赤と青の絆

第七話


 

ふと見上げると、煌々と丸い月が空高く人間界を照らしていた。
そんな月を見上げて、少しだけ瞳を小さくした。
こんな日は、行動が目立つな。
盗賊時代のなごりなのか、月の出ている明るい日は、どうも好きになれない。
気配を消して、ゆっくりと目の前の階段を上りはじめた。
時折吹く優しい風が、頬をすり抜けていく。
ゆっくり・・・ゆっくりと足を前に運べば、だんだんと寺へと通じる門が見えて来た。





霊気が二つ?




これは・・・幻海師範と・・・コエンマ?





一番上までたどり着くと、ふと上を見上げて、門からではなく、木々の中へとその身を隠した。
木から木へと颯爽と移れば、彼女のいる部屋の近くまで来た。
中に誰もいない事を探ってから、俺はゆっくりと寺の中へと入った。
音もなく降り立ち、彼女の寝ている部屋の前で足を止めた。
再び月を見上げた。
青白い光が、自分の行動を全て監視されてるかのように錯覚する。
ゆっくりと襖に手をかけ、開けると・・・
ふわりと懐かしい彼女の香りが充満していた。
静かに寝息をたてて眠る、久しぶりに見るぼたんの姿。


霊界と人間界と言う次元の違う世界に生きてる者同士。
会えない日が続くことだってあった。
それなのに、どうしてこんなにも彼女を見て、懐かしいと思えてしまうのだろう。
自分から会わないと決めたのに。
会ってどうすると思っていたのに。
夕暮れ時の飛影と彼女の気を察知した時から、心がざわついた。
少しでもいいから、彼女に会いたい。
そう心が告げた。
気が付けば、家を飛び出し、眠る都会を抜け出して、彼女に向かって走っていた。
ただ、逢いたい・・・それだけで。


静かにぼたんの脇に腰をおろした。
ぼたんは穏やかな表情で眠っていた。
自然と顔が微笑んでしまうのは何故だろう。
彼女に会えたから?
安心したから?
俺は、彼女の額いかかる前髪をそっと脇へと払った。

「ん・・・。」
「!?」

起こしたかと、全身に緊張が走ったが、ぼたんは少しだけ体を動かしただけで、まだ深い眠りについていた。















「く・・・ら・・・ま・・・。」














ドクン・・・。


















心臓が一瞬止まったかのように錯覚した。

眠ってる彼女の唇から、自分の名前が紡がれる。
無防備な彼女の肢体。
うっすらと開かれた、桃色の唇。
俺は、そっと唇に親指を当てて、優しく撫でた。
口元からは、彼女は生きている証である息を確認し、初めて肩の力を抜いた。
しばらくぼたんの表情を眺めていると、ふと視界に俺のあげた薬が置いてあった。
そして、それと同じお盆に小さな紙が二つ折りにしてあった。
その紙には「蔵馬へ」と書かれている。
俺は、その紙へと手を伸ばした。

紙を開いて、俺は目を見開いた。







『 あんたの所為じゃない。ありがとう。 ぼたん 』








その一文で、俺は息をする事を忘れたようになった。
彼女になんて言葉をかければいいんだろう?
何を悩んでいたんだろうか。
彼女は、そんな事気にする人じゃない。
いつも笑顔でいて、人を責めない。
責めないから、来れなかった。
誰にでも優しく微笑み、優しい手をさしのべる。
力のある俺たちが守らなければいけない存在なのに、逆にいつも守られている事に気づく。

「ぼたん・・・。」

蔵馬はじっとぼたんの事を見つめていた。
ぼたんの頬に手を添えると、苦しみを訴えるかのように、苦悶の表情になった。

「ごめん・・・ぼたん・・・ほんと・・・ごめん。」

俯く蔵馬の瞳から、キラリと光る物が零れ落ちた。
それはたった一粒だったが、その一粒がぼたんの手の上へと零れ落ちた。
ふと空気が動き、蔵馬は驚いたようにぼたんの事をみつめた。

「蔵・・・馬・・・?」

視点の合わない目で、ぼたんは苦笑するように俺の顔を見つめていた。
ぼたんは、ゆっくりと重たく感じる自分の手をあげて、蔵馬の頬をさわった。

「やっと・・・会えたねぇ・・・。」

本当に嬉しそうに、微笑む儚いぼたん。
蔵馬は、何も言う事が出来なかった。
こんなに綺麗な人・・・今までに見たことがない。
一瞬で、彼女に囚われてしまった。

「ぼたん。」

蔵馬は、ぼたんの手に自分の手を添えた。
それはまるで、守るかのように優しく…優しく…。
少しはにかんだような、それでも嬉しそうに微笑むぼたん。

「ありがと・・・。」

その言葉だけ残すと、ぼたんはまた深い眠りの底へと誘われてしまった。
ぱたん・・・とぼたんの手が力なく布団の上へと落ちた。
蔵馬は誰にも見えないように俯いた。

「ほんと・・・貴方には叶わないですね。」

小さく呟くと、蔵馬はぼたんの手を、布団の中へと閉まった。
そして、ぼたんへと少しづつ・・・少しづつ・・・顔を近づけた。

「         」


蔵馬が何かを耳元で囁くと、ぼたんは幸せそうに笑みを浮かべていた。



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