうとするだろうな。ぼたんだけでなく、幽助や他の仲間達もだろが。
それこそ、魔界と霊界との戦争が起きるくらいにな。」
「・・・戦争・・・だと?」
「それが、お前が軽視していた「仲間」の強さと言う奴だよ。なんなら、やってみるがいいさ。」
「オイオイ。」幻海の言葉を聞いて、コエンマが小さな声で突っ込みを入れたが。
幻海はやってみろと言わんばかりに、ニヤリと口もとを上げていた。
「だが、お前がどんなに一人で戦ったとしても、ぼたんはお前の味方はしないだろうねぇ。
蔵馬を殺そうとしてる敵に、敵意を持っても、愛情は持っては貰えないさ。」
敵意。
愛情。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
葵は布団に額をつけて、大声で叫んだ。
やり場のない、その感情をもてあますかのように。
葵は叫び続けた。
そんな葵を幻海とコエンマは静かに見守っていた。
それだけではない。
少し離れた場所から、蔵馬も柱に寄りかかり、俯いてその声を聞いていた。
心が張り裂けるばかりのその声が、蔵馬の胸にも重く響き渡った。
ギュっと胸の辺りの服を、つかみあげた。
拳に力が入る程に、握り閉めた。
自分が犯した罪の大きさ。
あの局長が言った、意味がやっとわかった。
だが、この体を返すわけにはいかない。
どんなに罵られようが。
どんなに恨まれようが。
この体は、ここまで育ててくれた母の為。
それ以上に、ぼたんの為に。
俺は死ぬ訳にはいかない。
だが。
その怒りの矛先は、自分で良いと思う。
そうさせるのが、葵を唯一助ける方法だと思う。
俺は葵の部屋に行こうと、寄りかかっていた体を元に戻そうとした。
だが、そっと肩に小さな手が置かれた。
横には、ぼたんの姿。
ぼたんは、葵の眠る部屋を見つめてから、蔵馬の事を見上げた。
そして、ゆっくりと首を横に振った。
後書き 〜 言い訳 〜
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。
これにこりず、次章も読んで頂けますと幸いです。
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
掲載日 2010.12.05
吹 雪 冬 牙