赤と青の絆
第六話
ぼたんを部屋へと戻した幻海は、静かに眠るぼたんの額に手をあてた。
優しい光が、手から発せられると、辛そうに眉間に皺が寄っていたぼたんの表情が、和ら
いでいった。
「良い夢をみな。」
優しく見守る幻海の瞳。
ぼたんはそれに答えるかのように、うっすらと口の端を上げた。
ほっと息を吐き出すと、幻海はじっとぼたんの事を見つめた。
今回の事件は、力のある者共のことごとくが情けない形だった。
最終的に勝ったはいいが、すべてが後手に回っての戦闘。
一番力がなく、一番守らなければいけない、ぼたんが最前線で戦っていた。
自分の命をかけてまで・・・
彼女は、私達は気が付くのを信じて待って、一人で戦っていたんだ。
本当に情けない。
力だけでは、どうにも出来ない。
本当に大事なのは力ではない。
絆。
ぼたんは、皆との絆を信じた。
だからこそ・・・
だからこそ、その信じる事に答えられなかった皆に与えた物は大きい。
特におまえさんに好意を持ってる連中は・・・な。
感情が支配する世界において、周りが何を言ってもダメなのは分かり切ってる。
互いに、互いが乗り越えていかなければならない。
一番いいのは、どうなるのか静観する事。
それしか方法はない。
人が手を加えた結果など、所詮はもろい。
だからこそ、雪菜にも蔵馬の件を話さないように言付けた。
だからこそ、蔵馬の言い分を聞き入れた。
あの二人なら、乗り越えられると信じているから。
だが・・・
「限界かねぇ・・・。」
小さく呟かれた言葉。
こんな時ふと思い出すのは、今は一番過酷な地獄にいるかの人。
最後の最後に満足そうに微笑んだ、あの顔。
昔、互いに強さを求めていた、あの純粋な心の表情。
「あんた達は、間違ってはいけないよ。」
もう一度、ぼたんの髪を優しく撫でると、幻海はその場を後にした。
そのまま足を道場へと向ければ、これまた重い空気。
幻海が入り口に立つと、二人の視線が集中した。
「ぼたんは大丈夫なのか?幻海。」
「ああ。今日はぐっすり眠れるはずだよ。」
ほっと安堵するように息を吐き出すのは、霊界のぼたんの上司。
コエンマ。
人間界バージョンと呼ばれる青年の姿で現れたコエンマ。
あの一件で霊界も、尋常でない忙しさのハズ。
それの合間をぬって来たのだろう。
コエンマの表情にも若干の疲れが見え隠れした。
「霊界の方はどうなんだい?」
「ああ、大分落ち着いて来た。親父が指揮を取ってるからな。あと数日で、普通に機能すると思う。」
「ぼたんはもう少し、こっち休ませてやんな。」
「わかってる。」
少し苦笑気味のコエンマに、幻海も苦笑するしかなかった。
道場の端の壁に背をもたらせて座る飛影。
何を考えているのか、飛影はだまって目を閉じていた。
「ところで。」
静かな沈黙が流れる中、コエンマの凛とした声が響いた。
幻海と飛影はゆっくりとコエンマの方に視線を送った。
「何故、ぼたんがあそこまで憔悴しているのか、説明してもらいたい。」
幻海そして飛影を見つめたコエンマの表情。
声こそは穏やかなそのものだったが、瞳の奥に見える怒りが見えてとれた。
どう説明すればよいのか・・・。
幻海は再び長いため息をついた。
「幻海。」
コエンマにそう呼ばれて、幻海は仕方なく口を開いた。
「今回の件、ぼたんに玉を持たせたのは、色々な意味で、あんたの失策だったかもしれない。」
「どういう事だ?」
「・・いや、あんたの所為じゃない。だが・・・。」
そのまま幻海は口を閉じてしまった。
コエンマは分からないように飛影へと視線を再度送ったが飛影は目を閉じたまま身動き一つしない。
ワシが・・・ぼたんをあんな風にしたと言うのか?
自問自答をするコエンマは、自分の手を見つめた。
あの時は、あれが最善の方法だった。
いや、あれしか方法がなかった。
人間界で幽助に連絡をとり、どうにか出来るのは、奴ら以外にはいなかった。
だからこそ、ぼたんに托した。
ぼたんなら、きっと幽助達にこの事態を知らせ、玉を奪われる事などしないと。
ああ、分かっていたさ。
ぼたんなら、自分の身を削ってまでも守ると。
自分の体内に封印するのが、一番だと気づく事も。
そうと分かっていて・・・ワシは見殺しにしたようなものだった。
ぼたん一つの命と、霊界・・・いや人間界の命運を天秤にかければ、コエンマとして選択せざる終えないものだった。
ぼたんに話しても、きっと同じ選択をしたはず。
だかた、間違ってはいない。
そう、ずっと言い聞かせていた。
ワシは上司失格だな・・・。
コエンマは自嘲気味に口の端を上げた。
沈黙の中、それぞれの思いが交錯するなか、突然飛影がその場から立ち上がった。
幻海とコエンマは驚いたように、飛影の事を見上げた。
先程までの顔とはうって変わり、何かに挑戦するかのような、勝ち誇った笑みを浮かべた飛影。
コエンマは思わず、そんな飛影の表情を見て、後ずさりしてしまった。
ひ・・・飛影が笑っとる・・・!!!
何が面白い事でもあったのか?
「フン、バカが。」
それだけ言うと、飛影はその場からあっと言う間に姿を消してしまった。
幻海とコエンマは何が起きたのか、分からないように、互いに見合ってしまった。
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